旦那様のこれまで
簡単ですが、最初で最後の旦那様視点です。
自分の手を見る。さっきまで、大切な妻を抱きしめていた手を。
フィリアに初めて会ったのは、久しぶりにここで開いたパーティーだった。
ユースエン公爵として、領民のため、国のためにずっと仕事をしていたため、まだ妻を娶っていなかった。そのせいで、周りからは結婚しろと言われるし、令嬢方が意地汚くすり寄ってくるし、毎日毎日お見合いの話が入ってくるしで、正直鬱陶しかったのを今でも思い出してはいらつくことがある。
そのパーティーもいつも通り退屈できつい時間になるはずだった。
だけど、それはふと目に留まった1人の令嬢により壊された。
多くの令嬢がこちらを見たり話しかけてきたりする中、会場の隅っこで1人佇み、どこを見るでもなくただぼんやり喧噪を眺めている令嬢がいた。
初めて見る顔だった。素朴で可憐な顔立ち。そして、いつ消えてしまってもおかしくないような儚さを纏っていた。
最初に抱いた感想は、大人しそう。そして次に、都合が良さそう。
まぁ、パーティーに来て端で静かにしているんだから、そう思うのも無理はないだろう。
気づいたら、その令嬢の元に歩みを進めていた。そして令嬢の側に行き、手を取った。
その令嬢も、周りの人も驚いていたが、なりふり構わず主催席に連れて行った。そして
「私はこの方を妻にする」
鬱陶しい結婚問題から解放された瞬間だった。
おとなしいこの令嬢なら、特に何もしなくても文句を言ってこないだろう。結婚後も仕事だけに集中できる。そう思った。
「私はルイド・ユースエン。貴女の名を教えてくれるか?」
「フィリア・フォルトでございます」
無理やり結婚を取り付けて1カ月、無事に結婚式を挙げて晴れて夫婦になった。これで本当に何も言ってくる人はいなくなった。
フィリアは思った通り、放っておいても文句を言わずに静かに過ごしていた。
それが変わったのは結婚して1週間後だった。仕事から帰ってきたら、フィリアの顔がどことなく明るくなっていた。
フレデリクから、奥様は今日から変わるそうですよ、と伝えられた。
変わる、と言っても、私に文句を言ってくることはなかった。
むしろ離縁に怯えているようだったな。何かあるたびに離縁の言葉が飛び出してきた。最初に言われたときはさすがの私もびっくりしたな。
王家主催の舞踏会。
これがフィリアに興味を持つキッカケだった。
社交の苦手なフィリアが公爵夫人として立派に振る舞っていた。ダンスはほぼ完璧で、立ち居振る舞いも堂々としていて。そして今後長く付き合っていくことになるであろう王太子妃様と仲良くなっていた。公爵夫人として初めての社交にしては及第点をゆうに超えて合格点だった。
母が来て王妃様とお茶会をしたときも、フィリアは立派に振る舞っていたみたいだな。母も王妃様も認めていた。
そういえば、フィリア発案のリアグランス、あれをフレデリクから聞いた時は驚いた。着目する所といい、需要といい、発想といい、見事だった。今、日常使いできると大変人気なんだとか。
一番フィリアに心を動かされたのは、王太子殿下生誕パーティーだろう。
私が見立てたドレスとアクセサリーはすごく似合っていて、清廉さが増していて綺麗だったな。
まぁ、それは置いといて。
前と同じようにフィリアと一通りの行動をし終わった後別れて貴族と話していると、ふとフィリアが子息たちに絡まれているのが見えた。にこやかな笑顔こそ浮かべていたが、困っていて助けを求めているのは明らかだった。
それに、なんか嫌だった。子息に絡まれているフィリアを見るのが。
フィリアを子息から離そうと近付いていくと、話の内容が聞こえてきた。それは、私を貶すものだった。
「じゃあなんであいつを庇うんですか」
「身内だからですわ」
不意に放たれたフィリアのはっきりとした言葉は、私の心を締め付けた。
自分で言うのもなんだが、あんなにほったらかしにしていたのに身内だと思ってくれていたことが、申し訳ないと思う反面嬉しかった。
歩み寄ってみよう、そう思った瞬間だった。
その後街にお出掛けしたな。捨てられるんじゃないかって言われたときは面白かったな。
街を見たときの反応といい、苦手な食材を買った時の反応といい、とても良い反応をしていた。ドレスやアクセサリーを買った時はすごく申し訳なさそうにしていたけど、まさか普通のハンカチまで申し訳なさそうにしたのは印象深かった。
そしてはっきりフィリアのことを好きだとわかった出来事。忌々しく二度と思い出したくない。フィリアが王宮のメイドに毒を盛られた事件。
あの時私は普通に陛下の元で仕事をしていた。すると突然王妃様付きの侍女が入ってきた。
「ユースエン公爵様、フィリア夫人が倒れました。毒を盛られたようです…!」
それを聞いた時の感覚は今でも鮮明に思い出せる。
目の前が真っ暗になり、心臓がきつく握りしめられたような感覚。
「フィリア夫人の元に行ってあげなさい」
陛下がそう言ってくださり、フィリアが運ばれた医務室に行くと、そこにはいつ死んでもおかしくないくらい顔を青くして弱々しく息をしているフィリアが横たわっていた。目は二度と開くことはないんじゃないかというくらいきつく閉ざされていた。
そこからフィリアが目覚めるまではよく覚えていない。とにかく不安だった。このままいなくなったらと思うと、不安で…そして後悔の念が襲ってきた。何もしてあげられないまま死んでしまうんじゃないか。
そしてそこで気づいた。いつの間にかフィリアが好きになっていたんだと。
今思うと、自分の気持ちに気づいたきっかけが毒事件というのはすごく嫌だな。
「ん…」
「フィリア!」
フィリアが目を覚ました時はとにかくホッとした。多分今まで生きてきた中で一番安堵した気がする。
弱々しい声だけど、話す内容はいつもと変わらなかったのが救いだった。いや、意識取り戻して早々粗相即離縁ですかはさすがにびっくりしたけど。
その後は、フィリアに自分の気持ちを伝えた。1人の人として、自分の気持ちを伝えるべきだと思ったからな。フィリアも私を好いていてくれたのは驚いたけど。
気持ちをお互い通じ合わせてから仲良くなるのに時間はかからなかった。
仲良くなって思ったけど、フィリアは本当に表情がコロコロ変わるし、話していて楽しい。時々甘えてくるのも潔く直球に甘えてくるから嫌な気持ちにはならなかった。むしろ愛おしいと思う。
この日常がずっと続けばいいと思っていた。王太子殿下の結婚式までは。
王太子殿下の結婚式をキラキラした目で見るフィリアを見て、私たちの結婚式のことを思い出した。フィリアの意思も確認せず、無理やり挙げた結婚式。フィリアにとって良い思い出ではないのは明らかだった。
もしできるのなら、やり直しをしたい。
お互いちゃんと同意をして幸せな結婚式を挙げて、お互い好き状態で1から結婚生活を送りたい。ただのエゴかもしれないし、私の願望でしかないけど、そう強く思った。
そして今日はついにその日。
隣に佇むフィリアは初めて出会った時よりも可憐で上品で綺麗で。表情は1回目の結婚式よりもはるかに幸せそうだ。
「簡易的ですまないな」
「いえ、とても嬉しいです」
次こそは最初から幸せな結婚生活を。
次でラストになります!
別の視点で書くの難しいですね…。




