72. 3通の手紙 後編
「何を言ってるんだ、エリアーデ。お義父様とお義母様に選ばれるような、優秀な侍女なんだろう? 守るも何も……」
美しい笑顔で凄むお母様を、お父様は怪訝な顔をしながらも慣れた様子で宥め、真っ二つになった手紙を取り返そうとする。しかし、お母様はお父様をきっと睨みつけると、
「ええ、そうよ! 彼女はとっても優秀よ! お爺様の代からうちにいるし、お父様もお兄様も私も彼女から教育を受けたわ! だから……」
そう一旦言葉を切ると、ちらりと私の方を見て、
「ダメなのよ。あの鬼ば……じゃないわ、彼女は厳しすぎるの。ちょっとさぼったくらいで、私を箒で追い回したりしていたのよ! 確かに、彼女は優秀な侍女で教育係……でも、可愛いソフィーを任せるなんてできないわ!」
哀れみの表情を浮かべながらそう言うと、お母様はパイソンで「お断り」の返事を送ると言ってダイニングから飛び出して行ってしまった。
それよりも、お母様に「鬼」呼ばわりされる侍女とは一体どういう人物なのだろうか。それとも、お母様はとんでもないお転婆娘だったとか? さぼった発言と言い、最初の頃のソフィーを思い出すとあり得ないこともない。
侍女の件は一体どうなることやらと思いつつ、私はお母様専属の侍女たちが慌ててお母様の後を追うのを眺めていた。
「はあ、エリアーデときたら……。まあ、いい。正式な返事は私が書くから、ソフィーは気にしないで待っているといい。厳しかろうが何だろうが、シウヴァ家にとってもソフィーは可愛い孫だ。そのソフィーの侍女として選んだのだから、きっとそれに相応しい理由があるのだろう。私が連絡を取っておくよ」
お母様がいなくなったダイニングで、お父様は困ったように笑いながらお茶を一口飲み、話を続ける。
子どもの私に見える範囲だが、お父様はお爺様に振り回され、お母様にも時々振り回され……結構苦労してると思う。お爺様があんな感じだから、お父様のこの理解のある感じはユリアお婆様からなのだろうか。うちはお父様が一人いることで何とか回っているんだな、と半分以上失礼なことを考えつつ、私はお父様に
「お父様、私は厳しい方でも大丈夫です。ハルモニア様からお聞きしたとおり、命がかかっていることですから、厳しい指導を受けるくらいでへこたれたりしません。お母様やシウヴァ家のお爺様、お婆様にもそう伝えていただけませんか?」
「もちろんだ。ソフィーがいいなら、私は応援するよ。でも、どうしても嫌だと思ったらすぐに言うんだよ? 箒云々のことはよくわからないけれど、ソフィーに怪我をさせたいわけじゃないからね」
私とお父様は、その後も紅茶を飲みながら少しだけ話を続けた。そして、お父様の執務の時間になると私も自室に戻り、今日の授業へと頭を切り替えた。
私が3通の手紙を受け取った明くる朝、お父様が返信をしてくれた神官長への手紙にはすでに返信が届いていた。しかも、なんと白の魔力持ちの神官が、明日にでも来られるから来ても良いかと書かれていたのだ。
「早く会えるのは嬉しいのですが、まさかこんなに動きが早いとは……もしや既に領内で待ち構えていたりするのでしょうか……」
それはそれで前のめりすぎて怖い。私がちょっと引き気味にそう言うと、お父様が笑いながら、
「ははは、さすがにそれはないだろう。そうではなくて、陛下から王都の祈りの塔にある転移陣を使う許可が下りたそうだ。私も領都の分の許可を出したから、すぐにでも来られるということだよ」
どうやら王族と各領を治める領主一族、それから必要に応じて神官は、祈りの塔に元々設置されている小型の転移陣を使うことができるらしい。
祈りの塔同士を結ぶ転移陣は神様製のようで、今一般的に使われている転移陣は、祈りの塔のものを元にして作られたものなんだそうな。
領内を長距離移動する際に領主が使うことはもちろん、領主以外が王都と王都以外を行き来する時にも使われるが、悪用防止のため国王陛下、使用する祈りの塔がある領の領主、王都とその領の神官長など様々な人物の許可が必要なものらしい。
「そこまでして急いで来なくても……」
「陛下としては、ソフィーが言うようにその神官が少しでも手伝えるようになれば、王都でもお勤めが可能になる日が近くなるのではと期待しておられるようだよ。実際、ソフィーが女神の使徒になってから領内の治安は各段によくなったからね。それを聞いた陛下が、それならばと快く使用許可を出したそうだよ」
お父様の話によると、私が気軽に王都の神官長フランチェスコに頼んだ話は、調査の実施とともにそのまま陛下にも伝わっていたらしい。そういうレベルの話なら、先に陛下に相談すべきだったのか……? なんだかやらかした気もしなくもないが、お父様曰く陛下は許可を快諾し、今後どうなるかを楽しみにしているそうなので、とりあえずよしとしておこう。
「そうなのですね……。明日来たいとのことであれば、私は構いませんが……」
「ふむ……。では、明日来てもいいけれど無理はしなくていいよ、くらいにしておくかい? さすがに、それくらいやる気があるということを示すための社交辞令かもしれないし……。普通に書くと、立場上どうしても命じることになってしまうからね。ちょっと書き方を考えてから返事を出すようにしよう」
そう言ってお父様は執事を呼ぶと、執務室へと戻って行った。私は朝ごはんの後のお茶をもう一杯もらって飲んだ後、すっきりとした頭で午前の授業に向かった。
まさか次の朝、本当に件の神官が領都の祈りの塔にやって来て、やる気満々で私を待ち構えているとは……
そして、何の気なしに神官長に依頼してできたこの繋がりが、いずれ音楽都市を目指す私にとって、非常に重要なものになるとは……この時は全く気付いていなかった。




