帰らない日常
「ま、、と、ま、さ、と、、真、斗、、
真斗!」
「…」
誰かに呼ばれている気がして目を開けると、心配そうな顔をした綺音がいた。
半泣きの彼女は目を覚ましたのに気付いて、俺の体を揺するのを止めた。
「真斗…よかった…」
溢れる前の涙を拭いて安堵する。
それでも俺の名前を呼ぶのを止めない。
「真斗、大丈夫?」
「……っ…。」
声が出なかった
口は開くがそれだけ。
まるで誰かに首を絞められているかの様に上手く話せない。
だから、とりあえずは笑って誤魔化した。
「そう、なんだ…
大丈夫、私がいるから、もう大丈夫だよ。」
そう言って、笑う彼女の雰囲気は誰かに似ていた。
その違和感は前々から度々あったものだが、今回はそれが喉まで出かかったが、声が出なかったか答えが出なかったか口には出せなかった。
それから少しして、眼が覚める前の状況を思い出し始めていた。
そして、一つ、夏七子が帰ってきていないのが分かった。
つまり、奴が連れて行ったのだろう。
また、実験と称して夏七子の心を壊して遊ぶ。
それを止められなかった。
何度も壊された夏七子の心はどんどん脆くなっていた。
それでも最近は目の前にいるこの綺音のおかげでばあちゃんが生きてた頃に戻ったみたいだった。
ばあちゃんと俺と夏七子の3人暮らし。
ばあちゃんは死んだ。
最期に俺に「夏七子を頼んだ。」と言い残して、夏七子に食べられた。
夏七子はショックで覚えていないらしい。
そして俺は、呪いの様にその言葉を守ろうとし続けていた。
果たしてその約束が守れた試しがあるか?
「真斗?ご飯出来たよ。」
「っああ、ありがとう。」
「うん、別にいいよ。」
目が覚めたらお腹が空くだろうとわざわざ作ってくれた。
ほんの前までの日常が頭を過る。
元よりありえなかった日常を。
もはやあの頃には戻れない。
なら、進むしかないと言い聞かせ続けて、こんな所に来てしまった。
俺はこのままどこに行き着くのだろうか。
「ねぇ、真斗。…何があったの?」
聴きづらそうに伺って来た。
周りを見れば分かるだろう。
「あの男がたぶん夏七子を連れてった。」
「え!?」
「いつもの事。そのうち帰ってくるよ。」
「連れて行って何させてるの!?」
「実験、人形人食種の適正と強化。
現行のスペックの大元は大体夏七子が基準だ。」
「そんな…!真斗はそれを知ってたの!?」
「…けど、止められなかった。」
「…ごめん…」
本来なら謝るのは俺の方なんだが。
このぎこちない空気も、食事中で助かった。
食べ終わると耕作の準備をする。
「どこ行くの、真斗。」
「畑、今俺に出来るのはそれくらいしかないから。」
「…いってらっしゃい。」
どうしていつもの事なのにこんなにも苦しいのか。
いつもの言葉なのにこんなにも悔しいのか。
紛らす為に力一杯畑仕事に没頭した。
こんな日常にすら違和感を覚える。
一体、いつからが日常で、いつからが日常じゃなくなったのか。
答えはきっと、戻れないあの頃にある。
畑仕事を放ってフラッと森に立ち入った。
何も考え無しに地面を掘り返す。
無い。
目印はあるのに、手が無い。
掘り返す位置をズラそうとした。
「そこには無いよ。」
声がした。
「そこにはもう、誰もいないよ。真斗。」
「どこへやった…?」
荒げそうになる声を必死に抑える。
「私が、食べたから。」
前回の補足で、朱音ちゃんは別にヤンデレなつもりはないんですが、
そうだとすればこの作品にもまだ2人くらいヤンデレの疑いがあるキャラがいますね、
果たして。
今回の最後の「私」は果たしてどちらでしょうか。