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37. 王都の祈りの塔 前編

 ヘンストリッジ家の馬車に乗り込んだ私たちは、まずは昼食を摂るために一旦王都の屋敷に戻った。馬車の中では、窓のある奥側に私が座り、その隣にお父様、私の前にお爺様、お爺様の隣に荷物を抱えたリタが座っている。護衛騎士たちは私たちの前後の席、御者台、騎馬で馬車の前後に配置されている。



 馬車の中でお父様とお爺様に、あの後陛下とどんな話をしたのかを聞いてみた。お父様はちょっと困った顔をした後、とてもオブラートに包んだ感じで内容を簡単に教えてくれた。 

 ……なるほど、犯人はまだはっきりはしていないけれど目星は付いてきているし、他国出身のジンのことや魔導具のことも少しずつわかってきたのか。

 はっきりと姿の見えない相手に命を狙われるというのは、思った以上に気味が悪いものだ。調査も進んでいるみたいだし、早く犯人が捕まって解決するといいなあ。



 ぼんやりとそんなことを考えていたところで、お父様がさも今思い出したかのように手を叩き、にこやかに告げてくる。



「そういえば、ソフィー。シウヴァ侯爵夫妻とヘンストリッジ男爵家から、ソフィーを見舞いたいとの手紙が来ているんだ。他の貴族からの申し出は全部断ったんだけど、この2つの家は親戚だからね。来週あたりにシウヴァ侯爵家、再来週にヘンストリッジ男爵家でどうだい? 王宮に来て疲れただろうし、少し日程を空けたほうがいいかと思うのだけれど」



「シウヴァのところは、特にソフィーを心配しておってなあ……儂にもアランにもエリアーデにも、何回も何回も手紙が山のように来てのう……陛下の面会が終わるまでは待ってくれと止めておったんだがな。家が異なるとは言え、シウヴァ家にとってもソフィーは可愛い孫じゃからのう。元気になったソフィーに早く会いたくて堪らんのじゃ」



 シウヴァ侯爵家は、お母様の実家だ。現当主夫妻が、ソフィーの母方のお爺様とお婆様にあたる。ソフィーの記憶を掘り返してみるが……それっぽいご夫婦の記憶はあるが、ソフィー自身はあまり会ったことがないようだ。まあ、早々に領主を引退したお爺様と違い、相手は現侯爵夫妻だ。いくら転移陣を置いてあったとしても、そう頻繁に会いに来られるほど暇ではないだろう。

 ヘンストリッジ男爵家の記憶はなさそうだ。そもそも、ヘンストリッジ家が2つもあること自体知らなかった。日本にいると、お盆とお正月くらいは親戚と会ったりしていたが、そういう定期的な親戚付き合いみたいなのはないのかな? 今度会いにきてくれるみたいだし、その時にでも色々聞いてみよう。



 私は「大丈夫です」と笑顔で答えながら、ちょっとわくわくしていた。初めて家族以外の親戚に会うのだ。うちの家族はみんなとっても優しいんだけどキャラが濃すぎるし、脳筋度も高いから、なんだか失礼だけど、貴族として真似していい存在なのか疑問だった。だから親戚とは言え、異なる家の貴族がどんな感じなのかとても興味があるのだ。ソフィーのことを心配して、会いたいって言ってくれているのも嬉しいしね!



 ちなみに、親戚以外の貴族からも山のように面会依頼が来ていたらしい。しかし、陛下との面会ですら、療養と言う名目で1か月待ってもらっていたのだ。その間はそれを理由にお父様が断っていたし、今後の分は陛下から国内の全貴族に対して、私が7歳のお披露目を終えるまでは親族以外の貴族の接触を基本的に禁じてくれたそうだ。これはありがたい。

 予想はしていたけど、思ったよりも早く群がり始めているのね。『女神の使徒』とは言え、私自身は大したことしてないんだけどなあ……貴族怖いよ! 今は私も貴族なんだけどさ。



