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「それでまだ聞きたいことが『二つ』あるんですけど」
テーブルに並ぶ華やかな料理に舌鼓を打ちながら、俺は話を切り出した。
「はい、なんでしょう?」
横長のテーブルの上座に座って俺たちの食事風景を眺めていたイーリスさんが返事する。
「なんでイーリスさん達は俺たちがここに来ることが分かってたんすか?」
普通に疑問を述べただけなのだが、隣で北京ダック――らしき肉を食していた七海が眉を顰めてこちらを見てきた。
「え? 分かってたってどういう意味?」
理解できていない妹に俺は懇切丁寧に説明することに。
「だってさ、普通なら身元不明と言う怪しさマックスの人間たちを自分の住処に招くなんて、ある程度仲良くならないとしないでしょ?」
香ばしいタレの匂いを放つステーキ――これも何の肉かは不明――を上品にナイフとフォークで切り分け、
「しかもここは王様の住むお城だ。いくら兵士が諸事情で居ないとはいえメイドさんはいるわけだし、怪しい人物を城に案内するなんておかしいじゃん?」
切った肉塊を頬張る。ジューシーな肉汁が口の中に溢れ、噛む力に抵抗することなく肉がとろけていく。やべぇ、この肉超うめぇ! ……じゃなく。
「さらにメイドさんのセリフによると、俺たちを城に招待したのは王様自身みたいだしな。そうなると、まるで俺たちがこの場所……いや、この世界に来ることを知ってたように思うんすけど?」
言葉を断つとともに俺はイーリスさんの横に座る王様の方へと目を向けた。するとスフェラ王は静かにナイフとフォークを置いて数秒間沈黙した後、某碇氏のようにテーブルに両肘をついてその口を開く。
「ふぅ……。――うん、知ってた」
「だから返事が軽いっ!!」
何、何なのこの王様!! なんかシリアス調で喋ってた俺が馬鹿みたいじゃん!! 名探偵のようにかっこよく決めてた俺のテンションを返せ!!
そんな俺の気持ちが伝わる訳もなく、スフェラ王は続きを話し始める。
「まぁ、ワシが知っていたというより、妻が知っていたというのが正しいんじゃけどな」
と話し終えたタイミングでイーリスさんが会話を引き継ぐ。
「確かに母は異なる世界から貴方達が来ることを知っていたように思います。なぜなら母は以前、こんなことを言っていたからです。――『近々この世界に異世界人が訪れることだろう。その時はどうか手荒な真似はせず、丁重に迎えてやってほしい』……と」
ファンタジーお決まりの意味深発言キター!! そうだよ、こういうのを待ってたんだよ俺は! これこそファンタジー世界に来たって感じだよな!!
「私も父もその意味が分からなかったのですが、朝にブリーズから妙な格好の人間がいると父に報告が入った時、その意味を理解しました」
ブリーズさん、俺たちの格好を『妙な格好』とか評していたのか。半目でイーリスさんの後ろに立つメイドを睨むと、ブリーズさんは『テヘッ』っといざ見るとぶん殴りたくなるランキング上位の行動を見せた。……あのメイド、腹が黒いと見た。
「ワシも妻のいうことには逆らえんのでな! リスクを承知でお主らを招待したというわけじゃワッハッハ!! ――ところでブリーズちゃん? ワシのステーキにガラスの破片が入ってたんじゃが、コレどゆこと?」
「サプライズです」
「気付くと同時にワシの人生、幕閉じちゃうんじゃが!?」
スフェラ王、アンタいったい何したらメイドから命狙われるようなことになるんだ……。
「そう言えばイーリスさんのお母さんは今いないんですか?」
もしかしてイーリスさんの母親に会えば、何故俺たちがここに来たのか分かるかもしれない。……け、決して『ドラ○エみたいな話が始まるんじゃね!?』とか考えてるんじゃないんだからね!
