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読者の皆さんはファンタジー世界と言えば何を思い浮かべるだろうか?
現実世界には存在しないドラゴンや天使、悪魔などの存在?
はたまた魔法が生活の基盤となっている世界?
あるいは中世を彷彿とさせるような剣や武器を携える人々が闊歩する光景?
――それらの想像は正解であり、不正解でもある。なぜならファンタジーとは現実で起こり得ないことをモチーフとしているからだ。
結局、何が言いたいのかと言うと、ファンタジーに正解はない、ということ。
だけど、だけどさ――
「流石にファンタジー世界の住人が、ポテチを食いながらラノベ読んでるとかあり得ないでしょうよ!?」
そう叫ぶ俺――御上狛犬の眼前には片手でラノベまたはマンガを読みながら、テーブルのポテチを貪る三人の男女がいた。
「これは全部おめーらのせいだ」
超ムカつく態度でそう言ったのはリベルテ・フォーレル。少々刺々しさがある金髪が特徴で、目つきは少しだけ鋭い。認めるのは癪だがイケメンではあり、女子のファンもたまに見掛ける。……ホントにたまにな!
体には金の刺繍が施された白のロングコートを着用しており、一言で言うと中二病っぽい。もしくはヤンキーっぽい。でも姿だけで性格は違う。
「……ポテチうまうま」
両手で子供のようにポテチを囓る少女。名前はヴァローナ・ブルメルという。フードを四六時中被っており、頑なにフードを脱ごうとはしない。なので何を隠しているのかは分からない……が、ただ彼女のおし――ゴホン、腰あたりからは猫の尻尾のらしきものが飛び出しており、恐らくフードの下には猫耳もしくはそれに値するものがあると推測できる。フードから覗く顔は幼いが美少女と呼べる造形である。ただいつも眠たそう。後、リベルテと同じロングコートを着ている。
「私が読んでいるのはマンガだ」
偉そうな態度で言うのはフィエリテ・アングラードだ。こういう口調でも女の子であり、しかも凜々しさを醸し出す美少女なのだ。体の起伏に乏しいヴァローナとは正反対で、しなやかな手足とくびれた腰、さらには美しいと書くほうの『びにゅう』と、自分が女性なら羨むかもしれない体型をしている。髪は頭頂部で纏め上げたいわゆるポニーテールで、揺れるたびにヴァローナが目で追っていたりする。こちらも同じく白ロングコートを着用済み。
「……言っとくが、もうポテチはそこを尽きたからな。それが最後だぞ」
ムカついたので、俺は彼らに絶望を与えるためにそう言うと、案の定見事に三人の顔が絶望に染まった。
「テメェ! それを先に言いやがれ! もう後三枚しかねぇじゃねぇか!」
「……ポテチ無くなるの困る」
「貴様なら作ることが出来るのではないのか!?」
「作れる訳ね――つか、もう三枚しか残ってねーのか!? 俺の分残せよ!!」
『……それはないわー』
「団結して俺イジメかちくしょう!」
と怒りを彼らにぶつけてみるが、同時に無視された。
「後、ポテチ食いながら本読むのやめろや! 本に油付いてんじゃねぇかよ!」
こいつ等が読んでるラノベやマンガは俺の所有物なのに……!
「大丈夫大丈夫、こうやれば――」
目を瞑ったリベルテが理解不能な言語を呟くと、幾何学な紋様が本へと重なり、ページに染みこんだ油が一瞬にして消え去った。
「ホラ、消えただろ?」
「なんで、こんなしょうも無いことにファンタジー要素を使ってるんだよ……」
もっとさ……こうド派手な魔法アクションとかあるじゃん……? ハリウッド顔負けのがさ……! いや、確かに今のも便利だけれども……!
理想とかけ離れた光景に俺が泣き崩れていると、リベルテが何かを思い出したかのようにこう言う。
「そういや、アイツは来ねーのかコマイヌ」
「アイツ?」
言われて俺はコンマ数秒逡巡したが、すぐに誰を指しているか理解。ああ、アイツか。
「アイツならトイレだと思うぞ? だって授業終わった後、モジモジしながら出て行ったし――」
「コ~マ~イ~ヌ~君?」
殺気――! 突然後ろから感じた気配に俺は慌てて振り返ると、この部屋の出入り口に赤みがかった髪をした一人の少女が鬼の形相で立っていた。……なんか怒ってらっしゃる!
