インタビュー・ウィズ・マニア 禁断の強制女装事件
封印された映画に潜む強制女装事件とは?
ああ、あのオクラ入りした企画の話?そんなん聞いてどうするの(笑)。
あの内容だと多分映像がメーカーから流出するとかしないと見られないよ。まあ、今の時代ありがちかもしれないし、あの会社って正直この頃ヤバイって話だからもしも倒産なんてことになったらそれこそ流出するかもしれないけどね。
まあ、それじゃあ順序だてて話すわ。
その映画は、まあありがちなアイドル映画だったね。
この頃評判のアイドルグループあるじゃない。あの女の子たちが総出演するっていう体の。
俺はそんなにアイドル詳しい訳じゃないけど、人気のあるアイドルって全盛期に映画撮るよね。それこそ後になったら「黒歴史」みたいに扱われる痛い映画。
その内の一本だったんだ。
それなりに映画ファンだったし、好きなアイドルだっていない訳じゃないから見たことはあるよ。「アイドル映画」ってのは。
まあ、正直見たことを後悔するような映画ばかりだったね。
業界に入ってみて分かったんだけど、そういう映画って大抵スケジュールがムチャクチャなんだ。
ハリウッド映画とばかり比べるのはどうかと思うけど、あちらでビッグ・バジェット…大予算ね…の映画なんていったら下手すりゃ何年も掛けて準備するもんだよ。脚本だって嫌と言うほど練り直したりしてな。
でもアイドル映画なんて企画開始から撮影終了まで3ヶ月なんてこともザラ。
その上当のアイドルが大忙しだったりするからスケジュールもむちゃくちゃ。大勢いるのにメインの2人だか3人だかが同時に撮影にこれないからバラバラに撮影してあとで繋ぎ合わせて会話っぽくしたりとか、そんな有様だよ。
そもそもアイドル映画なんてどんなにつまんなくてもファンは必ず来るから雇われの職人監督とかでいいんだよ。納期までに完成させるのが第一であって、よっぽどヒドくなければ許される…っていうか「よっぽどヒドい」のですら許されてしまってるというか…。
少なくとも「作品のクオリティ」だの「斬新な演出」だの、ましてや「芸術性」なんてものはハナから求められてない。
あんた、スタンリー・キューブリックとかマーティン・スコセッシとかがあちらのアイドル映画撮ると思う?
まあ、仮に撮ったとしても出演アイドルのイメージアップなんて全く考えない代物になっただろうね。映画としては最高でもアイドル映画としては最低、みたいな。
まあいいや、ともかくそのオクラ入りになった映画ってのは「アイドル映画」だったってこと。ここが重要なんで覚えておいて欲しい。
アイドル映画ってことはさぞかし多くの人間が絡んでいて、しかも内容に口を出してきたんだと思うだろ?その通り正解なんだ。
しかもその映画はバリバリの特撮を駆使した映画だったのも凄い。
昔は特撮映画なんていったらそれなりにハードルが高いもんだった。
派手なアクションなんて撮ろうと思ったらセットも組まなきゃならんし、火薬だっている。
安全性に気を使わなくちゃならんからその周辺のフォローだって要るし、スタントマンも準備しなくちゃならない。
この頃は女性のスタントマンも増えてきたらしいけど、昔のアイドル映画でアクションありありなんていい年こいたおっさんのスタントマンがセーラー服で川に飛び込んだりしてたんだよ。遠くから撮ってるから分かりにくいだけでさ。
でもこの頃は全部CGでやっちゃうからね。実際にアクションする必要はない。
でも実は同じCGでも手間を掛けたものとそうでないものってまるで違うんだよね。
分かりやすい表現で言うとポリゴン数の違いだわな。
より細かく作ってるかどうかでも違ってくるし、何と言っても実在する訳じゃないからよほどしっかり動きをつけないと安っぽくなる。そして何と言っても「空気感」だよ。
カメラと被写体の間にある「空気」の表現があるかないか。
皮肉な話だけど、「間違いなくそこにある」って意味じゃ安っぽさの代名詞である「気ぐるみ」の「空気感」って相当なものがあるんだ。テレビの特撮って予算削減のあおりを受けて九十年代にはもうビデオ撮影になっちゃってるけど、フィルム撮影にすればかなり迫力が出るよ。
物理的にいえば大きいものほど動きがゆっくりになるから、普通に人間が動きをつけてそれをスロー再生するだけで「巨大感」はある程度出るしね。だから思い切り速いシャッタースピードで目一杯回してそれをゆっくり流せば重量感出るんじゃないかね。
勿論、常にあおり気味のカメラワークにするとか、「音」はしっかり鳴らすとか、手前に映りこむものはしっかり作りこむとか色々細かいノウハウはあるけども。
それから「実在感」みたいなものの記憶の映像上の再現だね。
CGって当たり前だけどピントがボケたりしないじゃん?
