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71. 3通の手紙 前編

 デートの日から更に数日経ち、キリアスが王宮へと向かってから1週間以上経った。しかし、メイソンおじ様は相変わらずおかしくなったままらしく、事情聴取はあまり進んでいないそうだ。


「キリアスの事情聴取は終わったらしいんだけどね……あの足に付けられた魔道具が、まだ外せないそうなんだ。あれには即死毒が仕込まれているから、早く解放してあげたいんだけど……」


 ダイニングでみんな揃って朝食を摂った後、紅茶を飲んでいたお父様は懐から3通の手紙を取り出した。そして、一番分厚い封筒に赤と金の蝋で封をしてあったことが伺える手紙を開くと、ため息をつきながらそう呟いた。


「ソフィー、これは陛下からの手紙だ。こっちはグラーベ文字で書いてあるから読めるだろう。キリアスの件とそれから……面会で話した呪いの件だね」


 そういえば、もうあれから1か月近く経つのか。毎日が目まぐるしすぎてすっかり忘れていたが……王宮で陛下と面会を行った際、国内に私の足についた呪いの痕を消すことができる人材がいないため、陛下が周辺の友好国に連絡を取ってくれるという話だったのだ。


「本当に陛下が動いてくださったんですね! あっ、でも……まだ、解呪できそうな人はいないのですか……」


「そのようだ。私への手紙にも書いてあったが、やはり「完全犯罪のための呪い」だから、そもそも解呪の方法など無いと言ってきた国もあったようだ。

 あとは、解呪が失敗したら、面会の時に弾き飛ばされたカロー男爵のように……いや、命を脅かされるほどの反撃を受ける可能性もあるらしくてね」


 なるほど。どうやら解呪とは、私が想像していた以上に難しいもののようだ。呪術が一般的に行われている国によると、「呪」と「解呪」は通常2つで1セットであり、必ず両方存在しているものなのだそうだ。しかし数少ない例外の一つが、私が受けた『死の鎖』なんだとか。


 色々試してみればいずれ方法は見つかるかもしれないが、解呪にもリスクがないわけではないこと。以前、カロー男爵が魔法の解除を試みただけでも暴れた呪いなのだ。中途半端なことをすれば、次はどう暴れるかわからない。


 しかも、解呪の相手は上位貴族の娘であり、女神の使徒だということも高いハードルになっているらしい。もし万が一失敗して、貴族の娘に何かあったら? 女神の使徒に何かあったら? この国や母国どころか、この世界で生きていけなくなるかもしれない。

 そう考えたら、まともな人物ならあえてチャレンジしようとは思わないのだろう。私だったら、恐ろしくて関わりたくないもん。わかるよその気持ち。わかるんだけどさ……


「そうですか……残念です。この痕が、少しずつでも薄れていってくれるといいのですが……」


「ソフィー、そう落ち込まないで? 私もアラン宛ての方は読ませてもらってけれど、まだ返事をもらっていない国もいくつかあるんでしょう? まだ希望はあるわ。きっと大丈夫。

 それに、もしダメだったら……ずっと騎士服を着ていてもいいのよ? ソフィーが一人で恥ずかしいなら、私も付き合うわ! ドレスなんかよりずっと動きやすいし、着心地もいいもの、うふふふ!」


 普段はあんまり気にしていないが、やはり両ひざ下に赤黒い鎖の痕がびっしりとついているのは、見ていて気持ちがいいものではない。当然、見られて嬉しいものでもない。どうにかできるなら、それに越したことはないのだが……


「ソフィーは、きしふくすきなのだー! ドレスじゃなくてもいいのだー! むふふ、おかあさまとおそろい、うれしいのだー!」


 慰めてくれるお母様に返事をしようと、私が口を開きかけたところでソフィーのそんな能天気な声に吹き出しそうになってしまう。むふふってなんだ、むふふって。

 いや、でもそれくらい前向きでいた方がいいのかもしれない。落ち込んだって、何も変わらないんだもん。だったら、今の状況を前向きに捉えて、楽しい気持ちでいた方がいいに決まってる。


