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63. 初めての卒業と不正調査官

「あれ何だろう……? 1本だけ、金ぴかになって何か出てきているんだけど……。何かあったの?」


 1か月以上毎日演奏してきたが、こんなことは一度もなかった。青みがかったリュフトシュタインの中で、1本だけ金色なのだ、これは目立つし私の見間違えではないとはっきり言える。

 天井高く伸びるパイプを見上げながらふと思ったが、そういえばリュフトシュタインは神獣で、一応生き物だ。もしかして、1本だけ具合でも悪いのかと思って声をかけてみたが、私の言葉に重なるように、一斉にリュフトシュタインの中から大勢の歓声が聞こえてきた。そして、その数多の歓喜の声に続いていつもの4人が私の質問に答えてくれた。


「きんぴかは、そつぎょうなのー! Flute 8’のこなのー! ソフィーがまいにちつかってたから、おしごとおわりなのー!」


「任期満了第1号じゃな。ソフィー、よくやった。デュオディアイラス様の元へと送り出してやらねばな」


「おおお! めでてえなあ! これで、ここで仕事をすりゃあ、必要な徳を積めるんだってみんなに証明できたぜ!」


「はあ、ありがとねえ、ソフィー。あんたのおかげさあ。この子は元々人間だったんだけど、死ぬのがちょっと早すぎたみたいでねえ。ふう、これで次も人間さあ。頑張ったねえ、よかったねえ」


 なるほど、以前聞いたリュフトシュタインに宿る魂のうちの一つが、その任期を無事に終えたらしい。最初の頃に来た者は、400年以上リュフトシュタインの中で待っているのだ。一人卒業できたことで、リュフトシュタインの他の魂たちもとても喜んでいるのだそうだ。仕事が本当に報われることを実感し、自分もいつかと期待が膨らんでいるのだろう。


「そっか、それならよかった。Flute 8’さん、短い間だったけれど、一緒にお仕事をしてくれてありがとう。あなたが次の人生を迎えたら、またどこかで会えたらいいな」


 私もなんだか嬉しくなって、気づいたらそう頭の中で語りかけていた。すると返事こそなかったが、金色に輝くパイプの先から同じく金色の粒子が零れ始めていたところに、その粒子に乗って紫色の光が絨毯のようにこちらに向かって波打ちながら流れてきた。


 突然のことにびっくりして固まってしまったが、金色の粒子に囲まれた紫の光は私の頭から足先までとどまることなく流れていく。私を包んだ紫の光から、かすかに女性の声で「ありがとう」と聞こえた気がした。頭をよしよしと撫でられたような気もする。

 不思議なこともあるものだ、と思いつつ、私は金色の粒子と紫色の光の粒の絨毯の行方を目で追っていく。すると、私を通過した紫の光は、今度はキリアスの前に集まっていた。






「何が起こったんじゃ……? もしや……アイリーンか?」


 祈りの塔の最前列に座っていたキリアス、お爺様、お母様は、謎の現象にただただ驚いているようだった。リュフトシュタインの声はみんなには聞こえないのだ。だから、この光が恐らくは卒業する魂とそれをデュオディアイラス様の元へ送るためのものだということもわかっていない。私が3人に説明しようと、演奏台の上で後ろを向き、口を開こうとしたところで紫の光がぼんやりと人型をとりはじめた。


「え……? もしかして……、母上……?」


 ゆったりとしたウェーブのかかった髪に、イブニングドレスのようなものを纏った背の高い女性だ。私からは後ろ姿しか見えなかったが、その姿を見ていち早くお爺様が反応した。キリアスの前で人の形になった光の粒は、一瞬お爺様の方を向いて微笑み、呆然としながら座っているキリアスに手を広げ、優しく抱きしめた。





 

「そうか……、アイリーンはこれからまた人へと生まれ変わるのか……。ソフィーの言う通り、いつかどこかで会えるといいのう……」


 キリアスを抱きしめ、何事かを呟いた女性は、その後すぐに光の粒子へと戻り、金色の光に導かれるように祈りの塔の「神の道」を通って空へと消えていった。


 光が消えた方を向いたまま呆然としているキリアスの元へ、私は事情を説明しようと駆け寄った。そして、キリアスを含めてお爺様とお母様にもリュフトシュタインから聞いた「卒業」のことを話した。


「そうね。まさかここにいるとは思っていなかったけれど……、アイリーンに会えて……よかったわ……」


 私の話を聞いたお爺様がぽつりと呟く。それに答えるようにお母様が答えるが、その目には涙が浮かんでいる。すると、ずっと光が消えた方を見つめていたキリアスがこちらを見たかと思うと、おもむろに口を開いた。


「……ソフィー、今のってソフィーがやったのか? 俺が……母上のために何か弾いてほしいって言ったから……だから、俺のために母上を……?」


「アイリーンおば様のために弾いたのは本当だよ。でも、アイリーンおば様がここにいることも、今日のお勤めで卒業することも知らなかったから、それは偶然かな。ただ、アイリーンおば様が卒業できたのは、私が毎日お勤めしていたからだから、一応私がやったってことになるのかな……?」