実写だと必然的にピントなんて簡単にボケるし、しかも「巨大」だという前提ともなればボケる方がリアリティがあるように見えたりするからね。
まあ、最近はピンボケ効果も出せる様になってきたけど、このごろのビデオカメラは被写界深度が深いから逆にボケないのが普通だったりして余計にややこしいことになってる。
まだまだ沢山あるけど、とにかく「CGさえ使えばなんでも出来る」って訳じゃないことが分かってもらえばそれでいい。
下手に使えば却って安っぽくなるのは普通に見てれば分かるしさ。
だからこの頃は「その気になればCGでもイケるけど、敢えて本物を使う」ってな謳い文句を掲げる映画まで出てきた。
正直、俺なんかは撮影技術だの撮る側の都合だのはどうでもいいから、面白い脚本の方が大事だと思うんだがね。
まあいい。とにかくどんな撮影の仕方にするかってのはあくまでも「それが最大の効果を生むかどうか」によって決まるもんだ。
確かにCGは凄いんだけど、実際の俳優にはブルーバック…要するに何にも無いセットな…前で芝居を付けさせて後からCGで作るってのは俳優には頗る評判が悪い。
まあ、そりゃそうだろう。自分が何してるかも分からないんだから。
その意味ではセットやロケの方が臨場感を味わえるから演技もしやすいだろう。
無論、予算との相談になる。その塩梅がいい監督、いいプロデューサーの腕の見せ所ってところだわな。
偉そうに言ってるけど俺だってどちらかというと「職人」系のディレクターだからさ。
「職人」ってのは別に褒め言葉じゃなくて、「芸術家」と対極にある存在程度の意味だよ。こっちの業界ではね。
中身はどうでもいいから、とにかく期日までにしっかり完成させる、それが第一の監督ってところ。
だってあんた、ワイドショーの「再現ドラマ」に芸術性求めるかい?
あんたがPでも「とりあえずそれっぽく見えればいいから!」って言うだろ?
だからまあ、アホみたいに態とらしい演技でも期日が迫ってればとりあえずOK出すわな。
セットが完成して無いなら完成してる部分だけが背景になるようにカメラ位置も工夫するし、まあそういう様なもんだよ。
家が邪魔だからあの家壊せとか、雲のイメージ違うから「雲待ち」だとか、同じシーンを何十カットも回すなんて俺らレベルからすると夢のまた夢。
ていうか、今の時代そこまでする価値のある映画なんてあるのかね?
俺なんか思考が単純だから、そこまで「芸術家監督」がこだわりぬいたのに、出来上がりを見れば四畳半で女が脱いでるのを薄暗い照明でちんたら撮って、どっかの映画祭で賞もらって、公開してみれば客の入りはサッパリなんてしょーもない映画よりも、アイドル映画って建前でもいいから痛快娯楽映画の方が価値があると思うからさあ。
やっと話が戻ってきたな。そのアイドル映画の話。
俺が引き受けたのは第二ユニット…じゃなくて、そのメイキング映像の方ね。
まあ、普段はテレビのミニドキュメンタリー…夕方のニュースとかでやってるだろ?ああいうの…を撮ってるから抜擢されたんだろうね。
フィルムじゃなくてデジタルカメラだったけど、フィルムにすると逆に映画っぽくなりすぎちゃうからメイキングにはビデオっぽい軽い画質の方が逆に生々しくていいんだよ。
完成して無いから完成品は見てないけど、該当する映像の部分は嫌と言うほど見たよ。インサートするためにね。
勿論脚本も読んだ。
…結構面白いと思ったね。
荒唐無稽には違いないけど、日常生活から全く飛躍の無い「人間ドラマ」みたいな退屈なのやらに比べればよっぽど面白い。
年間一〇〇本まで言わんけど二〇本くらいは公開される、全盛期をすぎたおじいさんおばあさん俳優たちがロードムービーで人生の素晴らしさを謳いあげるとか、小劇場系の「演技派」役者たちが、本人たちは大金持ちのクセに貧乏人演じて芸術気取るみたいな単館公開の自己満足映画みたいなのあるじゃん。
ああいうのって誰が見てるのかね。
確かに頭カラッポのありがち刑事アクションとかフィルムで撮ったってだけの火曜サスペンスみたいな映画とかに比べれば相対的に「マシ」なのかなあって最初は思ってたけど、志の低さで言えば似たり寄ったりだよ。
普通の人間はあんなに偽善的な喋りかたしないもん。
話がそれたけど、要するに彼女たちがエスパーになって「超能力バトル」を繰り広げるってな話。アニメみたいだよな。
それこそ空飛んだり、超能力でモノを浮かせて投げ飛ばしたり。
馬鹿馬鹿しいけと、ちゃんと盛り上げるところは盛り上げて、最後の大バトルもあるし意欲的な試みもある。悪くないね。
ああ、最近アメコミの実写映画化が割りと成功してるからその影響もあったのかもね。
いずれにしてもこの頃のCG全盛だから通った企画だよ。
こんなに予算が掛かりそうな映画なんて普通はまず無理。
それもアイドル映画なんて「アホか?」ってなもんだよ。
何しろ人数が多いアイドルグループで、それぞれのキャラに見せ場を作らなくちゃいけないから能力も多彩でね。
遠くを見ることが出来るとか、能力を共有させられるとか、人の心を少しだけ読めるとか、まあ色々。
その中に面白いキャラがいてね。
対象者に向かって「指ぱっちん」をすると、一瞬にしてその相手の服を着替えさせられる…という能力な訳だ。
正直、超能力バトルを繰り広げてる真っ最中にそんなことして役に立つのか?とも思うんだけど、これが中々ビジュアル的に面白い。
痩せてもかれてもアイドル映画だからさあ、しかも美少女ユニット。
だからそういう「お色気」…じゃないな「オシャレ」な見せ場も必要なわけだ。
八十年代より前だったかな。当時のアイドルって結構年齢が高くて、実際には正真正銘の十七歳なのに見た目は二十歳過ぎかそういうくらいに見えるアイドルが多かったんだよ。この頃は二十歳越えてるのに幼女みたいに幼いイメージの子が多いけど。
その頃ってマジで無意味に劇中で花嫁衣裳着たりしてたんだってマジで。
要はそういう需要はあるって話。
だからそのキャラが主人公に向けて指ぱっちんすると一瞬でビキニの水着になって「きゃ~っ!」ってな具合。
勿論その水着だってバッチリ水着メーカーとタイアップしてオシャレなのを選ぶから一挙両得なんだ。
え?別に水着になっても戦闘力は落ちない?
