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仏説仏名經卷第十 大乗蓮華寶達問答報応沙門経

「ここが沙門地獄の第九、火鏘地獄で御座います。」

 鬼王が云った。

「ここもまた、礼節を失った沙門の堕ちる地獄に御座います。」

「そうですか――」

 鬼王の言葉に、寶達は深い憂いのため息を吐いた。

 これまで世尊の元、清浄な心で生きてきた寶達にとって、仏に帰依した沙門の身でありながら、仏に対する礼を忘れた者達が少なからずあることは、ある意味罪を犯す者がある以上に寶達を悲しい気持ちにさせていた。

 鬼王は深い憂いを湛えた寶達の横顔をそっと見遣り、小さなため息を吐いた。

「――寶達様、ご覧下さい。」

 鬼王は気を取り直すように眼下を指す。

 どれほど深い悲しみに捕らわれようと、寶達は、この清い菩薩は、世尊の言に逆らって途中でこの地を去ることはしないだろう。鬼王は、そう確信していた。

 縦横百五十由旬のその地獄は、周囲を鉄壁に囲まれ、猛火が燃えている。相も変わらず無残な様であったが、寶達は、その憂いを帯びた目を上げた。

「南門をご覧下さい。」

 鬼王は言う。

「今南門に五千人の沙門があって、地獄へと追い込まれるところに御座います――」



 足元には、鉄の針が無数に生えている。

 猛火の燃える鉄壁の内、閉ざされた門の中は、見渡す限り大小の鋭い鉄の針が地面から突き出していた。

――なぜ、こんなところに入らねばならないのか。

 すでに彼の足は、鉄針に傷つけられて血を流している。

「わたしに何の罪があるのです――」

 彼は必死で訴えた。

獄卒が、目を向ける。恐ろしげな馬頭羅刹。その手には三股の鉄叉が握られている。

「わたしが、なにをしたというのですか。」

 恐ろしさに震えながら、彼は訴える。獄卒は、彼を冷たく見据えて言った。

「お前は、沙門であったのだろう? ならば、おのれがなぜここにいるのか、分からぬはずはあるまい。」

 彼は恐ろしさを忘れ、当惑した顔で馬頭羅刹の恐ろしげな顔を見上げる。

「分からぬか。」

――だからお前は地獄へ堕ちたのだ。

 と、獄卒は吐き捨てるようにそう云った。

「お前は形ばかり沙門となり、戒を受けながらその戒の中身さえ十分に知ろうとせず、礼節を忘れ、恥じる心が無かった。」

――だからお前は地獄へ堕ちたのだ!

 獄卒は再びそう言って、鉄叉を取り、傍らで泣きながら尻込みをしている男の背を無造作に突いた。

 ぎゃっと悲鳴が上がり、男の胸から鉄叉の先が覗く。

――分かったのなら、さっさと行け。

 男を貫いたまま、馬頭羅刹が恐ろしい顔で彼を睨み付ける。

「わたしは――」

 言いかけて、彼は項垂れた。

 そして、涙を浮かべて歩き出した。

 其処此処から悲鳴、怒号、哀願の声が上がる。

 鉄針が足を貫き通す痛みを感じながら、彼はぽつりと涙を落とした。



 寶達は、静かに地獄の様を見つめていた。

 鉄壁に囲まれた地獄の中は、一分の隙も無く鉄針が突き出している。その中を獄卒に追われて右往左往する沙門達の足は、血に濡れていることだろう。

「あの者たちは、昼夜の別なく、休むことなく獄卒に追われて歩き続け、生死を繰り返します。いずれ人に生まれ変わることがあっても、足は不具となるでしょう。」

 鬼王の言葉に、寶達は憂いに満ちた顔を一層曇らせ、傍らの馬頭羅刹に問うた。

「彼らは、どのような悪業を作ってこの地獄へ堕ち、このような苦しみをうけるのですか。」

 傍らに控える馬頭羅刹が答える。

「この地獄に堕ちた沙門どもは仏の浄戒を受けながら威儀を守らず、履物をつけたまま清殿に上がり、仏地僧地を踏みつけ、仏像霊塔の影を踏みつけにして憚らなかった者たちでございます。そのため不儀の足を鉄針に貫き、罰しているのでございます。」

「そうですか――」

 寶達は深く憂い嘆き、地獄を望み、涙を流してその地を去った。


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