くやしい
息子が連れて行かれそうになった。
冗談ではない。あの子はまだ十四だ。
大急ぎで金を用意した。
あの子と無事に、遠縁のいる田舎に旅立てた。
なにをしてでも連れて行かせやしない。
大事な大事な息子が連れて行かれた。
まだ、まだ大丈夫だ。
売れるものは全部売った。
上司の男に日参した。手に入りにくい品を携えて「どうか、よろしくお願いします。」と、媚びへつらった。金ももちろん差し出した。
なにをしてでも連れて行かせやしない。
その夜は一つの寝床で寝た。
幼い頃を思い出し、眠る我が子をじっと見る。
まだ、子供だ。まだ、子供なのに。
眠る我が子を掻き抱いた。
ごめんね。ごめんね。と、必死で謝る。
知っていたから、ただただ詫びる。知っていたから、お金を積めば、便宜してもらえると、知っていたからただ只管に詫びた。
食べ物を得るために、ちまちま物を売らないで、今この時に残せていたら手放さずにいられたのかもしれないのに。
なにをしてでも連れて行かせやしなかったのに。
助かったと知って胸を撫で下ろした。
家に金があることを、これほど感謝したことは無い。
でも―― 同じ年だった友達が連れていかれた。
早くに父親を亡くしていて、あそこの家には金は無かったはずだ。
友達は、帰ってこなかった。