羽化登仙
隠し通してきたこの身体も限界。
花火の日。
ママが拓実君に真実を話してくれた。
ママが話をしてくれなかったら、私は真実をを話すことはなかっただろう。
季節はずれの花火。
2人並んで空を見上げる。
風がひんやりとして、少し肌寒い。
もう十月。
暑かった夏はすでに終わってしまった。
花火の音が響きわたる。
花火に歓声があがる。
拓実が差し出した手に手を差し出す。
そして、手を繋ぐ。
顔をあげて花火を見る。
じっと花火を見ていた。
ずっと花火を見ていたかった。
花火にあわせて拓実君が声を発した。
なんて言ったのかわからない。
「なに?」
って聞く。
「いや、べつに。」
花火の音に合わせて声を発した。
「元気でね。」
拓実君は聞きとれなかったようだ。
「なに?」
って聞いてくる。
「なんにも。」
花火の音に合わせて手を強く握りしめてきた。
花火の音に合わせて手を強く握り返した。
まるで恋人同士。
羽化登仙の境地。
「引っ越し、いつだっけ?」
「明後日。」
「ちょっと、寂しくなるかな。」
「ちょっとだけ?」
「さあ、どうでしょう。」
おどけて答えてみせた。
しばらくの沈黙。
「たまには、鎌倉に遊びにいくよ。」
「ワタシも鎌倉をでることにしたの。遠くにいくの。そこでライフセービングの勉強をするわ。」
「遠くって?」
「教えな~い。」
笑顔で言う。
「そのうち、教えてあげるよ。」
しばらくの沈黙。
「そうか。鎌倉をでちゃうのか。遠くに行っちゃうのか。」
「うん。」
この時、拓実君はまだ“遠く”の意味を理解できていなかったように思う。
花火はクライマックスをむかえた。