「よかった。じゃあ、領の屋敷に戻ったらシウヴァ侯爵家とヘンストリッジ男爵家に私から連絡を入れておくよ。シウヴァ侯爵夫妻は、ソフィーが眠っている時にも何度も見舞いに来てくれたんだけれど……ソフィーが会うのは久しぶりだろうし、ヘンストリッジ男爵家は初めて会うんじゃないかな。ソフィーが生まれる少し前から、ちょっと疎遠になってしまっ……」



「おお! そうじゃ、ソフィー。儂らを待っておる間、王子たちと話をしておったのであろう? ソフィーはどんな話をしたのか、儂らにも聞かせてくれぬか?」



 お父様がちょっと気になるようなことを言いかけた気がしたのだが、お爺様がお父様の話にその大きな声で割込み、無理矢理話題を切り替えた。一体どうしたんだろう?……気になるけど、お爺様としては今話したくないことなのかな? いい意味で迫力のあるお爺様の笑顔に押されて、どうしてヘンストリッジ男爵家と疎遠になったのかを聞く勇気は出なかった。私は、とりあえず促されるままに王子たちと話したことをかいつまんで話した。

 そうこうしているうちに馬車はゆるやかに速度を落とし、ヘンストリッジ家の屋敷の門を通り、玄関の前で静かに止まった。




 

 屋敷に戻ってみんなで昼食を摂ったあと、私はリタと一緒に一度部屋に戻っていた。私が使うために王都の屋敷の使用人たちが用意してくれた部屋だ。今は王宮に行くための『白の正装』を着ているが、ここから先はプライベートの時間。領内でもないのに、むやみに正装でウロウロするものではないらしい。

 そう説明しながらリタが魔導カバンを開き、紺色の騎士服を用意してくれる。普段割と頻繁に着ている騎士服だ。それに着替えながら、私は頭の中でソフィーと楽譜を用意しつつ、ソフィーにずっと聞きたかったことを聞いてみた。



「ゆいー、えんそうできるかわからないのに、わざわざがくふをよういするのだ? つかわなかったらどうするのだ? もったいないかもしれないのだ!」



「そうね、正直あんまり期待はしていないけど……弾けるってなった時のために用意しておくのは無駄じゃないわよ。今日使えなかったら、明日使えばいいだけなんだし」



 ソフィーはうんうんと頷いて、「なるほどなのだー!」と言いつつ、私に1冊の楽譜を手渡してくる。私はその楽譜を受け取り、曲のタイトルを見ながらソフィーの話の続きを聞く。



「おうとのいのりのとうか、あしたのあさはこれがいいのだ! このまえの『G線上のアリア』みたいで、とってもきれいなきょくなのだ! ソフィーはこれがすきなのだ!」



「わかった。確かにこの曲は、パイプオルガンがとっても似合うし、この美しい旋律に癒されるからね。次の1曲はこれで決まりね。

 ……あ、『好き』で思い出したんだけどさ……ソフィーはどうしてエティエロ王子が素敵だと思ったの? 正直、他の王子の方が優しそうだし、良い子そうだと私は思ったんだけど」



 リタに手伝ってもらいながら紺色の騎士服に着替え、光沢のある黒い小さな革靴から黒いマットな質感の革靴に履き替える。違いが全然わからないが、白の正装がヘンストリッジ家で一番格式の高い正装であるのと同じように、この国の靴にもランクがあって、いちいち服に合わせて変えるものなのだそう。どっちも黒の革靴なのに、貴族って大変だね……

 小さくため息をつきつつ靴を履き替え終わった私は、ドレッサーの鏡の前に座り、リタに髪の毛を整えてもらう。櫛で髪が綺麗に梳かれていくのを眺めながら、私はソフィーの返事に耳を傾ける。



「どうしてって……エティエロおうじがいちばん『王族』らしかったからなのだ! どうどうとしてて、すごく『威厳』があるとおもったのだ! おじいさまやおとうさまみたいにかっこよかったのだ! ゆいは、なんでエティエロおうじがいやなのだ?」



「……え、威厳? あれが? ……ソフィー、威厳ってさ、その……ちょっと違うと思うよ。あれは威厳というより、ただ威張って偉そうにしてただけじゃない? それに、あのエティエロ王子とお父様やお爺様を一緒にしたら、二人に失礼だし可哀そうだよ……」



