65. 魔力災害とは 後編
「紫の魔力持ち……?」
「ええ、そうよ。ソフィーはまだ知らないかもしれないけれど、魔力には必ず色がついているの。その色によって、誰がどんな魔法を使うことができるかほぼ決まっているのよ。
例えば、赤なら火魔法、青なら水魔法か氷魔法、という具合でね。それで、紫は干渉魔法とでも言えばいいのかしら。紫は、ちょっと特殊な魔法で……」
私が白の魔力持ちだと言われた際、白は直接相手を攻撃できない魔法だということは聞いていた。そして、他の色の魔力にもそれぞれ使える魔法の種類が決まっているようだ。
ちなみに、紫の魔力持ちは大きく分けて二つの種類に分かれるらしい。『人や生き物に直接影響を与える魔法』と『物に影響を与える魔法』だ。例えば、王宮で陛下との面会に同席したカロー男爵は、魔力による状態異常を解除できるスペシャリストであり、『人に影響を与える』タイプの紫の魔力持ち。一方、一流の魔道具職人と言われているメイソンおじ様は、『物に影響を与える』タイプなのだそう。
「お義母様は、元々カロー男爵の師匠でね、治療に特化した紫の魔力持ちだったの。アイリーンは物に干渉できるタイプだったわ。だから、当時王宮の魔法師団に所属していた彼女に頼んで、白土の魔素を取り出すか、何かしらの方法で魔素を打ち消すことができないか、試してもらう予定だったの。でも……」
話が長くなることを見越してか、控えていた使用人たちがそっと私たちの朝食のお皿を下げ、温かい紅茶とココアのようなものを用意してくれる。お母様は、運ばれてきた紅茶を一口含むと、ため息をつきながら続けた。
「自分以外の人や物に干渉することができるということは、どうやら他の干渉を受けやすいということでもあったみたいなの。当時、領民が体調を崩すことは無かったし、私たちのように他の色の魔力を持つ者は、ちょっと身体がだるいとかはあったけれど、ずっと目まぐるしく対応に追われていたから、ただの疲労だと思っていてね……。
でも、2人は明らかに違ったの。最初は、少し身体がむくんでいるくらいだったのが、どんどん膨らんでいって……。あの時は、原因が全くわからないし、どの医者も魔法師団の職員もどうすればいいのか見当もつかなかったみたいでね……」
お母様は、とても辛そうに「助けられなかったの」と消えそうな声で呟いた。後でわかったことだが、魔力災害で大量にまき散らされた魔力に、アイリーンおば様とユリアお婆様は強く干渉を受けた可能性が高いそうだ。魔力の器としての身体が、魔力災害により対応できないほどの魔力量を、本人の意思とは関係なく抱え込み続けたことで、身体は膨張を続け、最後には2人の身体が器として耐えられなくなったそうだ。
お母様は、それがどういうことか具体的には言わなかった。いや、言えなかったのだろう。言わなくても、2人がどんなに残酷な最後を迎えたか……十分に想像できる。想像するだけでも恐ろしいのに、それを目にしなければならなかったお爺様を始め、お父様とお母様はどれだけ辛かったことか……。特に、愛する人をそんな形で失ったお爺様が、この話をしたくないと思うのも当然だ。
「お母様……」
「うふふ、ごめんなさいね、ソフィー。もう全ては終わってしまったことなのに、どうしても……あの時のことを思い出すのは辛くてね。あの後の調査でわかったことはたくさんあって、あの時こうしていれば……例えば、あれが魔力を抱え込みすぎたせいだと気づいていれば、2人にどんどん魔力を使わせたり、ここじゃなくてすぐに王都に避難させたり……そうすれば、もっと結果は違ったかもしれないのに……そう考えてしまうのよ。もうどうにもできないことなのにね。
私たちだってそうなのだから……メイソンが同じように考えて、結果的に私たちを恨んでいても何もおかしいことはないのよ」
「でも……! 悪いのは、ハルモニア様を殺そうとしたザキス帝国ではありませんか! ヘンストリッジ辺境伯爵家は被害者です! みんな頑張ったのに……お婆様だって失って……納得できません!」
そう、元はと言えば、メイソンおじ様がお父様をなぜ襲おうとしたのか、まずはそれを説明してくれるはずだったのだ。それなのに、これが理由ならばただの八つ当たりだ。恨む相手を間違っている、そう思って私はつい声を荒げたが、
「ソフィーの言う通りよ。でもね、この責任を取るべきザキス帝国は、生き物はおろか、一つの建物も残らず、大きな穴を一つ残して消えたのよ。恨むべき相手が残っていないのよ。
……だからと言って、相手もみんな死んでしまったのなら仕方ない、と簡単に納得できるかしら? 誰かを恨まずには生きていけない……、そうなってしまっても不思議ではないと思うわ。
