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「ご紹介が遅れました。私は父、ケーニッヒ・スフェラの娘、イーリス・スフェラです」
赤みがかった髪の王女様――イーリスさんは麗しい笑顔を浮かべながら、俺たち家族の前でそう挨拶をした。なので俺たち家族もそれぞれ自己紹介を行う。
「あまり豪勢なおもてなしではないですが、どうぞ料理を堪能していってくださると幸いです」
「あのー、質問が多数あるんですが」
彼女が話し終えたタイミングで、俺は手を上げてそう言う。――そう、今の俺には聞きたいことがたくさんある。そしてこれが聞きたい事の一つ目。
「――なんで王の間で食事なんですか」
目の前には豪勢な料理――と言っても素材が何か不明なものばかり――が用意されているのだが、その食事をする場所が食堂的なところではなく、何故か王の間なのである。……さっきの時点でツッコめば良かったのだが、なんとなくタイミングを逃してしまった。
「それは――」
「それは実質ここしか使える部屋がないからじゃ」
答えてくれようとしたイーリスさんに、王様が返答を被せる。
「ここしか使える部屋がない? それはどういう意味なんですか?」
「いやー、信じてもらえるかは分からんが、この城には出るんじゃ……アレが」
アレ、と聞けばアレしか浮かばないが、もしかしてアレだろうか?
その話を聞いた七海が、注意しなければ分からない程度に体を震わしながら王様に尋ねる。
「も、もしかして『アレ』と言うのは……ゆ、幽霊とかですか……?」
「うん、そう」
『軽っ!!』
世間話みたいな軽さで返答する王様に、思わず口からそんな言葉がこぼれ出てしまった。……もう少し真剣にもしくはホラーチックに言っても良いんじゃないかな? ここにそういうのが苦手な人間いることだし。
「何、兄貴?」
「七海が――いや、別に何もない」
危ない危ない、危うく『七海がお化けを怖がる姿を見てみたい』って言うところだった。
「幽霊、って部屋を限定しないと駄目な程、危ないモノなんですか?」
気になった俺は王様に質問してみる。ホラ、幽霊って聞くとテレビから出てくる系を想像しちゃうじゃん。でもここはファンタジーだから悪魔系かな?
すると王様は『ワッハッハ』と大きく口を開けて、笑いながらこう言った。
「大丈夫じゃよ! そんな怖いもんじゃないわい! ――ほんの数百人の兵士が行方不明になっただけじゃ!」
『待てやジジィ』
衝撃の事実に俺と母さんは同時に王様の胸ぐらを掴み上げていた。王様が『ぼ、暴力反対!』と戯れ言をほざいているが、俺たちは完全に無視する。
「兵士が行方不明に、って危ない所の騒ぎじゃねーじゃねーか。しかも人が行方不明という事態を軽く言うとか、テメェはそれでも王様か? 人の上に立つ人間か?」
「全くだわ。そんな非道い王様には罰を与えないと駄目ね。屋上から紐無しバンジーでもやってみる? それとも兵士一人につき、関節一つ折るほうがいいかしら?」
「待て待て待って!? 死んじゃう! ワシ死んじゃうよ!? というか、数百も関節無いよワシ!!」
ギャアギャアと五月蠅い王様。やっちゃう? もうやっちゃう?
「待ってください」
バリバリに殺気を放つ俺たちの行動を抑止したのはイーリスさんだった。
「王女様止めないでください。父親が折檻されるところなんて見たくないでしょうが、これは必要な事なんです。必要悪なんです」
「いえ、別にそうではなく」
「さりげなく娘が酷いっ!!」
どの口が言うんだ、どの口が。
「兵士たちがいなくなったのは事実ですが、それは父のせいではないのです」
「え、違うの?」
「ギャアアアアアアアアア――ッ!!? 奥様、いえお嬢さん!? ワシの右腕が! ワシの右腕がありえない方向に!!」
イーリスが兵士失踪事件は父のせいではないと証言してくれたが、しかしすでに時遅し。王様の腕は(ピー)を向いて(ピー)に(ピー)な有様となっていた。うわぁ、グロい。
「この王様のせいじゃないってどういうこと?」
「それは――ある日、数人の兵士が『ぼんやりと光る人影を見た』と言い出したのが始まりでした」
物思いにふける様に目を閉じながらイーリスさんはそう語り始めた。
「初めはそんな話、誰も信じていませんでした。しかしそれから数日後、最初に人影を見たと言った兵士たちが一夜にして姿を消したのです」
「――ッ!!?」
ビクッとしてる七海の様子を横目で少し楽しみながら、俺は話の続きに耳を傾ける。
「他の兵士たちは『きっと彼らの悪戯だろう』とその兵士たちを捜したのですが見つからず。そしてその翌日、また数人の兵士たちが姿を消しました」
これはマジなホラー話だな。『友達の先輩の友達が体験した話なんだけど~』みたいな明らかに嘘っぱちな前置きがない分、さらに怖さが伝わってくる。
「この事態を重く見た兵士たちが緊急事態体制を取り、大規模な行方不明者の捜索作戦と除霊作戦が展開されたのですが効果はなく。数日後には全ての兵たちが跡形もなく消えさってしまったのです」
大規模な捜索作戦は分かるけど、除霊作戦って何? アレか、『貞○VS軍隊』みたいなことか?
