雨雲の虹
泣き止んで落ち着いた青山さんから詳細を聞いた。
余りにも馬鹿げていて、呆れることも出来ない。
怒りを抑える事も。
だが、今この場に怒りのやり場はない。
強く握った拳とは逆の手で青山さんを撫でた。
青山さんは、一応は止めてくれたんだ。
それでも、それだけじゃ足りなかった。
押しに弱い青山さんを使って私に嫌がらせをする。
直接間接はまだいいとして、誰かを巻き込むことが許せない。
現にこうして青山さんは、悪くないのに私に泣きながら謝っていた。
どうしてくれようか。
嫌がらせには相応の報いを。
誰かを泣かせる者にはそれ以上の報復を。
今日はもう乗り気でなくなった、もとい、解決策を練るために、延長の居残りを無しにしていつもより早めにみんなを帰らせた。
先生に報告をし終わり、下駄箱で靴を履き替えていると委員長に声をかけられた。
「高崎さん…その、ごめんない…」
「なんで?」
「え…?」
「なんで委員長が謝るの?」
「え、だって…私もみんなを止められなかったから、その…」
申し訳なさそうに、俯いて、カバンを強く握っているのが分かる。
「それでなんで委員長が謝るの?」
「えっ?」
「…委員長は、何か私に謝るようなことをしたの?」
「いえ、いや、でも「してないよね?」」
「ね?」
「…。」
委員長が頷いて肯定する。
それでも念を押す。
「 してないよね? 」
「う、ん、。していないと、思うわ…」
やや曖昧だが合格点だ。
「じゃあ謝らなくていいいよね。」
「そう、だけど…」
委員長の歯切れが悪い。
それはむしろ都合がいいのでこのまま続ける。
「それに、謝るのは委員長の方じゃないよね?」
「…うん。」
さすが委員長、ここまでの話の流れと私の事を理解している。
なら、もういいだろう、このままここに居ても気まずいだけだ。
今日は、1人で帰ろう。
「そういう事だから、委員長は謝らないで、ね?」
「…うん。」
「それじゃあ。」
「うん…じゃあ…」
委員長を背にして帰路に着く。
疲れ知らずに普段より早足で帰った。
家に着くと、他のみんなはもう揃っていた。
夏七子ちゃんは私の一本前のバスで、真斗は1日家に居た。
真斗はまるで不貞腐れているように貝の味噌汁を飲んでいた。
その味噌汁を作ったのは夏七子ちゃんで、今はお風呂に入っている。
私を荷物をそのままリビングに居た真斗に声をかけた。
「酔いは醒めた?」
「とっくに」
「嘘つき」
「何がだよ、醒めてるっての。」
「嘘つき!」
「なんだよ、何の事だ?」
口喧嘩のような声音で口論が始まった。
「お酒は飲まないって言ってた」
「ああ、そうだな。それが?」
「ふざけてるの?」
「だから、それがどうしたんだよ」
次第に真斗の応答も荒々しくなり始める。
「だったら昨日のアレは!」
縁側を指す。
「あんなの酒の内に入んねーよ。薬だ薬。」
「お酒はお酒でしょ!?」
「第一飲まないって口で言っただけで約束もしてないだろう」
「はぁ?此の期に及んで屁理屈?男らしくもない!」
口論はさらにヒートアップしていく。
「だから、それが、どうした、って聞いてんだよ」
「最っ低っ!」
「あぁん?」
真斗が低く唸る。
「もう顔も見たくないわ!」
「あっそう」
勢いのままに荷物を持ってリビングの戸に手をかける。
「あんたって最低だったんだね…」
吐き捨てて足音を大きく立てて自分の部屋へと向かった。
自分の部屋に居れば真斗と顔を合わさなくて済む。
暫く振りに我が家が恋しくなった。
今いる部屋よりも広い自室が有って、お手伝いさんが居て、私はただ私の事だけに専念出来た。
でも、そんな狭い世界から比べられないほど広いこの田舎の世界は、私には余りにも窮屈すぎた。
自分がワガママだって事も分かっているが、感情がそれをその時には忘れさせる。
言いたい事だけを言う。気に食わない事はまず否定する。
だってのに否定されるとさらに否定し返す。
例え、元凶が自分だったとしても。
