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俺はその当時、中学三年だった。
一番中学生活を満喫できる二年生があっという間に終わり、高校やら就職やらで忙しくなる三年生になった俺は、家族と相談し近くの平凡な高校に進学することを決める。
まぁ、平凡な高校に決めた理由は、家が近いということの他に、俺の成績が中の下を行き来していたことが大きい。
まだ明確ではないが、とりあえずその高校の合格を目指して、俺は普通の三年生としての生活を始めた。――そして少し時は進み、ちょうどゴールデンウィーク一日目の事だ。
「じゃあ行ってくるよ母さん」
俺は母さんに頼まれた食材を買うため、近くのスーパーへと出かけることになっていた。
「頼んだ! 今日の献立はアンタの買う物によって変わる!」
「ちょっと待って!? さっき、メモを渡すとか言ってなかったっけ!?」
てへ、忘れてた的なポーズをして台所へと戻っていく母さん。もう今年でそこそこいい歳になるというのに、そんなイラッとくる若々しいポーズをして俺はどういう反応をすれば正解なんだ!?
ルンルン、とスキップをしながら戻ってきた母さんからメモを受け取ると、思わずこんなことを呟いてしまった。
「もう五〇手前なのに……」
俺の母さんの名前は御上陽子。先ほども言った通り、年齢は五〇手前だ。……正確な年齢は俺も命が惜しいので言わないでおく。
しかしご近所さんや学校の生徒、さらには担任の教師も俺の母さんが五〇手前だとは気付いていないはずだ。流石にプロフィールを見たことがある人は除かざるを得ないが。
なぜ気付いていないか――それは母さんの容姿が二〇代後半もしくは三〇代前半くらいの見た目をしているからである。
若々しく艶のある上に皺が一つもない肌、絵にかいたモデルのようなすらっとしたスタイル。極め付けには生まれてくる次元を間違えたのではないか、と思えるくらいの顔立ちはすれ違う人たちの目を見事に欺く。
――と心の中ではべた褒めしてみたのだが。
「今なんて言った? それ以上言うと、息子でも……ポキッと折るよ? 手足」
「はいごめんなさい申し訳ありませんでした」
玄関のタイルに頭を擦り付けて土下座。もうね、手足折るとか親の言葉じゃないと思うんだ。拷問好きかかバカ○スヒロインのやつじゃない?
「じゃあ、行ってくるよ……」
トン、トン、トン……。
「あ、兄貴どっか行くの?」
階段を降りる音が聞こえたかと思うと、その後に少しクールな印象を受ける声が俺の耳に届く。振り返るとそこには妹――御上七海がポ○キーらしきお菓子を咥えながら、一階へと降りてきている途中だった。
「ああ、スーパーにお使いをな」
「ふーん。じゃあ、私もついていこうかな。暇だし」
七海はそんなことを素っ気なく言ってるがあれは違う。――あれはなにか商店街で俺に食い物を強請ろうとしている時の態度だ。
「食いもんは奢らねーぞ?」
「そんなこと誰も言ってないし! 私、そんなに食わないし!」
「どの口がそんなことを言うんだ!? お前の分つってストックしてあるお菓子、あれ常人なら一年以上は持つぞ!?」
「ハァ!? あんな量大したことない! 兄貴の漫画とかラノベに比べれば!」
「いや、確かに俺も部屋が本棚で埋まるくらいに漫画・ラノベ系統集めてるけど! でも本とお菓子を比べるのはおかしくない!?」
あーだこーだ、と俺と七海が言い合いをしていると、それを見かねた母さんが止めに入った。
「ハイハイ、そこまで! アンタらどっちもどっち!」
『ウッ……』
どっちもどっちと言われてしまうと何も言い返すことができない。
「とにかく、七海も買い物についていきたいんでしょ? じゃあ、今日は買う物たくさんだから、狛犬の荷物持ちを手伝ってあげな」
「……分かった」
これだけ聞くと母さんは俺に配慮してくれたように聞こえるだろう。
「――って言ったけど、七海に荷物持たせたら分かってるよね?」
俺の耳元でそんなことを囁いた母さんの言葉を聞けば分かるでしょ? ――現実はそんなに甘くないって。もう、脅迫の類だよねコレ。
「分かってるよ。持たせる気最初からないっつーの」
「お、カッコいいこと言うじゃない。買い食いの分のお金も渡しとくから、二人で行ってきなさい!」
追加でお金を貰うと、母さんにバンと強く背中を叩かれて俺は押し出される。横を見ると七海も靴を履き終わったらしく、つま先をトントンと叩きながら待機していた。
「じゃあ二人とも行ってらっしゃい!」
「行ってきまーす」
「ああ、行ってくる」
笑顔で手を振る母さんに見送られながら、俺と七海は家を後にした。
◆
そう言えば忘れてた。
『可愛いー! 少しの時間だけそこでお茶しない?』
『マジで中二? 色気あり過ぎない!?』
『私、こういうプロダクションの者ですが、少しだけ時間よろしいですか?』
「いえ……私そういうのには興味ないんで……」
――七海はものすごくモテる、ということを。
頼まれたものを買い終わり、商店街で焼き鳥を買い食いしていた時の事。七海を見かけたチャラいナンパ野郎や学生、さらにはスーツを着た男などが次々と妹へアプローチを掛けてきたのだ。
元々家族以外との人と喋るのが得意ではない七海は俺の陰に隠れ、男たちがどこかへ行ってくれるのを待っているようだ。しかしそんな願いが通じる筈もなく彼らは、盾になっている俺のことなど目にもくれず、ひたすら七海に特攻を仕掛けてくる。……俺の事も少しは気にしてー!!
