67. お爺様とデート 前編
「がははは! ソフィーと『デート』じゃ! お前たち、儂の邪魔したら許さぬぞ、がははは!」
上機嫌に高笑いしながら馬の手綱を捌くお爺様の前に乗せられ、私は領都の祈りの塔付近に来ていた。正式に側近候補になったキリアスが、王都へと向かってから数日たった今日、お爺様が先日の約束通り休みをもぎ取って来たのだった。
「わかっておりますよ、騎士団長。団長一人で護衛は十分だってことも。でも、何があるかわからないのですから、俺たちを置いて行くのはやめてくださいよ。団長のためではなく、お嬢様のためなんですからね!」
「ぐぬう……、ソフィーのためと言われたら断れんのう」
お爺様はどうやら2人だけで出かけたかったようだが、今日はお店を徒歩でまわる予定らしく、それなら護衛でついて行きますと結局何人もの騎士たちが付いてくることになった。
普段は、お母様が私を一人で送迎してくれているから、大して変わらないのではと思っていたのだが……どうやら、それも遠巻きに何人も護衛が付いており、その上道中は馬から降りないので、直接の護衛はお母様だけで済んでいただけなのだそう。
「そうっすよ、団長ー。徒歩なんて、どっからでも襲撃し放題なんすから、俺たちがいなきゃ、警戒でお嬢様とゆっくり楽しめないっすよー? 俺たちがきっちり周囲を見てますんで、そこは任せてもらって大丈夫っすよ!」
「領境で不審者は入れていませんし、お嬢様が女神様の使徒になられてから領内の治安はさらによくなりましたが……違う意味で今回は警備が必要でしょうし……」
不満をあらわにする子どものように唇を尖らせてむくれているお爺様に、周りを取り囲む騎士たちが口々に警備の必要性を説く。私は最後に口を開いた騎士の『違う意味』という部分が引っかかっていたが、その答えを私はとある店に寄った後に、身を以って知ることになる。
祈りの塔の近くで馬を留めた後、ぞろぞろとついて来ていた騎士の大半は、領都警備の第2部隊と協力して各自の持ち場へと向かったようだった。そして、残った5名が私とお爺様の前後左右に付き、護衛をしてくれるそうだ。
私はお爺様と一緒に歩きながら、魔導ペンと文字のエミリー先生からもらった一枚の紙を取り出した。実は、今の時間は本来、文字の授業の時間なのだ。でも、お爺様と領都のお店を見て回るという話をしたら、授業の代わりに領都のお店の看板の文字をメモしてくる、という課題をもらったのだ。
「お爺様、どのお店の看板も本当に2種類の文字で書かれているのですね。私が読めるので、片方はグラーベ文字、もう片方は……グラスゴ文字でしょうか?」
「ああ、そうじゃ。平民が利用するような店は、必ずグラーベ文字を付けなければならんからな。グラスゴ文字は、商人や職人との取引があるなら使わねばならん。あとは、王都の王侯貴族向けの店などは、ノードレス文字しか使っておらんかったりするぞ。
看板の文字を見れば、どの身分の客に向けた店で、安いかとんでもなく高いかはおおよそ予想がつくぞ」
なるほど、看板を使って客を選別しているのか。まあ、普通は読めない文字で書かれた店に、いきなり入ろうとは思わない。私はお爺様にどれがどんなお店なのか聞きつつ、手元の紙にメモしていく。
領都のお店は、思っていた以上に活気があり、明るくてきれいな佇まいのものが多かった。どれも日本で言うところの、昔ながらの個人商店のような印象だが、食品、服飾、簡単な装飾品、お酒、家具、武器、ポーションなどの薬、飲食店と小さいながらも面白そうなお店がたくさんあった。
お爺様は目的地があるようで、どのお店も「また後で寄るからの」と言っては通り過ぎていたのだが、とある一軒の可愛らしくて甘い匂いのするお店の前で立ち止まった。
「ソフィー、闘いの前には必ず腹を満たしておかねばならん。今日はソフィーが行きたいところを全部まわるのでな。ここの甘味を食べて気合をいれるのじゃ、がははは!」
