プロローグ
目を覚ました時、視界に映ったのは燃え盛る炎だけだった。
人肌を焼く匂いが鼻孔を貫き、意識の調和を乱す。
助けを求める声と悲痛の叫びが共鳴し、鼓膜を通して脳を揺らす。
鈍い痛みを帯びた体が、少年を地べたに押し止める。
――――熱い、痛い、苦しい。
燃え尽きた家屋が音を立てて崩れ落ち、行く手を塞ぐ。
——もう、ダメなのかな……。
脳裏に浮かぶのは、当たり前の——けれども美しかった——幼年の記憶。
声を出せばいつでも見えたあの優しい笑顔も、己の目標となったあの背中も、ともに草原を駆け抜けた友も、今はもう、燃え尽きてしまった。
まだ幼い一人の少年が受け止めるにはあまりに凄惨な現実。
なぜこんな目に遭わなければならないのか。なぜこんなに苦しまなければならないのか。なぜ、どうして、この小さな村の人々が。
世界の不条理を恨み、少年は助けを乞う。
「だ……か……」
極限まで乾枯した喉が、声帯の機能を阻害する。
眼前には炎の海。いつもは見えている美しい星空も、荘厳なる山嶺も、今は黒い粉塵に覆い隠されている。
「誰か……誰か……」
少年の赤い瞳から涙がとめどなく零こぼれる。
誰も守れなかった。誰も救えなかった。
憎い。憎い。自分達から全てを奪った奴らが憎い。奴らを前にして何もできなかった自分が、なによりも憎い。
少年は己の無力さを呪い嘆く。
食いしばる歯は欠けて落ち、臓腑から溢れた血が口内を侵した。
「もうやめてくれ…………」
その少年の切なる願いをあざ笑うかのように、炎は勢いを増し、村を焼き尽くさんとする。
家屋を飲み、人を飲み、大切なものを壊し続ける。
気づけば、炎が木材を破裂させ、空気を割る音ばかりが響いている。涙は枯れ、喪うしなうものも無くなった。
少年は煌々と照る闇に、漆黒より暗い人影を見た気がした。
その影は、哄笑とも、失笑ともいえぬ表情をしていた。
折れた骨が軋み、焼け焦げた肌が悲鳴を上げる。だが、これだけは、告げておかねばならない。
少年は叫んだ。その影に向かって。
「待っていろ。いつか、僕は必ず、必ず……」
少年の意識は、そこで途絶えた。
文章書くのってめちゃくちゃ難しいですね…
小説家の方々は本当に凄いと思います。