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4. こんにちは、異世界

 目を覚ました私は、泣き顔のまま息をのんで固まっている男女と目が合ったが、二人は息をしているのか心配なくらい動かない。私は起きたばかりだからか、新しい身体をまだ動かせない。動けなくても見える範囲には、私を含めた3人以外はだれもいないようだ。



 締め切られたカーテンの端から漏れる光からは、今がまだ明るい時間だということがわかった。しかし、ほとんど調度品の無い無機質な部屋に、カーテンを閉め切って、いくつかのろうそくの炎が揺れているだけの状況。女性が身に纏っている、露出の無い長そでの真っ黒なロングドレスに、男性の黒い軍服のような服装。



 私は、自分の目覚めた今の状況が、普通の日常ではないことを察した。これじゃ、まるで看取られるところか、あるいはお通夜とかお葬式とかそんな雰囲気じゃないか。



 まだ誰も動かない。音もしない息の詰まるような時間が、このまま永遠に続くんじゃないかと思い始めたころ、



「そ、ソフィー? わかる? ママのこと、わかる?」



 輝くようなロングストレートの銀髪。冬の澄み切った青空のような碧眼の美しい女性が、座っていたベッド横の椅子からふらりと立ち上がり、私のすぐ横に倒れこむようにして私の顔を覗き込んでいる。震える手で私の手をぎゅっと握りしめ、真剣な、そして祈るような、あるいは縋るような、そんな声で私に問いかける。



 そう、私はソフィーになった。だから、この人はきっと私のお母さんなのね。見た感じ、元の私とあんまり歳が変わらないように見えるからなんか違和感があるけれど……はじめまして。ソフィーの、いや、私のお母さん。



「お、かあ、さま……だい、じょう、ぶ。わ、かり、ます……」



 私は、慣れない口を必死に動かし、掠れる声で何とか返事をする。まだ口と目線しかうごかしてないけど、あれ? 油が差さってないロボットみたいな気分だぞ? さっき状態異常は解消されたとか言ってなかったっけ? やっぱり、1年近く寝たきり状態だった分のリハビリは自分でやれってことなのか。うわー、辛いわ。



 これからを想像して勝手にげんなりする私をよそに、女性(お母様)は私の返事を聞くや否やわっと泣き出し、横たわる私にがばっと抱き着いてきた。それも、ものすごい力で。そして抱きしめられた瞬間、私の頭の中にソフィー目線の景色、記憶と思われる声や映像が一気に流れ込んできた。



 え?! ちょっ、く、く、苦しいっ! 骨が軋んでるよ! 息が吸えないよ! うっぷ、情報が多すぎて頭の中が酔いそうだよ……さっきやっと呪いからの死亡フラグを回避したのに、次は母親からのハグと情報酔いで死にそうとか……ちょっとソフィー、あなたの人生こんなに何度も死にかける状況とか聞いてないよ……ああ、なんかもう吐きそうだし、目の前が灰色になってきた、誰かたすけて……



「お、おい、エリアーデ、ソフィーを離せ! せっかく意識が戻ったのに、そんな馬鹿力で抱いたらそれこそソフィーが死んでしまうぞ!」



「え? きゃああああ! ソフィー! しっかりして!」



 私の顔がみるみる青白くなり、ぐったりしてきたのを感じた男性が、慌ててお母様を止めてくれたが遅かった。あれ? 遠くで誰か違う人の叫び声も聞こえる気がするんだけど、どうしたんだろう……



 私はおろおろする二人を視界の端にとらえたが、身体もメンタルも大ダメージ。気になることもあるがとても踏ん張り切れず、白目をむいて意識を手放した。












「ゆいー!おかえりなのだ! もどってくるの、はやかったのだ。げんきなのだ?」



 気が付いたら、またあの白い空間にいた。そして相変わらず鳥の巣頭のソフィーが、能天気な声を上げながら迎えてくれた。ついさっき会った時よりもなんだか元気そうだ。ぴょんぴょん跳ねながらこちらに近づいてきたせいで、相変わらず鳥の巣のような頭がぶんぶん揺れている。



「ソフィー、ただいま。戻ってくるのが早かったのは、あなたのお母さんとあなたの記憶のせいよ。ほんと死ぬかと思ったわ! それに契約やら呪いやら色々話したいことがあるんだからね! しばらく寝かせないわよ!」



「ひっ……! ご、ごめんなさいなのだ。ソフィーはうそついてないのだ。でもいわなかったことがあるのだ。わるかったのだ。でもソフィーは辺境伯爵令嬢なのだ、だれもソフィーにおこったりしないのだ。ソフィーはわるくないのだ!」



 能天気なソフィーのペースに流される前に、言うべきことは言わねばと軽く凄みながら釘を刺せば、彼女はびくりとして、一応すまなそうな顔で謝ってきた。でも悪かったって言いながら、最後の方はふんぞり返って自分は悪くないって……まるで悪役令嬢だな。ん? なんか前にも同じような違和感があったような……?