まあそうだな。
でも、別に空は飛べないけど無闇に足の速い敵をバニーガールにしちゃうとハイヒールで走りにくくてこける…みたいに使うわけだ。
しょーもないっちゃしょーもないけど、しつこいけどアイドル映画だからそういう「無理矢理なコスプレ」場面を作るのには最適のキャラだった。「超能力バトル」という建前だから「そういう能力があってもいいか」という「ノリ」もあったし。
女の子のファンは可愛かったりオシャレな衣装を着たアイドル見てうっとりし、男のファンはセクシー衣装を着せられたアイドル眺めて鼻の下伸ばすと。
これ、大事だよ?昔の怪獣映画なんて「子供をつれてきたお父さん」のためのシーンとして、敵幹部の美女のエロティックコスチュームとかあったんだから。
「ヤッターマン」知ってる?アニメの方ね。
あのドロンジョさまがしょちゅうおっぱいポロリになりそうになるのって、ビール飲みながらナイター見たがってるお父さんへのサービスシーンなのは有名な。
話がそれてばかりですまん。まあ、この「相手を一瞬にして着替えさせる」能力って冷静に考えれば「動きにくくさせる」以上の使い方って難しいけどな。少なくとも攻撃で使うんなら。
大雑把に言えば二つの陣営に分かれて戦ってるから、「味方」をコスプレさせることでピンチを切り抜けたりといった使い方も出来る。
逆に相手にはぞろっとした格好をさせて動きにくくしたり、物凄く場違いな格好をさせて辱めたり…と言う風に使うわけだ。
さっきも言ったけど、見てる側はアイドルの恥ずかしい格好を見られて眼福…ってな訳。
まあ、言わんでも分かるだろうが、主要登場人物たちは全員女の子ね。まあそこはアイドル映画だから。
この辺で予想は付かないかな?俺のメイキング撮影の仕事。
そう、この映画に関しては「無理矢理着ている服を変化させられた後」に関しては「本当に着替えて」撮影したんだよ。
まあ、服の変化はそれこそCGでやることにして、着替えた後の芝居をセットでやればいいんだから。
そして…このキャラの能力って「相手の服を変化させる」ことなんだけど、そこは美少女アイドルだから、「女物」にしか変えられないんだよ。
分かって来たかな?
そうなんだ。「指ぱっちん」で相手にきちんと「変身衝撃波」が直撃すればいいけど、避けられたり、避けられるだけならまだしも、間に割り込んできたりその後ろのいた人物に命中したりすると…その人物の服が変わることになる。
さっき「美少女ばかり」って言ったけど、少ないけど男の登場人物だっている。
そいつが「衝撃波」の正体が分からないから「危ない!」なんて言って自分が盾になって防いで見たはいいんだけど、一瞬にして女装させられる…ってなことになっちゃった訳だ。
「なっちゃった」ったって映画の内容作ってるのは製作者側だから「そういう趣向を盛り込んだ」ってだけなんだけどね。
この「女装」ってのも此処だけの話一定の需要のある要素でね。
これは別に変態とかじゃなくて、例えば旅芸人一座なんかじゃあ劇団一の美少年の女形姿なんてのはウリになるわけじゃん?
それに熱狂してるのはファンのおばさまたちだから、「変態」って感じじゃないわな。
それを言ったら歌舞伎の観劇ファンはみんな変態になっちゃう。女性が男装して男を演じる「宝塚」なんて逆の趣向だけど別にファンが変態って訳じゃないよね?