何か進展があるかもしれない、そう思って聞いてみたのだが。
「すみませんが、現在母は所用で別国へと赴いております」
「そ、そうですか」
くぅ、悔し――いや悔しくない、全然悔しくないからな! 冒険が始まるかもとか考えてないからな!!
「まぁ、一番事情に詳しそうな人物に会えないのは残念だけど、それはさて置いて。ブリーズさんが持ってる『アレ』ってなんで存在すんの?」
味噌汁でも啜るかのように器を持ってコーンスープ――らしき色の液体を飲んでいた母さんが、俺のもう一つの聞きたかったことを聞いてくれた。つーか、こんな場所なんだからスプーンで上品に飲めよ。
「アレ、とは……?」
アレで何を指しているのか分かる筈もなく、イーリスさんは首を傾げた。
なので『メイドさんが持っている折り畳み式の通信具のことです』と俺が付け加える。
「ああ、あれのことですか。アレは母が持っていた物を腕利きの技術屋に頼んで複製してもらったものですよ」
イーリスさんはそう言うと、懐からメイドさんが持っていたものと同型の携帯を取り出した。色や形までまるっきり一緒だ。
「これを介して魔力を飛ばすことで、特定の相手と通信ができるという優れものです。相手も同じ道具を持ってないとダメですけどね」
おお、機能もほとんど俺たちの世界にあった携帯と同じじゃないか……ってアレ? 今、気になる単語出てこなかった?
「(兄貴、今イーリスさん『魔力』とか言わなかった?)」
声を潜めて話す七海。
「(だよな!? 今言ったよな! 魔力って!)」
「(……兄貴テンション上がり過ぎ、ウザい)」
心を切り裂く現代呪文を唱えられたような気がするが、そんなものはテンションの上がってきた俺には関係のないこと。すかさず俺はイーリスさんに詳細を聞くことにした。
「今、魔力って言いましたよね!? 魔法! 魔法ってこの世界に存在するんですか!?」
「き、急にテンションを上げたりしてどうしたんですか……?」
「病気なんです。どうかそっとしておいてやってください」
「そこっ! いらん事言うんじゃねー!!」
ったく母さんは……。
「ま、魔法は存在しますよ? というより私たちの生活の基盤となってるものですし」
や、やっぱり魔法って存在するんだ! その事実に心の底から熱い何かがジワジワとこみ上げてくる。
「実際にお見せしましょうか?」
「え! マジすか!!?」
フィクションの世界でしか存在しないと思っていた魔法を目の前で見れる! テンションは最高潮までに達し、思わず席を立ってしまうほどだった。
「じゃあ、行きますよ?」
手を前に差し出したイーリスさんは俺にそう確認を取って、そして理解することができない言葉で呪文を唱えた――。
「【火よ、起これ】!」
――確かに『火』は発生した。イーリスさんの掌には赤く燃える火が天に上ろうと揺らめいている。本当なら憧れの魔法を見れた俺は、そこで発狂してもおかしくないはずだった。――本当ならば。
……さすがにライターレベルの火の大きさじゃテンションは上がらないよな。
いや、確かに何もないところから火が出現したのはすごいんだよ? 本当に魔法はあるんだって確信はしたよ? でもさ、普通魔法って言ったらアニメとか映画のド派手な奴を想像しちゃうじゃん? それこそ巨大な魔法陣が出現して大木のような太さの炎が宙を貫いたり、数多の雷が降り注いだりとかさ。
でもこれにはそんなロマンのかけらも何もないよね。魔法陣はあるけど超ミニマムだよね。つーか、この大きさなら前述通りのライターで十分だよね。
――とその時、俺は閃いてしまった。いや、待てよ。もしかするとここは建物の中だからイーリスさんが手加減しているのかもしれない、と。
そうか、そうだよな。室内でド派手な魔法を使ったら城が木端微塵になっちゃうもんな。そうかそうか、きっと全力じゃないんだこれは。
「それが全力なの?」
「ええ、そうですよ。皆これくらいです」
「やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
そんな母さんとイーリスさんのやり取りで俺の希望は潰えた。違う、俺の知ってる魔法は……皆を笑顔に……。
膝から崩れ落ちていった最中、俺の視界に一瞬映った母さんの顔は『計算通り』という表情をしていた。ま、まさか俺に絶望を与えるために今の話を振ったというのか……!
