66. ソフィーの側近候補
「やあ、待たせてしまったかな? ……エリアーデ? なんだか物騒なオーラを出しているけれど……ソフィーにちゃんと『説明』してくれたんだよね……?」
美しい笑顔のまま殺気を放っていたお母様に、キリアスを連れてダイニングに入ってきたお父様がぎこちない笑顔で尋ねた。お父様はちらりと私を見て、「本当に説明してもらったのかい?」と目で訴えて来た気がしたので、思いっきり頷いておいた。それ以上、今突っ込んではいけません、お父様!
「ええ、もちろんよお、アラン。物騒だなんて、うふふ、変なことを聞くのねえ。大丈夫、魔力災害と今回のメイソンの件は話してあるわ。ねえ、ソフィー?」
「は、はい!」
私の向かい側に座っていたお母様の隣にお父様が座ると、とってもいい笑顔でお母様が答えた。もちろん私は同意する。これは嘘じゃないし、とにかく今のお母様はスイッチオン状態だから、変に刺激してはいけない。正直、こういうところはむしろお爺様とお母様が親子なんじゃないかと思うくらい、よく似ていると思う。
お父様はキリアスに私の隣に座るように促した。キリアスは素直に返事をし、私の隣でありお父様の向かい側の席に着いた。
「では、ソフィー。まず、私からソフィーに話したいことが1つある。キリアスのことだ」
そこで一旦お父様は言葉を切って、キリアスをじっと見つめた。私もキリアスを見ると、先ほどまでの晴れやかな顔からは一転して、今度はきりっとした表情に変わっていた。お父様はそんなキリアスと私の顔を交互に見た後、静かに頷いて話し始めた。
「私とエリアーデ、父上、それから先ほどキリアスとも相談したんだが……。我がヘンストリッジ辺境伯爵家は、メイソンが不在の間キリアスを預かり、ソフィーの『側近候補』として育てようと考えているんだ」
「側近候補ですか……?」
「ああ、そうだ。側近候補だ。候補、と呼んでいるのは、彼がまだデビュタント前で正式な成人貴族ではないからだ。卒業までに側近として相応しいと認められれば、デビュタントとともにソフィーの側近になるという意味だ。もちろん、相応しくないと判断されたり、ソフィーと合わなければいつでも変更することができる」
「あ、その、そうではなく……。どうして、キリアスが私の側近に……?」
私が聞き返したのを、候補に対する疑問だと勘違いしたお父様が、見当違いな説明をしてきたが、疑問はそこではない。突然のメイソンの連行にも驚いたが、キリアスの側近候補だって突然だ。保護するなら、普通に辺境伯爵家で預かるのではだめなのか?
私の疑問が今度は伝わったのか、お父様が「ああ、そっちか」と呟きながら再度説明を始める。
「そうだな、ソフィーにもそこから説明しないといけなかったな。すまない。
まず、メイソンが王宮に連れて行かれたのは知っているね? 被害者である使用人も全員連れて行かれ、事情を聞かれる予定でね。もちろん、明日から数日間キリアスも王宮に行くのだが……。メイソンはあんな状態だろう? 一体いつ取り調べができるようになるかどうか、全く見当がつかないんだ。
そして、取り調べができるようになったとしても……メイソンの場合、証拠も証言もほぼ出揃っている。まず間違いなく奴隷化の件では有罪だろう。無断での奴隷化の罪は重く、どんなに軽くても犯罪奴隷で10年以上の労働が課せられる。ソフィー、これがどういう意味かわかるかい?」
「……キリアスを育ててくれる人が長期間いなくなる、ということでしょうか」
「そうだ。でも、それだけじゃない」
お父様は、ふうっとため息をつきながら、使用人たちが淹れて来た紅茶に口を付けた。
「ソフィー。貴族の犯罪行為に対する処罰はかなり厳しいんだ。そもそも貴族が処罰されるなんて、そう頻繁にあることではないんだけれど、全くないわけでもなくてね。
労働奴隷以上の罰に相当する重罪であることが決まったら、その時点でヘンストリッジ男爵家はお取り潰しだ。キリアスも貴族から平民になる。しかも、下手したら両親を失って孤児になるかもしれない。
それだけでなく、メイソンが奴隷にした使用人たちが、メイソンの代わりにキリアスに復讐しようとしたら? まだ10歳の子どもが、そんな状況でたった一人で生きていけると思うかい?」
つまり、キリアスは親も家も爵位も失った上、父親がしたことに対する復讐に遭う可能性を抱えながら一人で生きていかないといけない状況になったということらしい。ヘンストリッジ辺境伯爵家としては、通報したのが自分たちだということ。それからキリアスが親戚の子であり、奴隷化の件で彼も被害者だということ。そして、母親をこの地で失ったキリアスが、結果的に父親もこの地で奪われることになったことに、少なからず責任を感じてのことのようだった。
キリアス保護は賛成だ。でも……またこれだ。これってヘンストリッジ辺境伯爵家が悪いの? 違うでしょ。誰が悪いって、メイソンおじ様じゃないか。アイリーンおば様の時は、ザキス帝国が悪かったんじゃないか。
それなのにお父様は、また自分を責め、取らなくていい責任を取ろうとしているみたいに見える。私には、がっちりとした体躯に深紅の髪、そして強面の顔からは想像もできないほど優しくて理解あるお父様が、そうやって無意識に自分を追い詰め、苦しんでいるようにも思えた。
違う。違うんだよ、お父様。お父様は悪くない。やるべきことをやっただけじゃない。なんで、こんなにお父様が悪いみたいな空気なの? どうしてお父様は自分が責任を取らなきゃいけないような言い方をするの? キリアスに気を遣っているから? それ必要? むしろ自分の親が襲撃してんのに、その被害者に保護してもらうんだよ? 責任取れとか思うか、普通。そんな性根の腐ったやつなら、私が叩き直してやるわ!