これは美少女アイドル映画だけど、「美少年アイドル映画」での「女装」場面はある種の定番だよ。その妖艶な姿を「女の子のファン」が見てきゃーきゃー言うわけだ。
しかし、この映画の「女装」ってのはそういう「ネタ」系の女装とちょっと違ってた。
大抵こんな具合に巻き添え食って「女装させられる」のはチョイ役の脇の男たちばかり。
何しろ女の子のアイドル映画だから、男のアイドルは“絶対に”出演させられない。
そんなことをしたらお互いのファンのいがみ合いは大変なことになるからね。
ましてやその「アイドル同士」の恋愛っぽい場面なんぞ描いたりしたらマジで脅迫状もらっちゃうよ。お互いに。
だからこの映画では徹頭徹尾、メインで戦うのは「超能力少女」たちであって、男は脇役。恋愛要素一切無しだ。
…ということは、男はその辺のジャガイモみたいなモブとか、性格俳優みたいな「三枚目」とか「渋い脇役」みたいなのばかりが出演することになる。
脚本上では最初に「女装させられる男」は、単なるクラスメートの男子だった。
この映画別に順撮りじゃなかったけど、最初に撮影されたのもこのシーンだったね。
こういっちゃ何だけど特徴の無い顔でね。
まあ、「その他大勢」の脇役って意味じゃあ最適の役者さんだよ。
高校生の役だったけど、確かリアルに高校生の男の子だったはず。年齢的にね。
主人公の女の子を「指ぱっちん」攻撃から庇って、教室内で「今時の女子高生」の制服姿にされちゃう。
あの、チェック柄のミニのプリーツスカートね。クリーム色のベストに校章が入ってるああいうの。
当然、一泊置いてから「な、何だぁ!?この格好は!?」みたいな芝居に繋がるんだ。
それがね…いやあ、あの制服って一種の「魔力」があるよね。
どんなジャガイモみたいな男の子でも、極端にデブでお腹が出てたり逆三角形みたいなマッチョでも無い限り、着ている人間を等しく「可愛く」しちゃうんだよ。
この子はごくごく普通…というよりは、流石に俳優を志してモデル見習いもやってたというだけあってかなりほっそりした体型…だったから、まるで女の子みたいだった。
しかも監督が妙なところだけは拘るもんだから、ちゃんと下着まで全部着せたのね。
そう、パンティってのかショーツってのか、あのスカートの中まできっちりと。
まあ、このシーンって思わずスカートがめくられちゃって「うわあ!」言いながら押さえる…という場面だったから、「スカートの中」も一応「小道具」みたいな扱いと言えるんだけどさ。
うん、普通のパンティだったらはみ出しちゃうところだけど、最近はあるんだね。「男性用パンティ」みたいなのが。
シルクのつるっつるの素材に謎の小さなリボンまで付いてて、しかもナニが仮に膨張してもしっかり包み込める様にその部分だけ布が多くなってるタイプが。だから、普通の状態でも「玉」が綺麗に収納されるんだ。
彼は男だけどほとんど体毛の無い男性ホルモンが薄い方だったから無駄毛の処理もほぼいらず、スカートの下は綺麗なもんだったね。
え?見たのかって?見たよ。
見たったって、スカートの中に顔を突っ込んで間近で見たとかそんなんじゃなくて撮影された素材をね。
なんつーのかな、あのスリップっていう肌着みたいなのもスカートがめくれ上がった瞬間に白くスカートの内側に見える様になってたから着せられてたと思う。
内側まで見えるわけじゃないけど、画面上は少し胸の部分が膨らんでる様に見えるからブラジャーなんかも付けさせられていた可能性が高いね。
え?そのシーンは実際はどうなったかって?
さっきも言ったけど、この映画は完成しなかったんだ。だから実際の「公開版」がどうなるかは分からない。
けど、限りなく公開版に近い素材においては「アップ」はカットされてるね。
俺も懸命な判断だと思う。
ニーアップ…膝から上が写るショットね…くらいの距離でスカートめくられて、スリップまでは見えるけどパンティはギリギリ見えないくらいの「絵」でも充分インパクトあるから。
ただ、カットされた素材の中には、パンティの上からでもくっきり分かるくらい男性器が盛り上がっているところまで見える「パンチラ」カットがあったらしい。
そうなったら「パンモロ」ってな感じだが。
これは余りにも趣旨に反するってんで結局はカットされた。
え?どうして男のパンチラにばかりそんなに拘るのかって?