「なるほど、それでここ以外の部屋に行くことができなくなったということね?」
「はい。ここにいることの多い私たちは被害に遭わなかったので」
「なるほどなるほど、母さん納得」
うん、まぁ確かになんで食事を王の間でしているのかは納得いった。――だが。
『それと王様の人命軽視発言は無関係だよな(よね)』
「まぁ、関係ないですね」
「イーリス!!? ――ぎゃぁぁあああああああああああ!!? 次は左腕がぁぁぁぁああああああああ!?」
王様の左腕を犠牲にして閑話休題。
「まーアレということですよね、この部屋以外は危険かもしれないってことですよね」
「そうです。早く兵士たちを見つけてあげたいのですが……」
凛とした表情の中にイーリスさんは悲しげな表情を少し織り交ぜたように見えた。先ほどの王様――父への言動を見ている限りにはそんな風に感じなかったが、彼女は本来立場が低いであろう兵士でも家族のように思いやることができる性格なのかもしれない。
俺も力になってあげたいが、流石に幽霊相手には何もすることはできない。本当に残念なことだが、俺は霊能力者ではないしな。せっかくこんな世界に来てしまったのだから、俺の中の何かが目覚めるみたいな展開があってもよかったと思います!
彼女へ何か言葉を掛けようとセリフをチョイスしていると、腕を組んで何かを考えていた母さんが唐突にこんなことを言い出した。
「うーん、まぁこのバカ息子がなんとかすると思うわ」
「え、何言ってんの母さん。馬鹿なの? アンタ馬鹿なの?」
「誰に向かって『アンタ』とか言ってるのかしら……あ?」
「ひぇ、ひぇんにゃひょひょをよりぇにひっひょいへやいやんひゅりょーはひひょきゅねぇ!? (へ、変なことを俺に言っといてアイアンクローは酷くね!?)」
頭蓋骨から変な音がした瞬間にアイアンクローから解放された俺は、大理石の床と熱い密着をする羽目となった。……いつか仕返ししてやるからな!
「うーん、まぁこのバカ息子がなんとかすると思うわ」
「ま、まさかの……り……リテイク……かよ……」
「てかお母さん、もう兄貴なにもできそうにないんだけど……」
うん、そうだね。俺の精神と肉体のライフポイントはすでに底を尽きかけてるよ。
数秒後、ディアンケト発動――もとい休憩して華麗に復活した俺は席へと座りなおす。
「この人がなんとかしてくれるとはどういうことですか?」
不安げ……というか『え、コイツ頼りになんの? 正直コイツよりそこら辺の石ころの方がまだ有意義だわ』みたいな表情をイーリスさんは浮かべる。なかなかダイレクトに俺の心を抉るなその表情。
「この人がなんとかしてくれるということです」
なんか某問い合わせ事務局みたいな返答をしやがった!! つーかいろいろと大丈夫かこのネタ!? 限定的すぎねぇ!? 俺が言えたことじゃないけど!!
「要するに、このバカ息子は困っている女の子を見捨てるような馬鹿ではないから、ちゃんとあなたを助けてくれる……そういうことよ。今すぐじゃ無いとは思うけどね」
さっきまでとは打って変わって俺を信頼しているように言った母さんの目は、真剣そのものに見えた。
そう言われて黙っている俺ではない。勢いよく席を立ち上がり、イーリスさんに向かって俺は宣言する。
「俺に少しだけ時間をください。絶対イーリスさんのためにこの事件を解決して、兵士たちを無事に助け出して見せますから」
俺の本気の気持ちを込めた言葉はちゃんとイーリスさんの元に届いたようで、彼女は少しだけ表情を柔らかくすると、
「ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いします……!」
そう言ってこちらに向けてお辞儀をした。
「……うーわ、臭いセリフ」
「母さん、持ち上げておいて地の底に叩き落すのはやめていただきたいんですが」
「だってそんな臭いセリフを言うとは思わなかったし……ねぇ?」
「だ、大丈夫兄貴……。か、かっこよかった……と思うよ……?」
「せめてこっちに目を合わせてから言ってほしいなその言葉!!」
本当に傷口に塩を塗るのが得意な親子だこと! いいもん! 主人公は絶対に通る道だもん!
こうして俺はこの城で起きている『幽霊騒動』を解決することとなった。いや、今すぐとかじゃないよ? 次の話が始まった瞬間にその解決にあたってる、とかいうのはないからな!?
幽霊騒動――またの名を兵士集団失踪事件を解決するのは、俺がとある『仲間達』と出会い、とある経験をした後である――。