お菓子を作ろう!
パーティーから3日後。
「おはようございます、奥様」
「おはようサフィ」
ルイド様が仕事に出かけてすぐ、サフィが寝室に入ってきた。
「あと30分…」
「だめです」
サフィがベッドの近くまで来て、体を起こしてくれる。起こしてくれるというより起こされるだけど。
「昨日何したんですか?」
いつもは割とすぐ起きるからか、サフィが訝しんでそう聞いてきた。
「寝付けなくて一人じゃんけんしていたわ」
右手が勝って、左手が負ける一人じゃんけん。前世の登下校中によくやっていたわぁ。
サフィが呆れながらこちらを見てくる。
「はい、立ってください」
「…ハイ」
サフィの有無を言わせない笑顔怖い!はい!すみませんでした。起きます起きます。
ベッドから起き上がり、サフィに準備をしてもらう。今日は特に何もないのでシンプルワンピースである。
朝食を取ってサロンでまったりしていると、フレデリクが入ってきた。
「あら、どうしたのかしら?」
そう尋ねると、フレデリクは手に持った書類をそっと差し出す。受け取って見てみると、そこには数字と折れ線グラフが書いてあった。折れ線グラフは右肩上がりだ。
「これはリアグランス…?」
「そうでございます」
「見た感じ順調そうね」
折れ線グラフは右肩上がりだし、数字も増えている。こういう系はよくわからないけど、利益は出てそう。
「はい。第2弾も売れ行きが良いようです。これをお見せするためにお持ちしました」
「そうなのね。ありがとう」
この世界の人も柔軟剤好きだな?ふわふわはしないけど。そして売れ行きいいのはマリー様と王妃様が使っているからですね!マリー様曰く、第2弾も全種類買ったらしい。
ちなみに私持ちのお金もだいぶ増えました。といっても布と糸くらいしか使っていないけど!
「では私はこれにて失礼します」
フレデリクに書類を渡すと、フレデリクは一礼してサロンを去って行った。
「何しようかしら」
最近ずっと裁縫かダンスか護身術ばっかりで飽きたなぁ。
「庭でも散歩なさいますか?」
「んー…」
サフィがそう提案してくれるが、いまいちピンとこない。
何かないかなぁ。いつもと違う、だけど立派な公爵夫人修行になりえるもの…。貴族の夫人といったら社交でしょ、社交といったらお茶会でしょ、お茶会といったら紅茶とお菓子でしょ…あ
「お菓子を作りましょう!」
そうだ。お菓子を作ろう!お茶会に必須アイテム!これもきっと立派な公爵夫人に必要そう!
「お、奥様…」
サフィが遠い目をする。
「サフィ、厨房に行くわよ!」
「奥様ぁ…」
厨房につき、手を洗う。
「あの、奥様どうされたんですか?」
料理長が恐る恐る問いかけてくる。
「お菓子を作ろうと思って」
そう言うと、何かを察したらしい料理長は楽しそうに笑った。
「何をお作りになりますか?」
「そうねぇ…ミルクレープがいいかしら」
生地とクリームを重ねたケーキ、ミルクレープ。前世の小学校の調理実習で作っているのを見てたから、作り方はわかる。というか、作り方わかるのがミルクレープしかない。解せぬ。
「ミルクレープとは…?」
料理長が不思議そうに尋ねてくる。
あ、そういえば今世でミルクレープを見たことないね!?塩肉じゃが以来だよ!あ、リアグランスがあったか。塩肉じゃがは今もたまに夕飯で出てきます。
ミルクレープ、ありそうでないんだなぁ…。
「生地を薄く焼いて、クリームと何層にも重ねたケーキよ」
「なるほど…それは良さそうですね」
「じゃあ決まりね!えっと、材料は…」
前世の記憶を引っ張り出して、卵・薄力粉・砂糖・牛乳・溶かしバターを用意してもらう。
生クリームは別で準備してくれるそうだ。よかったぁ…手動で生クリーム泡立てるのは正直しんどい。前世よりも筋力のないこの体でやるのは絶対地獄だった。ちなみに前世で作った時、私は味見役でした。てへっ。
「えーっと、卵を割って…」
私は卵を手に取り、前世の記憶を手繰る。みんなはどうやって卵を割っていたっけ。えーっと、そうそう、台に打ち付けていたわね。
私は卵を振り上げる。
「奥様、それでは卵が悲惨なことになりますよ」
慌てたように料理長が止めてきた。
「あら、そうなのね」
そっか、卵の殻って結構繊細だっけ!危ない危ない。今度はゆっくり台に打ち付ける。んー、割れないなぁ。
「もう少しだけ強くしてもいいですよ」
「そうね」
ちょっと力を入れると、卵にヒビが入って、ちょっと窪んだ。えーっと、これをボウルの上に持って行って、確かこの窪みに親指刺していたよね?
ていっ。
「…これどうするのかしら」
「そのまま2つに割ってください」
料理長に言われた通り、なんとかして卵を二つに割る、ボウルに卵の中身が落ち、ついでに殻も落ちた。
「ハハハ、後は私がやりましょう」
料理長は快活に笑い、ボウルの中から殻をさっと取り出す。
よし、ここからは料理長に任せよう!
「この後はどうしましょう」
「用意した材料を全部入れて混ぜるわ」
「わかりました」
料理長は材料を入れて、丁寧に混ぜていく。次第に生地が滑らかになってきた。おぉ、すごい!よく腕疲れないなぁ…。
「次はどうしましょう」
「えーっと、フライパンで薄く焼いていくわ」
「了解です」
料理長はさっとフライパンを用意して火をつける。温まったところで生地をそっと垂らして薄く広げる。焼き色がついたところで、素早く裏返す。
うわぁ!初めてなはずなのによくこんなに綺麗に裏返せるね!?さすがうちの料理長!
