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14. 祈りの塔 中編

 騎士団長のお爺様を先頭に、領主一家を囲んだ騎馬の一団が白い土を巻き上げながら颯爽と駆け抜けていく。私はというと、始めこそ初体験の乗馬ということもありテンションも高かったが、5歳の病み上がりの子どもが鍛えられた大型の騎馬に乗るのは正直無謀だということに早々に気付いた。お父様はリハビリなどと言っていたが、激しい上下の揺れによる酔いに加え、いくら後ろから支えてもらっていても、振り落とされそうな恐怖で身体強化を切らしてしまいそうだった。うん、これはまだ厳しいわ。乗馬を鍛えるのはもう少し後にしよう、そうしよう。



 酔いすぎてもう少しで吐く、と思ったところでようやく祈りの塔に到着した。お父様が私を抱え、先に馬から降りて待っていたお母様に手渡し、地面に降ろしてもらう。が、自分を支えきれずふらふらしてしまう。その様子を見かねたお母様が、祈りの塔の入り口の外にあるベンチに連れて行ってくれた。お父様や護衛騎士たちが馬を留めに行っている間、座って休むことができたので私は少し気分が回復し、周りを見る余裕ができた。



 祈りの塔までの道のりは確かに短かった。慣れない騎馬のためすごく長く感じたが、馬を走らせて10分もないくらいだろうか。ヘンストリッジ家の屋敷は少し小高い丘の上にあるから、そこからの道をまっすぐ街の方へ降りてくればすぐに到着した。祈りの塔はその姿が目立つせいで、実物を見たことがなかった私でもすぐに分かった。



 祈りの塔は、歴史の授業でも習ったが人間の作ったものではない。創造神が創っただなんて、ただの伝説だと笑い飛ばしてもよかったのだが、実際に見てよくわかった。これは、少なくともこの世界の人間が創ったものじゃない。現代の地球でも無理だ。そして、この世界にはきっと神と呼ばれる存在がいるということなのだろう。



 この街の建物は、基本的にレンガ造りか石造りだ。雰囲気としては、地面が真っ白なこと以外は中世ヨーロッパの街並みに近いのではないだろうか。そんな中、祈りの塔だけは、その外観からして異質だった。



 私は入り口のベンチに座りながら、祈りの塔の外壁にそっと触れる。赤茶けたレンガや灰色の石でできた建物が多い中、この塔だけは青みがかった銀色で、半透明の摺りガラスのような材質でできている。建物の形は、地球で言うところの教会の屋根の真ん中に、空高く伸びる塔が1本くっついているような形である。その壁は一部の継ぎ目もなく、地面に接するところから塔の先端まで一枚のガラスから作ったように滑らかで、砂埃ひとつ、傷ひとつ、指紋ひとつ付いていない。とても400年以上前から存在しているとは思えない。日本で言えば、徳川家康が建てた名古屋城が、現在も建てた当時のまま、経年劣化もなくピカピカだと言うようなものだ。さすがにおかしいだろう。やはり人間が作ったものとは思えない。



 ひんやりと冷たい外壁の感触を掌で感じながら、私はいよいよだと緊張していた。この建物からは人間ではないものの気配を感じる。私は仕方がなかったとは言え、やはりとんでもないものに喧嘩を売ったのかもしれない。ソフィーもろとも神罰で消されでもしたら……いや、それどころか家族や領民を巻き込んでしまったら……うう、鋼のメンタルでも胃が痛いわ。



 ベンチに座る私たちのそばを、領民と思われる人たちがあいさつをしながら何人も通り過ぎていく。仕事前にちょっとだけ立ち寄った、という感じで入ってすぐ出てくる人もいれば、なかなか出てこない人もいる。そろそろ中の様子が気になり始めたところで、お父様を始め、みんなが祈りの塔の入り口に到着した。



「エリアーデ、ソフィー、これで全員揃ったな。ソフィー、気分はどうだ?」



「お父様、もう大丈夫です。休ませてくれて、ありがとうございます。祈りの塔は、とても綺麗ですね! つるつるぴかぴかしています!」



 体調を心配して声をかけてくれたお父様に、私は満面の笑顔で返事をする。



「それはよかったのう。祈りの塔は、創造神デュオディアイラスの加護を受けておるから、壊れないのはもちろんのこと、傷も汚れも付かぬし、一年中ひんやりとしておるのだ。神の力とは不思議なものじゃのう、がははは!」