 そんな私の思考を中断するように、ソフィーが続けて話しかけてきた。尊大な態度ではなく、真剣な眼で私を見つめてきた。



「ゆい、まずはソフィーがおれいをいうのだ。ソフィーはねむったけど、へんなかんじがしたからすぐおきて、ゆいのことをみていたのだ。くろいくさりのおばけ、ゆいがやっつけたのだ。かんしゃする、なのだ。」



 聞けば、ソフィーは呪いのことを知らなかったらしい。黒い鎖も初めて見たそうだ。でも、眠たくなったのも、めったに起きられなくなったのも、動けなくなったのも全部呪いのせいで、もう呪いはソフィーの身体には残っていない。もう大丈夫だから、身体を返そうか? と聞いてみたが、



「そのからだはゆいにゆずったのだ。ねむるのがすきなのはほんとうなのだ。のろいはかんけいないのだ。もうけいやくしたのだ。ゆいのすきにつかうのだ」



 と笑顔で返されてしまった。返品不可らしい。あれ、呪いは関係ないのか? うーん、惰眠を貪るひきこもりのきっかけがなんだったのかは聞きたいけど、これからずっと一緒なんだもの。焦る必要はない。妹のことがあったからか、引きこもるソフィーのことを他人事とは思えなかった。助けるなんて、そんなことができるなんて烏滸がましいことは考えていないけれど、せめて相談相手くらいにはなれたらなあ。



 そんなことを考えながら、この件はソフィーが話したくなるまで触れないと心に決めたところでソフィーがまた話を続けてきた。



「そういえば、ソフィーはゆいのきおくをみられるようになったのだ。きれいなうごくえやえがいっぱいあるおはなし、おいしそうなたべものに、ゆいのすきなおんがく……ゆいのきおくはとってもおもしろいのだ! ソフィーのゆめとおんなじくらいなのだ! たのしいのだ! ゆいといっしょでよかったのだ」



 多分、映画や漫画のことだろう。学生の頃は、幅広いジャンルのものを観たり読んだりしたものだ。どうやらそういったものを初めて見たそうだ。ソフィーが家から出たことがないからかもしれないが、そこらへんはあまり期待しないほうがいいのかもしれない。



 お互いの記憶を見たり聞いたりできることを確認した後、私はとりあえず、すぐに必要そうなソフィーの家族に関する情報を本人に確認してみる。



 記憶と一致する通り、さっきの男女はソフィーの両親で間違いない。銀髪碧眼で馬鹿力の美女がお母様、燃えるような赤毛と深い紫色の眼をしたゴリマッチョな男性がお父様。ヘンストリッジ辺境伯爵家は、元は優秀な騎士を多数輩出した有名な騎士爵の家系だったらしく、今でも男女関わらず屈強なんだそうな。



 お母様は、侯爵家のお嬢様なのに、なぜか女性騎士になり、そのつながりでお父様と出会ったらしい。ミネルヴァ王国では辺境伯の方が侯爵よりも身分が低いが、騎士になるような女性を娶りたい貴族男性はなかなかいなかったらしい。嫁にもらってくれるだけでありがとう! ということか。あんなに美人なのに……でもハグで人を失神させる危険人物だもの、普通の男性じゃとてもじゃないけど怖くて嫁にできないのかもしれない。私も怖いわ。



 とにかく、ヘンストリッジ伯爵家はみんな強い。そして、ちょっと脳筋っぽいところがありそうなのをソフィーの話から感じ取りながら、私はソフィーの残念さにも勝手に納得していた。うん、時々アホなのはソフィーだけのせいじゃないんだな。



 ん? アホ? なんかこんな感じの引っかかり、ここのところ何回もあったような……









『ねえ、お姉ちゃん聞いて!』



 私は、はっとして耳を澄ませた。突然、頭の中に懐かしい妹との会話が蘇る。



 そうだ、



 今まで、何回も違和感があった。



『今日も“シンデレラ”をプレイしてたんだけどさー』



 妙に引っかかる言葉があったじゃないか。



『このゲームの悪役って、攻略対象の王子の婚約者の公爵令嬢で、その子もすっごく嫌味なやつなんだけどね、』



 なんでよく考えなかったんだ。



『でもそれ以上に今日出てきた、悪役モブの辺境伯令嬢がアホすぎてほんとウケるの!』



 違和感があるってことは、なんかやばいことだって、ちょっと考えればわかるじゃないか。



『王宮での7歳のお披露目式で、攻略対象の王子に一目惚れしたとかでさ。王子に名前も知られてないモブの分際で、ヒロインに色々嫌がらせしてくるんだよねー』



 辺境伯令嬢、アホ……聞き覚えがあるぞ。



『すごいうっとおしかったんだけどねー、アホだしおバカで、しかも超貧乏なくせに辺境伯くらいで威張りくさってて』



 超貧乏…なのか? いばってるのは心当たりあるぞ……



『極めつけは、“神の叡智”を意味するソフィアっていう名前をひたすら自慢してたくせに、ヒロインにした下手くそな嫌がらせがすぐ王子にばれちゃうの!』



 ソフィア。まさか、それって……



『それでねー、学校からも国からも追放になって、遠国の修道院送り。その修道院に送られる途中で、盗賊に襲われて、嬲られた挙句殺されるんだってー。』



『しかもねー、王子が“未来の王妃に手を出した”って怒って、貧乏辺境伯爵家も取り潰しちゃうの!』



『笑えるよねー。でも、モブなのに一番扱い酷くてさ。ちょっとだけ同情しちゃうかなー。だって悪役のメインの公爵令嬢は、婚約破棄と学校から追放されるくらいで済むんだもん』










 妹の声が遠くなっていく。



 私は、はっと顔を上げ、急に黙った私のことを不思議そうな顔で見つめるソフィーを見た。



 確証なんてない。



 アホで、威張った態度のソフィアっていう辺境伯令嬢なんて、掃いて捨てるくらいいるかもしれない。



 でも私の中で、言葉にできない確信が生まれていた。間違いない。ここは妹が大好きな乙女ゲームの世界と同じ世界。



 目の前のソフィーは、自業自得で悲惨な死に方をする、未来の悪役令嬢モブその1。



 さっき交通事故で死んで、呪いに殺されかけたのをやり返して、お母様に抱き殺されそうになって……



 ああ、もうダメだ、私はなんでこんな人生超絶ハードモードな子に居候転生しちゃったのよ……



 私の脳が処理できる情報量と、置かれた状況へのメンタル負荷のキャパを完全に超え、私は本日何度目かの意識を手放した。


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