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グルルルルルゥゥゥゥ……。
小鳥が楽しそうに囀る声で俺は目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む光が俺の全身に気持ちよく染み渡る。
「うぅーん! さてゴールデンウィーク二日目! 何して過ごすかなぁ……!」
ラノベ&漫画を読みまくる? いや、撮り溜めしているアニメの消化? あ、そう言えば読んでるラノベの最新刊が出てたような気もするな……、と俺は背伸びをしながらそんなことを考えていた。そして違和感に気付く。
「……ん?」
――アレ、小鳥の囀りってあんな声だったっけ?
普通は『チュン、チュンチュン』的な描写だよな? なのに『グルルルルルゥゥゥゥ……』っておかしくない?
「……あ、誤字か。誤字だな」
ったく、しっかりしろよな神様ー。勝手にそう結論付けてカーテンを全開にすると――巨大なお目目がこんにちは。すかさずカーテン閉幕。
「いやいやいや、おかしいおかしい。確かにラノベとか漫画は読み続けているけれども? 頭がおかしくなるような読み方はしてないぞ?」
うん、そうだ。今のはきっと何か光の屈折的な自然の超常現象が起きて、ガラスに映った俺の目が拡大されて見えただけなんだ。瞼が茶色だったとか鱗のようなものがあったとか、そんなことは決してないはずだ。
全ては俺の錯覚。そうだ錯覚なんだ。……アレ、錯覚見るって危なくね? 的な思考も今は捨て置こう。
再び俺はカーテンをオープン。するとやっぱり錯覚だったようで、さっきの大きな眼は綺麗さっぱり居なくなっていた。――代わりに茶色い何かに乗った母さんが、その上で胡座を掻いているけど。
「あ、起きた? 見て見てー! ドラゴン!」
「まずはツッコミの切り口を見つけさせてくんない!?」
あまりの状況のカオスさに、俺は窓を開けて思わずそう叫んでしまった。
そもそも日本にファンタジーの産物であるドラゴンがなんで存在するのか、とか、なんでドラゴンの頭に母さんが乗ってるのか、とか、意味が分からない状況なのに適応力高すぎない!? とか。いろいろツッコミたいことがあるのに、この状況ではとても冷静にはいられない。
しかもよくよく見てみれば、そのドラゴンはワイバーン型――要するに翼が発達しており、基本飛行を得意とする――で、母さんが話し始めたくらいのタイミングから飛行を始めたのだが、そのドラゴンの尾の先に父さんが真っ青な顔でしがみ付いているではないか。
「アレ、父さん死ぬって!」
「大丈夫! ウチのお父さんはアレくらいじゃ死なないから!」
「いや、顔真っ青だし、腕が震えて限界そうに見えるんだけど!?」
元々元気がない顔なのに、その限界を超えて死にそうな顔をしている。しかも、ドラゴンが羽ばたくときに発生する強風が父さんをさらに危険に晒す。ヤバいヤバいヤバい! 本気でヤバいって! ――とその時。
ピィ――――ッ! と笛のような音が俺の耳に響いた。音が聞こえた方向を見てみると、遠くから一つの人影が走ってくるのが見える。
『――コラーッ! なにしてるんですかー!!』
走ってきている人物の性別は声から女性と断定できた。……きっとあの声は声優だな。(ピー)的な声に聞こえるもん。
その女性が近寄ってくるのが分かるや否や、ドラゴンは嬉しそうな声を出しながらゆっくりと着陸する。父さんも何とか無事に済んだようだ。
「――よ、っと」
何やらカッコいい感じで母さんがドラゴンの頭から飛び降りる。何、その無駄な身体能力。昔に何かのラノベ的物語にでも巻き込まれてたんですか?
俺もとりあえず、状況を確認しようと自分の部屋を後にして、ジャージ姿のまま着替えず家を飛び出した。すると、本来家を出れば見えるはずの住宅街の光景はそこにはなく、広がっているのは広大な草原と壁のように存在する森、そしてその中央に圧倒的存在感を放つ豪奢な城だった。
……何これ、ファンタジー?
色々確認したいことはあったが、とにかく母さんと父さんのもとに向かうために家の裏へと回り込んだ。
「デ、デッケェ……!」
先ほど窓から見たときも感じていたのだが、改めて地面から見上げたドラゴンの大きさは倍にも感じるほどだった。ジュラ○ックパークに出てくるティラノサウルスの数倍はあるのではないか、というデカさ。
そんな巨大なドラゴンに始めはビクッとなったが、眼を見ると全く敵意を感じず、さらには襲い掛かってくる気配もない。……もしかして、いいドラゴン?
「ご、ごめんなさい……! ご迷惑……をお掛けしませんでしたか……?」
エプロンドレスを着て、頭の上にヒラヒラのカチューシャを乗せた女性――よく見ると俺と同い年ぐらいの少女――は息を切らしながら走ってくると、母さんと父さんにそう話しかけていた。
クリッと丸い瞳をした彼女は、アイドルグループにいても不自然ではないほどに可愛らしく、それがメイド服とドンピシャにマッチしている。髪は青く左右で束ねたツインテール。身長はあまり高い方ではないようで、俺含む四人の中では一番低い。というか小学生ではないかと思うくらい低い。……そうか、これが合法ロリというやつか。
身長が低い、ツインテール、子供のようなアイドル顔――この人はあざとさグランプリ優勝でも狙っているのかな?