コンコン
部屋の戸がノックされた。
「綺音ちゃん、ご飯出来てるよ。」
いつもより元気のない夏七子ちゃんの声がした。
「…ぁ、りがとう」
少しの間眠っていたようでうまく声が出なかった。
「ねぇ、ちょっと中でお話ししていい?」
「いいよ。」
許可を出す。
夏七子ちゃんが自分で戸を開けて入ってくる。
私が体を投げ出しているベッドの横にちょこんと夏七子ちゃんが座った。
「それで?」
急かすつもりはないが、気まずいのも嫌だからすぐに聞いた。
「最近ね、お兄ちゃんがちょっとおかしいの…」
「どういうふうに?」
ひとまず、夏七子ちゃんの話を聞くことにした。
「畑仕事を放って別の事をしてるの。あまり見かけない人達とも話をしてたし。」
畑は、夏七子ちゃんと真斗のおばあちゃんが持っていたものだ。
それを真斗が受け継ぎ大事にしていた。
この家もそうだ。
真斗達のおばあちゃんは若くに資産家の夫、真斗達から見ておじいちゃんが亡くなって、その資産を受け継ぎ上手に大事に切り盛りしていた。
私の家と真斗の家の関係が昔から途切れないのはおばあちゃんのおかげ。
私は会ったことはないが、仏壇越しに見たことはあった。
真斗は大のおばあちゃんっ子で、それは夏七子ちゃんもだ。
真斗は親が厳しかった分おばあちゃんが優しかったそうで、
今はおばあちゃんからほとんどを引き継いでいる。
資金面はほとんど真斗の親に渡ったが、それ以外は真斗の意思で引き継ぐと遺言状にあったらしく、
真斗はそのほぼ全てを引き継いだ。
そして、おばあちゃんが大事にしていたものを今もその全てを真斗は大事にしていたはずなのに、
真斗はそれを放り出していると言う。
「それ、本当なの!?」
話を最後まで聞くつもりだったが突っ込まずには居られなかった。
「うん。」
「どうして?」
「ごめんね、私には分からないの。でも、この前お兄ちゃんが私を助けてくれた時、いつものならあんなところにお兄ちゃんが居るはず無いの。」
「え?」
私は偶然その場を通りかかっただけだが、真斗もそうだったらしい。
もし真斗が通りかかっていなかったら…
今はそんな事を考えるよりも、
「あそこはね、町長さんの家の近くなんだけどね、おばあちゃんと町長は仲が悪くって、それでお兄ちゃんとも仲が悪いの。
だから、お兄ちゃんがあそこの近くを通るはずが無いんだけど…
おかげで、助かった、けどね…」
夏七子ちゃんがどんどん暗くなっていく。
「そうだったんだ…」
何も返せない。
私には何も分からないから、何も知らないから。
本当に私はバカだ。
もう1ヶ月が経とうとしているのに、まだ知らない事が多い。
やはり、自分の事しかないのか、
未だに真斗達の事を知ろうとしなていなかった。
上辺だけは嫌いだったはずなのに。
「話してくれてありがとう。」
下を向いている夏七子ちゃんの頭を優しく撫でた。
人の頭を撫でるなんて慣れていないけど、自分の妹だと思ったら。
手は勝手な力加減で勝手なリズムで撫でていく。
夏七子ちゃんの鼻水を啜る音が聞こえる。
そっと頭を自分の胸に引き寄せ、さらに撫でてやる。
なんで、泣いているのは私なんだろう。
なんで私はこんなにも悔しいんだろう。
それを知るために、知るために今私がやる事は…
お待たせしまた。
だいぶ間が空いてすみませんでした。
少々慌ただしく、立て込んでいました。
補足、私の中ではセリフの「 。」と「 」では、「 」の方が強く言っていると言う感じで書いております。
「!」程ではないですが、抑え気味に強く言っている、と言うようなニュアンスで使ってます。
逆に私が「!」を使う時はそれほどの時だと思っていただければ。もちろんそうじゃない時も少々ございますが。
私なりの読んでいただきたい読み方でしたので補足させていただきました。
今までのもそんな感じで「 」を使い分けてます。
よろしければ
次回から、逆転していきます。
はずです。
それでは