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32. 5人の王子様 後編

 私は、目の前の尊大な金髪王子にどう言い返してやろうかと頭をフル回転させていたが、エティエロ王子の右隣に座っている王子が先に口を開いた。頬張ったお菓子で、まだ口をもぐもぐさせている。



「むぐっ……はあい、エティ。そこまでねー。ソフィアじょうをいじめるのだめだよー」



「な、おれはいじめてないぞ! じじつをいっただけだ!」



「リュカのいうとおりだよ。エティ、せんせいがいってたよ、ことばをえらぶのだいじって。エティのいいかた、いじめてるみたいだもん」



 ウォルナットのような落ち着いた茶色の髪に、くりくりとした大きな金色の目をした男の子が、その天使のような笑顔でもぐもぐしながらエティエロ王子を窘めている。確か、第2王子のリュカ王子だったはず。そしてリュカ王子に続き、私の右側に座っているアッシュグレーの髪にピスタチオグリーンの目をした、この中で一番小さい王子が椅子から身を乗り出しながら主張している。第5王子ユーゴーだ。



「あ、あの……」



「エティ、レディーにはやさしくしなきゃいけないんだよ? ドロッセルじょうのときだってそういったじゃないか」



 私が何か言おうとするが、今度はエティエロ王子の左隣の王子が頬を膨らませながら注意している。肩につきそうなくらいの長めのアッシュグレーの髪に、桜色の眼をした第4王子リカルドだ。確か、さっき陛下が第2、3、4王子は私と同い年で、あとは年子だって言っていたっけ。5歳で『レディーには優しく』っていう言葉が出てくるのか……将来が末恐ろしいと思うのは私だけだろうか。



「ごめんね、ソフィアじょう。エティはわるい子じゃないんだけど、ちょっと言いたいことがうまく言えない子なんだ。ぼくのよそうだけど、本当は、

『せっかくこうして話すチャンスができたんだから、色々聞きたい、おしえてほしい。

 父上にああいう風に聞かれたら、ふつうは『みこころのままに』ってこたえるもの。だから、もし知らないで言ってるなら、今のうちにおしえてあげないと、いつかきぞくの中でもちょうしにのってるやつ、ってソフィアじょうが思われるかもしれない。

 でも、自分からそう言うのはいやだ。おれはおうぞくだから、ソフィアじょうからたのむならおしえてやってもいいけど』

 って、言いたかったんだと思うよ。エティ、合ってる?」



 私がちょっと遠い目をしながらリカルド王子から目を逸らすと、私の左隣の第1王子のアンドロスが、リュカ王子と同じ茶色の髪に、夏の若葉のように明るい緑色の目を申し訳なさそうに少し伏せながら話しかけてきた。

 どうやらアンドロス王子は、さっきのエティエロ王子の尊大な発言を彼なりに通訳してくれたらしい。おや? こうして聞くと、尊大王子の高慢度合いが随分下がったような……



「なっ、アンディ! かってなこというな! おれはこいつにきょうみなんかないし、こいつをたすけてやろうなんておもってないからな! ふん! 『女神の使徒』だなんてきいたから、どんなやつかとおもっていたけど、ただのむちで、ひじょうしきなやつじゃないか! おれは……」



「はあい、エティ、それいじょうはだめだっていったでしょー? エティはごかいされやいすのー。いつもにいさまがたすけてくれてるのー。よけいなこといわないのー」



「あはは、ソフィアじょう、アンディのつうやくはたいていあたってるんだよ? だから、あんまりおこらないであげて? たぶん、ちちうえとソフィアじょうのやりとりをみて、びっくりしておこってるだけだから」



 今度は椅子から立ち上がって喚き始めたエティエロ王子を、隣のリュカ王子が腕を掴んで座らせながら宥めている。その様子を横目に、私の隣のユーゴー王子がすかさずフォローを入れてくれる。なんだかんだ、5人ともみんな仲がいいんだな。



 エティエロ王子は、ぷんぷんと音が聞こえてきそうなくらいわかりやすく不機嫌そうにこちらを睨みつけながら、一応椅子に座り直して乱暴な手つきでお茶を啜っている。最初にエティエロ王子が暴言を吐き始めたときは、一体どうやってやり返そうかと考えていたが、なんだかもうそんな気持ちも薄れてしまった。

 4人の王子がこれだけフォローしているんだもの、多分性根は悪いやつじゃないんだろう。よく考えたら、出会ったばかりのソフィーだって大差なかったじゃないか。もしかしたらなにか事情があって、こんなわかりにくい言い方に、尊大な態度になっているのかもしれない。



 ただ、初対面の私がそこに踏み込むのはやめた方がいいだろう。ソフィーの眠る理由を彼女が自ら話すまでは聞かないのと同じだ。地雷の匂いがするもん。ここは一旦スルーして、話を変えてみよう。陛下とお父様、お爺様のお話が終わるまで無事に切り抜ければいいだけだ。あえて危険を冒す必要なんかない。



