62. アイリーンへのレクイエム 後編
「……アイリーンか。儂らも、どうにもできなかったとは言え……すまなかった」
悔しそうに顔を歪めたお爺様が、左手で手綱を握ったまま右手でキリアスの肩にそっと手を当て、静かに呟いた。キリアスは力なく首を左右に振って、気にしないでくださいと言いながら馬から降りていたが、その表情には暗い影が降りていた。
「ソフィー、もう時間が無いわ。急がないと遅れてしまうわよ」
馬から降ろされても呆然としていた私に、お母様が喝を入れて現実に引き戻してくれた。気になることがありすぎる。しかし、私への罰でもある『お勤め』に遅れたらどうなるか。仮にも神様との約束なのだ、それこそ余計な死亡フラグを増やしかねない。アイリーンおば様のことも聞きたいけれど、まずは目の前のやるべきことに向き合おう。
そう頭を切り替えて祈りの塔へと足を踏み入れつつ、私は頭の中の楽譜棚の一角に注意を向けた。
「キリアスのおかあさまが、ヘンストリッジ辺境伯爵領でしんじゃったの、しらなかったのだ……。ゆい、どうするのだ? キリアスは、キリアスのおかあさまのためになにかひいてほしいっていったのだ。どんなきょくにするのだ?」
時間が無いため、いつもより足早にリュフトシュタインへ向かって歩いて行く。その途中、ソフィーが心配そうな声で尋ねてきた。下手な曲を選べないと思ったのだろう。私もそう思う。だから、ここは『レクイエム』を選ぶことにした。すると、ソフィーが私の楽譜棚を見ながら、
「れくいえむ? ……ゆい、そのなまえのきょく、いっぱいあるのだ。どれのことなのだ? なんでおなじなまえのきょくが、こんなにいっぱいあるのだ?」
「ん? じゃあ、ガブリエル・フォーレっていう人のレクイエムを楽譜棚から出してくれる? レクイエムっていう曲がいっぱいあるのはね、レクイエムが曲自体の名前じゃないから、かな」
「へ……?」
ソフィーが頭の中に疑問符を大量に浮かべていそうな声がしたが、それに答える前にリュフトシュタインまで到着してしまった。祈りの塔の時計を見ると7時まで残り3分。ソフィーには悪いが、質問に答えるのは後回しだ。私は急いで演奏台の椅子に座り、リュフトシュタインに魔力を流した。
「おそい! おそいのー! さぼりかとおもったのー!」
「昨日はあの後、大丈夫だったのか? 今日はギリギリだし……ソフィー、無理してんじゃねえのか?」
「うん? 色々大丈夫じゃないけど……とりあえず時間が無いから、パル爺、『主よ、人の望みの喜びよ』のセッティングをお願い!」
「相分かったぞ。そんなに焦らずとも、間に合うぞ。落ち着くのじゃ」
「はあ、そうさ、記憶してるやつなんて……ほら、もう終わったさ。あとは音量を調整するだけさね。ふう、あと2分もあるさ。ゆっくりやりな」
頬を膨らませてながら不満を言う姿が目に浮かびそうなフルフルに、昨日パッサカリアでぶっ倒れたことを心配してくれているトラ兄、焦る私に穏やかに答えてくれるパル爺、いつも通り疲れた声のわりにさっさと準備を終えてくれるスト姉。彼らのサポートを最大限に受けて何とか準備が間に合ったところで、まずは一曲目に集中した。
何事もなくバッハ様の『主よ、人の望みの喜びよ』を弾き終えた私は、一旦コンビネーションのセッティングを全てリセットした。
「また新しい曲をやるからね。今日のは、『フォーレのピエ・イエス』って言う名前で記憶しておいて」
私はリュフトシュタインにそう伝えると、キリアスの希望を叶えるのに一番相応しいと思う、その美しく優しいレクイエムを弾くために、一つ一つのストップの音色と音程を確認しながらコンビネーションを記憶させていく。
G. フォーレ作曲『レクイエム』より、第4曲『ピエ・イエス』
数あるレクイエムの中でもフォーレのレクイエムは、モーツァルトのレクイエム、それからエ〇ァン〇リオンで使われたことで更に有名になったヴェルディのレクイエムと並び、三大レクイエムと言われている傑作だ。この3曲の中でもフォーレのレクイエムは、第4曲の定番「ディエス・イレ」の代わりに「ピエ・イエス」を入れるという、当時としてはものすごく珍しい構成のものだ。
ちなみにレクイエムとは、カトリック教会における「死者のためのミサ」で使われる楽曲ことだ。レクイエム自体は、ラテン語で「安息を」という意味だが、日本では「鎮魂歌」と訳されることが多い。
典礼のために決まった構成で作られる曲なので、現在でも様々な作曲家がつくったレクイエムが存在している。同じタイトルの曲がたくさんあるのは、そういう理由だ。