「こんな感じですか?」
1枚目を焼き終わり、皿に移しながら料理長が聞いてくる。
「えぇ。良い感じよ」
「ありがとうございます」
料理長は次から次に生地を焼いていく。丁度8枚できた。
「この後は?」
「生クリームと重ねていくわ。一回やってもいいかしら?」
やってみたかったんだよね!小学校の時、楽しそうだったからさー。
生地を一枚皿に出し、その上に準備してもらった生クリームを広げる。…意外に難しいね!生クリームが塗るやつの上に乗っちゃう。
なんとかして均一に生クリームを伸ばし、生地を重ねる。
「なるほど…これは面白い見た目ですね」
「そうかしら」
前世はずっと見てたから何ともないけど、今世は初だもんなぁ。
これは私にもできそうだと思ってくれたのか、残り7枚の重ねる作業を黙々とやることができた。
「完成!」
さすがに全くやったことのない素人がやったからか、できたはできたけど、だいぶ不格好になった。
…うん、これなら料理長にやってもらった方がよかったかなぁ。
「良いんじゃありませんか?今日の夜の後に出しましょう」
「うえ!?それは良くないわよ!?」
まって、夜ってルイド様がいるよね!?ルイド様にこんな不格好なミルクレープは出せないよ!?絶対不機嫌になるって~…。しかも夜ご飯はまだお仕事モードなんだし…。
「大丈夫ですよ。それと、このミルクレープは今後作っていきますね」
どうやら料理長のお眼鏡に適ったらしい。やったね!うちの料理係が作ったらどうなるんだろうね!絶対美味しそう!
「おかえりなさいませ」
夕方になり、ルイド様が帰ってきた。いつものように玄関でお迎えをする。
「あぁ、ただいま」
ルイド様はそれだけをいい、書斎に向かう。
…まじでこのお仕事モード中にルイド様に出すの?なにそれ強心臓すぎない?
「久々に気が重いわ」
「まぁまぁ。きっと大丈夫ですよ」
ため息をついたら、サフィがそっと慰めてくれる。
まぁ、なるようなるか~。うん、ポジティブに行こう!
ダイニングに行き、ルイド様が来たところで夕食を取り始める。しーん…と沈黙が降りる。
そしてルイド様が全部食べ終わったところで、料理長がミルクレープをカットしたものを置いた皿を持ってくる。
「…これは?」
ルイド様が訝しんでミルクレープを見る。
うん、切っても不格好なのは変わらないね!ルイド様もちょっとびっくりしてる。下手ですみません!
「奥様が本日お作りになったミルクレープというスイーツでございます」
料理長がにこやかにそう言うと、ルイド様はちらっと私を一瞥した。
「そうか。食べよう」
ルイド様はそう言い、ミルクレープを食べ始める。
…うん、見た感じ美味しくないわけではなさそう!顔顰めなかったし!よかったよかった。そして相変わらずお仕事モード…!
食べ終わったルイド様はそのまま書斎へと去って行った。
「どうやら合格みたいね」
「なんで奥様にはそれがわかるんですか…」
サフィが若干黒いオーラを出しつつ、そう呟く。
「嫌そうじゃなかったからね」
私もご飯を食べ終わり、ミルクレープを一口食べる。
「美味しいわ」
我ながら見た目はあれだけど、美味しいことに変わりはなかった。前世で食べた味!
サロンに戻り、領地の本を読んでいるとルイド様が入ってきた。私は本に栞を挟み、ベッドに腰掛ける。
「ケーキどうでした…?」
お気に召したっぽいとはいえ、本人の口から感想を聞きたかったので、恐る恐る尋ねる。
「美味しかったぞ。フィリアはたまに面白いものを思いつくのだな」
前世の記憶がありますからね!まぁ、言えないけど。それにしても、美味しかったのね!よかったぁ。一安心である。
「昔似たようなものを食べたことがあったので」
嘘はない。昔である。人生跨いじゃうけど。
「そうか。たまにはフィリアが作るのもいいな」
「じゃあたまに作りますね」
よし!ルイド様に言われたならこれからも作るしかないよね!
遠い目をしたサフィが一瞬脳裏に浮かんだ。
「あ、そうだ。この前のパーティーで絡んできた子息だが…」
不意にルイド様が声をかけてきた。そういえばいたな、そんな人たち。
「あ、はい。その人たちがどうしたんですか?」
「どうやら王家の弱みを握って、要望を聞いてもらおうとしていたらしい」
「そうなんですね…」
意地汚い人たちはどこにでもいるよねぇ…。て、ちょっと待って。弱み?弱みって言った!?まさかあの毒事件は弱みになるの…!?それって私が弱み握っていることにならない!?
「王城内で王妃様主催のお茶会での事件だからな。王家にとっては痛手だ」
「なるほど…。じゃあ、意地でも言わなくて正解でしたね」
あの時の私、ナイス。
「あぁ、よくやった」
ルイド様はそう言って私に近付き、頭をそっと撫でる。
おぉ!ご褒美みたい!そして褒められた!今日は一人じゃんけんすることなくぐっすり寝れそうです。
「ありがとうございます」
そして1か月後、ついに王太子殿下とマリー様の結婚式の日がやってきた。
ミルクレープの作り方は適当です。材料は調べました。
久しぶりの日常という名のフィリア夫人暴走回でした!
相変わらず箱入り娘っぷりを発揮しております(笑)