「ぷっ……、なんだよそれ。自分でやったって言ってるのに、なんで自信なさそうにしてるんだよ。あははは、お前ってほんとに変なやつだなあ」


 キリアスの質問に、私は自分でも頭をかしげながら答えていると、私の返事がよほどおかしかったのか、キリアスが笑い出した。それは昨日見た、張り付けたような不自然な笑顔ではなく、初めて見る彼の心からの笑顔だった。

 ひとしきり笑った彼は、相変わらずガリガリに痩せていたが、その顔は憑き物が落ちたようにすっきりと晴れやかだった。アイリーンおば様から何かを聞いたようだったし、その言葉がよほど彼に響くものだったのだろう。キリアスの変化の大きさに私が戸惑っていると、彼は立ち上がって私のそばまで歩いて来た。そして私の頭を優しく撫でながら、


「ソフィー、ありがとう。まさか母上にもう一度会えるなんて思わなかったけど……。……俺、なんとか頑張ってみるから」


 最後の方は、声が小さくて聞こえなかった。しかし、キリアスは別人のように凛々しくなった顔に、何か強い決意を宿しているようで、もう一度聞き返すのは憚られた。






 ソフィーが祈りの塔でのお勤めを始めた朝7時頃、ヘンストリッジ辺境伯爵家の屋敷では、怒号が飛び交っていた。


「ぐあああああ、やめろおおお! お前らあああ、俺に、近づくなあああ!」


「そういうわけにはいきませんよ、ヘンストリッジ男爵。あなたには、不当に人民を奴隷化した罪、息子であれ貴族を不当に奴隷化した罪、それから殺傷能力のある魔道具を登録なしに使用した罪、合せて3つの罪を犯した疑いがかけられています。王宮で取り調べを行いますので、大人しく私たちと来てください。抵抗すれば、罪が余計に増えますよ」


「グリスナー調査官、悪いが彼らでは時間がかかりすぎる。私が一発入れて大人しくさせてもいいだろうか? 被害者及び参考人として連れて行く、メイソンの使用人たちの支度はできたようだから、あとは彼だけなのだろう?」


 昨日のアラン襲撃未遂事件以降、ずっとおとなしくしていたメイソンだったが、つい先ほどから突然苦しみ出し、大声を上げながら壁に頭を何度も打ち付けていた。それを止めようとした護衛騎士たちを押しのけ、アランとともに王都から到着した不正調査官のグリスナー率いる摘発部隊を数人殴り飛ばしながら、メイソンは狂ったように暴れ、叫び続けていた。


 そんな様子を見かねたアランが、グリスナーに声をかけて彼の同意を得ると、暴れまわるメイソンの手足を避け、素早くみぞおちに一発打ち込み、瞬く間にメイソンを気絶させた。


「ふう。さすがはヘンストリッジ辺境伯爵家。お見事です。それにしても……、メイソンはどうしたんでしょうね。ここ2年ほど急に彼の評判は悪くなりましたが、そもそも彼はとても温厚で、勤勉な人です。アイリーン様を亡くしたあとだって、数年は変わらず仕事をしていましたし……。それなのに、なんでこんなことに……」


 グリスナーは連れてきた部隊にメイソンを拘束させ、先にアランの執務室にある転移陣へ運ぶよう指示を出す。頭から血を流し、ぐったりと気絶しているメイソンを見送りながら、グリスナーがアランにぽつりと零した。そのグリスナーに、アランも困った顔をしながら、


「……私にも、全くわからないんだ。アイリーンが亡くなってからは、ずっと疎遠になっていたから、そもそも評判が悪くなっていたのも今知ったが……。どうも一昨日から気が狂ったようになってしまったそうでね。調査中も話が聞ける状況になるかは、わからない。一体、何が起こっているのやら……」


「まあ、それを調べるのが我々の仕事ですからね。どのみち、今は「疑い」と言っていますが、メイソンはほぼ黒でしょう。平民も貴族も、契約なき奴隷化は重罪です。しかもこんな大勢を奴隷化するなんて、何かを企んでいたと思われても仕方がありません。

 男爵家のお取り潰しはもちろんのこと、メイソンの犯罪奴隷以上の罰は決まったも同然でしょうね。あとは、息子のキリアスが連座で処罰の対象になるかどうか……」


「……キリアスが処罰を受ける可能性は低いだろうが……彼は、家も身分も残った親も失うのかもしれんのか……犯罪の通報は義務とは言え……ここで母親を失ったキリアスにまた……辛い思いをさせてしまうのか……」


 摘発部隊は、拘束されたメイソンを運ぶ者たちを先頭に、メイソンの使用人たちを伴ってアランの執務室の転移陣へと歩いていく。その一番後ろで歩きながら話すアランは、グリスナーの言葉を聞いて小さく振り絞るような声で呟いた。しかし、使用人や部隊の者たちはもちろんのこと、隣を歩いていたグリスナーでさえ、アランの吐露した言葉に気付いていなかった。

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