そう言うと、なんだか小人か妖精が住んでいそうなくらい、メルヘンな雰囲気の木の家の扉を開け、私を中へと促した。
「あらまあ、レイモンド様、お久しゅうございます! それに……もしや、噂のソフィア様でございますか! なんとまあ! 目のあたりがユリア様にそっくりで……」
店内は満席のように見えたが、店主と思われる白髪の老年の女性が、店の奥にある小さな庭園のテラス席に案内してくれた。大切に育てられていることが伺える、バラを始めとした色とりどりの花が美しい庭園に、たった1セットだけ真っ白なテーブルと椅子が用意されており、まるでVIP席のようになっている。
そこへ案内してくれた女性が、お爺様をまるで旧友にでも会ったかのようにとても嬉しそうに迎え入れ、次に私を見てとても懐かしそうに目を細めていた。
「ああ、しばらく来れなくてすまなかったな。この子は孫のソフィアじゃ。噂とは……ハルモニア様の使徒のことであろうな。……いつものでたのむ」
「お気になさらないでくださいませ。こうしてまたお元気なお姿を見られて、私も嬉しゅうございます。ソフィア様、この『スイートタロームカフェ』の店主をしております、レナと申します。
ソフィア様のお陰なのですが……、うちの娘や孫たちが、毎朝ソフィア様のお姿を拝見しようと、早起きして仕事をするようになりましてねえ。毎日、皆とてもいい表情で仕事をしておりますし、どこの店でも争いごとが随分減ったと話題になっているのです。
きっと女神に選ばれた次期領主様のお陰だと、いい意味でソフィア様の噂が広がっているのですよ」
レナと名乗ったカフェの店主は、従業員たちに「いつもの」と言われたものの指示を出しながらお爺様と私との会話を続ける。どうやらここの店は、お爺様がユリアお婆様と昔からよく来ていたお店で、この席も花が大好きだったユリアお婆様のためにレナが用意し、今もずっと手入れを続けているのだそうだ。
そうこうしているうちに、温かいハーブティーと湯気がもうもうと上がるお皿が運ばれてきた。外まで漂ってきていた、あの甘くていい匂いも一緒だ。お皿に載っていたデザートは、かなり大き目のスイートポテトのようだった。この店の名前も「スイートタロームカフェ」だし、もしかしたら同じようなものなのかもしれない。
「出来立てでとても熱いので、やけどに注意してお召し上がりください。お水はテーブルに用意しております。何かあれば、呼び鈴でお呼びください。では」
一通りテーブルに並べ終えると、レナはこちらを物珍しそうに眺めている若い従業員たちを全員回収しながら店内へと戻って行った。きっと、ユリアお婆様とお爺様がデートで来ていたときも、こうして2人の時間を過ごせるように配慮していたのだろう。さすがは、お爺様が良く来ていたお店だ。お爺様が邪魔されるのが嫌いなのも、よくわかっているようだ。
「お爺様、熱いけどとっても甘くておいしいです! 今日来てくれた護衛騎士のみなさんにも、買って帰りたいです!」
お爺様と2人だけになったところで、大き目のスイートポテトのようなデザートをナイフとフォークで一口サイズに切り分け、少し冷ましてから口に運んでみる。すると、薩摩芋に蜂蜜を加えたような優しい甘さの中に、わずかに里芋のような粘り気が感じられ、全体的には蒸しパンのような柔らかくふんわりとした食感という、とても面白くて美味しいお菓子だった。やばい、これは癖になりそうだ。
見た目はシンプルだし、どちらかと言うと庶民的なお菓子だけれど、私は一口でこれをとても気に入った。その勢いで、店内や外で警戒してくれている騎士たちにも分けてあげたいなと思い、お土産にと言ったのだが……それを聞いたお爺様は一瞬、驚いたような顔になった。
「騎士たちにも、か……。ソフィーは、ユリアと全く同じことを言うんじゃな……」
そう言って懐かしそうな顔をすると、お爺様はユリアお婆様のことをぽつりぽつりと話始めた。