それがさあ…これまた皮肉な話なんだけど、女の子のアイドルグループのアイドル映画なもんだから、逆に女の子のパンチラは一切ご法度なのよ。
スカートめくれる描写も一切駄目。
だもんだから仕方なく…ってな具合。
まあ、女の子のスカートめくりは駄目で男のスカートめくりはOKってのも何ともはや…ってなもんだよね。
見てみる?その場面。俺、素材持ってるけど。
これなんだけど、さっきも言ったけど制服の魔力が凄すぎて、男の時は単なる冴えない平凡な子なのに、女子の制服姿になると物凄く可愛くなるんだよね。
ウソかホントか、主役のアイドルのリーダーの女の子も、最初はふざけてスカートめくったりもしてたんだけど、男性スタッフのあまりの真剣さに最後は「女として」嫉妬してたなんて話まである。
そう、結果として女装させられた「彼」が余りにもモテモテでチヤホヤされてたから。
しかもこの子も、外見は勿論、下着まで女物を着せられてたせいなのか仕草まで自然に女の子に見えるくらいになっちゃう始末だよ。
まあ「指ぱっちん」能力を持つキャラって、殆どは女の子を着替えさせるんだ。男を狙うのはこんな風に「不可抗力で当たっちゃった」場合だけ。
俺は外部スタッフで、メイキング班だったから内容に口は挟まなかったけど、これはちとマズいな…と思ったよ。
何故って、指ぱっちん一つで相手を自由自在に女装させられる能力者なんて、映画のキャラクターにしても余りにも魅力的過ぎるんだ。
しかも、その子って今風の「ギャル」で、顔にも日替わりでペンティングする様な過激な感じ。
ペインティングったって、デーモン小暮閣下みたいに真っ白とかじゃなくて、片方の目の下にワンポイント入れるくらいのソフトな奴ね。 勿論、アイドルだから抜群に可愛いし、細身でオシャレ。しかもどちらかというとヒール(悪役)で、常にガムをくちゃくちゃ噛んでいて、態度は悪いし口も悪い…と大変魅力的なキャラだったんだ。
脚本の変更は何度もあったんだけど、その都度「強制女装」場面が増えていった。
脇役…名前のある役の男…はほぼ全員女装させられたね。
中にはネタ系の、それこそ結果としてオカマっぽくしか見えないコテコテの女装もあったけど、段々フェティッシュ度合いが増してきた。
一番凄かったのが、足元からなめるようにパンアップして、うっすら肌色が透ける黒ストッキングにミニスカートのスーツ…細い身体に引き締まったウェスト、形のいいバスト…ときて、息を飲むほどきめ細かくて綺麗な肌に、見事なメイクが乗った顔のアップまで来て、その人物が異常に気が付いて突然「おいこら!」と野太い声で叫ぶ…って場面。
そう、「どう見ても女にしか見えない」ほど見事に女装させられていた…って意外性のある場面なんだ。
俺もラッシュ…の割には何故か音付きだったけど…で見た時はびっくりして声が出そうだったもん。
よく言われるけど、男って日常的に化粧しないから肌荒れも少なくて案外化粧乗りがいいってことがあるみたい。彼は一応は二枚目俳優のカテゴリに入るくらいだから元々造形はいいし、プロポーションだって見事なもの。
「どう見ても魅力的な女性」が男の声でタイトスカートをびしびし張りつめながら艶かしい黒ストッキングで走ってる場面ってどうよ?
もうハッキリ倒錯的じゃん?
勿論、本人が望んでやってるわけじゃなくて、「能力者」に無理矢理着せられたっていうストーリー上の理屈は分かるんだけど、これが「美少女アイドル映画」に必要な場面かって言われるとどうかな…。
この場面も完成版に入ったかどうかは分からないけど、手元にある「最終編集版」にはバッチリ残ってる。
これでも暴走する監督以下のスタッフを必死に止めた結果だってんだから凄い。
そして…問題のシーンだよ。
俺が率いるクルーが「メイキング映像」を担当させられた場面ね。
その指ぱっちんちゃんって、基本的には着替えさせたい相手に向かって「指ぱっちん」で衝撃波を飛ばして、当たったら着替えさせる…という感じなんだ。何を着せるかはその時のイメージで自由。
だから一度に狙えるのは一人だけ。
…なんだけど、ところが両手を一直線上に並べて時間差で送り出す様に打つと、それが増幅されて、半径10メートル程度の密閉空間の中の人間くらいならば一度に変えられる…という設定もあるんだ。
え?あんまりにも都合がよすぎる?暴走したスタッフが付け加えた設定なんじゃないかって?
それはないな。
というのは、俺のところに話があったときにはもうこの場面のメイキングってことで話が来てたから、最初の脚本には既に書かれてたと思う。
で、この場面で何が起こるかって話。
もしかしたらもう予想が付いてるかもしれないけど。
この指ぱっちんちゃんと主人公…ヒロインが熾烈な追いかけっこを繰り広げるんだ。
ヒロインは空中浮遊能力を持ってて、自在に空を飛びまわれる…一応細かい操縦法はあるんだけど、基本的にラムちゃんみたいに…古いね…空を飛べるわけだ。
指ぱっちんちゃんは敵側の一員で、武器は強制着替え。移動系の能力を持たないからその点不利だけど、視界に入ったら確実に「指ぱっちん」されるからヒロインとしてもやりにくい。
彼女たちがあちこちに被害を拡大しながら追いかけっこするんだけど、何故か指ぱっちんちゃんは「男子校」に逃げ込んだんだ。
…分かって来たかな?
かくて、教室内にまんまと入ってきたヒロインに対して指ぱっちんちゃんは「拡散指ぱっちん」を発射!