 私は、大人げなく5歳児同士で喧嘩しそうになっていたことを都合よく忘れると、自分もお茶をもう一口飲んで気分を落ち着かせる。そして、円卓に座る王子たちを見回し、できるだけ笑顔で話しかける。



「リュカ王子、ユーゴー王子、リカルド王子、庇ってくださってありがとうございます。アンドロス王子、わかりやすい通訳をありがとうございます。それからエティエロ王子、陛下へのお願いに対して、本来はそのように答えるべきだったとは知りませんでした。教えていただいてありがとうございます」



「いいのー、いつものことなのー。まえはここまでじゃなかったんだけどねー」



「ふん! ちちうえはおやさしいからな。こんかいはおまえのねがいをかなえてくださったが、これがあたりまえだとはおもわないことだな!」



 エティエロ王子以外の4人の王子は、ちょっと困った顔をしながらも一様に、私に気にしないように言ってくれる。エティエロ王子は相変わらず偉そうな態度でふんぞり返りながら返事をしているが、アンドロス王子が言った通り、私に教えたかったのは本当だったようだ。お礼を伝えても態度はあんまり変わらないが、ちょっとだけ雰囲気が柔らかくなったような気がする。うん、わかりにくすぎる。アンドロス王子がいなかったら、エティエロ王子とはまともに会話ができる気がしない。



 頭の中で、「やっぱりエティエロ王子と仲良くなるとか無理だから、潔く諦めようね」とソフィーに伝えつつ、お菓子をひとつ摘まんでみる。おお! 美味しい! お菓子は、見た目もだけど味もすごく洗練されている。お菓子の発展具合は、現代の地球と変わらないくらいかもしれない! これは嬉しい! 楽器にも期待できるかな、うふふふ!



「ねえねえ、ソフィアじょう。エティもソフィアじょうに会うってなった時に聞きたいって言ってたんだけど……『女神の使徒』ってどうやってなったの? どんなおしごとしてるの?」



「ヘンストリッジりょうって、このくにでいちばんきたにあるんでしょー? さむいー? まものってどれくらいでるのー?」



「おい、なんでおまえはおんなのくせに、きしふくをきてるんだ? へんきょうはくふじんがきしだからか? おまえもきしになるのか?」



「ソフィアじょうは、ふだんどんなことしてるの? おべんきょうって、もうはじめてる?」



「さっき、どうしてがくしにあいたいっていったの? がくしにあってなにするの?」



 エティエロ王子が少し落ち着いたことで、場が和んだからか王子たちがそれぞれ思い思いに私に質問を始めた。その中には、今日どうしてここに来たかというものもあったが、私には王子にどこまで話していいのかわからない。その質問も含め、答えられる範囲で答え、今日の面会に関わる部分は陛下に聞いてみるように伝えた。幼い王子とはいえ、彼らは王族だ。必要だと陛下が判断すれば、その部分だけを選んで適切に伝えてくれるだろう。



 煌びやかで美味しいお菓子をひとつ、またひとつと口に入れながら、王子の質問に答えていく。特に、女神の使徒に関する部分にはみんな興味があるらしく、毎日演奏していると話すとみんなが聴きたいと言い出した。



「ふん、おれたちおうじが、おまえのえんそうをきいてやってもいいといってるんだ。こうえいにおもえ! かんしゃしろ!」



「はいはーい、エティはだまっててねー。ソフィアじょう、きょう、おうとのいのりのとうにはいかないの? ぼくもききたいなー」



「えっと、楽師に会った後に行けたら行きたいとは思っているのですが……その、王都のリュフトシュタインという楽器のような神獣は、どうやら王都以外のものよりとても大きくて、よりたくさんの魔力がないと演奏できないそうなんです。

 白の魔力しか食べないので、なかなか他の人に魔力をもらうこともできなくて。だから、今日は演奏できなくても、どのくらい大きいのかだけでも見たいと思っていて……」



 今日は恐らく演奏はできないと伝えると、エティエロ王子以外は残念そうにしょんぼりとしていた。私だって残念だ。ポーションとかで回復しながら魔力を食べさせる、という手もあるのかもしれないが、私が自分でポーションを持っているわけではない。以前倒れたときにお父様が飲ませてくれたが、あれだって回復に一時間近くかかった。時間がかかる上に、ポーションがいくらするか、どんな種類があるのかもわからない。

 今日のお仕事自体は終わっている。だから、自分の趣味のためだけに家に余計な負担をかけるわけにはいかない。私は、演奏したい気持ちをぐぐぐっと堪えて、今日は演奏はしないつもりでいた。でも、ちょっとだけ確認したいことがあるから、どのみち祈りの塔には行くつもりだったのだが……



「はあ?! おまえは『白の魔力持ち』なのか? きぞくのくせに、やくただずのはずかしいやつだったのか! そんなやつが、どうしてめがみにえらばれるんだ! ……わかったぞ、おまえ、『女神の使徒』だっていうのはうそだな? こうげきまほうをつかえない、じぶんをまもることもできないむのうなやつが、めがみにえらばれるわけがない!」



