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55. 待ちに待った七の日 後編

「ゆいはむりしすぎなのだー! おしおきなのだー!」


 目が覚めると天井も壁も真っ白で、隣にはソフィーがくっついてうとうとしているところだった。私は一瞬混乱したが、練習の途中で倒れたことを思い出し、慌てて起き上がって布団から出ようとしたところでソフィーを起こしてしまった。


 以前と比べると、かなりスピードが上がったソフィーの飛び蹴りをかわし、ますます怒ったソフィーのチョップ(全然痛くない)を大人しく食らったところで、ソフィーが今の状況を説明してくれた。


「ゆいはまりょくもたいりょくもつかいきったから、しばらくからだはおきないのだ。『人使いが荒い』、なのだ」


「うっ……。でも、リュフトシュタインに頼まれたし……」


「そうなのだ。でも、ゆいだってあのこわいきょくをひきたかったのだ。ソフィーにはぜんぶきこえてるのだ! わがまま、だめ。わがまま、しんじゃうってゆいいったのだ。ゆいもわがまま、だめ、なのだ」


「ぐっ……今回は返す言葉もないわ。ごめんよ、ソフィー。それにしても……。なんかさ、ソフィーこの短期間でずいぶん変わったね。何かあったの?」


 ソフィーに叱られたことに私は心底驚いていた。今からわずか1か月半ほど前に会った時は、非常識・怠惰・高慢の三拍子が揃ったどうしようもない悪役令嬢の卵だったのだ。それが、今やわがままはいけないと注意できるまでになっている。

 そういえば、王宮に行くまでは、授業のために起こしてもうとうとしていたり、起きてこなかったりしていたが、最近は真面目にやってる気がする。何だかんだ言ってソフィーが起きてる時間が長くなった気がするし、どうしたんだろう?


「ん? ゆいががんばってるのだ、ソフィーもがんばるだけなのだ。それに、ゆいの『小説』や『漫画』をよんだのだ。がまん、だいじ。おもいやり、だいじ。かぞく、だいじ。たすけあう、だいじ……」


 ソフィーも起きて布団から出たところで、布団を畳んで片付ける。手を動かして作業をする私に、ソフィーがどうだと言わんばかりに胸を張り、読書で学んだことを一つ一つ私に披露していく。ソフィーがいちいちふんぞり返るのは変わっていないが、読んだことを素直に受け入れるソフィーが、私はなんだが可愛いらしく思えた。


「そっか。ソフィーは授業以外も頑張ってるんだね。えらいよ、ソフィー」


 そう言ってソフィーの頭をよしよしと撫でると、ソフィーはとても嬉しそうに笑い、


「えっへん! ソフィーはほめられたのだ! ソフィーはえらいのだ! 

あ、もうすぐめがさめるのだ。ゆい、あとはよろしくなのだ!」


 ドヤ顔で仁王立ちを決めたソフィーが、真っ黒だったモニターの画面が明るくなり始めたのに気づき、私の背中を優しく押した。私は自分の意識が引っ張られるのを感じながら、ソフィーがにやにやとだらしのない笑顔を浮かべているのを、まるで子の成長を喜ぶ親にでもなったかのような温かい気持ちで眺めていた。






「あら、もう目が覚めたのね。気分はどう? 痛いところはないかしら?」


 目が覚めると、私は自室のベッドに横たわっていた。ついこの前剣術でぶっ倒れた時もこうだったが、今回も同じようだ。ベッドの側には、お母様とリタ、そしてなぜかお父様までいる。


「大丈夫です。痛くないです。ありがとうございます。えっと……、私は祈りの塔にいたことまでしか覚えていないのですが、あの後どうなったのですか?」


 私はおそるおそる3人の顔を見ながら聞いてみた。というのも、前回は屋敷に隣接した訓練場で、お爺様が一緒だったから大した問題にはならなかった。しかし、今回は祈りの塔、つまり領民の目に留まるところでぶっ倒れた上、家族は誰もいなかった。多分、護衛騎士の誰かが回収してくれたんだと思うのだが……


 すると、私の問いにお父様が苦笑いを浮かべ、


「それなら、第1部隊の隊長がソフィーを抱えて慌てて帰って来たよ。それはもう、とてつもなくびっくりしながらね。

何でも、ソフィーがいつも以上に凄い演奏をしていて驚いていたら、突然神獣から落下してそのまま動かなくなったそうじゃないか。だから、第1部隊の隊長は、今回の件で管理不十分の責任を取って、隊長職と騎士を辞任するって言ってきて……」


