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59. キリアスが抱えるもの その1

「ううっ……、エリアーデおば様、一体何を……」


 割り当てられた客室へと引きずり込まれたキリアスは、腕を引っ張っていたエリアーデから、そのままベッドへと放り投げられていた。着地した先が柔らかいベッドの上だったのにも関わらず、キリアスは痛みにうめくような声を上げ、座り込んだまま後ずさろうとしていた。

 傍から見れば、怯えるキリアスを一歩一歩追い詰めるかのように、いつもの美しい笑顔を浮かべたエリアーデがベッドにゆっくりと近寄り、優しいが有無を言わせぬ声で話しかけた。


「うふふ、大丈夫よ、キリアス。怖がらないで。確かめさせてほしいだけなの。じゃあ、まずは口を開いてみせて? 

……そうよ、良い子ね。ああ……、やっぱりそうなのね。じゃあ……」


 自分もベッドの端に腰かけ、混乱するキリアスの頬と顎に手を当て、ぐっと力を込めて口を開かせた。彼の口の中を覗き込み、顔をしかめたエリアーデはため息をつきながらそう言うと、今度はキリアスの上着に手を触れ、


「次は服を脱いでくれるかしら。上下全部ね。手が必要なら、うちの者が手伝うから遠慮なく言ってちょうだいね」


「へ……?」


「あらあ、それとも私に脱がせてほしいのかしら? 私はそんな趣味ないのだけれど、可愛い甥っ子のためなら服くらい剥ぎと」


「いえ、そうではなく! 待っ……ぎゃああああ!」


 一体何が起きているのかわけがわからないまま、キリアスは辺境伯爵家の使用人たちに羽交い絞めにされ、相変わらず笑顔で迫ってくるエリアーデに怯えて、叫び声を上げることしかできなかった。






「キリアス、きっとつかれちゃったのだ。ばんごはんもたべないでねるなんて、ソフィーだってやらないのだ。きょうはたいへんだったのだ」


 キリアスとメイソンがいない、いつも通りのメンバーでの夕食をとった私は、入浴と寝る準備を済ませた後、自室の机に向かいながらソフィーと話していた。


「そうだね。王都からヘンストリッジ領までってすごく遠いって聞いたし、自分のお父さんが急にあんなことになって……。それに、お母様にどこかに連れて行かれてたし、もう色々ありすぎてキリアスも疲れちゃったんだね、きっと」


 ソフィーと話をしながら、私は机の引き出しから植物紙と魔導ペンを取り出し、短いメッセージを書く。そして、その手紙を折り紙の要領で丁寧に折って形を整えた。


「ゆい、なにしてるのだ? なんだか、しろいばらみたいなのだ! かみのばらなのだ! おもしろいのだ! あとでソフィーにもおしえるのだ!」


「ん? キリアスにお手紙を出そうと思って。私が子供の時、友達同士でお手紙を渡すときにこうやって色んな形に折って渡すのが流行ってたの。

 もっと簡単な折り方もあるんだけど、せっかくなら綺麗な方がいいでしょう? ソフィーにも後で教えてあげるから、ちょっと待っててね」


 頭の中で大喜びするソフィーを他所に、私はもらったパイソンを首から外し、白い小さな薔薇となった手紙に自分の白色の魔力を乗せた。


「宛先は、『キリアス・ヘンストリッジ』……うん、ちゃんとできたみたいだね」


 魔力の乗った手紙を石に近づけると、瞬く間に石が大蛇の頭へと形を変え、宛先を尋ねるように首をもたげた。その美しい青い蛇に、私が手紙の宛先を伝えると、大蛇は大きく口を開けて手紙を丸呑みし、きらりと一瞬光った後、すぐに小さな石へと姿を戻した。


「ゆいからのおみまいなのだー! キリアスはソフィーのおみまいにきたのだ! でもおみまいされるのだー! へんなのだ!」


「まあ、いいじゃない。初めて会う親戚の子だし。それにあの家庭環境とか、言ってることとか、異常に痩せてることとか……気になることがいっぱいあって、なんだか心配なんだもん」


 そう言いつつ、私は植物紙と魔導ペンを机の引き出しに片付け、リタに声をかけて部屋の灯りを落とした。


「そういえば、ゆいのきおくのなかに、『キリアス』のなまえがあるのだ! あとでいっしょにみるのだー!」


 ソフィーが何事かを訴えているが、私も今日は結構疲れていた。初めてのお客様ということもあり、無意識に気を張っていたのかもしれない。だから、ソフィーの言う、記憶の中のキリアスが一体誰のことなのか、それを思い出す気力も無いまま温かいベッドの中でまどろみ、私は深い眠りへと落ちていった。


 




 ソフィーが眠りについた頃、アランとエリアーデは夫婦の寝室にあるソファーに身を沈め、互いにタローム酒の入ったグラスを傾けながら今日の出来事を報告し合っていた。


「……やはり、メイソンのところの使用人は、全員あの『黒い輪』を嵌められていたよ。ジンの遺体にあった、あの隷属の首輪にそっくりな魔道具だ。全く、メイソンのやつ……一体何を考えているんだろうな」


 アランはそう言ってグラスをテーブルに置くと、眉間にしわを寄せて頭を抱えていた。そんなアランに対し、


「ええ、本当に。しかも、私があなたを尋ねた時に、使用人たちが助けを求めて訴えて来ていたなんて……。みんな屋敷から出してもらえていなかったようだし、今しかないと思ったのね。