 私が王子たちに説明をしていたところで、白の魔力という言葉にエティエロ王子が敏感に反応した。テーブルを両手で思いっきり叩いて椅子の上に飛び乗ると、立ち上がって私を指さしながら怒り心頭、といった様子で怒鳴り始めた。

 ああ、せっかく落ち着いたのに、沸点の低い王子様だ。こうして私がため息をついている間にも、アンドロス王子とリュカ王子がなだめようとするが、今回はエティエロ王子も聞かない。どうやら、自分ではなく『白の魔力持ち』の私が、女神の使徒なのが許せないらしい。



 しょうがないじゃん。そんなに言うなら、女神の使徒を代わるから毎日2曲のお勤めもお願いしたいわ。地味に選曲とか、手足手指のリハビリとか大変なんだよ?



「エティエロ王子、落ち着いてください。ハルモニア様から直接聞いたのですが、『白の魔力持ち』でないと女神の使徒にはなれないのだそうです。色のついた、攻撃魔法が使える魔力の持ち主は、この世界に調和と平穏を齎す、ハルモニア様の使徒に相応しくないそうです。だから、祈りの塔の神獣も白の魔力でないと食べないし、触れることもできないのだそうです」



 ため息をつきつつ、できるだけ落ち着いた声でそう説明すると、5人の王子はみんな一様に驚いた顔をしていた。椅子の上で怒り心頭だったエティエロ王子でさえ、ちょっと大人しくなった。まだ、私のことを不満そうに、そして疑うような目で見ているが、喚き散らすのはやめてくれた。その隙に、リュカ王子が話しながらエティエロ王子を椅子に座らせてくれる。



「そうなんだねー。『白の魔力持ち』って、よくないっていうはなししかきいたことなかったからしらなかったー。みんながばかにしてるのは、きっとそれをしらないからだねー」



「そっか。でもソフィアじょうのまりょくがしろいろしかないなら、ソフィアじょうはたいへんだね。こうげきまほうをつかえないって、とてもあぶないことだってきいたよ?」



 リカルド王子が、心配そうな顔をしながら小さな声でぽつりとそう呟く。や、やっぱり攻撃魔法を使えないってかなり不利なことなのかな? 

 そういえば、ハルモニア様も『デュオディアイラス様が白の魔力持ちを用意してくれたが、攻撃魔法が使えないからか、すぐにその数を減らしてしまった』とかなんとか言ってなかったっけ? これって、もしかして結構やばいんじゃないの? やっぱり全力で身体を鍛えなければ。お爺様に訓練用の剣をもらったし、身体が回復したらすぐ鍛えよう。うん、そうしよう。



「ソフィアじょうが攻撃魔法をつかえなくても、ヘンストリッジ家はみんなとっても強いでしょう? 父上が『師匠』ってよぶ、ソフィアじょうのおじいさまだっているんだもん、きっとしんぱいしなくても、みんなソフィアじょうのことを守ってくれるよ!」



 顔がちょっと青ざめてしまった私の肩をぽんぽんと優しく叩きながら、隣のアンドロス王子が安心させる様に言ってくる。確かに、そう言われてみればそうだ。白の魔力持ちにしては、私はかなり良い環境にいるのだろう。これ以上、安全なところはないようなところにいるのだから、今不安になってもしょうがない。あとは、早急に鍛えるべし。どうせ盗賊だって返り討ちにしなきゃいけないんだからね!



 その後、ユーゴー王子が気を遣うように話題を変え、使用人が私を呼びに来るまで色んな話をした。そして、エティエロ王子だけは拒否したが、お互いに私はソフィー、アンドロスはアンディ、リュカとユーゴーはそのまま、リカルドはリックと呼び合おう、と言うくらいには仲良くなっていた。



 部屋にノックの音が響き、王子との長い長いおしゃべりタイムを私はついに終えることができた。呼びに来た使用人とともに、お父様やお爺様、リタや護衛騎士たちも部屋の前まで来てくれていたので、私は王子たちに丁寧に挨拶をして部屋を出ていく。

 実際は30分程度しか経っていなかったらしく、王子たちと話たりなかったのではとお父様が変な心配をしていたので、疑う余地が無いくらい強く否定しておいた。もう王子はお腹いっぱいだ。それよりも楽師だよ、楽師! ひゃっほう! ついに異世界の音楽が聴ける! このためにがんばったんだからね! ふふふ、ふははは!



 呼びに来た使用人が楽師塔へ案内してくれるらしいので、そのままみんなで後をついていくことにした。真っ赤な絨毯が続いていた場所から、今度は建物が変わり、絨毯が深緑色になる。そして、どこからかかすかに楽器の音が聞こえてくる。

 久しぶりにリュフトシュタイン以外の楽器の音を聴いた私は、もうどうやってもはやる気持ちを抑えることができなかった。私はお父様の腕を思いっきり引っ張りながら、案内する使用人を急かす様にその後ろにぴったりとくっついて、一秒でも早く楽師のところにたどり着こうと夢中で足を動かした。


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