49. ソフィーの才能
「ソフィー! 今日からあああ! 儂とおおお! 剣の稽古じゃあああ! がははは!」
シウヴァ夫妻が帰った次の日。私が朝のお勤めを終え、朝食を摂っていたところで、玄関からお爺様が機嫌よく叫ぶ声が聞こえてきた。
「ぶっ……、父上、本当に何度言ったら、玄関で叫ばなくなるのか……。エリアーデ、私が行ってくるからここでソフィーと待っていてくれ」
「ええ、わかりました」
お父様が呆れ返った表情でダイニングを後にするのを眺めながら、私はお父様をにこやかに見送るお母様に聞いてみる。
「お母様、お爺様が私を呼んでいました。今日から剣のお稽古なのですか?」
「ええ、そのはずよ。と言っても、まだソフィーは身体ができていないから、木剣を軽く振ってみる程度だと思うけれど……」
と言いつつも、お母様は自信が無さそうだ。その日何の授業なのかは、当日わかることが大半だから、剣の稽古が入ることを事前に知らなかったのはいいんだけど……え、いきなりお爺様が切りかかってくるとかないよね? だ、大丈夫なのかな……?
何となく嫌な予感がしたところで、すごい勢いでダイニングの扉が開け放たれ、満面の笑みのお爺様が突っ込んできた。後ろにはそれを宥めようとして宥められていない、お父様がくっついている。
「ソフィー、今すぐ支度せよ! 稽古じゃ、稽古! がははは!」
今日朝から剣の稽古だということを知らなかったのは私だけだったようで、リタは既にお爺様お手製の木剣を用意してくれていた。服もこのままで良いとのことだったので、私はそのままお爺様に手を引かれ、屋敷の裏手にある騎士団用の訓練施設に連行された。
ヘンストリッジ家の訓練施設は、対人間用、対魔物用の訓練と各種最新の武器を使った訓練を含めた、様々な訓練を行うことができる施設らしい。国内でも有数の設備を誇るこの施設には、王都を始めとする各地の騎士団が定期的に訓練に訪れたりしているらしい。
屋敷の裏手にあるため、全く気付いていなかったが、この施設は屋敷よりも何倍も大きい。その大きさに圧倒されながらも、お爺様について施設に入り、その中の一室である、床に一面長め芝生のようなふわふわした草が生えている部屋に案内された。
「ここで訓練するのですか? このお部屋だけ、地面が草に覆われているのですね」
「ん? ああ、ここは初心者向けの部屋じゃ。こんなふわふわでは実践には向かんが、受け身の取れん初心者が、初めて訓練するには丁度いいからの」
受け身ということは、吹っ飛ぶ可能性があるということだろうか? あれ、剣を軽く振ってみるっていう……感じではなさそうだ。うん、覚悟を決めるべきか。
「さあ、ソフィー。訓練用の木剣を出して構えてみよ。訓練をする前のお主が、一体どんな動きをするのかを見たいからのう!」
「えっと、お爺様。構える時には、剣をどう持てば良いのですか?」
芝生の部屋でお爺様と向かい合った私は、同行してきたリタから剣を受け取った。しかし、剣術の心得など全くないのだ。そもそもどう持つべきなのかもわからない。そんな私の質問に、お爺様は不思議そうな顔をして、
「ん? そんなもんは知らんぞ。持ち方なんぞ、人ぞれぞれじゃ。自分にしっくりくる持ち方が、正しい持ち方じゃ。儂はそんなところからは教えられんぞ。とにかく握って、振ってみるのじゃ」
えええ、そんな、適当すぎる……。いや、天才ならば、握って振れば全てがわかるという感じなのか? いや、お爺様が剣術の天才だから、そこからは教えられんということか? いやいや、ちょっとこれどうしたらいいのよ。
私は混乱しながらも、とりあえず剣を持って振ってみる。しかし、お爺様だけでなく、頭の中のソフィーからも容赦なく文句を言われる。
「なんじゃあ、その振り方は! もっとこう、ぎゅっと握って、ずばっと振るんじゃあ!」
「ゆい、そうじゃないのだー! ぎゅっ、ずばー、なのだー! ゆいのは、ふにゃ、へにゃー、なのだー!」
(全っ然わかんない!)