 ソフィーは、私が何を言っているのかよくわからないという表情で首を傾げている。外見は5歳児、でも中身は眠っていたせいで4歳児なのだ。いくら私とずっと一緒にいるとは言え、ソフィーの人格は私とは完全に別だ。彼女がいきなり大人になるわけではない。だから、威厳があることと、ただ偉そうに威張っていることの違いなんかわからないのかもしれない。気持ちの強さは近いものがあるかもしれないけど……うーん、どうしたものか。



「ゆいがいってることはよくわからないけど……エティエロおうじだけ、ソフィーってよんでくれないのだ。エティってよばせてくれないのだ。きらわれちゃったかもしれないのだ。ソフィーはかなしいのだ……」



 ソフィーは早々に思考を放棄して、そんなことよりも、と言いながらエティエロ王子と仲良くなれなかったことでとても落ち込んでいるようだった。

 いやいや、落ち込む必要なんてないじゃん! ソフィーが一目惚れするような超危険人物が遠のいたんだよ? むしろ喜ぶべきでしょ。ふふふ、ソフィーには悪いけど、このままエティエロ王子とは疎遠になる方向で頑張るよ! 意地悪して嫌われる、とかじゃなくて関わらない方向で行こう。そうしよう。



 身支度を終えた私は、リタと一緒に部屋を出て王都の屋敷の玄関を目指す。昼食後、全員の準備ができ次第祈りの塔に向かうという話になっていたのだ。私が多分、一番時間がかかっている気がするので、心持ち早歩きで廊下を歩いていく。

 私がソフィーとの会話に集中しすぎて無口になっているのを、リタが疲労のためではないかと心配してくるが、大丈夫だとなるべく明るい声で伝える。頭の中と外で会話をするのは、結構難しい。でも、せっかくソフィーがお勉強以外で起きているんだもん、話せることは話しておきたい。



「ソフィー。さっきも言ったけど、王子と仲良くならない方がいいんだから、今回のはむしろ喜ぶべきでしょう? 王子じゃなくても、もっと素敵な人はきっといっぱいいるからさ。そんなに落ち込まないでよ」



 多分ソフィーのは、幼稚園の女の子が「〇〇くん、すきー」とか言ってるのと同じレベルだと思っているが……それと同時に、こうしてエティエロ王子にこだわるのは、それが今のソフィーの追放死亡ルートだからなんじゃないかとも勘ぐってしまう。

 私の言葉に、ソフィーはいじけたように唇を尖らせ、まだぶつぶつと心底不満そうになにかを言っている。うーん……まあ、実際にはエティエロ王子に追放されるかどうかわからないのだ。ソフィーがそんなに言うなら、仲良くできそうだったら仲良くしてもいいかもしれない。最悪、やばそうなところは私が自分で避ければいい。



基本は疎遠になる方針だけど、不自然に避けたりはしないから、もしも仲良くなれそうだったらするよ、と仕方なく私は折れた。すると、ソフィーは両手を上げてぴょんぴょん跳ねながら、「ゆいはいいやつなのだー!」とか調子の良いことを言ってとても喜んでいた。



「ゆいならわかってくれるとおもったのだ! ソフィーはエティエロおうじとおともだちになるのだ! またあえるのがたのしみなのだ!」



 どうかそれまでにエティエロ王子がもう少しまともになっていますように、と心の中でハルモニア様に祈りつつ、私は玄関前で既に待ち構えていたみんなと一緒に再度馬車へと乗り込んだ。






「王都の祈りの塔には、久しぶりに行くのう。あそこはこの国で一番大きい祈りの塔じゃからのう! ソフィーはきっとびっくりするぞ! がははは!」



 馬車が王宮とは逆の方向に走り出し、馬車の窓から、近くの建物の向こう側に領都のものよりも随分と高くまで伸びる祈りの塔の『塔』の部分が見えてくる。窓から外の景色を食い入るように見つめる私を見ながら、お爺様がなんだか楽しそうに話す。



「そうだね、あれだけ大きいと、ソフィーが毎日演奏している楽器のようなものも大きいのかな? 今日は演奏するのかい? 朝も演奏していたけれど、魔力は大丈夫なのかい?」