 あとは、私の方ではキリアスの確認を終えてあるわ。あの子も隷属の黒い輪のようなものを足に嵌められていたわ。それから……、あの子の歩き方、ほんのちょっとだけ変だったでしょう? 怪我をしているんじゃないかと思って、全部服を脱がせたんだけど、これがもう驚きだったの。

 全身無数の痣に、数えきれないほどの骨のひび、そして歯がいくつも折れてたのよ。それも、服の袖や裾から見えないところ、口を開けてもぱっと見ただけでは見えない位置のものだけね」


 エリアーデはぐっとグラスの中身を煽りつつ、最後の方は語気を強めながらまくしたてるように話した。エリアーデの報告に目を見開いて驚くアランだったが、エリアーデはおかまいなしにグラスを乱暴にテーブルに置き、ソファーから勢いよく立ち上がった。


「あなた、信じられるかしら! メイソンはキリアスに、毎食黒パン一つしか与えなかったのよ! ここまで来る間、ずっとよ! 

 しかも、あの子ははっきりとは言わなかったけれど……男爵家の使用人たちは、馬車の中であの子がメイソンに暴行を受けるのを見ていたそうよ! 傷を治療する時に確認したけれど、随分と古いものから新しいものまであった。日常的に暴行を受けていたってことよ! あと、『見かけだけ』を取り繕う治療がなされていたのもたくさんあったの……。きっと、今までずっと痛みを堪えていたんでしょうね……。

 ねえ、メイソンは一体何をしているの? キリアスの身体の治療は終わっているけれど、あれだけの傷よ、心にだって影響があるはずだわ! どうしてなの? 使用人たちだって大切だけど、あの子はメイソンにとって我が子でしょ? アイリーンの忘れ形見じゃないの!」


「エリアーデ、声を落とすんだ。今は、屋敷に他家を受け入れていることを忘れてはいけないよ」


 声を荒げるエリアーデの手を引きながら、静かにアランがそう諭した。エリアーデはアランの言葉に悔しそうな表情を浮かべながらも、謝罪をして自分のソファーへと座り直した。


「それにしても、エリアーデ。その場で治療もしたようだけれど、まさか君がキリアスを脱がせたんじゃないだろうね」


 憤慨しているエリアーデの気を少しでも紛らわそうとしたのか、アランがさもおかしいとでも言わんばかりの顔でグラスを揺らしながら尋ねた。


「え? もちろんそうよ? あんまりにも暴れるものだから、使用人たちに押さえつけてもらったのだけれど……怪我の治療だってあるんですもの。私が脱がせて、全身の傷をくまなくこの目でチェックしたわよ?

 そもそも子どもの裸なんて、ソフィーで見慣れているんですもの。何も恥ずかしいことなんて、無いのにねえ」


「くくっ、そうか。そりゃあ、キリアスにとっては災難だったろうなあ。あの子はもう10歳なんだよ。いくらなんでも恥ずかしいというか、抵抗があるだろうに……同じ男として、ちょっと同情するなあ……」


 アランは幾分遠い目をしながら、「そうかしら?」と全く少年の羞恥に理解を示さないエリアーデにも頭を抱えつつ、今後のことへと話を戻した。


「まあ、それはさておき。メイソンのことなんだが……使用人たちの話を聞く限り、未届けの魔道具を使って無断で人を奴隷化しているのは間違いないようだ。ソフィーの呪いの件やジンのことはわからないままだが、これだけでも相当な重罪だ。

 とちらにせよ、我々貴族には同じ貴族の犯罪を報告する義務があるからな。さっき王宮へ連絡を入れたから、明日にでも王立裁判所の尋問官がメイソンを迎えに来るだろう。メイソンが話せる状態になるかどうかはわからんが、あとは尋問官や陛下に任せるしかないさ」


「キリアスはどうなるのかしら。被害者として事情を聞かれることはあっても、メイソンとずっと一緒に収容されたりはしないでしょう? 使用人たちだって、あの黒い輪から解放されれば男爵家から去ってしまうかもしれないわ。メイソンが仕事に出られなければ、生活だって大変になってしまうでしょうし」


 エリアーデは、痩せ細ったキリアスに少し前のソフィーの姿を重ねているのだろうか。メイソンのことよりも、キリアスのことが心配で堪らないといった様子で返してくる。アランは、領主としてはまずメイソンを引き渡さねばならないことと、ソフィーにかけられた呪いに繋がるものはないかと考えを巡らせていたため、メイソンがいない間のキリアスをどうするかは完全に頭から抜けていた。


「確かに、エリアーデの言う通りだな。男爵家は見限られるかもしれんし、使用人たちのメイソンへの恨みがキリアスに向かうかもしれん。何らかの形で我々が預かることができないか、陛下にかけあってみるとしよう」


「ええ、ぜひ! うふふ、息子ができるようで嬉しいわ! 男の子なら、尚のこときっちりと鍛えなくちゃいけないわね、腕が鳴るわねえ! うふふ!」


 「ほどほどにな」と言いつつ苦笑いを浮かべるアランを他所に、エリアーデはとても嬉しそうな表情でタローム酒を口に運び、頭の中では早くもキリアスの鍛錬計画を立てているようだった。






 メイソンの犯罪の一つに偶然にも気づき、キリアスをヘンストリッジ領で保護する。ゲームの設定では、そのどちらも行われていなかった。

ゲームのことも男爵家の思惑も、何も知らないアランとエリアーデが下した決断が、後に運命を変え、ソフィーの命を一度ならず救うことになるとは……この時はまだ誰も気づいていなかった。


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