 私は頭の中でソフィーをよしよしと撫でながら、


「はい、お母様。もし、この痕がずっと残るなら、私はずっと騎士服でいます! 騎士服が似合うように、鍛錬もがんばります!」


 落ち込んで俯いていた顔を上げ、私は2人を安心させようと笑顔で元気よく言葉を返した。すると、


「あら、ソフィーは鍛錬に本当に熱心に取り組んでいるものね! お爺様が、剣の才能があるから、鍛えるのが楽しくて堪らないっておっしゃっていたもの! ああ、もうソフィーは騎士になればいいのに……」


「エリアーデ、そのへんにしておくれ。ソフィー、服装は今のままでいいから、あんまり頑張りすぎなくていいんだよ。ソフィーが毎日努力しているのは、みんな十分よくわかっているからね」


 頭がどこか違う世界へと行ってしまったお母様を窘めながら、お父様が困ったように笑い、私を気遣ってくれる。そして、テーブルに置いていた残り2つの手紙を私に手渡してきた。


「ソフィー、残ったうちの1つはエリアーデの実家のシウヴァ侯爵家からだ。以前話した、うちに派遣してくれる侍女の人選が終わったみたいだよ。

 もう1つは、王都の神官長フランチェスコと領都の神官長グレゴリウスからだ。白の魔力持ちが一人見つかったようだね」


「え!? 白の魔力持ちが見つかったんですか! お父様、それはどちらのお手紙ですか!」


「うふふ、ソフィー、そう慌てなくても大丈夫よ。こっちにシウヴァ家の紋章が付いてるから、神官長のはきっとそっちよ。

 侍女の人選、もう終わったのね。ソフィーがそっちの手紙を読んでいる間、私は実家からのを読ませてもらおうかしら……」


 お父様から受け取った手紙のうちの片方を、お母様が私の手からするりと取って読み始める。私は自分の手元に残ったもう片方を急いで開き、自分が読めるグラーベ文字で書かれた部分に目を通していく。


「……本当ですね! 平民出身なので、魔力は少ないようだと書かれていますが……一人でもいればとっても助かります! 嬉しいです! お父様、その方に会えますか? いつ会えますか? お勤めに協力してもらいたいのです!」


 やっほーい! 手紙には、本当に1人見つかったと書かれていた。そして、その人物をどうすればよいか指示してほしいとも書かれていた。私は椅子の上で飛び跳ねて喜びたいのをぐっと堪えつつ、お父様の方へ身を乗り出し、食い気味に聞いてみた。


「あはは、じゃあなるべく早く一度来てもらえないか、私から連絡を入れてみよう。白の魔力持ちはどうやら神官のようだけれど、どういう方法でここに来るかによって、どれくらい時間がかかるか変わってくるからね」


「はい、ぜひお願いします。遠くの領地の方だときっと時間もかかるでしょうし……」


 私がはやる気持ちを抑えつつ、お父様と新しい白の魔力持ちの件について話をまとめたところで、お母様がいる方からべりべりと紙が破ける音とお母様の叫び声が聞こえてきた。


「なんですってえ!? ……あら、私としたことが、ついソフィー宛ての手紙を破いてしまったわ。ごめんなさいね」


 驚いてお母様の方を見ると、お母様は美しい笑顔を浮かべながら真っ二つに裂かれた手紙をぐしゃりと握りしめていた。


「えっと、お母様……? その、イーサンお爺様とエリーゼお婆様からは……」


「エリアーデ、どうしたんだい? 無事に侍女が決まったって書いてあったじゃないか。どうしてそんなに……」


 お父様が怪訝な顔をしながらお母様から手紙を取り上げようとしたが、お母様はそれをひらりと躱すと立ち上がり、


「この侍女()だけは絶対にだめよ。私はソフィーを守らなくっちゃ。ねえ、そう思うでしょう、アラン?」


 上品な所作を珍しく乱しながら、お母様はわけがわからない様子のお父様になぜか笑顔で凄んでいた。


お待たせいたしました、更新を再開します。

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