塩の味
やけに暑い夏の日、太陽はじりじり照りつける、蝉はうるさい、そんな日が通院日だった。
病院に行くときはまだよかったが、帰りは暑くて暑くて気分が悪くなった。目は回って、頭の中はぐらぐら、脳みそが煮だっているような感じがした。いつもならうれしい彼女が繋いでくれる手も、恥ずかしいわけではなく熱を帯で手に汗をかいていた。彼女に手に汗かいて気持ち悪いと思われただろう。でも「いやじゃないか?」とは言えない。言ったところで「気持ち悪い」と言われて、握っていた手を離されるのはいやだ。
おれはいつからこんなに弱い人間になったのだろう。
彼女がいないと生活が成立できない。彼女がいなくなったらもうおしまい、完全に依存している。
そんなおれを彼女は見捨てず、いつも優しく笑顔で接してくれる。パニックを起こして泣き出すおれを抱きしめてくれるのは彼女だ。心療内科に行くときも一緒に、手を繋いで行ってくれる。
彼女には本当に感謝している、感謝ではすまないかもしれない。いつかおれが彼女を本当に幸せにさせるって決めている。恩返しをしたい。でもこんなおれじゃまだできそうにない。
「暑いね、これじゃあさっき買ったクリームパンのクリームがべちゃべちゃになってるかも」
オレンジデニッシュのアイシングも溶けてそう、と彼女は言った。
彼女が選んだのがクリームパンで、おれが選んだのがオレンジデニッシュ。あと二人で食べるようにはちみつ味のラウンド食パンも買った。
「早く帰ってパン食べようね」
彼女はおれの顔を見てそう言った。おれは無言でうなずいた。しゃべりたくないわけじゃない、本当なら声を出して返事をしたいが、なにせ暑くて気持ちが悪くて声が出せなかった。
彼女はなにもしゃべらないおれをどう思っただろう。不快に思ったか? それとも愛想がないと思ったか? 嫌われたくないのに嫌われることばかりしてる。
暑い中、おれたちは二人で住んでいる部屋に戻った。その帰り道、彼女がしゃべっただけでなにも会話がなかった。
部屋に戻ると、帰ったばかりだから部屋の中もじめじめして暑かった。
エアコンづけなきゃ、と彼女は言ってリビングダイニングのエアコンをづけた。冷たい風が出てくるまで、おれは洗面所に言って自分の手を洗った。手に汗かいていたから、気持ち悪くてそれを流したかった。決して彼女が握っていた感触をなくしたいわけじゃない。おれの手を握っていた彼女の細い指が好きだ。
「手を洗ってきたの?」
ほんの少し冷えた部屋のダイニングテーブルに彼女はパンを皿に盛り付けていた、といっても各々使っている皿に買ったパンをのせて、ラウンド食パンを大きな皿に切ってのっけていた。
おれが椅子に座ると彼女は近寄ってきた。
「暑かったね、大丈夫だった?」
そう言って、おれの汗で額に張り付いた前髪に触れた。
「なんとか、生きてる」
おれがそう答えると、彼女は微笑んで言った。
「生きててよかった」
と言って彼女はおれのくちびるに優しく口づけた。彼女のくちびるには甘い味のするリップグロスが塗ってあって、口を離すとそれがおれのくちびるにづけける。それをなめるのが好き。本当は彼女のくちびるをなめてみたいけど、それはいやがられそうだ。
それから彼女は額にづけいている髪を右に寄せて、そこにキスをした。
「汗臭くない?」
おれは聞いてみた。
「別に」
彼女はしれっと言って、もう一度キスをした。
「本当にそうだかは知らないけど、人間の汗にはフェロモンが含まれるらしいよ。だからこうしたいのかな?」
次に彼女はおれの額をなめた。
「やめろよ、くすぐったい」
「しょっぱい」
「そりゃ汗だからだろ。というか、汚いからやめろって」
おれは彼女の体をおれのそばから離した。
「そういうことすると仕返しするから」
「していいよ」
彼女は余裕そうに、にこっと笑った。
書いたのは夏真っ盛りのころでした。
夏は終わったけど、残暑が厳しく汗をかくので投稿しました。
汗と涙はしょっぱい!




