決闘
「っが!?」
(魔法障壁が追いつかねぇ……!!)
ヤマトの身体が崩れ落ち、思わず手を突いた。
予想外の事態に、会場は愚か監督していた教師まで驚きが隠せない。
『何が起きた!?』
『見えなかった……』
『なんだあの編入生……!』
『あの神山が一撃!?』
五十メートルは取っていた両者の距離。それが一瞬で詰められたと共に、ヒノワの掌底がヤマトの顎を撃ち抜いた。初見であの動きを見切れる学生はそういない。遠目で見ていた客席ですら、目で追うことができたのは彼の血のような紅い髪。その軌跡。
それはまるで。
『紅い閃光……』
観覧席で見ていた誰かが呟き、息を呑むのが伝わる。
「くっ……やるな……! だがまだ勝負はついてねぇ!」
息を荒げながら、掌底を打ったままのヒノワを払うように殴りつける。が、咄嗟のところで避けられた。
もう一度距離を取ったヒノワを睨みつけ、息を整え頭に血を巡らせる。
ヤマトの言う通り、まだ勝負はついていない。手を突きこそしたものの膝は突いていない。
倒れずに腕だけで支えたヤマトを、ヒノワは僅かに感心した。
「立たなくするくらいにしたのに、凄い精神力だね」
「魔法使いは精神力が物を言うからな!」
もう一撃もらう前に、動き出した。
「来たれ水精、集え氷の精! 我が力となり我が鎧となれ!」
(呪文詠唱……! あれは武装魔法か!)
ヤマトが唱えているのは氷属性の武装魔法、『氷拳』。一時的に魔力を込めた氷を腕に纏い、単純物理攻撃力を高める。詠唱文が短く非常に使いやすい魔法である。
「させない!」
詠唱を途中で止めてしまえば魔法は発動しない。同じ動きにはなるが高速で顎を狙いに行く。
「……っ!」
ヤマトの頬を掌底が擦り、血が流れる。体を思い切り捻りギリギリのところで避けていた。それと同時に左腕を振りかぶっている。
「『氷拳』!!」
「!!」
殴ると同時に魔力の篭った氷が腕を覆う。威力、範囲共に増大した拳を、しかし距離を取って避けた。ヒノワの頬からも鮮血が滴り落ちる。振り抜いた氷の角が掠っていた。
「……てめぇ、死ぬ気か?」
本気で殴りに行ったヤマトが、ヒノワを睨みつけた。
基本、魔法使い同士の戦いでは、いかに相手の魔法障壁を破るかが重要になってくる。障壁は意識を向けたところに展開され、魔力を消費して様々な衝撃から術者を守る。最初の一撃を食らってしまったのには、その意識が間に合わなかった所に理由があった。
だが、ヒノワの場合は違う。
ヤマトが魔法で武装をしていたのも、大きく振りかぶっていたのも見えていたはず。避けられたから良かったものの、まともに食らえば重傷は免れないだろう。
しかしヒノワには、障壁を展開できない理由があった。それは魔法が使えず、歴代最低の編入生と言われる所以。絶対に埋めることのできない壁。
ヒノワは、魔法使いどころか魔法適性のほとんど無い者よりも内包する魔力量を下回っていた。
魔法とは、術者の魔力を触媒を通して体外に放出、呪文や陣を使い精霊と契約し、発動される。魔力とは言わば、魔法を使うための燃料なのである。
その燃料の限りが少ない彼に取って障壁を無駄に貼ることは、倒されないことに繋がったとしても決して相手を破ることなどできない。
彼は一点、足のみに魔力での身体強化を行なっていた。無論、これまでの速さのタネはそれだけでは無いが、そこまでしなければすぐに魔力が尽きてしまう。
実際に先ほど見舞った一撃で、ヒノワの右手は痺れるほどの痛みを感じていた。
「……当たらなければ、死なないよ!」
そう笑い、もう一度特攻する。
「馬鹿が、死んでもしらねぇぞ!」
三度目ともなれば多少は目が慣れてくる。顔面を狙いにくる右手が見えた。
ヒノワの体の軌道上に、氷の拳を置くように振るう。あの速さで突っ込めばひとたまりも無いだろう。
対するヒノワは右手を引き、体を捻り左腕を伸ばした。
(この速さで避けるか! なんて目をしてやがる!)
両者の拳はお互いの鼻先の前で止まった。ヤマトの拳にギリギリ当たらない位置で踏みとどまった結果、ヒノワの攻撃も届かなかったのだ。
たが、ヤマトはその目前の光景に驚愕した。
ヒノワの伸ばした左手は、掌底でも拳でもなく。
「……なに!?」
パチン!!!
弾ける音の正体は、ヒノワが伸ばした左手の指を鳴らした音だった。と共に、ヤマトの目前で光が爆ぜ、彼の視界を奪う。
(これは、『閃光』!? そんな馬鹿な、無詠唱だと!?)
『閃光』は光属性の初級魔法。初等部の際に最初に覚える魔法で、魔力消費量も少ない。ヒノワはこれを極小の光に留めることにより、更に魔力消費量を減らしていた。その分効果は弱まるが、鼻先で光が爆発させられれば一時的に視界を奪うことはできる。
ヤマトは何も見えずに、正面にいるはずのヒノワを振り払おうと殴りつける。僅かでも掠りさえすればこちらのものだ。
が、当たらなかった。
寧ろその動きは、懐をガラ空きにするだけ。
その鳩尾に、ヒノワの拳が沈む。