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26. リュフトシュタインの秘密

 お勤め初日から2週間が経った。私は、相変わらず朝からリュフトシュタインを弾き、その後は文字の勉強、歴史の勉強、リハビリをして私の毎日は過ぎていった。



 そういえば、この世界でも一週間は7日だ。そして、日本の日曜日にあたるその週の『七の日』と呼ばれる日は、基本的にみんなお仕事はお休みだ。お店はどこも開いていないし、畑仕事だって最低限だけだ。

 なぜか祈りの塔だけは開いているのだが、それはどのみち神官たちが毎日お勤めをするからなのだそう。神官職がブラックじゃないといいのだけれど。



 まあ、おかげで毎週七の日は、私のお勉強もお休みだ。そして祈りの塔は開いている!

 ひゃっほう! リュフトシュタインの練習だよ、練習! ふふふ、お勤めのためだもの、必要なことだよね! 休みの日なら弾きまくってもいいよね? ふふふ、ふははは!



 というわけで、毎朝リュフトシュタインが弾けて、週に一回は好きなだけ弾ける日がある! ちなみにこの日は、そんなに長時間は付き添えないお母様の代わりに護衛騎士たちが交代で付き合ってくれるのだ、ふふふ。

 もうね、お勉強やらリハビリやらそれはそれで大変だけど、音楽があれば大丈夫! 私は無敵! ふははは! 







 ……ええ、それはそれは毎日充実しておりました。今日まではね。ああ、明日王宮になんか行きたくない、行きたくないよお。











 私は現実逃避をしようと、今演奏を終えたばかりのリュフトシュタインに頭の中で話しかける。毎日の演奏の前後にちょっとずつリュフトシュタインと話をするうちに、彼らとかなり仲良くなり、リュフトシュタインのことがだいぶわかってきた。






 リュフトシュタインは創造神デュオディアイラスが創った神獣だっていうのは、ハルモニア様から聞いているから知っていた。でも、あれは厳密に言えば半分正しくて、半分間違いなんだそう。



「儂ら4人は、デュオディアイラス様が器と人格を一から創った、ハルモニア様のための眷属じゃ。でも、他はここで仮の器と人格を借りて、この世での徳を積むために来た『魂』たちなのじゃ」



 そう教えてくれたのは、パイプオルガンであればプリンシパルというオルガンの一番基本となる音色にあたり、リュフトシュタインでその部分の統率者をしているお爺さんの声だ。実は、リュフトシュタインの中でも一番偉いリーダーらしい。

 最近は、このおじいさんの声をパル爺と呼んでいる。最初はプリ爺と呼んでみたのだが、さすがに怒られた。なぜだ。



「そうだぞー、俺たちの本体は1つの国に1個だけあるんだけどな。本体なんて、8000人を超える魂が仕事に就いてるんだぜ? お前が弾いてるこれは分体だけどよお、分体だって、俺たちを除いてそれぞれ3618人が仕事してんだからな!」



 パル爺に続けて、ちょっと荒っぽい話し方の青年の声がする。聞くと、彼はトランペット系と呼ばれる金管楽器の音色の統率者らしい。パル爺とともに、トラ兄と呼んでいる。こちらは結構気に入ってくれたらしい。基準がわからん。



 どうやら、デュオディアイラス様が創った4人は、本体にも分体にも全てに自我が繋がっていて、どこのリュフトシュタインに行ってもそこにいるらしい。しかし、他の役割を担う魂はそれぞれのリュフトシュタインで違うらしい。ん? そもそも、他の魂ってなんでそこにいるの? 徳を積むってどういうこと?



「はあ、それはねえ、デュオディアイラス様の恩情よ。輪廻の底辺を彷徨う、昇格のチャンスすらない魂たちを哀れんで、望む者にその機会を与えてくださっているのさ」



 今度は、ストリングス系という弦楽器の音色を統率する、いつも疲れた女性の声が聞こえてきた。彼女のことはスト姉と呼んでいる。もうそのまんまとか、そういうのは気にしない。



 スト姉曰く、ここに宿る数多くの魂は、この世界で『次の転生待ちをしている魂』だそうだ。



 この世界では、どんな生き物も死後、ぐるぐると半永久的に転生を繰り返すらしい。そして、次に何に転生するかはその前までの生でどのような行いをしてきたかによる。

 人間のように高度な自由意志がある生き物に転生するには、良い行いをいくつも積み重ねなければならない。逆に、以前は人間でも悪い行いばかりだと、あっという間にゴキブリとかミジンコとかになる。

 ちなみに、最悪デュオディアイラス様に魂そのものを消されるパターンもあるらしい。消して数が減った分は、デュオディアイラス様が自分で新しいものを創って補充するので、別に容赦とかしないらしい。なにそれ、怖い。



 ただ、このシステムに対してデュオディアイラス様は、

『良い行いと言っても、例えば偶然、微生物や虫になった者にどれだけ良いことができるのか。

 そもそも生きていられる時間が短すぎる上、知能もさほど無い生き物になってしまえば輪廻の底に沈み、二度と這いあがれなくなってしまう。それはあまりにもかわいそうではないか』と思ったそうな。



 そこで、『神の裁き』よって次の転生先へと送る前に、厳しい条件の下その魂が心から望めば、善行を積む機会を与えることにした。それが神の手足となってリュフトシュタインに宿り、神獣としての役割を担って世界を癒す手伝いをすることなんだそうな。



 チャンスを与えられた魂は、4人の下につく部下みたいな立場でデュオディアイラス様に仮の人格を与えられ、それぞれが必要とする期間ここで仕事をし、そして新しい命となって次の魂と入れ替わっていくことになるんだそう。