哀れ巻き添えを食った形になった、教室中にスシ詰めになっていた「男子高校生」たちは全員が純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁姿にされてしまったのさ。
ヒロインも“物凄く動きにくい”ドレス姿にされることで大いに行動を阻害されるんだけど、どうにかこの場を逃げ切って、次のシークエンスではドレスをむしりとってその上に普段着を着たなりになってて、その後の場面は基本的にその格好で乗り切ることになる。
大体分かってもらえたと思うんだけど、「能力者同士の闘い」であちこちに被害を出しまくる中のほんの一場面がこれって訳なんだ。
そう、「男子高校生の集団が全員ウェディングドレスを着せられる」ってな場面ってこと。
実際の映画ではそんなに長い場面じゃないよ。
一応、主要登場人物に繋がる「名前のある」男子高校生もこの中に巻き込まれてて、その後のストーリーに繋がらない訳じゃないけど、基本的には「やりっぱなし」の場面。
その後「彼ら」がどうなったかは、全く映画の中では触れられてないからね。
まあ、といってもこれが性転換まで含めたもので、本当に女の子になっちゃうとかならともかく、着てる服が変わったってだけだから、命まで取られる訳じゃない。
「単なる娯楽映画」にそこまで深いこと考えても仕方が無いしさ。
ただ、観客からしてみれば一瞬だけ写った愉快なシーンってことで済むだろうけど、実際に撮影する側は大変なんだ。
ここから解説しよう。
俺はこの撮影班に同行してカメラを回してた。もしも無事にこの映画が公開されてたら、「映像特典」としてメイキングが収録される予定だったんだ。というかメイキング映像だけはきちんと完成してる。
まずオーディションだね。
そう、そこからもうカメラは回ってるんだ。
何度も言うけどこの場面はCGを使ってない。それこそこんな集団を撮影する場合は、いまだと何人か撮影してそれを映像上水増しすることも出来る。
しかし、ここは「敢えて」実写で撮る方針だった。
つまり、そのくらいの年齢の男の子たちを実際に集めて、ちゃんと女装してもらって演技を付けた上でカメラに収めようってこと。
腐ってもそれなりに名前の通った劇映画だから、端役とはいえ買い手市場だった。
ただ、予算の壁ってのがある。
出演者のギャラというよりも、この場合は「ドレスの調達」から始まるんだ。
ロケハンで、都内のリサイクルドレスショップを何件か回るスタッフもしっかり撮影してある。
結構ゆったりしているように見えるウェディングドレスだけど、スカート部分はそうでも胴回りは相当にキツキツなんだ。しかも、覆う面積が多ければ多いほど「ごまかし」が効かなくなってくる。
能力のことを考えると、ドレスのデザインは統一されていないと色々とおかしいんだけど、ここは予算との相談で、なるべくデザインを似たものとするくらいで妥協した。
この手の妥協って映画の現場では必須ね。
大小あるけど、常に妥協との闘いと言っても過言ではないとも。
結局、サイズ的に30人分を一度に揃えるとなると、9号が限度ということが分かってくる。
9号となると女性でも明らかに「痩せてる」印象の人くらいの感じだから、これを「育ち盛りの男の子」に着せるとなると、相当に「細い」子でないと無理。
まさかこんなちょっとだけしか写らないシーンのためにドレスをオーダーメイドするなんてことが出来るわけが無い。もしも主役の女の子が着るんなら幾らプログラムピクチャーでも当然それくらいはするけど、モブだからね。
むしろドレスを先に買って「サイズが合いそうな子」をオーディションで探すってことになる。
一瞬しか写らない様な場面でも結構こういうことって大変なんだよ。
リサイクルドレスショップにはそれなりの数があるけど、流石にこれだけ一度にって訳にはいかない。
それこそこれがハリウッド映画なら30人分のドレスが必要となっても50人分くらいとりあえず買っておくとか、それこそ一括してどこかのドレスメーカーに発注するなんてことも出来るんだろう。
でも、こちとら予算も期日もキツキツのアイドル映画だからね。
とはいえ、全く準備もしないで臨むってのは無謀過ぎるからってんで「実験」が許されたんだ。
とりあえず一番ポピュラーな9号のドレスを5着と、ボディスーツとかスリーインワンとか呼ばれる下着とそれからウェディングシューズを買って帰る。
手始めにまずは9号ドレスが入りそうな子を書類オーディションで集める。
これがまた結構クラシックなデザインのドレスでね。
シュークリームみたいな肩の盛り上がりに腕全体を覆い尽くして手の甲までいたる長袖に、胴回り全体にびっしりフェイクパールを散りばめて、背中と胸元が大胆に開いていて、しかもスカートの生地が物凄い分量のそれ。
これくらい覆う面積が多いと、「9号入ります」って女性でも結構キツい。
要するに普通の服だとスカートのウェストだけ9号で、残りの「肉」を上下に分散させて着ることも出来るんだけど、このドレスくらいびっしりだとどこにも「肉」の逃げ場が無いってことなんだ。
