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57. ヘンストリッジ男爵家の到着 その2

「……キリアス、本当に昼食はすませて来たの? お腹空いているなら、食事も用意するように伝えるけれど……」


 メイソンによるエントランスでの襲撃未遂事件の後、お父様とお爺様はメイソンの元へ、お母様と私はキリアスと一緒にダイニングでお茶をしていた。お客様用にいつもよりちょっといいお茶を飲みながら、タローム芋と蜂蜜を使ったパンケーキのようなお菓子を食べたのだが……キリアスはそれをまるで飢えた動物のようにがつがつと食べ、ケーキが無くなったお皿を恨めしそうな目で見ていたのだ。


「食べました。『命令』で、ここまで旅の間の食事は、父上以外『みんな』黒パン1個です。それは食べました……」


「命令って……。いや、黒パン1個だなんて、今は成長期でしょう。なんでそんな……」


「父上は『もったいないから』って。死なない程度に食べればよいといつも言っていました」


 ひと月前の私くらいに痩せ細っているキリアスは、誰も信用していないような目でお母様を見つめながら質問に淡々と答えていた。お母様はそれを聞いて、慌ててそばにいた侍女にキリアスと使用人たちに軽食を作るように指示を出し、頭を抱えていた。


「……他家が介入するべきじゃないと思うのだけれど、キリアス。男爵家は何があったの? 数年前にあなたがここに来た時は、こんなことなかったじゃない。今、男爵家はそんなに困窮しているのかしら」


 悩みながら言葉を選んで尋ねたお母様に、キリアスは静かに頭を左右に振ってから再度口を開いた。


「『命令』にないことです。お答えできません」






「だめね。まるで会話が成り立っている気がしないわ。私が男の子を育てたことが無いからかしら。ソフィーとは全然違うから……男爵家がどういう状況か、なぜわざわざ来たのか、あの『命令』が何なのか……まるでわからないことばかりだわ。とにかく、アランに相談しないと……」


 ぶつぶつと呟きながらエリアーデは屋敷の階段を上り、メイソンの客室として割り当てられた部屋へと足早に向かっていく。その側を駆け足でついてくる侍女が、


「奥様。恐れながら、ダイニングにお嬢様を残して来てしまってよかったのでしょうか。わたくし共としましては、先ほどのメイソン様のご様子と言い、男爵家の方を信用できかねます。もしも、キリアス様がメイソン様のように、お嬢様に害を為すなんてことが……」


 そう不安そうに訴えてきたが、それをエリアーデは遮るように、


「うふふ、キリアスは『乱心』なんてしていないわ。そうでなければ、あんなこといくら親族でも許されないんだから。

 それにね、子ども同士を残したのは、私がいない方がキリアスももう少し気楽に話せるかもしれないと思ってね。あの大人を一切信用していない目を見て、私じゃ話もできないと思ったのよ。

 あとは……何かあっても、リタがいるわ。ソフィーも鍛錬を始めたんだから、最初の一撃くらいはかわせるはず。だったら、後は周りが抑えられるでしょう。さて……」


 話しながら歩いているうちに、目的の部屋に到着したのか、二人ともとある部屋の扉の前で足を止めた。侍女が部屋の扉をノックし、先に中に入ってエリアーデのために扉を大きく開けた。


「アラン、お取込み中ごめんなさいね。キリアスのことで相談があるのだけれど……」


 部屋の中に入ったエリアーデは、ベッドに眠るメイソンとその側に一様に青い顔をして俯く男爵家の使用人たち、それから難しい顔をして立つアランとレイモンドの姿が目に入った。


「エリアーデか。奇遇だな。私も彼らのことで相談があるのだ」


 アランのその言葉に、エリアーデは一緒に来た専属の侍女と顔を見合わせた。






 お母様が一旦席を外した後、追加で出された軽食を貪るキリアスの向かい側に座っていた私は、この状況で一体自分がどうすべきなのか悩んでいた。


 さっきまでのお母様とのやり取りで、キリアスの家庭の状況がおかしいのはわかった。毎食黒パン1個とか、この国では相当な貧民レベルの食事だ。とても貴族の息子の食事とは言えない。現代の日本で言えば、これは立派な虐待だ。でも、それをどこまで触れるべきか、むしろスルーするべきなのかも全くわからない。

 それに、『命令にないことは答えられない』って言っていたけれど、これもどういう意味かわからない。どういう意味なのか聞いてもいいのだろうか。聞かれても答えられるなら、そもそもそんなこと言わないんじゃないだろうか。ああ、なぜお母様は私を置いて行ったの、気まずい、気まずくて何を話せばいいかわからないよ!