 お父様の代わりに、お爺様が私のところにいち早くやってきて、丁寧に教えてくれる。そして、お爺様に手を引かれ、私は一族の先頭で祈りの塔に足を踏み入れた。










 祈りの塔の内部には、最前列に灯されたろうそく以外の照明が無い。摺りガラスのような外壁をすり抜けて入ってくる淡い光が、建物の内部全体を優しく照らしている。祈りの塔の入り口から一番奥までは、長椅子のようなものがずらりと並べられている。そこで人々が思い思いに祈ったり、白い長衣を着た神官のような人を取り囲んで話をしていたり、割と自由に過ごしているようだ。



 祈りの塔の入り口から奥までは、一本の太い通路がまっすぐ伸びている。両脇の長椅子で祈ったり話したりする人々を横目に、私はお爺様とゆっくりとした足取りで通路を歩いていく。



 塔の両側の壁には、10本ずつ大きな柱があり、それぞれに別々の神様の像と思われるものが備えられている。目の前の最奥の壁には、大小様々な神様や天使のような像が壁から生えているみたいに立体的に並べられている。そしてその壁には、まるで『何かをしまっている』かのように、天井まで伸びるたくさんの縦線と、ところどころにある横線が切れ込みのように入っていた。



 見ると吸い込まれそうになるほど先が見えない中央の塔の部分の下を通り抜け、私は最奥である、塔内の長椅子の最前列までやってきた。もともとそこにいた領民と思われる人たちが、私たちを見て笑顔で場所を譲ってくれる。お爺様が、「よい、我らは後から来たのだから、終わるまで待とう」と彼らを止めてくれたが、もう終わったからどうぞ、と結局譲られてしまった。本当だろうか。相手は領主一家だ。気を遣わせてしまったなら申し訳ない。



 多分譲ってくれたであろう、領民にお礼を言いながら、白い長衣を着た、白髪初老の男性がこちらに挨拶をしてきた。



「先ほど、先触れをいただきました。本日初めてソフィア様が祈りの塔にいらっしゃったとのこと。私は領都の祈りの塔の管理を任されております、神官長のグレゴリウスと申します。ソフィア様、以後お見知りおきを」



 そう言って、神官長グレゴリウスは私の前で跪いた。お爺様や両親がいるのに、私の前で跪くの? と一瞬混乱したが、この国では相手が王族でもない限り、初対面の時以外はいちいち跪かないらしい。なるほど、私以外はみんな会ったことがあるから、私を最優先にしてくれたのか。納得。



 それにしても、現代日本に生きていた私は、他人様に、それも自分よりずっと年上の人に跪かれるなんて経験が無い。これはなんだか悪いことをしている気分になって、心臓によくない。今後はできるだけ簡易的に済ませてもらうようにしよう。



「お初にお目にかかります、グレゴリウス様。ヘンストリッジ家が長女、ソフィアと申します。どうぞ、お顔を上げて楽にしてください」



「おお、その名に相応しく、5歳になられたばかりとは思えぬ知的さをお持ちなのですね。ソフィア様、どうぞ私のことはグレゴリウスとお呼びください。ソフィア様は領主様のご令嬢であり、ハルモニア様のお声をお聞きになるお方なのですから」



 姿勢を戻したグレゴリウスは、キラキラした目で私にそう話してきた。その態度から、なんだか尊敬のような、信仰のようなものをうっすらと感じるのは気のせいだろうか……



「ソフィー、祈りの塔に来るに当たって、詳細は伝えていない。でも、今回の訪問はハルモニア様からのご助言へのお礼だ、ということは彼に伝えたんだ。構わなかったかい?」



 私の後ろから、お父様が声をかけてくる。みんなに話した場で口止めしなかった時点で、そもそも全然隠してなんかいない。でも、『ハルモニア様の声が聞こえるすごい子!』みたいなのがどんどん広がっていそうなのは不安。なぜって、そもそも嘘だし、実際声なんて聞こえないんだもん。



 私は、お父様とお母様、それからお爺様がグレゴリウスと話す間、グレゴリウスに許可を取って塔の一番前の切れ込みのたくさん入った壁を間近で見つめていた。なんというか、やっぱりこれってなにかがしまってある気がするし、なんかの形に似てる気がするんだけど……



「ソフィア様、この壁面装飾は特に美しいでしょう? 創造神デュオディアイラスが、他の神々とともに最初にこの世界を創った様子が、ここには描かれていると言われています。そして、この壁の中央部分にある像は、女神ハルモニア様とその眷属たちだと言われています」



 壁を見つめる私に気付いたように、グレゴリウスが声をかけてくる。彼はまた3人との話にすぐに戻ってしまったが、そう言われて中央を見ると、なるほど。ハルモニアと思われるウェーブのかかった長い髪の女性が、マーチングバンドのドラムメジャーと呼ばれる指揮者の役割の人が持つような指揮杖を持ち、その周りを囲むように、眷属と思しき多くの天使が、それぞれ一人一つずつ楽器のようなものを持って飛び回る様子が見て取れた。



