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「――ね、ねぇ兄貴? わ、私たち今から殺されちゃうの……?」
家で引きこもっていた七海を何とか連れ出して事情を説明した後、俺たち一家はブリーズさんに連れられて、さっき見えた豪奢な城へとやってきた。
初めブリーズさんは歩いて城に案内してくれようとしたのだが、ドラゴンが『俺の背中に乗れよ』的な感じで身を屈めてくれたので、お言葉(?)に甘えて俺たち家族とメイドさん一人は彼(?)に乗せてもらうことに。飛翔したドラゴンから父さんが落ちそうになったり、七海が気絶したり、母さんがハイテンションになったりしたが、なんとか無事に城へと到着した。ブリーズさんが『パズさん! ありがとうございます!』とか何とか言っていたが、『パズ』という『ドラゴン』と聞くと何だかアレしか思い浮かばないんだけど。
とにかく色々なことがあって、俺たちは今、城の中にある王の間へと繋がる廊下を歩いている最中だった。
「わ、分からん。だけど下手なことをすりゃ殺されかねんぞ」
「終わった……! 私の人生終わった……!」
早い! 諦めるのが早すぎるぞ妹よ!
ただ俺にも七海にそんなことをツッコむ余裕はないので、もう妹は放っておく。
しかしこのまま王の間に向かっていても緊張するだけなので、俺は気を紛らわせるために廊下に飾られている絵画や美術品などを眺めることにした。
一つ一つが精巧な作りをしており、日本円なら数千万から数億くらいしそうな品々ばかりだ。……これ壊したらどうしよう。この世界の通貨が分からないのに、弁償なんてできないぞ? つーか日本円でも払えねーよ。
「メイドさんメイドさん? この絵とかっていくらなの?」
おい空気読め母さん。
「えーと確か……八億クーナ程だったかと思います」
え、クーナ? クーナって何? 日本円でいくらなの? ……でも何となく『円=クーナ』のような気がする。設定的にそんな気がする!
「到着いたしましたよ。ここが国王様のおられる王の間でございます」
そんなこんなしている間にメイドさんの案内で俺たちの眼前に現れたのは、荘厳な雰囲気放つ両側に開く大きな扉。大きな、とは言っても、流石に先ほどのドラゴンほどではないが。
「では、『気を付けて』お入りください」
え、気を付けてってどういう意味? と聞く暇もなく、ブリーズさんは扉を引いて開いていく。
『――ブリーズちゃーん!!』
扉が人一人通れるくらいの隙間が空いた瞬間、そんな野太い声と共に何かの影が、弾丸のように俺たち家族の間を突き抜けた。そのまま影は反対側の廊下の壁に激突し、城全体に大きな衝撃音を響かせる。
『…………は?』
あまりに突然の出来事に、俺たち四人は目が点になった。ただ一人、いつの間にか扉の隅に移動していたブリーズさんだけは、ニコニコとした笑顔で粉塵漂う『何か』が衝突した場所を眺めていた。……何この状況。
「イタタタタ……! ブリーズちゃん、避けるなんて酷いじゃないか。儂も年なんじゃよ?」
「大丈夫です国王様。私は国王様が後数百年生きると確信しております。しぶとさはゴキブリ以上ですから」
数百年生きたら化け物だな――つか、ブリーズさん口悪すぎねぇ? 国王とゴキブリを比較するって普通なら極刑だろ。
『――ってええええええええ!? この人が国王!!?』
「はい、残念ながら」
だからやっぱり口悪くねぇ? アンタ、本当にここのメイドか?
「ハッハッハ! 儂がこの国――オキシデント国の王、ケーニッヒ・スフェラじゃ!」
心の底から楽しそうに笑う王様。鬣のように逆立った髪は赤く、顎に蓄えた髭も同じように赤い。そんな彼の顔には年相応の皺がいくつも走っているが、ガッチリとした輪郭と体型がそれを感じさせない。身に纏った白に金の装飾が施された豪華な衣服が、彼に王としての威厳を与える。……まぁ、あの奇怪な行動のせいでその威厳も吹き飛んではいるが。
そんな王様は俺たちを一人ずつ観察するように見ていくと、手でその顎鬚を触りながらこう言った。
「ホッホー、そなた達が異世界からやってきた人間たちじゃな? 二人程美女がいるようじゃが……一人は五〇超えてそうじゃな」
「おいテメェ表出ろコラ」
「落ち着け母さん! 王様にそんなこと言っちゃあダメだから! それに王様も母さんは『オーバー』ではなく『アラウンド』で――」
アレ、いつの間にか俺の手首が変な方向を向いてる。――ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?
