帰り道
ヤマトと共に医務室で診てもらったヒノワ。幸い二人とも大きな怪我は無く、脳震盪を起こしたヤマトでさえすぐに帰宅しても良いとのことだった。
「しかしこの俺が負かされるとはな。しかも魔法を使えないお前によ」
今は二人、帰路に就いていた。ヒノワは学園から徒歩圏内にアパートの一室を借りている。ヤマトは帰る方向が同じようだった。
「あはは……」
決して己を過信していたわけではなかったが、ヤマトが敗れることになるとは立会い人であったケンイチでさえ思わなかったのだ。そんなヤマトに探るように皮肉を込められ、ヒノワは苦笑いで誤魔化した。
「これでめでたく俺とお前は『友達』になったわけだ。お互いの為にもご教授願いたいものだな」
まるでヒノワを利用するかのような言い分だが、ヤマトからすれば彼を認めたことに他ならなかった。
彼は早いうちにその才覚を見せ、無敗のまま階段を駆け上がってきた強者である。ヒノワに敗北する以前までいた84位の座は決して甘んじていたわけでは無く、彼の力を恐れた上位者からの挑戦が無かったからである。実力で言えば一桁に昇るかもしれない逸材だった。
「そうだね、ヤマト君から学べることも多そうだし」
ヒノワも考えなしに友達になってほしかったわけではない。一人で鍛錬するのにも限度があるため、実戦形式で研鑽しあえる同士を欲していた。
「そうだな、どうやらお前は体術に関してはまだまだ未熟みたいだしな」
「う……ばれてたか」
決闘の際、ヒノワの放った一言。
『武器も使えるけど……たぶん素手のほうが強いよ、僕』
この台詞はヒノワが咄嗟についた嘘。ハッタリだった。
ヒノワは魔力や魔法に関する技術と基礎体力こそ磨いてきたものの、身のこなしに関しては独学ではどうしても行き詰まってしまうのだ。
「拳を交えれば分かる。判断力は良かったがな」
ヤマトは一撃を食らってすぐに素人の拳だと気付いていた。だがヒノワの未熟さをカバーする動体視力と戦闘勘には眼を見張るものがある。伸び代は十分に感じた。
「……その眼が怖かったからね」
「……気付いてやがったのか」
右眼の眼帯を撫でる。殺傷禁止の上、膝を突かせれば勝利という条件下では、彼の力は大きすぎる。命を賭けるような戦いならば、ヤマトに敗北の二文字は無いだろう。だからこそヒノワは速攻を意識し、不意打ちに勝利を見出した。
「この力に気付いてその上で突っ込んできたのか。正気じゃねぇな」
ヤマトの強大すぎる力は常に封印が掛けられているが、それでも悍ましい妖気が漏れ出している。滅多に感じ取れるものでは無いが、素質ある者ならば眼を合わせただけで滝のような汗をかくほど本能に恐怖を刻み込む。
この力が上位者や教師陣ですら恐れさせたものであるにも関わらず、ヒノワは妖気を感じ取りその大きさを測り、その上で対峙してきたのだ。とても高校生の精神力ではない。
そこでふと、疑問が浮かび上がった。
「どうしてお前はこの学園に編入してきたんだ? お前は魔力が無いとはいえ魔法の腕前に関しては学生のそれじゃないだろう。無詠唱呪文まで使いやがって」
彼の疑問は最もである。火那魔法学園は国内最大ではあるが、どこまでいっても『魔法』学園なのである。ヒノワは学生の身としては十分過ぎるほどの実力を持っている。体術に不安があるのならば、道場などで達人を師と仰ぐ方が遥かに早い。
「そりゃあ、魔法はどれだけ勉強しても分からないことばかりだし……」
ヒノワの言い分も偽りではない。魔法の力の根幹は精神の強さと、知識の量である。学べば学ぶだけ力をつける魔法という学問に終わりは無いのだ。
だがそれが全てではない。ヒノワにとってこの火那魔法学園でなければ意味がなかった。この学園で採用されているMRSと、その先にある物を目当てに編入してきたのだ。
「……ま、良いけどよ。言いたく無いこともあるだろうしな」
ヤマトも少なくともこの学園にいる間は右眼の力を晒す気は無い。事情があるのはお互い様だった。
「じゃあ俺はこっちだからよ。明日の放課後空けておけよ?」
「え、どうして?」
「ご教授願うっつったろ。俺はこんななりだが、勤勉で通ってるもんでな」
とどのつまり、ヒノワの知り得る魔法使いとしての技術を教えろということだった。教えることは吝かでは無い。共に過ごす時間が長ければ、その分互いに得るものも多いだろう。
ヒノワの返事を待たずしてヤマトは去っていった。彼の態度は非常にぶっきら棒だが、ヒノワの内情を察した上で探らないあたり人との距離を取るのが非常に上手い。
また明日から宜しく、と声には出さずに背を向けた。