後、もう一つ俺には緊急事態が訪れていた。――男たちが接近するたびに七海が俺にしがみ付き、背中に柔らかい感触が押し当てられていくのだ。相手が妹だと分かっているのにそれでもドキドキする。……これが魔力か!
……落ち着け。落ち着くんだ俺。確かに七海は顔は可愛いし、スタイルも母さん譲りで良い。サッパリしたショートヘアーが似合っていて、さらに俺が昔に誕生日プレゼントであげたヘアピンもすごくお似合いだ。スカートから伸びる脚もすごく細いし、デニムシャツを押し上げる胸なんて――
「って何を考えてるんだ俺はぁぁぁああああああああああああああああ!!」
途中から完全に路線変更してたぞ!? 妹ルートアリだな、とか考えてたぞ俺! 大丈夫か大丈夫なのか俺の頭!?
『大丈夫じゃないんじゃない?』
「うっせーよ!! 七海に言い寄ってるお前らに言われたくねーよ!! つか、なに心普通に読んでんだ!!」
ゼェゼェと高ぶった息を整え、俺は男どもにこう宣言した。
「てめーらになんか七海は渡さん! 絶対に渡さんからな!! まずは俺をちゃんと認識して、そして挨拶しに来てからだボケども!」
そう言うと、男たちはそれぞれで何かアイコンタクトを取る。
『シスコン乙』
と大変失礼なことを言いながら解散していった。俺はシスコンじゃねー!!
「ったく、失礼な連中だ! つーかここ、一般人がカオスなギャグの世界じゃなかろうな……」
「……ありがとう」
わりかし危険なことを呟いていると、不意に七海がそんなことを、ほんのり頬を染めながら言ってきた。
「え、あ、いやぁ別にたいしたことはしてないぞ……?」
「本当に感謝してる、ありがとう」
「ま、まぁ、任せとけ。次にああいう連中が来ても、俺が木の枝二刀流、スターバー○トストリームで追い払ってやるから」
「発言危なくない? てか出来んのソレ?」
……出来なくはない。ラノベやマンガに出てくる必殺技は数年間こっそり練習してたから。流石に『滅びのバー○トストリーム』は無理だけど。
「というよりお前こそ大丈夫か? 七海がお礼を言ってくるなんて、今日は不吉なことが起きるんじゃ――」
「何ソレ! ちょー失礼! わ、私だって……にお礼ぐらい言えるし」
最後の方の一部分が聞き取りづらかったが、恐らく『私にだって「兄貴」にお礼くらい言えるし』と言ったのだろう。伊達にラブコメは読んでません事よ、そこらへんの難聴主人公と同じにしないでくださいます? オホホホホ! 今日の俺どっか壊れてるっぽいな。
「とにかく行くぞ? 遅くなったら母さんにどやされる――」
そう言って家に帰宅するためにその方向に進路を取ろうとした瞬間、俺の視界にある人物の姿が入った。
くたびれたスーツに身を包み、ヒョロヒョロと細い体つき。髪は雑に短くカットされ、さらにメガネをかけて疲れたような印象を受ける顔をしたあの男性は――
「あれ、お父さんじゃない?」
隣で同じく見ていた七海が真っ先にその言葉を口にした。
そうだ、あの姿は七海の言う通り、我が御上一家の大黒柱――御上弥太郎である。
「あんなに急いでどうしたんだろう?」
確かに父さんはどこかに急いでいるように見えるが、何かあったのだろうか? ……まさか、母さんと修羅場になってしまうような出来事じゃあるまいな!? ドラマとかでこんなシーンよく見るし!
「よし、追いかけてみるか?」
七海にそう聞いてみると、
「そうだね、行ってみよう」
快く了承。妹もなかなかにノリがいいようだ。と言うわけで俺たち二人は、父さんに見つからないように探偵のごとく尾行を開始した。