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跫(あしおと)

あしおと 第2夜


 私は再び、彼の部屋に向かって歩き始める。目は前方の彼の部屋の方を向いているが、聴覚は完全に背後に向けられていた。先ほどは気の迷いと思ったが、何かの気配を感じずにはいられない。

 コツコツコツ、夜の街に響くのは、やはり私の足音だけだ。

 コツコツコツコツコツコツコツコツコツ、カツカツ、コツコツ・・・・・。

 私は足を止める。やはり、聴こえた。私のモノではない違う人間の足音。巧妙に紛れ込もうとリズムを合わせているように思える。

 私は再び、振り返る。やはり誰もいない。見えるのは私が買い物をしたコンビニの灯りと、街灯の僅かばかりの灯。もしや電柱の影にでも身を隠しているのだろうか?そう思い、少しだけ、戻ろうと一歩踏み出した。

だが、その足はそこで止まった。何故、怖い思いをわざわざ自分からしなければならない?彼の部屋までそんな距離があるわけではない。少し速足で部屋に向かえばいい。まだ、相手との距離はかなりあるはずだ。走ってこない限り、逃げ切ることは出来るだろう。

私は乱れた呼吸を整える。そして、自分に「大丈夫」と言い聞かせると、速足で彼の部屋に向かった。

コツ、コツ、コツ、コツ。大股で歩く私の足音は先ほどとは全く違う。この調子なら、彼の部屋まですぐだろう。

カツ、カツ、カツ、カツ。

背後の足音も速くなった。やはり、私を狙っているのか?先ほどのような、こそこそ隠すような感じではない。あれは私に引き離されないようにするために、速足になっているのだ。

バクバクバクバク。これは私の心臓の鼓動だ。極度の緊張が私の心臓音を大きくする。

コツ、コツ、コツ、コツ・・・・・。

カツ、カツ、カツ、カツ・・・・・。

バク、バク、バク、バク・・・・・・。

もう音が洪水のように押し寄せて、私を押しつぶそうとする。私はもう半狂乱の極限状態の恐慌状態だ。自分で何を言っているのか、分からなくなるほど混乱している。恐らく恐怖で顔が引きつり、メイクもかなり酷いことになっているだろう。彼にこんな酷い顔は見せられない。・・・なんてことを考えている余裕なんて今の私にはない!

相手が私に迫っている以上、一刻の猶予もならない。せめてヒールを脱いで走るか?しかし、ヒールを脱ぐ時間のロスと、裸足で何か踏んづけて走れなくなった方が、リスクが大きいような気もする。

えーい!こうやって迷っていることが一番のタイムロスだ。今は無心で急げばいい。もうすでに喉は極度の緊張でカラカラだが、いざとなれば叫び声くらいは出せるだろう。一応は学生専用のアパートが多い街だ。声を聴きつけて助けに出てくるかもしれない。

少しでもポジティブなことを考えながら、私は急いだ。膝は慣れぬヒールで速足という暴挙でガクガクになっている。しかし、確実に彼のアパートには近づいていた。手を伸ばせば届くくらい。しかし、背後の足音との差は縮まったわけではない。むしろ、近づいているような気がした。音が私の耳から侵入し、体を駆け巡り、凌辱していくような恐怖がある。

「届いた!」

 私の伸ばした手がアパートの階段の手すりに触れた。その瞬間、私は膝から崩れ落ちた。しかし、私は手すりを握る手に力を籠め、膝をつくのを堪えた。ここで膝をついたら、かなりのタイムロスになる。その焦りが私を踏みとどまらせた。そのまま、階段を駆け上がる。

 ・・・・だったら、よかったのだが、一瞬の安堵感が私から立ち上がる力を失わせた。上手く立って階段を上がれない。新たな恐怖が私を襲う。私はほとんど四つん這いで階段を上がる。意外にもこういうときの4足歩行は速いらしい。

 そして、私は一気に2階まで昇りついた。後は彼の部屋まであとわずか。彼の部屋は2階の三号室だから、二部屋先に行けばいいだけだ。外からは怪しい足音が今も聞こえてくる。もう一刻の猶予もならない。私は壁伝いに彼の部屋まで急ぐ。こんなところまで来て、足が言うことを利かないとは、つくづく不運だ。そう言えば、今朝の占いは9位だった。特に悪くないと思ったが、そういう訳ではないらしい。9位も12位も不運には変わらないのだろう。

 そして、たどり着いた彼の部屋。彼の部屋のドアノブを握ったときの安堵感。彼にまるで抱きしめられているような感覚さえ得られる。しかし、私は肝心の合鍵がなかなか取り出せなくなっていた。

「どうして、ないのよ!?」

 私は半狂乱になって叫んだ。そこで、私はコンビニの前で合鍵を鞄から取り出して、幸せを噛みしめていたことを思い出した。

「そうか、財布の中だ!」

 私はコンビニで買い物をしたとき、鍵も財布と一緒に仕舞ったことを思い出した。まさか、あれがタイムロスにつながるとは、これも皮肉な運命だ。私は財布から合鍵を取り出す。そして、鍵穴に・・・・。

 ところが、今度は鍵穴に鍵が入らない。震える手が鍵穴に鍵を差し込むことを拒んでいるかのようだ。私の焦りはさらに増す。それに伴い、心臓の鼓動も増す。もう鼓動がうるさくて、集中できない。たかが、鍵を差し入れるだけなのに。

「心臓!うるさいから止まって!」

 いや、心臓が止まったら、死んでしまうだろう。混乱が私の頭をさらにおかしくしている。しかし、そのバカな思考は恐怖を和らげたのかもしれない。私はようやく鍵を開け、転がり込むように部屋に入った。

 これで、私はあの悪魔のような足音から逃げ切ることが出来たのだ・・・・。


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