ここでも「妥協」の話が出て来るけど、それこそ本物の女優さんであってもドレスの下の下着なんて案外適当だったりするんだよ。
ましてや女装させられる男なんて、ドレスのスカートの下はジャージだの半ズボンだのだと思って間違いない。
画面にそれっぽく映りさえすれば何でもいいんだから。
しかし、監督は「とりあえずボディスーツだけは着せろ」とお達し。
要するに「体型補正はさせろ」ってことらしい。
一応「能力」の設定としては下着まで完全に女装させることになってるし、元々「対女」用の能力を男が食らったってことだから当然ではある。
この場合、「画面映え」するにはウェストが細く見えた方がいいって判断なんだろう。
書類選考を勝ち残った5人が「カメラテスト」にやってきた。
その時の映像もあるよ。
みんな初々しいよねえ。というか明らかに「女の子みたいに可愛い」子ばかり。
…此処だけの話、主役であるアイドルグループって「クラスで10番目に可愛い子レベル」と揶揄されることもあるくらい「素材のまま」というか、露骨に言えば「イモねえちゃん」みたいなのが多いんだよね…。
もしも女装させて並べたら明らかにこっちの方が可愛い男の子たちがずらりって場面は俺なんかそっちの趣味は無いのにドキドキするものがある。
早速サイズの確認と着付けのテスト。
能力的に「メイク」もするらしいので、簡単なメイクやアクセサリーも装着されることに。
当日は実に30人の男の子を手早く「花嫁」に仕上げないといけないから、「一人当たり何分掛かるか」「メイクは何人必要か」というデータを採集する機会ともなっている。
スタッフらしい人間がストップウォッチ片手に盛んにメモを取っている。
俺たちメイキング班は大雑把な話は聞いてるけど、作業の邪魔にならないよう、質問ポイントは仕事の後の合間に聞くことになっているのでひたすら撮り続けた。
ここでも「妥協」のための会議があちこちで勃発する。
曰く、本格的なメイクはとてもじゃないけど無理。本物の花嫁さんは一人に付き1~2時間じゃ終わらない。仮に1時間だとして、メイク5人で一人当たり6人担当して5時間。
しかも一切のトラブル無しの想定だから現実的じゃない。
一日で撮影を終わらせようと思ったら、早朝からメイク開始してお昼から撮影開始、日が傾く夕方までに終わるかどうか…ということだった。
色んなアイデアが出るので聞いていてとても面白い。
予算的にメイクは6人投入が限度。
現場に「着替え区画」を設置するのも無理だから、ロケをする教室内で着替えてもらって、分かりやすいアイシャドウとチーク、ルージュ(口紅)だけなら頑張れば一人30分で何とかなるかも。
ウィッグ(カツラ)含めたヘアメイクは時間考えるとまず不可能だから、見た目の面白さも加味して、敢えて髪型は坊主頭の子もいるけど、「男の子のまま」とし、ヴェールをかぶせて誤魔化す。坊主の子はノリで貼り付ける(乱暴だな)。
撮影時期は夏だったんだけど、実はウェディングドレスは絶望的に通気性が悪い。
まあ、お世辞にも良さそうには見えないが、生地の量もさることながら「サテン」と言う生地が本当に通気性が悪いらしい。
なので、それこそ真冬であってすら汗が噴出してくるらしい。
メイクさんの中には普段はブライダルサロンに勤めている「花嫁メイクのベテラン」も招聘されていたけど、とにかく着付けてから本番までに玉のように噴出してくる汗でメイクが崩れて困り果てるという。
ましてや育ち盛りの男の子たちだから、その汗はかなりのものになるだろう。
かといって余りにも水分をガブ飲みされても、あのぞろっとした格好ではトイレも行きにくい。
そこは男の子だからスカートをぺらっとめくって立小便…と行きたいが、小道具のドレスを汚す可能性がある上に、硬いレオタードみたいなボディスーツを着込んでいるから、脇から男性器を出すのは難しい。
この日は5人の男の子がいたんだけど、その場にいた女性スタッフも実験台として引っ張り込まれ、3人のメイクさんが、「連続して2人をメイクさせた場合に掛かる時間」を計測することになった。
完璧ではないけど、これで当日に着付けとメイクに掛かる時間が推測出来る訳だ。
いやはや、あのホンの少しのカットにこんな苦労が掛かっているとは…ってなところだろうね。一般の視聴者さんは。
この日来ていた男の子たちは、有名な男性アイドルばかりの事務所所属の子と児童劇団所属の子、とある芸能プロダクションに所属する子役たち。
まあ、言ってみれば年齢は若いけどプロの役者だから、女装させられるくらいは仕事として割り切れるだろう。というか恐らく経験済みだし、「花嫁メイク」は仮に初めてだとしても、日常的にメイクそのものはさせられている。カメラ移りのためのファンデーションとかね。
ニュースキャスターなんかではじいさんと呼びたくなるおっさんでも同様のメイクはしているよ。別に真っ赤な口紅に青いアイシャドウばかりがメイクって訳じゃない。