私はflute 8’のパイプを主旋律に割り当て、残りをプリンシパル系とストリングス系で音色を構成する。この曲は、もともとボーイソプラノのソロにオーケストラの伴奏が付いた曲だ。人の柔らかい歌声を表現するなら、fluteの音色が一番合うだろう。
第1手鍵盤をflute 8’単独でセットし、右手を第1手鍵盤、左手をその一段上の第2手鍵盤に構えて演奏を始めた。
HとEに♭が付く変ロ長調のこの曲は、冒頭1小節にBFDの温かい全音符の伸ばしが入る。その優しいハーモニーを受けて、ボーイソプラノのソロが始まるのだ。
付点四分音符と八分音符で始まる特徴的な主旋律は、雲の割れ目から一筋の光が差し込むような様子を連想させ、時に神々しさすら感じるほど美しい。
そんな主旋律を、足鍵盤の重厚な低音、そして左手が担う弦楽器がゆったりとした四分音符で支えていく。
実は、このピエ・イエスを含めたフォーレのレクイエムは、作られた当初は相当な非難を浴びたそうだ。レクイエムと言えば、鎮魂の歌。でも、本当は「鎮魂」のためだけのものではない。
フォーレはそれをわかった上で、わざと「ディエス・イレ」を省略し、代わりに「ピエ・イエス」を入れた。レクイエムの流れでは、本来は「ディエス・イレ」で死の恐怖を表現するべきだったのに、「まるで子守唄のよう」と評されるような「ピエ・イエス」を入れたのだ。当時としてはあまりにも斬新すぎて、レクイエムとしての相応しくないとか、バランスが悪くなったなどと批判する人が多かったそうだ。
6小節の最初のソプラノソロからバトンを受け、3小節間のオーケストラの間奏が入る。
しかし私は、フォーレがわざわざ本来入れるべき曲を省略してまで入れたこの『ピエ・イエス』こそ、アイリーンおば様のために演奏するに相応しいと思った。フォーレは、死を恐ろしく苦しいものとしてではなく、喜びや解放といった穏やかで優しいものという捉え方をしていたそうで、そのためにあえてこの曲をレクイエムに入れていたからだ。
オーケストラの間奏から、再度ソプラノのメロディーに変わる。ほんのわずかに物悲しい雰囲気を感じる旋律に寄り添うように、そっと足鍵盤と左手の伴奏を入れていく。
一回死んだ身としては、死ぬのは怖いし、死んで喜んだかと言われたら全然喜んでなんかない。でも、この世界では同じ魂が半永久的に輪廻の輪を巡り、生と死を繰り返すのだ。それならばせめて、アイリーンおば様には次の人生を穏やかに迎えてほしいと思う。
何も知らない私にできることなんて、そうやって祈ることくらいしかない。アイリーンおば様が誰だかわからないし、何が起こったのかもまだよくわかっていない。でも今わかるのは、大切な母親を亡くしたキリアスがいて、私は身内であるキリアスをなんとか慰めたいと願っていること。それだけは確かだった。
2小節の間奏のあと、四分音符のアウフタクトから、今度は主旋律がその形をわずかに変えていく。四分音符で少しずつ階段を上るようなその旋律は、フォーレが残した「死は喜びであり、解放だ」という言葉を象徴するかのように、音が空へと一歩一歩昇ってはその喜びを噛みしめるような、そんな印象さえ抱かせる。
この曲のタイトルは「ピエ・イエス」だが、ここは違う世界なのだ。私の心の中では「ピエ・ハルモニア」ということにしておく。アイリーンおば様が、死して尚、苦しむことがありませんように。私が死んだときのように、痛い思いをしていませんように。安らかに過ごせますように。そして、お母様を亡くしたキリアスの心が少しでも安らぎますように……
オーケストラの間奏のあと、旋律が最初の形へと戻って行く。そして、最後のppへと向かってゆったりとritをかけつつ、私はスウェル・ペダルを徐々に戻していく。
亡くなったアイリーンおば様への祈りと、わずかでもキリアスを励ましたいという私の願いを乗せたリュフトシュタインの音色は、いつもにも増して温かい音で祈りの塔の天井から降り注ぎ、後ろの入り口を抜けて領都中に響き渡っていた。
「リュフトシュタイン、今日もありがとう。って、あれ……?」
鍵盤から指を離してスウェルを完全に戻した私は、普段通りリュフトシュタインに挨拶をしてから椅子から降りようとした。しかし、その前にリュフトシュタインの異変に気付いた。
魔力を通したリュフトシュタインは、青みがかった銀色だ。それなのに、今はそのうちの一本だけ、明らかに色が変わり始めているものがあったのだ。パイプが見える限りの根元から眩しいほどの金色に変わったかと思うと、全体が金色に変わったパイプの先端から同じく金色の粒子が零れ始めたのだった。