二人して抽象的な表現しかしてくれず、具体的にどうすればいいのかわからないまま振り続けたが、途中でお爺様が私の剣を止めた。
「ふうむ。素振りだけでは、イメージが湧かぬのかもしれんのう。ならば、儂が剣を構えておくゆえ、儂を敵だと思って切りかかってみるのじゃ」
そう言うと、お爺様は私から5メートルほど離れ、木剣を構えた。
「よいか? 儂はここから一歩たりとも足は動かさん。剣は動かすが、ソフィーの身体には当てぬ。ソフィーの剣には当てるが、これは実践そのものではない。お主が危ないと思えば、剣を捨てて受け身を取るのじゃ。受け身は……やってみればわかるじゃろう」
え、受け身の取り方とかわかんないよ? ふわっふわの芝生だから、転がってもあんまり痛くなさそうだけど……いや、お爺様はもう待ち構えてるし、やるしかないのね。何にもわからなかったけど、とりあえずお爺様のところへ走って行って、剣を思いっきり当ててみよう、そうしよう。
私はお爺様の独特な訓練について行けず、混乱しながらもとりあえずやれと言われたことをやってみようと走り出した。
「ううむ。なかなかうまくいかんのう。ヘンストリッジの血が流れておるならば、余計なことを習わんでも、勝手に剣を振るものじゃと儂は習ってきたんじゃが……」
何度もチャレンジしたが、当然お爺様の剣になんて当たらなかった。むしろ、剣を振る途中でよろけて倒れたり、お爺様の剣に軽く払われただけで芝生に転がって、もうお話にならない状態だった。
しかも、ソフィーはソフィーで頭の中で、「そうじゃないのだ、そこなのだー!」とか「ちがうのだ、ゆいへたくそなのだ!」とかずっと喚き散らしている。
(ねえ、そんなに言うんだったら、ソフィー代わってよ。私こればっかりは才能皆無だわ。お爺様が言ってることもソフィーが言ってることも、全然わかんないんだもん)
(うっ……、じゃあ、これがおわったらすぐこうたいなのだ! ソフィーはおてほんみせるだけなのだ! やくそくなのだー!)
文句ばっかり言うソフィーを、恨みがましい目で見ながら頭の中でそう言ってみると、あれだけ拒否していたソフィーがすんなりと外へ出ることを了承した。私が呆気に取られているうちに、
『双方の承認を確認し、身体の所有権をソフィア・ヘンストリッジに戻しました』
という以前のハルモニア様の声が聞こえ、私は魂ごと勢いよく引っ張られたかと思うと、白の空間に放り込まれた。そして、そこにある大きなモニターのようなものには、ソフィーの目で見ている景色が映し出されていた。
「こんな風になってたんだ。ソフィーは、いつもここから私がやってることを見てたのね……って、ソフィー、何やってんの?!」
「おじいさま、ソフィーはほんきをだすのだー! かくごー!」
お爺様の剣で芝生に転がっていたソフィーは、素早く身体を起こしたかと思うと、身体強化を最大まで使って地面を蹴りながら大きくジャンプし、そのまま両手で木剣を振りかぶった。
「おお、そうでなければ面白くない! 来いソフィー! 儂に一本でも当ててみよ!」
「だああああっ!」
ソフィーの声に、それまで思い悩んでいたお爺様が急に顔を輝かせ、嬉しそうに剣を構えた。そしてお爺様の頭の高さまで飛び掛かってきたソフィーを、剣を最後まで振らせることなく素手で薙ぎ払う。
ソフィーはそれを予測していたかのようにくるくると回転して着地し、その反動を利用して再度お爺様に飛び掛かっていく。今度は低い姿勢でお爺様の懐目がけて飛び込み、剣を右から振ろうとして、お爺様の剣に阻まれた。