 お爺様の言葉に続いて、お父様がちょっと心配そうに聞いてくる。そうだ、みんなには祈りの塔に行きたいとは言ったけど、多分魔力が足りなくて弾けないってことまでは言ってなかった。お父様が言う通り、朝も魔力を食べさせているので余計足りないだろう。一応、みんなにも王子たちに説明したように、王都のリュフトシュタインの話をする。



「……なるほど、やっぱり大きいとそれだけたくさんの魔力が必要なんだね。うーん、一応非常用に持ち歩いているポーションはあるけれど……魔力切れとかでない限り、特に子どものうちはあまり飲むのを勧められるものじゃないからね。ソフィーがどうしても今日演奏したい、とかでなければ、今回は無理しない方がいいね」



「はい、わかっています、お父様。リュフトシュタインも私が成長したら弾けるようになるって言っていたので、今日はどれだけ大きいのか知りたいだけなのです。無理はしません。だから、心配しないでください」



 お父様の中で、私はリュフトシュタインを弾きたくて堪らないキャラになっているのか、ポーションの話までしてくれる。恐らく私が魔力切れになって倒れた時に、飲ませてくれたもののことだ。

 いや、私のキャラは間違ってないけど、家族に迷惑をかけてまで弾こうとは思っていない。しかも、非常用に持ち歩いているものを自分の趣味のために使うとか、そんなことはできない。その非常時が今起きたら、悔やんでも悔やみきれないしね。



 私はお父様の言葉に頷きながら、今日は無理しないと約束する。そう、今日は演奏できないならそれでもいいのだ。それよりも、王都のリュフトシュタインで確認したいことがあるのだ。それができれば、今日はもう満足。おうちに帰ってもいいくらいなのだ。



 そんな話をしている間にも、馬車はどんどん先へと進んでいく。貴族のやたら大きな屋敷がずらりと並んでいたが、道を進むごとにその大きさが少しずつ小さくなっていく。王宮に近いほど大きくて広い屋敷があったので、もしかしたら王宮に近い方が高位貴族、街に近い方が下位貴族という並びになっているのかもしれない。



 屋敷の並びが途切れ、ひらけた場所に出る。馬車はスピードをぐっと落とし、人通りの少ない貴族区の道から馬車や人の往来の多い道に合流した。そして、両側に様々な工房やお店が並ぶ、ゆるやかにカーブした道をゆったりとした速度で走っていく。馬車の通る道や歩道は、まるで石畳のように統一感のある石で綺麗に舗装されており、馬車の中から見える街並みは明るく活気がありそうだった。いずれ王都の街も見てみたいな。



 ゆるやかにカーブを描く道を抜けると、円形に広がる広場のようなところに出た。その真ん中に、縦にも横にも大きい祈りの塔が見えてくる。

 領都の祈りの塔が教会だとすると、王都の祈りの塔は大聖堂といったところだろうか。とにかく外から見た時点で全然大きさが違う。同じなのは、その形と青白く、半透明で銀色に輝く摺りガラスのような壁や屋根だ。

 ここに、リュフトシュタインの本体がある。トラ兄が8000人以上仕事に就いているって言っていたやつだ。それって要は、8000本以上のパイプを持つパイプオルガンってことでしょう? うふふふ、ああ、楽しみで堪らないわ!



 私が馬車の窓に張り付くようにして祈りの塔を見つめていたのを、お父様とお爺様が笑いながら窘めてくる。おっと、ここにへばりついていたら、そりゃ外からも私の間抜けな姿が見えちゃうよね。この馬車にはヘンストリッジ家の紋章が付いているんだもん、あのアホは誰だってすぐ噂になっちゃいそうだ。気をつけよう。もう少しなんだから、我慢、我慢。



 私は素直に席に座り直し、馬車が祈りの塔の前に止まるのを大人しく待った。そして、止まった馬車から飛び出したい気持ちをぐっと堪え、お父様とお爺様に続いて貴族らしい仕草に気を付けながら馬車から降りた。

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[一言]  ソフィーがいなけらば、度々出てこなければ読める。
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