11. 嘘つき令嬢 後編
「……ソフィーがそのような惨い目に遭うものか! そんな世迷い事をソフィーに吹き込んだのは一体誰じゃ? 儂が成敗してくれるわ!」
「そうよ、ソフィー。いくらなんでも、それは酷すぎるわ。そもそもあなたは貴族令嬢なのよ? よほどの犯罪でも犯さない限り、国外追放なんてあり得ないわよ」
「ううむ。ソフィーがいくら間違いを犯したとしても、追放処分に盗賊に殺されるなど……しかもその未来を予告するなど、とても信じられん。ソフィー、どういうことだ?」
突然の私の告白に、お爺様と両親がそれぞれ三者三様の反応を返してくる。だが、まだ私の言うことにどれも否定的な意見だ。無理もない。私もソフィーもできれば嘘だと思いたい未来なのだから。
「おとうさま、おかあさま、おじいさま。ソフィーのうんめいをおしえてくれたのは、めがみハルモニアさまです。ソフィーののろいが、『呪:睡魔と拘束』と『呪・禁術:死の鎖』だったこともおしえてくれました」
「なっ、ソフィーはハルモニア様の声が聞こえるのか?! では、これもハルモニア様の啓示なのか?!」
お爺様は、ガタンと大きな音を立てて椅子を倒しながら勢いよく立ち、テーブルを挟んで斜め前にいた私の両肩を掴んで、私の身体を力任せに揺さぶりながら叫んだ。
「う、お、おじいさま、いたいです……」
「父上、ソフィーを離してください! ソフィーはまだ、自力で立つこともできないんですよ!」
お爺様の横に座っていたお父様が一拍遅れてだが、なんとか私からお爺様を引きはがしてくれた。興奮で力任せに掴まれた両肩が痛い。危うく意識が飛ぶところだった。危ない、危ない。
お爺様から解放された私のもとへ、執務室のドアのそばに控えていたリタが無言でさっと駆け寄り、乱れたドレスを整え、もう一度席に座らせてくれる。その間に、お父様とお母様、お爺様は、私が話した2つの呪いのことを含めて3人で話をしている。私の身支度が整った後、リタが淹れなおしてくれたお茶を飲んでそれぞれ落ち着いてから、私はもう一度順を追って話し始めた。
「……なるほど。つまり、ソフィーは昨夜夢の中でハルモニア様の声を聞いた。そして、その内容が先ほどのソフィーの未来の話だったということだね。その未来を回避するためには、貴族としての教養と身を守る術を身に付けるように、ということか……」
「ふむ。儂のソフィーの未来がそのようなことになっておることは腹立たしいが……女神様がそのようにわざわざ教えてくださるのだ。さすがはソフィー! 神の叡智の名を持つ故かもしれぬのう、がははは!」
「そうね、予定された未来は恐ろしいものだけれど、どうすればいいかわかっていて、ソフィーがなんとかしたいと思っているなら、私たちだって協力してソフィーを支えられるわ。例えば、マナーとダンス、一部の魔法は私が教えられるし、武術や護身術ならアランもお義父様も、いや、ヘンストリッジ家の者なら誰でも喜んで教えるでしょう? ソフィーが眠る前に付いていた、文字や算術、歴史の家庭教師たちも呼び戻しましょうよ」
よくわからない理由で上機嫌なお爺様は置いておいて。とりあえず、私が一番伝えたいことは伝わったし、お母様から私の望む素敵な提案も始まっている。こちらの予定通りだ。丁度、教師たちの話が出たので、私はバレて怒られる前にソフィーの悪行を暴露し、先に謝ることにする。
「おとうさま、おかあさま、おじいさま、ありがとうございます。でも、ソフィーはむかし、べんきょうがいやでうそをついたの。それで、れきしのせんせいをおいだされるようにしたの。わるいことをしたから、みんなとせんせいにあやまりたいの」
ヘンストリッジ家のみんなは、怒るととにかく怖い。個人的に、穏やかな人が多い気がしていた日本に慣れた私にとって、人が言葉通り、殺気立って怒るのも物理的に怒りを表現するのも慣れていない。要は、心底怖いのである。ソフィーのやらかしたことの尻拭いが終わったら、謝らなきゃいけないようなことをするのは極力控えよう。うん、絶対そうしよう。
私は、そう固く決心しながら、一体いつ、どこから、どのくらいの罵声と物理的なしつけが飛んでくるのかとぷるぷる震えながら下を向いて目をつぶり、覚悟を決めて話した……が、いつまで経っても罵声も怒声も飛んでこない。
あれ? どうしたんだろう? と疑問に思って、目を開け、顔を上げると、なんとも穏やかな顔をした両親とお爺様がいた。
「うふふ、そんなに心配しなくてもきっと大丈夫よ。私たちもあの先生も、あなたが嘘をついていることは初めからわかっていたわ。でもあの時何も言わなかったのは、先生から
『人に言われて謝るようでは、意味がないのです。自ら過ちに気付き、それを認め、望んで謝罪し、心から学びたいと言い出す時まで待ちましょう。それが、その者にとって学ぶに相応しい時期になったということだと、私は考えるからです。お嬢様が相応しくご成長なさるのを、いつまでもお待ちしています』
と言われていたのよ。先生が言うにはね、一生その相応しい時期っていうのが来ない人もいるそうなんだけれど……ソフィーは自分から言い出したんだもの。自分でちゃんと謝ってお願いすればきっと許して、快く教えてくれるわ。先生だって待ってくれているんだもの」
なるほど、3人は私が成長したのを感じて、こんな嬉しそうな、なんとも温かい目で私を見ていたのか。聞いている限りだと、とりあえず教えてはもらえそう。日本だと勉強する気にさせるのも教師の仕事、とか無茶なことを言う人もいたりするらしいけど……やる気の無いやつに学ぶ資格なんかない! というスタンスの先生ということか。これはまた凄く厳しそう……なんでよりにもよって、そんな先生に喧嘩売ってんのよ、ソフィー……
……いや、こちらからお願いして教えてもらうんだ、むしろ今後を考えたら厳しく徹底的に教えてくれそうで願ったり叶ったりじゃないか。うん、中途半端にやって運命に殺されるくらいなら、厳しい先生に扱かれるくらいなんでもないわ!
