跫(あしおと)
跫 第1夜
私は今、彼の部屋に向かって歩いている。
彼は大学生、私は彼のバイト先で一緒だったことから、交際に発展した。
そして、今では合鍵ももらう仲。
私はバッグから、彼の部屋の合鍵を取り出した。その合鍵には恋愛成就の御利益があるというストラップがついていた。それだけ今の私は真剣だということだ。
彼の部屋は郊外の住宅地の一角にある。その町の中心は彼の通う大学だろう。そこを中心に街が出来たようなところだった。そのため、学生用のアパートが多い。しかし、昨今の少子化で、その数も減少の一途らしい。古いアパートは次々に壊され更地が目立つ。
そのためか、暗くなると特に寂しい感じがする。
私は彼の部屋による前にコンビニに寄った。そこから、彼の部屋は見える。しかし、その周辺は暗い。このコンビニを出たら、後は暗い街を一人で歩いて行かなければならない。
本来なら、彼が駅前まで迎えに来て、一緒に部屋に向かうことになっていた。ただ、彼が大学の研修で抜け出せなくなり、私だけ一人で行かなければならなくなったのだ。
私はコンビニで簡単な食材を買った。本当なら、駅前のスーパーで食材を大量に買い込んで、彼に持ってもらおうと思ったのだが、一人なら仕方がない。コンビニの食材で簡単な料理でも作り、彼を待つことにしよう。
私の前には長い一本の坂道。坂道の先には彼が通う大学。そこはこの町一番の高台で、大学はこの町のすべてを見下ろしていた。彼のアパートは大学に行くまでの中腹にある。
2階建ての全6部屋。1LDKのいかにも学生向きのアパートだが、こういう同棲のような生活に憧れもあったので、私は気にならない。ただ、このアパートの周辺の暗さが怖い。街灯と言っても名ばかりの粗末なものだ。信号機よりも安心感がない。
せめてもう少し早く出てくればよかったのだが、私の方にも用事があって結局、遅れてしまった。ただ、彼の部屋に合い鍵を使って入るのは今日が初めてになるので、少しドキドキしている。
ただ、今は違う意味でドキドキしている。真っ暗な夜道を一人、彼の部屋へ・・・・。これは怖いかもしれない。
彼の部屋まで、徒歩で坂道を5分ほど。走れば、もっと早く行けるだろうが、あいにく今の私はヒール履きだ。走るのには不向き、さらに坂道で、私がヒールに不慣れなのは痛い。ヒールは彼と歩く際に身長差が気になるので、履いている。私は背が低く、彼は長身だ。一緒に写真を取ると、どちらかが見切れてしまいそうになるからだ。
「はぁ」
私はため息をついた。何もかもが、狂っていく気がする。良かれと思ってやったことがすべて裏目になるような・・・・・。
暗い夜道は足音を余計に響かせる。履きなれないヒールが普段の足音とは違うように思え、心地悪い。
コツコツコツコツ、単調なリズムが夜の街に響く。
コツコツコツコツコツコツコツコツ、カツ、コツコツコツ・・・・・・。
私はそこで、足を止める。そして振り返る。背後には誰もいなかった。今一瞬、音の感じが変わったような気がした。まるで誰か違う足音が混ざったような・・・・・。
気のせいだろうか?