母さんの思惑に俺の目の前は真っ暗になった――。
「あ、あのヨウコさん。コマイヌさんはどうしたんです?」
「あー、病状が悪化しただけだから気にしないで」
オ、オノレカアサンユルスマジ……!
「興味はあるけどまぁ、魔法云々は置いといて。ってことは携帯は元々この世界にあったものじゃないってことね?」
「はい。母がいつの間にか手に入れていた物で、どうやって手に入れたのかは私にも分かりません。母も入手経路については教えてくれようとしなかったので……」
……ええい! 今は落ち込んでいる場合ではない! この世界の情報を少しでも多く手に入れなければならないのだ! 心を入れ替え再び華麗に復活した俺は席へと座りなおす。
まずはこの世界について情報の整理だ。
一つ、ここは俺たちの住んでいた現代社会とは全くかけ離れた世界だということは確定した。
二つ、元々この世界に携帯なる現代文明の機械は存在しなかった。
三つ、イーリスさんの母は存在しないはずの携帯をどこからか何らかの手段によって手に入れた。
この事から考えると、この世界と俺たちのいた世界はなんらかの手段によって接続することが可能ということになる。となると、その方法を知っているかもしれない人物――イーリスさんの母に会えば俺たちは元の世界に戻れるかもしれないのだ。
確かにこの世界を楽しみたいという気持ちがない、と言えば嘘になる。――だけど俺の我儘で母さんや父さん、七海をこの世界に留めておくわけにはいかない。母さんはともかく七海は自分の知らない世界で生きていけるほど強くはないだろうから。
そうだ、俺たちは元の世界に戻らなくちゃならないんだ。気持ちの指針を取った俺は一度息を大きく吐き出して呼吸を整えると、席を立ちあがって言葉を発する。
「母さん、父さん、七海。早くこの世界を脱出し――」
「七海ー? しばらくこの世界楽しんでいくー?」
「うん、思ったより怖いところじゃないみたいだし、それにイーリスさんたちと色々喋ってみたいしね」
「お父さんはー? ……ってさっきから気を失ったままだったわ。まぁ、事後承諾でいいわよねってことでイーリスちゃん? 私たちしばらくこの城に厄介になってもいいかしら?」
「え、ええ。貴方達さえ良ければ……」
「私も大歓迎ですよ! 二人――あ、三人だと寂しいと思ってたところなんですよ」
「今誰か抜かなかったブリーズちゃん!? ……それはさておき儂も歓迎じゃ! ということで七海ちゃん? ワシと一緒に――冗談ですイーリス様」
………………………………………………………………うん、もうどうでもいいや。なんとにでもなれ。
後、盛り上がってる空気だから言えないけど、一応この城で大量の行方不明者が出てるんだよな……。ほんとに言えない空気だけどな!
「でも私、幽霊が出るこの城に居続けるのはちょっと……」
あ、その話題出すんだ。空気を読まないところ母さん譲り。
「そうですよね……。しかし他に安全な場所なんて――」
妹とメイドの言葉で一斉に皆が思案顔になり、その場を沈黙が支配する。しかしその空気を打ち破ったのはある人物の一言だった。
「と、とりあえずウチなんて……ど、どうです?」
御上弥太郎、四八歳。今の今までホラー話で気を失っていたにもかかわらず、年頃の少女たちを含めた人間――しかも王族――をさらりと自宅へと誘うフラグ建築士。……そう言えば昔、母さんもそんな手にやられたとか言ってた気がする。
「じ、じゃあ少しの間お世話になります」
父の提案に反対する理由もなく、イーリスさんたちは俺たち家族の家へとやってくることになったのだった。