歴代最低の編入生
黒子ヒノワは魔法が殆ど使えない。
『歴代最低の編入生』
編入してからまだ一週間と経っていないが、彼のことをそう忌み嫌う人間はこの火那魔法学園にはすでに腐るほど存在していた。
魔法は古くからその家々に秘法として伝えられ受け継がれてきた。その性質上、己の魔法に並々ならぬプライドを持つ者も少なくない。魔法も使えないのにわざわざ高等部から編入してきた彼の居場所が無くなるのも、そう時間はかからなかった。
「おい編入生、少し顔貸せ」
放課後、人も疎らになった教室でクラスメイトの一人である神山ヤマトに呼び止められた。輝く金髪をオールバックにし、右眼には眼帯。右眼を上下に走る傷跡が、眼帯からはみ出て見えているのが痛々しい。
「……どこに行けばいいの」
血のような紅い髪を揺らし、同じく血のような紅い瞳をヤマトに向け、ヒノワは気怠そうに尋ねた。彼はこの数日のうちに、先輩後輩関わらず幾度も喧嘩を売られている。今回もまた、と思うと溜息しか出なかった。
対するヤマトは高等部一年の中でもトップクラスの実力者であり、その事はヒノワ含む学年中に知れ渡っている。そんな彼に呼び出されたにも関わらず怒りや恐怖でもなく倦怠感を見せたヒノワに対し、苛立ちが募っていくのが側から見ても分かる。
「随分舐めた態度じゃねぇか。お前が今どういう立場なのか分かってないようだな」
帰り支度を始めていたクラスメイトたちも、好奇の視線を向けざるを得ない。皆が優れた魔法使いを目指す中に、異端者とも言えるヒノワが入り込んで一週間。ヒノワに対する苛立ちや懐疑心を覚えているのは、ヤマトだけではないのである。
やっちまえ、とヤマトを鼓舞する者や、どうせ勝てるわけない、と蔑む者の様子を見て、ヒノワはただ呼び出されたのではないと悟った。
「僕と決闘ってこと?」
「そうだ。ランキングをかけた、公式のな」
この火那魔法学園特有であり肝である制度、マジックランクシステム。通称MRS。学園内では生徒同士での決闘が許されており、その成績によってランキングを振り分けるというものである。成績上位者には様々な特権があることから、この制度を目的に入学してくる者も少なくない。
ランクを上げる為には単純に、上位者に勝てば良い。上位者に勝てば、その者の一つ上に位置することができる。逆に上位者が勝った場合はランクの変動がない為、試合をするメリットが無いように思えるがそうではない。基本的に双方の合意があって試合に持ち込むことができるが、下位者に10回勝利すればその合意なしに試合をすることのできる『MRS強制権』を手に入れることができるのだ。
そしてもう一つ。
「対価を要求する」
「……何を?」
所謂賭けであり、試合とは別に対価を設定できる。
ヤマトが要求する対価はただ一つ。
「お前にはこの学園から消えてもらう」
『!!』
周りからざわめきが聞こえる。
いくら気に食わなくとも、同じクラスメイトを、しかも入って一週間しか経っていないヒノワに対して要求する対価とは到底思えなかった。
「……まあ、対価は双方の合意が必要だ。編入試験には通ったんだから甘くは見ないが、怖いなら断ってもらって——」
「いいよ」
『!?』
ヤマトの言葉を遮り、ヒノワは眉ひとつ動かさずに答えた。周囲のざわめきがより大きくなる。
『正気かよ……』
『勝てるわけないじゃない』
『あいつ終わったな』
常に威嚇するかのようにしかめっ面をしていたヤマトだが、この時初めてヒノワに笑みを見せた。
「いい度胸じゃねぇか。なら早速行くぞ。場所は闘技場Aだ」
ヤマトは近くの生徒に立ち会いの教師を呼ぶよう指示すると、先に教室を出て行った。決闘は学園内であればどこでも——極端な話、たった今この教室でさえも——出来るが、闘技場を指定したのは正々堂々とヒノワを叩き潰すという、彼なりの矜持が垣間見える。
突然の出来事に浮き足立つ生徒達。彼らはクラスメイトであるヒノワのことを認めてはいなかった。どころか編入早々退学の危機に陥っている彼を嘲笑うかのように、決闘のことを知らない他のクラスや既に帰路についている生徒達に連絡を取る始末。
火那魔法学園はかつて戦争にあった中、未来の戦力を育てる場として建てられた。今でこそ大きな争いは無いが、高等部からは徴兵も認められている。魔法の使えない彼は、戦力にならないどころか足を引っ張る危険性さえあると見られているのだ。
名のある一族出身の者や己の力に自身のある者は、ヒノワを『守るべき弱者』と思いこそすれ『排除すべき邪魔者』とは考えない。彼らには彼らの矜持があり、ヤマトもその教示に従っただけなのである。忌み嫌うだけの有象無象との思想の違いが、ヤマトを強者足らしめる要素の一つとも言える。
この学園にはヒノワの味方はいないが、敵だけではないのだ。だが、孤立には変わりない。
たった一人を除いて。