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61. アイリーンへのレクイエム 前編

「ソぉぉおフィぃいーーー! キリアスをおおお! 連れてきたぞおおお!」


 翌朝6時半ごろ、身支度を終えた私が丁度リタと一緒に自室を出ようとしたところで、部屋の前から突然、お爺様の屋敷が震えるほどの大声が響いてきた。


 私はどうして朝からここにお爺様がいるのか、お爺様がキリアスを私の部屋まで連れて来たのか、全く見当がつかずドアの前で固まってしまっていた。すると、ドアを開けなければ第2声が来ると思ったのだろうか、リタが見かねたように進み出てドアを開け、私に付き添って二人を出迎えた。






「お、おはようございます、お爺様、キリアス。あの、どうしてキリアスをここへ?」


「む? 何を言うか、ソフィー。リタから『ソフィーがキリアスを朝のお勤めに誘った』と報告を受けたからではないか。ソフィーはいつも通りエリアーデと一緒じゃ。キリアスは儂が乗せていくことにしたからな。何も心配いらんぞ、がははは!」


 私は朝から絶好調なお爺様にちょっとだけ呆気に取られながらも、話を聞いてこの状況をなんとか理解した。恐らく、朝一番に私がリタに報告した内容が、リタからみんなにこの短時間で回っていたということなんだろう。でも、私は誘っただけで、キリアスが来るとは言っていなかったはずなんだけど……


 お爺様の後ろで寝起き感満載のボサボサ頭に、不満気な顔で立っているキリアスをちらりと見ながら、私はお爺様の機嫌を損ねないよう慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「お爺様、私のわがままに付き合っていただいてありがとうございます。ただ……、その、キリアスを誘ったのは本当ですが、私はキリアスに無理強いするつもりはなかったのです。キリアスは長旅で疲れているかもしれないから、もしよかったら、くらいのつもりで誘ったのです。だから、キリアスが……」


「ソフィーが心配する必要などない」


 お爺様は長々と話す私を笑顔で遮ると、一度くるりと後ろを振り返った。そしてお爺様の後ろにいたキリアスが「ひっ」と小さく声を上げて縮こまった後、再びこちらへと向き直り、


「儂の可愛いソフィーが誘ったのだ。断るなんてあり得んだろう? そもそも、『パイソンに返信をしない』のは、受け取った内容を『承諾した』という意味じゃ。ソフィーにプレゼントとして渡しておいて、そんな基本的なマナーも知らんとは言わせぬ。

 それにな、儂でさえ、まだ一度もソフィーに誘われて外出したことなどないのだ。それなのに、ソフィーの誘いを断る? そんなことが許されると思うか? 許されるわけがなかろう? 断れば、儂がここで叩き切ってやるわ! 儂に文句があるならあああ、そこへ直れえええ、キリアスううう!」


「ひいっ……!」


「お、落ち着いてください、お爺様! わかりました、わかりましたから!」


 そんなマナーがあるとは知らず、返事がないということは読むチャンスが無いほどに爆睡していて疲れていたか、行く気がないけど返事に困っていたか、どちらにせよキリアスは『行かない』のだと私は思いこんでいた。

 しかし、マナーもさることながら、お爺様が段々ヒートアップしてキリアスに殴り掛からんばかりになってしまったことには正直焦った。リタが素早くキリアスとお爺様の間に入ってくれたからよかったものの、お爺様がそんなにソフィーに誘ってほしいと思っていたとは……。みんな忙しいだろうと特に声をかけたり、わがままを言ったりしたこともなかったが、これも反省点なのかもしれない。


 190センチはありそうな長身に、壮年になっても筋骨隆々な巨体、深紅の髪を揺らして怒りに燃える表情で叫んでいたら、お爺様がもはや魔王かなにかにしか見えない。そんなお爺様の迫力に完全に怯えているキリアスのためにも、私はお爺様にしがみついて必死で宥めた。


「そ、そのようなマナーがあったのですね! では、今すぐキリアスも一緒に行きましょう!

 それから、お爺様は騎士団長だからとっても忙しいと思って、あえてお誘いしなかったのです。でも、もしお爺様がお休みの日があれば、ぜひお爺様と領都の色んなお店に行ってみたいです!」


「止めるな、リタあああ! ……ん? そうなのか? ソフィーは儂と領都の店に行きたいのか? 

がははは、可愛い孫と買い物か! ソフィー、儂と行きたいところがあるなら、もっと早く言えばよかったものを! がははは、儂がなあんでも買ってやるからな! がははは、絶対に休みを作って連れて行くからな、任せておけ! がははは!」


 私の言葉に、鬼の形相だったお爺様はころりとその表情を変え、上機嫌に笑い声を上げながらキリアスや私たちを先導してエントランスへと向かった。私とリタはほっと胸をなでおろしつつ、座り込んでしまったキリアスに手を貸し、慌ててお爺様の後について行った。






 目に見えてぐったりしているキリアスを連れ、いつもよりも時間的にギリギリになりながら祈りの塔へと向かう。馬が領都の市街地に入ってスピードが落ちてきたところで、私は隣に並んだお爺様の前に座る、放心状態のキリアスに大声で話しかけた。


「キリアスー! 今日は、一緒に来てくれて、ありがとうー! 祈りの塔で、いつも、演奏してるんだけど、なんか、こんな曲がいい、とか、リクエスト、あるー?」


 馬の蹄の音にかき消されないよう、でも、揺れで舌を噛まないように気を付けつつ、少しずつ区切ってできるだけはっきりと大きな声で尋ねた。すると、


「『リクエスト』……? ああ、希望か。俺は特にない……けど……」


 ぐったりと馬にもたれかかりそうになっていたキリアスが、ほんの少し身体を起こしてこちらを見たかと思うと、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそぼそと返事をしてくる。祈りの塔が目の前に迫り、人通りも多くなってきた。馬が並足くらいまで速度を落とし、人々が開けた道をゆっくりと2頭並んで進んでいく。


「なんでもいいなら、俺じゃなくて……母上のために何か演奏してくれ」


「え……?」


 私は馬に揺られながら、意味がわからなくてついキリアスに聞き返していた。後ろでお母様がぴくりと反応していた気がするけれど、馬上でむやみに後ろを向くわけにもいかない。

記憶にある限りだが、私はキリアスのお母様には会ったことがない。体調を崩してしまったメイソンおじ様のためと言うならともかく、なぜ今回ここに来ていないキリアスのお母様のためなのか、と私が一人疑問に思っていると、その答えは私の思わぬ形でキリアス本人からもたらされた。


「……お前はまだ生まれてなかったけど……、俺の母上は……、ここで魔力災害に巻き込まれて、死んでしまったから……」


「なっ……」


 キリアスが私から目を逸らしつつ静かに零したその言葉に、私は雷に打たれたように固まってしまった。

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