 ……ああ、なんて羨ましい。



 そのうちの一つでいいから、私にも弾かせてほしい。



 私は、一瞬自分が謝罪に来たことを忘れ、届かない天使像に手を伸ばし、その手が最奥の壁にほんのわずかに当たった。









 ……その瞬間、壁に当たった手から何かがぐっと吸われた。



 いや、吸われたというより……ちょっと味見されたような感じだった。



「なっ……!」



 驚いて手を引っ込め、お父様たちがいるところへ慌てて逃げ帰ると、壁の私の手が触れた部分が白くほんのりと光っていた。そして光っている壁の部分から、私の頭の中に直接声が聞こえてきた。



「お、久々のうまい魔力じゃ」



「ねえねえ、ここにきてはじめてまりょくたべたー、もっとたべたーい」



「ちょっと。そこの小娘、何逃げてるのよ。白の魔力の持ち主なんでしょ、さっさとあたしたちに魔力を供給しなさいよ」



「そうだぞー、白の魔力持ちは俺たちを食わせるのも仕事のうちだろー?」



「はあ、一体何年待たせたと思っているのかしら。ふう、お腹が減って壁から出ることもできなかったのよ。もう、たったこれだけの魔力じゃおやつにもならないわ」



「「「「「はーやーくーくーわーせーろー!」」」」」



(ひいっ! なにこれ、頭の中に声がいっぱい……!)



 いくつか、とかではない。何百何千という声が頭に響き、理由はよくわからないが文句と腹が減ったことと、魔力をよこせ、と訴えかけている。私は怖くなって両親たちやグレゴリウスを見たが、みんなまだ話の途中だし、この得体の知れない声は聞こえていないようだ。私は念のために聞いてみる。



「……あの、グレゴリウス。この壁ってもしかして喋ったりする?」



 私は、自分でもわけわからんこと聞いてるな、と思った。予想通り、私の言葉を聞いたグレゴリウスを始め、みんながきょとんとしてこちらを見ている。



「ソフィア様、これは壁面装飾ですよ。確かにこの彫像たちは生きているかのように見えるほど躍動感に溢れていますが、この壁が喋るなどというのは聞いたことがありません」



 やっぱりそうか。というか、彫像は関係ない。だって、聞こえる声は何千もの声だもの。老若男女幅広く、個性豊かな声が好き勝手に話しかけてくる。像の数はせいぜい20くらいだ。わいわいがやがや騒がしいのは彫像ではない。



「彫像じゃないの。壁自体からたくさんの声が聞こえるんです。『白の魔力持ちは、私たちに魔力を食べさせるのも仕事』だって……」



 私はグレゴリウスにそう返しながら、もう一度壁に近づいていく。



 正直怖い。ほんとになんだこれ。しかもなんか知らないけど、声の主たちはみんなお腹が空いてイライラしている。



 でも、ここで逃げたままだとますますみんな怒りそう。



 見えない何千もの声に怒鳴られ続けるとか、ただのホラーじゃん。



 私はただ、女神に謝罪しに来たはずなのに、なんで壁に怒られてるんだろう……ぐすん。



「…白の魔力? ……まさか、それって……」



 頭の中で喚き散らす声たちに怯えた私が、仕方なくもう一度壁に触れたのとグレゴリウスが何かを言いかけたのが同時だった。



 そして壁に触れた私の手から、今度は容赦なくごっそりと魔力が吸われていった。8割くらいは一気に食われた気がする。急に魔力が減ったことで、身体強化で支えていた私の身体が不安定にぐらつく。これはやばい、立っているのがぎりぎりだ。



 私の手から吸われた魔力は、手が触れたところから眩い白い光となって、壁一面と私の足元へ放射状に広がっていった。そして、壁の端から端まで光が届いたかと思うと、一際強く輝き、音もなく壁も私の足元も少しずつ動き始めた。



 私は茫然としながらこちら、というか輝く動く壁を見つめる家族や領民たちに助けを求める余裕すらなかった。なぜなら、



「おお、お腹がいっぱいじゃ。ほーれ、小娘、仕事を始めるぞ。まずは、わしらに振り落とされんようにしっかりつかまっておれ」



「おねーちゃん、おしごとー! そのゆかもうごくよー、おちたらいたいよー、きをつけてねー」



 その言葉通り、私は足元から生えてきた何かに振り落とされないようにしがみつき、次々と壁から床から姿を現すそれに飲み込まれないようにするので精一杯だった。


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