「うむ、動きは悪くない。一度目とは違う位置から攻撃する判断力もよい。あとは……」
お爺様の剣に当たった反動でソフィーが後ろに吹っ飛んでいく。ソフィーが身体を丸めて受け身を取り、すぐに立ち上がろうとして、どさりと芝生に突っ伏した。
「それだけの動きに身体が付いていけるよう、体力と魔力を高めていかねばな! いやはや、やればできるではないか! やはり、ヘンストリッジの一族! 剣に、力に愛された我が一族の血じゃのう! がははは!」
起き上がって来ないソフィーを心配したリタが、ソフィーの元に駆け寄って抱き起こした。すると、リタの心配を他所に、ソフィーは草まみれのまますやすやと寝息を立てているところだった。そんなソフィーをレイモンドは大笑いしながら片手で拾い上げ、自分の肩に乗せてに担ぎ上げると、
「がははは! 訓練中に寝る者など、初めてじゃ! ソフィーは大物になるぞ、がははは!」
そう大声で叫びながら、レイモンドは上機嫌で屋敷へと戻って行った。
「おお! ソフィー、すごい! どうやったらあんな動きができるんだろう? ソフィーがくるくる回転するから、モニターの景色がぐるぐる回って、私も目が回りそう……って、うわ、ソフィー! あれ、なんで戻って来てんの? 訓練は?」
「んぐう……、おそとはひさしぶり、からだがおもいのだあ……。もうつかれたのだ、ねるのだあ……」
突然白の空間に戻って来たソフィーは、「こうたいなのだ」と言って私の腕を掴んだが、それと同時に床にぐにゃりと崩れ落ちていく。多分、身体の方も意識がなくなったのだろう、モニターの画面が真っ暗になっていた。
倒れたソフィーの身体を受け止めて、ソフィーが持ってきたベッドまで抱えて連れていきながら、私はさっきの動きについて聞いてみた。
「ねえ、ソフィー。どこであんな動き覚えたの? 鍛錬だって、逃げてばかりいてやってなかったって言ってたじゃない」
「んん……? たんれんなんて、してないのだあ……。ソフィーは、せんせいたちから、まいにちにげてたのだ。たくさんのひとから、にげるには……かべをはしったり、きにじゃんぷしたり、ほうきでたたかったり……。ゆい、あとはおねがいなのだ、ぐう……」
今度こそ完全に寝入ったソフィーを見ながら、私は茫然としていた。逃げていたのは知っていたけれど、てっきり走って逃げていただけかと思っていた。それが、実は随分アクロバティックな逃げ方をしていたらしい。いやいや、どこの3歳児が壁走って箒で闘うんだよ……と突っ込みたいところだが、そもそもヘンストリッジ家の人間が、ただ走るだけの子どもに好きなようにさせたりしない気がする。
それに、今日お爺様がなんであんな風に訓練をしようとしたのかも、これでなんとなくわかった気がする。多分、ソフィーが逃げている様子を聞いていて、かなり動ける子どもだと知っていたからだろう。私がソフィーの身体を使っていても、その動きは全然わからないから同じことはできなかったのだが……
『身体の所有権を山川結衣へと変更しました』
「わかったけど……これからは、戦闘系はソフィーにお願いした方がよさそうだね」
私は自分の戦闘センスのなさに苦笑いしながらも、ソフィーの思わぬ才能に素直に感心していた。そして、普段は自信がないとか相応しくないとか言って出てこないソフィーだが、闘うのは私がやるより絶対に生存率が上がるだろう。
今後も、戦闘だけでもソフィーが代わってくれるように説得するにはどうすればいいか、私はソフィーの身体が回復して目覚めるまでの間、真剣に考えを巡らせていた。




