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5、異世界転生≠異世界転移

そんなことがあった次の日の夕方、ポテトチップスを買うために外に出たところ、おとなりさんの畑がなくなっていた。代わりに民家が建っていた。見るからに年期の入った、巨大な日本家屋であった。松の木なんかが生えていた。意味が判らなかった。


そのまま家に逆戻りして母にそのことを告げると、「田崎さんちじゃない。え? 何よ今さら」と返された。母によると、田崎さんの家の息子は俺の一個上で、小学校の頃は俺と一緒に集団登校していたという。あまりしつこく訊くと不機嫌になりそうだったので、適当に納得しておいた。適当に納得したが、じっさいに納得したわけではなかった。そんなもの、納得出来るわけがなかった。そりゃ毎日確認していたわけではないが、絶対にここには小さな畑があったはずであり、田崎さんなんぞ聞いたこともない。



次の日、前日と同じ時間に外に出ると、ちょうど、田崎さんの家から車が出てくるところに出くわした。アウディだった。運転手は、グラサンをかけたロン毛の青年だった。平日の夕方から、ぷらぷらアウディに乗っちゃうような人が隣に住んでいて、気づかないはずがない。やはりおかしかった。



──ふと、ツレの顔が浮かんだ。



そして、「異世界転生」という言葉が口から漏れた。二週間ぶりに意識した言葉であったが、俺の背筋をゾッとさせるには充分な魔力を宿していた。これは、異世界転生なのであろうか。いや、言葉に厳密になるのであれば、異世界転移と言えそうであった。どちらでも良いが、もしそうなのであれば、とんでもない話である。


すぐに俺は、例の心療内科に電話を掛けた。おばちゃんの、寝惚けたような声が応答した。


「あの、10月19日の16時から大野先生(ツレ)の予約をとっている者なのですが……」

変な説明になった。


おばちゃんは、

「……ハイ」

と言った。少し沈黙がつづき、

「ア、吉田一太さんですね」

と確認が入った。


俺は、「そうです!」と言って、「それで、あの、今週中に一度診てもらえないかと思いまして……」


「アーハイ、判りました。ですが、大野先生は金曜日しかいらっしゃいませんので、明後日の10月11日になりますが……」


「はい、大丈夫です」

「エー、今空いておりますのが、15時からのみになっておりまして……」

「はい、大丈夫です」

「では、15時からご予約承りましたので、十分前にはお越し下さるようお願いします」

「はい、ありがとうございます」

「失礼します」

「失礼しま~す」


切って、一息つくと、途端、メラメラと怒りが込み上げてきた。……あの野郎、勝手に俺を異世界転移させておいて、金曜日しかいないだと。ふざけるな、人の人生をなんだと思ってやがる!


俺は、怒髪天を突く勢いで激昂し、またもやポテトチップスを買いに行かずに家に逆戻りした。



部屋に戻ると、一日に飲む薬をすべて確認した。前に病院からの帰り道で確認したのと同じ結果であった。焦る気持を胸に、一粒一粒、検索にかけてみた。どれも神経伝達に作用するものであり、異世界転移を促進するものではなさそうであった。


つぎに俺は、検索エンジンに打ち込んだ薬の名前を消して、新たに「異世界 行き方」と打ち込んだ。色々な方法が出てきたが、どれも実行にうつした覚えはなかった。どうやら、そう簡単には異世界には行けないらしかった。


とは言え、いろいろな掲示板やブログを見ていると、異世界行ったよ、という人が結構見つかった。交通事故に遭ったとか、頭を強くぶつけたとか、特に生死をさ迷った経験のある人に多いようである。どれも、いかにも本当らしく書かれていて、読物として単純に面白かったが、いくつも読むうちに、またもや一つの「コード」らしきものが見えて来て、そのことによってすっかり俺は萎えてしまった。どれも、「つくりものだよ」と断っていないだけで、本質的には「なろう小説」とそう大差のないものと見えた。



俺は、ベッドの上にごろりと寝転がり、目を閉じた。異世界転移、異世界転生、と頭の中で何度か繰り返すと、先日、確かに俺は『ロッキー』を借りに行ったし、ずっと前からうちの隣は田崎さんだったような気がして来た。







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