 私はそれを聞きながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。



「えっと、それだと仕事をしないと意味無いと思うんだけど、この400年間はどうしてたの?」



「ずーっとまってたのー! まちきれなかったたましいはでていっちゃったけど、まだいっぱいまってるのー! りゅふとしゅたいんにはいれなくて、じゅんばんまちしてるのもいるのー!」



 そう答えたのは4人のうちの最後の一人、フルート系と呼ばれる音色を統率する子どものような声だ。フルフルと呼んでいる。フルフルは、私のことを一番ご飯扱いしているやつだ。可愛く見えて意外とひどい。



「そうだぞー、ずっとずーっと待ってたんだからな! がっつり仕事しろよ。そもそも、ここで俺たちと仕事してもな、効果があるのはこの領内くらいなんだからな。他にも世界中に俺たちはいて、それぞれで仕事待ちしてんだからな。お前がなんとかしろよ?」



「そうなのー、みんなまってるのー! おなかすいてるのー! おしごとしたいのー!」



「はあ、あんたはいずれ、世界中のリュフトシュタインをどうにかするんだよ。まあ、一人でできることじゃないから、どうするのかよく考えな」



 しかし、聞き捨てならないことを聞いてしまった。世界中にあるリュフトシュタインをどうにかする? 演奏するってこと? いや、それはさすがに無理だから。

 私、別にリュフトシュタイン巡りをしたいわけじゃないのよ。私の夢はオーケストラになることなんだから、正直そんなことしてる暇はないの。



 ……でも、そうなると善行を積もうと400年も待っている人たちが、ちょっとかわいそうだよね……。



 うーん、リュフトシュタイン教室でもやって、これを弾ける人を増やすか? いや、それ以前に白の魔力持ちじゃなきゃこれに触れることすらできないんだった。しかも毎日養っていけるだけの魔力がある人……

 ああ、せめて音楽学校みたいなのがあればなあ。もういっそ領地に作れないかなあ……



 思わぬ問題が発生し、私が頭の中でぐるぐると考えを巡らせながら悩んでいると、パル爺がそれを聞き取ったのか、穏やかな声でフォローを入れてくれる。



「まあ、あまり思い詰めるでないぞ、ソフィー。ここで仕事をすれば、ここの器に早く空きが出るじゃろ? 空きが出れば、他のリュフトシュタインで待っている魂が優先的にこちらに移されるからのう。お主が動かなくても、ここで弾いておればそれだけでみな助かるのじゃ」



 そうなのか。それを聞いてちょっと安心した。どのみち、どこかに移動したらそこで弾くつもりだけど、他のリュフトシュタインの魂のために私が頻繁に移動するのは現状無理だ。そうとわかれば私の気も少し楽になる。



 ちなみに、リュフトシュタインの効果は、ここで弾けばこの領内全域くらいらしい。音が聞こえない範囲でも、その力を空気の振動に乗せて遠くまで飛ばすことができるのだ。ただし、効力が発揮されるのは演奏している間のみなんだそうな。

 負の感情は常に生まれるものだから、一回聴いてそれでお終いとはならないらしい。残念。でも、毎日鳴らすことで少しずつ負の感情が積み上がっていく量も減っていくので、決して無駄なんかじゃない。

 それにハルモニア様にとっても、世界のほんの一部とはいえ、私とリュフトシュタインがサポートする分助かるのだそうだ。微力ながらお役に立てているようでなによりだ。






「そう言えば、お前そろそろ王宮に行くんだろー? 王宮の近くに、俺たちの本体がいるからな。時間があったら行ってみろよ。でかくてびっくりするぞ!」



「ごはんー! ごはんたべさせにいってー!」



「はあ、まだ無理だよ。この子がもっと成長しないと足りないさ。ふう、うちらの本体はこれの倍は魔力を食べるからね。その分、薄くだけど国内全域を網羅できるのさ」



「ううむ、できて壁から出すぐらいじゃろうな。まあ、壁から出ておるだけでも効果がないわけではないからの。無駄ではないぞ?」



 どうやら、演奏しないと浄化はできないけど、壁から出ている状態だと近くの負の感情を吸収するくらいはできるらしい。それはすごい。でも壁から出すだけ出して、目の前にあるのに弾けないのも辛いんだけどな……うーむ、悩むところだ。



 いや、それよりも! そういえばさっき、リュフトシュタインの本体は8000人以上仕事してるっ言ってなかったっけ? 8000本を超えるパイプオルガンって、もしかしてあれなんじゃないの? ふふふ、違ったら私が死ぬほどガッカリするからあんまり期待しないようにしなきゃだけど……

 生きてるうちに会いたかったあれに、今度こそ会えるかもしれない! ふふふ、ふははは!



 私は、王宮に行くのが嫌で堪らなかったが、巨大なリュフトシュタイン本体に会えるかもしれないことでずいぶんと気分が持ち直した。王宮への報告はさっさと終わらせて、王都の祈りの塔へ行こう。うん、そうしよう。



「わかった、行けそうだったら王都の祈りの塔にも行ってみるね。ぜひ本体にも会いたいもん」



「うむ。無理はせずともよいのじゃ。勤めは朝ここで済ませてから行くのじゃろ? また何か聞きたいことがあれば、明日聞くといいぞ。儂らはいつも全ての祈りの塔におるからの」



 私はパル爺の返事を聞くと、4人にお礼を言ってリュフトシュタインの椅子から降りた。今日は七の日。長い練習時間の後の長い現実逃避タイムを黙って待ってくれていた護衛騎士たちにもお礼を言い、私は来る明日への準備をすべく、騎馬に乗せられて屋敷へと戻っていった。


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