色々考えているうちに段々怒りが湧いて来た私は、その勢いに任せて両手で勢いよくダイニングのテーブルを叩くと弾かれたように立ち上がり、
「お父様! 私は、キリアスがここにいるのも保護するのも賛成です。年の近いお友達もいませんから、キリアスが一緒にいてくれたらとても嬉しいです。
でも……、キリアス、ごめんね。キリアスは気を悪くするかもしれないけれど、私はアイリーンおば様のことも、メイソンおじ様のことも……お父様が悪いとは全く思っていません!
だから、お父様がキリアスのためを思って決めたことなら、側近候補の件は喜んで賛成します。でも、結果的にキリアスに悪いことを、可愛そうなことをしたから償いたいということなのであれば、私は反対です! そんな必要はありません!」
そう言い放った私を、お父様もお母様も驚いた表情で見つめていた。そういえば、目が覚めてから『ソフィー』が怒ったところなんて見せたことがなかったかもしれない。でも、なんだか私にとって、ここは譲りたくないところだった。会社でも良く見た光景だったが、良い人や真面目に頑張っている人が損する、という状況が私は嫌いだ。そんなことをしていたら、いつかきっとお父様が抱え込んだものの重さに潰れてしまう。
しばらくぽかんと口を開けていたお父様だったが、ふと我に返ると嬉しそうに笑い出し、穏やかな顔でキリアスを見つめながら、
「どうだい、キリアス。我が辺境伯爵領の未来の領主は、5歳とは思えない聡明さと分別を持っているだろう? 私が悩んでいたことも、君が気にしていたことも木っ端微塵に吹き飛ばしてくれたね。親バカだけれど、私の娘は我が家の誰よりも仕え甲斐があると思うよ」
そうおどけた口調で声をかけたお父様に、キリアスは深々と頷いて立ち上がると私に向かって臣下の礼を取った。そして、その姿勢のまま顔を上げ、立ったままの私を見上げながら口を開いた。
「はい、アランおじ様。ソフィア様、今回単なる保護ではなく、保護していただけるのであればソフィア様のために働かせてほしいと願い出たのは私です。許可をくださった陛下と保護してくださるヘンストリッジ辺境伯爵家に感謝こそすれ、恨むなどとんでもありません」
そう言葉を続けるキリアスは、昨日の誰も信じていないような目をしていた少年とは別人のようだった。自分から働かせてほしいと申し出たと言ったキリアスは、私を見上げていた姿勢から今度は頭を下げ、必死に頼み込むように訴えて来た。
「先の言葉遣いを始め、数々の非礼をお詫びいたします。どうか、領主候補であり、女神ハルモニアの使徒であるソフィア様の側近候補として勤めさせていただけないでしょうか!」
「え? いや、だから、私はいいんだって! 側近候補でも何でもいいから、顔を上げて! ね? ああ、お父様、もうどうすれば……」
私はお父様は悪くないと訴えたかっただけで、まさかキリアスが土下座のような体勢を取ってまで側近にと頼み込んでくるとは思っていなかった。お父様やキリアスの反応が思っていたものと全く違い、困惑してしまう。側近でもなんでも、お父様がいいと言うならうちにいたらいいと思う。
元々キリアスは、話し方はフランクだったけど、パイソンの使い方だって丁寧に教えてくれたもの。決して悪い子ではないのだろう。だからこそ、土下座してまで仕事をさせてくれと言われても、私が困ってしまうだけなのだ。
「ははは、まあ、ソフィー。私は残念ながら、立ち会えなかったが……先ほどキリアスをアイリーンに会わせてあげたそうだね。どうもキリアスは、ソフィーにその恩義を感じているようなんだ。ソフィーが嫌でなければ受け取ってあげておくれ。
キリアス。ソフィーは領主候補だけれど、女神ハルモニアの使徒になったことで、今後様々なところで狙われる可能性がある。君が話したメイソンの件だけではない。だから君はここでソフィーと一緒に学びつつ、不穏な芽を未然に摘んでもらいたい」
「はい、お任せください。ソフィア様、改めまして、紫の魔力持ちのキリアス・ヘンストリッジと申します。まだ勉強中の身ではありますが、得意分野は自分の『影』を使って移動する影魔法と物を通した情報収集です。表向きは護衛、裏では隠密としてソフィア様をどこからでもお守りします」
さっきまで私のことを「変なやつ」とか言って笑っていたキリアスは、すっかり真剣な顔で私を守るとか言い出していた。いや、それだけじゃなくて、よく見たら真剣さの中に、なんというか、神官長グレゴリウスのハルモニア様への陶酔に似た雰囲気すら感じる。あれ? なんでこんなことになってるのか……ハルモニア様かリュフトシュタインが何かしたのだろうか?
そもそもメイソンおじ様の件も、まるでうちで通報してくれと言わんばかりのタイミングだった。本当に偶然なのか? 偶然じゃなかったら? キリアスのこの変わり様も……?
昨日と態度が違いすぎるキリアスに困惑しながらも、「いい」と言ってしまった手前、拒否するわけにもいかない。隠密として使えとか一体どんな10歳だよ、と言いたくなるのをぐっと堪えながら、私は精一杯お父様とキリアスに頷いた。