私は、ダダ下がりした気分を鋼のメンタルのプラス思考で何とか持ち直した。そしてふと思い出した、私にとっての最重要事項を聞いてみた。
「あの、おかあさま。おんがくのせんせいはいないのですか? ソフィーはがっきをひいてみたいです」
そう、音楽! そう、楽器! 私がソフィーの代わりにこの身体を使って、このとんでもない人生をなんとかしている理由の一つが、異世界の音楽や楽器を知ることができそうだからだ。ほんの数日のはずだが、もうずいぶん楽器を触ってないし、音楽も聴いていない。音楽は貴族の嗜みだったりしそうなものだ。私はとてもとても期待していたのだが……
「え? 音楽の先生なんていないわよ? 楽器だってこの領内にはないと思うわ。私は楽器には詳しくないけれど、とても作るのが難しくて、材料を集めるのも大変だから、どの楽器も一つ作るのに家が建つくらいのお金が必要だって聞いたことがあるの。楽器を扱う楽師だって、王宮にいる宮廷楽師か、お茶会や夜会を頻繁に開く一部の貴族の私設楽団くらいにしかいないんじゃないかしら」
な、なんだって……?! 楽器が領内に無い? 家が建つくらい高価? 楽器を演奏するのは宮廷楽師くらい? 王宮なんて絶対行きたくないよ、私を追放する王子に遭遇したりしそうだもん、近づかない、関わらない、これ大事。
……え、じゃあ私は、楽器が大好きなクラオタなのに楽器触れないの? 王宮に行かなきゃ音楽を聴くこともできないの? そりゃ、音楽より命が大事だから、王宮なんて行かないよ、楽団のある他領へだって、そんな簡単に行けないだろうし……ああ、私の異世界音楽ライフがああああ……!
せっかく予定していたことは計画通りに進んだのに、私は、この音楽の件で心の中で血の涙を流し、ひとりで阿鼻叫喚状態になってしまった。NO MUSIC NO LIFEなのだ。この事実は、いくら鋼のメンタルでも私には辛すぎた。だから、その後お父様が私にかけられた呪やジンが死んだことを話していたらしいが、ほとんど耳に入っていなかった。ショックで茫然としながら心ここにあらずの私を、お父様の聞き捨てならない言葉が現実に引き戻す。
「……そういうわけだから、1か月後にソフィーは私と一緒に王宮に行くことになった。今回の呪の件の話と、足に残った痕を見せてほしいそうだ。痕を見せるのは嫌かもしれないが、陛下と痕を消すための研究を行う研究者一人にしか見ないと約束してくださった。だから、ここは我慢して私と一緒に来てくれないかい?」
へ? 王宮? うわっ、音楽聴けるかもしれないっ……! ……じゃなくて、どの王子かわかんないけど、追放死亡ルートの王子に遭遇しちゃうかもしれないじゃん! やだやだ、怖い、王宮なんて行きたくないよ、危ないよ、嫌な予感しかないよ……
お父様は来てくれないか、って一応聞いてくれているけれど、国王陛下がお呼びなんだもの、当然私に拒否権なんかあるわけが無い。私は、力なくうんうん、と同意の意を込めて頷いてみせたが、内心はとても嫌な予感でいっぱいだった。
だって、まるで王子と出会えと言わんばかりのタイミングじゃない? ゲームのシナリオでは7歳のお披露目式で一目惚れすることになってたみたいだけど……こういう時の嫌な予感って大抵当たるものだ、ああ、どうしよう……
私は、同意の返事に満足そうなお父様を横目に、この1か月間でどう準備するか必死に考えを巡らせていた。
だから、私はとても大事なことを忘れてしまっていた。
そして、私たちの会話をじっと聞いている者がいることにも気づいていなかった。