「いえいえ、全然いい子でしたよ? 私を見た途端にすぐ懐いてくれて、頭に乗せてくれたし」
それなんてドラゴンライダー? つか母さんマジで何者? その証拠と言わんばかりに母さんが手を差し出すと、ドラゴンは頭を近づけていく。そして母さんが撫でると、猫のごとく『ゴロゴロ……』という嬉しそうな声を出していた。
「それはすごいですね! スフェラ家の人以外に懐くことはないのに……」
「まぁ、これも母親の貫録、ってやつですかね! オホホホホホホホホホ!!」
へー、母親ってドラゴンを使役することができるんだー。ハジメテシッタナー。
「あ、申し遅れました! 私はブリーズ・シェフェールと申します。……本当にお怪我とかはないですか?」
「大丈夫大丈夫! ね、父さん」
「あ、ああはい、大丈夫です……!」
無理すんなよ父さん、あんな状況で大丈夫な訳無いからな? とそんなことを思っていると、ブリーズと名乗った少女と目が合ってしまった。小さく頭を下げたので、俺もつられて挨拶する。
「私は御上陽子と言います。こっちが夫の御上弥太郎で、そっちの馬鹿が息子の狛犬」
「今、さりげなく馬鹿って言ったか? 馬鹿って」
言ったけど? 的な顔をしてくる母さん。もうそろそろ泣いても許されると思うんだけど?
「ミカミ……皆さん、名前が同じなんですね」
ん? 微妙に話がかみ合っていないような――ってそうか、この人名前が『ブリーズ・シェフェール』って言ってたから外人だもんな。外国は名前が先で苗字が後だから、俺たちの名前を紹介するなら『コマイヌ・ミカミ』にしないとダメなんだ。……そもそもここ外国なのか? 地球かどうかも怪しいんだけど。
「あー、そっかそっか。えーと、私が『ヨウコ』で夫が『ヤタロウ』、そして息子が『バカ』ね」
「オイコラ待て。アンタは息子を何だと思ってるんだ」
「母親のおもちゃ」
あ、やべ。なんか視界がユラユラと揺れ始めたよ? 今の一言グサッてきたよ?
「……なぁ、そういえば七海はどうしたんだ?」
今、家族の話をしていて思い出したのだが、母さんと父さんと俺が揃っているのに、どこを見渡しても妹の七海の姿が発見できない。
「――ハッ! まさかドラゴンに食べられてしまったのでは!?」
母さんの隣でドラゴンがブンブンと首を横に振っていた。そんな反応できんの!?
「そんなこと考えるからアンタのことを馬鹿って呼ぶの」
一可能性を言ってみたまでじゃんか……。
「七海ならドラゴンを見た途端、部屋に閉じこもって『私は正常、私は正常……』って念仏のようにひたすらブツブツ繰り返してたわよ?」
「それ、色々危なくねぇ!?」
七海さん、現実を受け入れていらっしゃらないみたいです。いや、俺も受け入れてはないけどね。でも、このドラゴンを見てしまったら受け入れるしか道はないよね。
ガヤガヤと家族(主に俺と母さん)で喋っていると――
『リリリリーン、リリリリーン……』
鈴のような、まるで携帯の初期着信音のような音が聞こえてきた。
「父さん、電話じゃない?」
「い、いや、お父さんの携帯は鳴ってないよ……?」
「じゃあ、母さん?」
「携帯は家。ドラゴン乗ってる時に落としたら危ないと思ったし」
まずはドラゴンに乗ることの方が危ないとは思わないのか? って言っても無駄だろうな。
「父さんでもなければ、母さんでもない。じゃあ後は七海――」
「はい、もしもし。ブリーズ・シェフェールでございます」
………………………………………………ナンダイ? メイドサンガモッテイルアノケイタイハ?
『えぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?』
あまりの衝撃に俺と母さん、そして大声など聞いたことがない父さんまで絶叫を上げていた。
「……はい……はい」
大事な試合前のように俺たち三人は円陣を組み、緊急家族会議を行う。
「(今の今まで目を反らし続けてきたけど、ここってどう考えたって『ファンタジー』の世界だよな!?)」
「(私もそう思う、ってかそうしか考えられないじゃない?)」
「(お、お父さんもそう思う……!)」
三人は『携帯電話(折りたたみ式)』を片手に話すロリメイドをちらりと見て、
「(あんの!? 携帯電話ってファンタジーにあんの!?)」
「(あるってあのメイドさんに証明されてしまったけど!? 何、神様世界観間違ってんじゃないの!? さすがのお母さんもあれにはビックリだわ!)」
「(ということは、お父さんや母さんの携帯も使用できる……?)」
『……………………………………』
しばし俺たちの間を流れる無言。
「(試してみる価値はありそう……!)」
『(コクリ)』
母さんの言葉に俺と父さんは真剣な顔で頷いた。――とそんな時。
「あのー、皆様?」
『は、ハイッ!?』
何故かみんな声が裏返る。あるよねこういう事。
「な、なんでしょう?」
珍しく動揺している母さんが聞き返すと、ブリーズさんは少し困ったような顔でこう言った。
「国王様が貴方たち家族を招待したい、とおっしゃっているのですが……」
――そんな爆弾が投下された瞬間、再び俺たちに衝撃が走ったのは言うまでもない。