「コマイヌにはデリカシーっていうものはないの!? ちょっとはマンガの主人公を見習いなさい!」
……いや、マンガの主人公も大概デリカシーないと思うけど。
顔を真っ赤にして激昂しているこの少女はイーリス=スフェラといい、一言で性格を表せば勝ち気と言ったところか。肩までの長さに整えられた髪に、気強さを感じる顔は整っていて可愛らしさまである。フィエリテと首位を争うくらいの美少女で、初めて会った時は『これがファンタジーの奇跡か』と勘違いしたほど。
「――ねぇ、ちょっと? 聞いてるの?」
透き通るような白い肌をしており、さらにその容貌はスレンダー。無駄のない曲線をロングコートを着た上からでも描き出し、赤いスカートとニーハイソックスの間にある絶対領域は男性なら確実にチラ見してしまうくらいに破壊力抜群。
「胸の破壊力はないけど」
スパーン!
丸めた雑誌が俺の頭にクリーンヒット。もちろん叩いたのはイーリスだ。
「胸がなんですって……!?」
「誰だ! イーリスの胸が絶壁とか言った奴!!」
スパーン! 二発目、いただきましたー。
「お前ら、夫婦漫才はもういいから今日の会議始めるぞー」
『誰が夫婦だ(よ)!!』
「いいからほら早く、着席してくれー」
リベルテの言葉に俺たちは席に座る。同時に着席したときにイーリスと目が合ったが、プイッとすぐに目を反らされてしまった。
「じゃあ、本日の議題はだな……」
リベルテはホワイトボードにペンで文字を書いていく。……こういう所も全くファンタジーっぽくないんだよな……。
書き終わったタイミングでボードを見ると、そこには『異世界への渡航手段』と書かれていた。――これは。
「知ってのとおり、コマイヌは『異世界の国ニホン』からやって来たわけだが、その異世界との行き来はどうすればいいのか、ということを話し合う」
――そう、俺は異世界……というより元々は日本生まれの日本育ちだった。しかし一年前に突然家ごとこの世界に飛ばされてしまい、このファンタジー世界で生きていく事を余儀なくされたのだ。
……そうか、リベルテは俺たちがどうやって元の世界に帰れるか、ということを真剣に考えて――
「――とか考えてたけど、結論無理」
「リベルテてめぇ! 俺の心の感謝を返せぇぇえ!!」
「感謝とかしてくれてたの? ありがたく受け取っとく」
「いや、返せって言ったよな俺!?」
ちきしょう! そうだそうだったよ! コイツは前からこういう奴でしたよ!
「この世界に次元転移魔法とか存在しないし、お前らが住んでた世界にもないんだろ? じゃあ、無理じゃん」
た、確かにそう言われればそうだけれどもさ……。
「まぁ、大丈夫だコマイヌ。俺たちは決してお前らに――」
「大丈夫よ。私たちこの世界の人達は、決してコマイヌ君達に害を為すような事はしないから……。だから、一緒にゆっくりと元の世界に帰る方法を探しましょう?」
今度は目を反らすなんて事はせずに、こちらをじっと見据えて、イーリスはそんな暖かい言葉を掛けてくれる。
「帰る前には私との決着は付けてもらうがな」
こちらはフィエリテ。
「……ヴァローナも異世界見てみたい」
ポテチを囓りながらヴァローナもそう言った。……あれ、もうポテチ全滅してないか?
「ありがとう……! 俺も――いや俺たちも絶対にこの世界の役に立って、ここに住む人達に感謝の意を示して見せる!」
心のどこかで俺たちは一つに繋がった気がした。……一人を除いて。
「言いたいこと全部言われた……!」
「自業自得だ」
悔しそうな表情を浮かべるリベルテの肩に手を置いて、俺はそう言った。
「だがこれしきのことでへこたれる俺ではない。実は色々な可能性を纏めてきたんだぜ? 例えば闇魔法を応用して――」
色々語るリベルテの声をBGMにしながら、俺は一年前に起こった出来事を振り返っていた――。