それにね、今回の件の処理は、全てアラン主導で行ったことになっているの。暗黒龍ゼフュロスは人間と関わるのを嫌うから、彼の名前を使うことはできなくてね。だから……、メイソンにしてみれば、『領民は全員助けたのに、俺の妻は領民じゃないから見捨てたんじゃないか』とか『死人が出たのは、アランの対応が悪かったから。だから、全てはアランのせい』と感じていてもおかしくないわ」
「そんな……」
私は、それ以上何も言えなかった。ちなみに対外的には、ヘンストリッジ辺境伯爵家が王国への影響を最小限に留め、魔力災害と魔物の大量発生を食い止めた、と陛下から正式に表彰されたそうで、一般的にはお父様の対応がおかしいとは認識されていない。
でもお母様が言うように、家族を失った人にしてみれば、そんなことはどうでもいいのかもしれない。恨む相手が違うのはわかっていても、他にも不手際があったやつはいるはず、他にも責められるべき人間はいるはず。そう考えるのは、仕方のないことかもしれない。それはわからなくもない。
ただ、それでも私は、メイソンおじ様がこうしてお父様を恨み、襲撃しようとしたことに納得できたかというと、やっぱりできなかった。できそうになかった。だって、根本的にお父様は悪くないんだもん。それなのにそんなに恨むんだったら、メイソンおじ様が自分で助ければよかったのよ、あなたはその時一体どこにいたのよ! と私が違う方向で理不尽な怒りを燃やし始めたところで、お母様が再度口を開いた。
「それまでメイソンとアランは、親戚同士の仲が悪いわりには交流があったのだけれど……それ以来、一切の連絡が途絶えたの。王都で仕事には行っていると聞いていたけれど、ずっとふさぎ込んでいたみたいだし……私もアランも心配していたのよ。
だからね、ソフィーのお見舞いに来たいって連絡があった時は、少しほっとしていたの。あれから6年経って、自らこちらに来ると言ってくる位、メイソンは気持ちの整理がついたのかもしれないって。でも……そうではなかったみたいね」
お母様は紅茶をもう一口飲んで、哀しそうに目を伏せた。このままだとココアが冷めてしまうので、私も慌てて口に運ぶ。
「キリアスには、昨日の時点で話をしたのだけれど……実は昨日、メイソンの使用人がアランに助けを求めて来たの。メイソンは2年前から……自分が雇った使用人全員とキリアスを……無断で奴隷にしていたの」
「え……?」
私は飲み終えたカップを置こうとして、あまりのことに驚き、つい大きな音を立ててしまった。慌ててカップを見るが、割れてなかった。ほっと胸を撫でおろしたもつかの間、お母様がさらにとんでもないことを続ける。
「しかもね、メイソンはあなたに呪いをかけて殺そうとした事件に、大きく関わっている可能性がとても高いことが分かったの。アランがさっき話していた、メイソンが王宮へ連れて行かれたのは、その取り調べのためよ」
「え……? どうしてメイソンおじ様が、私を……?」
「わからないわ。ただ……」
まさか、あの呪いをかけてきたのが、親戚かもしれないとは全く思っていなかった。そして、これまで生まれてから一度も会ったことの無いはずの私がなぜ狙われるのか……知らない人に知らないところで命を狙われることに、私が背筋の凍るような感覚を覚えていたところで、お母様がそれまで哀しそうにしていた表情をがらりと変え、目に強い光と決意を宿し、
「メイソンがこの先、一生私たちを恨んでいても構わないわ。でも、もしソフィーに手を出したのなら許さない。
ソフィーはあの時、まだお腹にもいなかったのよ? 一体ソフィーに何の責任があると言うの? 本当にメイソンがソフィーに手を出したのなら……私は絶対に許さないんだから……」
本当は、お母様にまだ聞きたいことがたくさんあった。暗黒龍が魔力や魔素を回収したのなら、どうして今も白土化が進み続けているのか。メイソンおじ様やキリアスは、事件の時にヘンストリッジ領に来たのか。もし来たのなら、紫の魔力持ちのメイソンおじ様は無事だったのか。当時の混乱を知っていて尚、本当にお父様を恨んでいるのか。お父様を恨んでいるのなら、どうして狙ったかもしれないのが私なのか。どうして息子のキリアスまで奴隷にしたのか……
でも、お母様の決意を秘めた目と恐ろしいほどに美しい笑顔を見て、とてもそんなことを聞ける状態ではないと思い、私は開きかけた口を噤んだ。そして、一体私はなんと答えたらいいのかと困り果てていたところで、リタが助け舟を出すかのようにお父様とキリアスの到着を知らせて来た。