「そんなっ……! お父様、ダメです、騎士たちが悪いわけじゃありません! 私の自業自得です! だから……」


 『責任を取って辞任』という言葉に驚いた私は、弾かれたようにベッドを飛び出し、3人の中で一番遠くにいたお父様に駆け寄ると、責任は自分にあるからと必死に訴えながらお父様の足にしがみついた。お父様は、私の行動にそれはそれで驚いているようだったが、しがみつく私の頭を大きな手で優しく撫で、


「ははは、この分なら厳しく説教をする必要はなさそうかな。大丈夫。騎士たちの仕事はソフィーを外敵から護衛することであって、それ以上でもそれ以下でもない。だから、今回の責任は問うてはいないよ。

 ただし……、ソフィーは賢いからね。理解しておいてほしいことがあるんだ。言わなくてももう、わかるかもしれないけれどね」


「うふふ、そうね。あなたは辺境伯令嬢なの。何かあれば、あなたが望むかどうかに関係なく、誰かが処分を受けることだってあるわ」


 お母様は、お父様の足から手を離した私を軽々と抱き上げ、哀しそうな顔をしながらぎゅっと抱きしめた。そんな私の様子を見ながら、リタは下を向いて目を伏せている。


「ソフィーは自分のしたいことを精一杯したらいい。遠慮はいらないよ。でも、ヘンストリッジの血は、元々加減を知らない血筋みたいでね。私も昔はやりすぎてよく倒れて、周りに迷惑をかけてしまっていたんだ」


 お母様に抱かれた私にお父様が歩み寄り、優しく言い聞かせるように声をかけてくる。


「ただ、貴族が他人に迷惑をかけても許されるのは、子どものうちだけだ。だから、今のうちにたくさん失敗するといい。ただし、私とエリアーデと父上のいる時にしておくれ。我々がいる時ならば、ある程度私たちで何とかしてあげるから。

 でも、何度も全く同じ失敗をするようではいけないよ。失敗から一つでも学んで、次に生かせるようにしなければならないんだ。何が良かったか、いけなかったか、今のうちからよく考えて行動するといい」


 私はソフィーにもおしおきを受けていたが、お父様やお母様からの温かいお叱りも素直に受け入れた。例え中身は大人でも、音楽に関しては暴走してしまう自分を心底反省し、次回からもう少し人に迷惑をかけないようによく考えて動こうと固く決意した。






 その話の後、お父様がせっかく3人揃っているから、と明日の面会の件について少しだけ話をしてくれた。

 何でも、私のために王都からはるばるお見舞いに来るはずだったヘンストリッジ男爵家の現当主メイソンおじ様が、今朝ひどく体調を崩してしまったらしい。既に領内に入っているので、このまま明日うちへ来ることになっているのだけれど、面会は難しいかもしれないとのことだった。


「メイソンとの面会は難しいかもしれないけれど……彼には、10歳くらいのキリアスっていう息子がいてね。恐らくすぐには王都に戻れないと思うから、滞在中はソフィーにもキリアスの話し相手をお願いすることもあるかもしれない。ただ……」


 お父様はそこで一旦言葉を切った。そして何かに迷うような表情を浮かべた後、


「ソフィーは知らないと思うのだけれど、実はヘンストリッジ男爵家は代々うちとはあまり仲が良くないんだ。私とメイソンは、元々仲が良かったんだけど、数年前に色々あってね……。久しく交流がなかったから、正直言ってキリアスが我々をどう思っているかはわからない。

 ソフィーにとって、キリアスと話すのが辛くなりそうだったら無理する必要はないからね。メイソンからの書面に、キリアスもぜひソフィーの見舞いに行きたいって言っていると書いてあったから、まあ大丈夫だとは思うのだけれど……」


 言葉を慎重に選ぶかのように、ゆっくりとした口調で話していた。しかし、いつもと比べてとても歯切れの悪い様子で話すお父様が、私は気になって仕方がなかった。






 思えば、この時ヘンストリッジ男爵家がどういう家なのか、親戚なのにどうして仲が悪いのか、ちゃんとお父様に聞くべきだった。あるいは、仲が悪いはずなのにどうしてはるばる王都からお見舞い程度のことでやってくるのか、確かめておくべきだった。


 何となく違和感があったはずなのに、私はあの悪役令嬢の件と同様に思考を放置してしまった。良くない勘は、大抵当たるものだ。


 次の日から、キリアスという遠縁の少年に振り回され、そしてヘンストリッジ辺境伯爵家が抱える闇の一つを知ることになるのだが……


 この時の私は、初めて会う親戚の子どもにただわくわくしているだけだった。


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