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仏説仏名經卷第十六 大乗蓮華寶達問答報応沙門経

 眼下に、地獄が広がっている。

「寶達菩薩様、沙門地獄第十五、火丸仰口地獄にございます。」

 鬼王が言った。

 地獄を囲む鉄の城、それを覆う鉄の網。すでに寶達にも、見慣れた光景になりつつある。

「縦横八十由旬、鳴り響くのは、虚空を舞う鉄丸が打ち合う音で御座います。」

 見れば、無数の鉄丸が飛び交っている。沙門達は皆空を見上げて逃げ惑っていた。

「鉄丸を虚空に吹き上げるのは、鉄壁の四隅から吹く猛風。舞い飛ぶ鉄丸は、やがて沙門どもの上に降りかかり、その口から入って足元へとその身を貫き落ちます。」

 御覧下さいと、鬼王は地獄を指した。



 ごうごうと、立ってもいられないような風が吹き荒れている。猛風は炎を呼び、辺りは炎に包まれて息さえ出来ない。立ち込める炎を透かし、彼は空を見上げる。虚空には鉄丸が飛び交い、それらが打ち合わさる恐ろしげな音が、高く低く響いていた。

 彼は不安げな目で、鉄丸の飛び交う様子を窺う。風が止まれば、鉄丸はたちまち空を切って彼らの上に降りかかり、あっという間に彼らの口から咽喉、胃から腸を貫いて足元へと転がり出る。

 時折り響く悲鳴は、鉄丸に身体を貫かれ、体中の毛穴が火を吹いて倒れ伏す、不運な沙門の叫び声である。

 それは人事ではなく、彼らはいつでも鉄丸の恐怖に曝され、怯え逃げ惑っていなければならない。 

 続けざまに、近くで悲鳴が響く。

 風が弱まったのか、幾つかの鉄丸が逃げ惑う沙門達を次々と貫いたのだ。

 彼は、再び怯えた目を空に向ける。身を隠すところは、どこにも無い――

 何時まで――こんなことが続くのか。

 疲れきった身体を引きずるようにして逃げ惑いながら、彼は静かに涙を落とした――



 鉄丸の打ち合わさる轟音の間に、幾つもの悲鳴が響いていた。

 寶達は、傍らの馬頭羅刹に、悲しげな目を向ける。

「教えてください。彼らはどのような罪で、このような苦を受けているのですか。」

 馬頭羅刹が答える。

「はい、この沙門どもは仏の浄戒を受けながら罪を畏れる心を持ちませんでした。食物を分かち合うことをせず、僧の食べ物を盗み食らい、恥じることが無かったために今この地獄に堕ち、苦しみを受けております。」

「彼らはひと時も休まることなく怯え惑い、一日一夜に無量の苦を受けます。地獄を脱して、もし人に生まれ変わることができたとしても、瘄瘂となって話すことができないでしょう。」

 悲しいことです、と鬼王は呟いた。

「本当に、悲しいことです――」

 寶達は、悲しみ嘆き、この地を去った。


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