「おい、お前がソフィア嬢だろ。さっき言ったけど、俺はキリアスだ。俺が年上だけど、お前の方が身分は上だ。だから、呼び捨てでいい」


「うん……?」


 悶々と私が悩んでいるうちに、軽食のお皿から視線を上げもせずにキリアスが突然口を開いた。お母様の前と比べて随分偉そうな口調になったけど、貴族の親戚同士ってこんな感じなのだろうか。以前なら不愉快に思ったかもしれないが、ちょっと前に暴走わがまま王子のエティエロ王子と関わったおかげで、偉そうなやつへの耐性ができたらしい。男の子なんてこんなものか、くらいにしか感じなくなっていた。


「ねえ、キリアスって呼び捨てでいいなら、私もソフィア嬢じゃなくてソフィーでいいよ。親戚同士なんでしょ? 仲良くしてね」


「『仲良く』? ……命令にないことだ。でも、ソフィーって呼ぶくらいなら、多分大丈夫だ。せっかく見舞いに来たんだ、何があったのか教えろよ」


 私の言葉にようやくお皿から目線を上げたキリアスは、死んだ魚のような目にほんの少し『好奇心』という名の光を灯し、私を質問攻めにし始めた。






 キリアスから来る質問の嵐に、私は一つひとつ一生懸命答えた。呪いのことはどうしようかと思ったが、なぜかキリアスは私が話す前に呪いの件を詳しく知っているようだった。もしかしたら、お見舞いに来る前にお父様が連絡したのかもしれない。親戚だしね。あれ、でもシウヴァ家とはそんな話をしなかったような……


「はあ? 殴り壊して呪いをやっつけただって? お前……、とんでもない暴力女だったんだな」


「暴力女って言われても……。それしか思いつかなかったんだもん、仕方ないでしょう?」


 さすがヘンストリッジ辺境伯爵家だな、と初めてちょっとだけ笑ったキリアスに驚きながら、私は暴力女呼ばわりされたことに不満を露わにする。そんな私の様子を気にも留めず、キリアスは一人でしゃべり続けている。


「そうか、これでわかったぞ。やっぱり俺は正しかった。こいつはやばいやつだ。だから手を出したらいけなかったんだ。呪いをぶっ壊して、神獣を使って負の感情を浄化してしまうなんて……俺たちは、一体何をしていたんだろうな、あははは!」


 ダイニングに残った私とリタ、そして壁際に控える数人の使用人たちもみな、キリアスの言動に注視していた。だが、そんなことはおかまいなしに、彼はさっきまでのメイソンのような大きな独り言を呟き、しまいには一人で笑い出してしまった。


 私はキリアスまでおかしくなったのでは、ととっさに後方に控えるリタを見た。リタもそれを感じたのか、服の左袖に右手を当てながら滑るようにして私のすぐ後ろにやってくる。そんな私たちのやり取りさえ目に入っていないキリアスは、ひとしきり笑った後、その笑顔をまるで存在しなかったかのように顔から消し、突然とんでもないことを言い出した。


「ソフィー、お前が素直に何でも答えてくれたおかげですっきりしたよ。だから、これが最後の質問だ。

 今回、本当は見舞いじゃなくて、俺は『お前を殺しに来た』って言ったら、お前はどうする?」



 今度はその目に仄暗い光を灯したキリアスが、さっきまで笑顔だったことが信じられないくらい冷たい表情で、私を試すように静かに尋ねてきた。


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