「で、そこのビクビクしてる娘。儂と寝室に――」
ザクッ。
どこからか飛んできた鋭い投球が王様の額に突き刺さった。
「――ロリコンも大概にしとかないと、次は本気で刺すわよ? お父さん?」
声がした方向を目で追っていくと、開ききった王の間の扉の向こうに一人の少女が立っていた。
「こ、これがファンタジーの奇跡か……」
無意識にそう呟いてしまうくらいに少女は可愛らしく美しかった。まるで化粧をしているかのように肌は白く、そして整ったボディライン。それを純白のドレスで包んで、勝気そうな雰囲気を出す彼女にお嬢様と言うイメージを付与する。蒼い光を灯した瞳は宝石のように輝いていて、ほんのり桜色をしたその頬はマシュマロのように柔らかそうだった。顔と体、整った造形をしている少女だが、そんな彼女にもやはりコンプレックスと言う物は存在するらしい。
え、それは何かって? あー、言っていいのか迷うけど……断崖絶壁を彷彿とさせる胸かな。ちなみに俺はそんな胸も好き――
ザクッ。
「変態的思考はやめておいた方がいいわよ狛犬?」
「か、母さん……い、いつの間にナイフを……!」
いつ手に入れたか分からないナイフが母さんから投擲され、俺の額に突き刺さっていた。……あ、an○therなら死んでたぞコレ。
「ったく、彼女の胸を嘗め回すように見ながら、『俺貧乳大好きぃやほぉぉぉぉおぉぉおおおおおおおおお!!』なんて……最低よ?」
「言ってない! 言ってないし考えてないぞそんなこと!」
た、確かに似たようなことは考えたが、そんな気が狂ったような感情にはなってない決して!
「――ッ!?」
「ホラァ! 母さんのせいで王女様が誤解したぞ!!」
抱くように胸元を隠し、俺を親の仇のような目で見る王女様。これ、世界が違えばきっと俺は処刑か拷問されていたことだろう。ああ、この世界がギャグでよかった――じゃなくて!
「………………」
「ちょっと!? 七海までそんな目で見るのやめてくれ!」
気持ち悪いものを見てしまったような冷めた七海の目。そんな目で俺を見ないで! お兄ちゃんからのお願い!
「……サイテー」
「七海違うんだってぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
一気に七海から好感度がゼロになった。
「ホラ、ロクでもないことを考えるからこうなるの」
「母さんがその口を開かなければ、こういう事態にはなってないと思うな俺は!」
本当に俺を陥れるの得意だよな母さんは。
「わ……儂と共に、ロリコン同盟を結ばないか……?」
「もう貴方は口を開かない方がいい」
話せば話すほど好感度が下がる人間には初めて会ったよ。世界っていろんな意味で広いんだな。
「フフ……」
突如聞こえてきた笑い声に俺は惹かれるように王女の方へ向く。しかし彼女は人にその笑顔を見せるのが恥ずかしかったのか、コホンと小さく咳払いをして誤魔化した。
「父がご迷惑をお掛けしました。部屋にご馳走を用意しましたので、宜しければどうぞ」
王女様はそのまま背を向けて王の間へと入っていってしまった。
なんだか今の彼女の様子に違和感を覚えてしまう。なんて言えばいいのか困るが、本当は笑いたいのに自分でその感情を封じているような、そんな印象だ。
「イーリス様にも色々あるのですよ」
「うわっ!? き、急に話しかけるのやめてもらえます? 心臓に悪い……」
知らない間に俺の隣に立っていたメイドさんが、俺の心を読んだようにそう言った。……何、そんなに俺って心読みやすい?
「色々ってなんすか?」
「それよりもまずはおもてなしです! どうぞ、中にお入りください!」
「あれ、無視?」
俺の話を無視したメイドさんは、エプロンドレスの裾をふわりと靡かせながら、俺たちへ王の間へと入るように促す。……話を無視されるとなかなか辛いんだぞ?
まぁ、でもまた聞く機会は訪れるだろう、と俺はとりあえずメイドさんの後に続くことにした。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します!」
俺を含めた家族四人は彼女に導かれるまま、王の間へと入っていく。
「だ、誰か……儂の事も心配して……?」
そう言えば王様いましたね。でも貴方は壁と戯れててください。