それでも、下着まで含めたウェディングドレスに袖を通し、足元から引き上げて背中を留めた瞬間は観ているこちらが何とも複雑な気分になったね。
少年の顔に花嫁さんの身体…と言う感じだからだ。体型補正の効果もあるだろうし、大きく広がったスカートが細いウェストなどの「女性的な記号」を強調することもあるだろう。
更には純白の生地に、綺麗な刺繍などの「これでもか」というほどの装飾もそういった効果に貢献しているに違いない。
そしてメイクに入る。
彼らは椅子に座ったまま、顔をいじくられている。待機している3人は後ろにて待つことに。
本来は鏡台の前でメイクを行うものらしいのだが、今回は人数が多く、時間も無いので「次!次!」という具合にやらないと撮影開始に間に合わないからこういう「野戦病院」みたいなことになるという。
元々造形の綺麗な子達とはいえ、メイクさんたちの操る化粧術は本当に魔法のようで、あっという間に「可憐な花嫁」へと変貌して行く。
一人だけ、若干浅黒く日焼けしている子がいて、白く塗ると顔と首の色が違ってしまう状態となった。
メインスタッフに聞いてみると、別の現場で指揮を執っているらしい監督とプロデューサーに写メールを送って確認を仰いでいた。
あくまでも「少年が女装させられている」という場面なのだから、それはそれでOK…ということだった。
一応本番想定ということだったが、「少しでも早く、それなりの効果が出る様に」と研究及び実験の場になっているらしく、メイク道具の種類やら化粧品の番号などあれこれ検討が加えられ続けていた。
俺なんかはもう充分に綺麗になっていると思ったんだけど、メイクのプロとしてはこんなに適当なメイクは許しがたいらしく、どうにか妥協点を探しているらしかった。
こういっちゃ何だが、脚本を読む限りは一人一人の顔がしっかり映ることはまずありえないし、それこそ教室の後ろの方の子なんて出演していたことそのものが分からないくらいだろう。
まあ、そんなこんなでこの日の打ち合わせは深夜まで及んだ。
途中でスケジュールの都合で半分の3人が帰ったけど、残りの2人は最後までいじくられ続けていた。
映画で最も金が掛かるのが「現場を維持すること」だ。
ケータリング(食事)はもとより、ありとあらゆることに金が掛かる。
だから、職人監督は一日でも早く撮り終わろうとする訳だ。開始から終了までが早ければ早いほど予算は節約できる。
だからこそ事前の打ち合わせは大事になってくるわけだ。
一応先日の打ち合わせの結果として、子役含めて早朝から召集を掛け、背中のファスナー上げなど、一人では辛い行程以外は基本的に自分ひとりで着付けまで行ってもらい、その後のメイクはプロ6人で1人あたり30分で3時間で全員を終わらせる。
夕方までに必要なカットを撮り終わる予定。
どうしても無理な場合は、後日もう一回全員召集と決まった。
労働基準法の関係で夕方以降に余り若い子を働かせると色々ややこしいんだ。
大まかな方針は決まったが、問題は残りの生徒役の確保だった。
先日のテストで、どうにか9号ならば細身の男子高校生で着られることが分かったので、もうドレスは予備も含めて発注してしまった。
つまり、残りの生徒は「サイズ優先」で集めなくてはならない。
無論、余りにも見た目がよろしくない子には退場いただくことになるから、そう簡単ではない。
監督とプロデューサーとも協議の結果、ドレスの下の靴はそれこそスニーカーでも構わないのだが、不安定でよろけた雰囲気を出したいので、ヒールの高いウェディングシューズを全員に着用させることになった。
お陰で足のサイズにまで気を使わなくてはならなくなったAPは頭を抱えている。
何故かこんなところに妙にこだわってみせる監督はサムシングフォーや腿までのストッキングにガーターベルトの装着は妥協したんだからよかろうと胸を張ってたよ。何だそれは。
30人の内23人までは割りとすんなり決まった。
全員がカメラ前でのウェディングドレスの試着試験にも合格である。
APは趣旨を所属事務所に納得させるのに結構苦労したらしい。
まあ、普通はそうだろう。
どうして健康優良男子高校生が花嫁姿になる必然性があるのか。それは一体どんな映画なのかってなもんだ。
しかも「軽く引っ掛ける」程度ではなくて、下着やメイク、アクセサリーに至るまでだ。
一人一人に男役と手を組んでのバージンロードの場面が準備されていないだけマシというレベルだね。
とはいえ、年少の子供たちの体型は成人女性のそれとほぼ同じサイズなので、成人女性が着る為に作られた既製品が普通に着られるらしいという「発見」もあった。
まあ、この場面以外で役に立つとは到底思われない「発見」だけどさ。
メイキングではこの時点までぼかしてあったけど、実は既にちょっとした問題が勃発してはいた。
というのは、予算やスケジュールの関係もあって「ドレスのサイズ優先」でことを進めたため、流石に全てを納得して出演してくれる役者の確保が難しくなっていたんだ。
さっき「23人まではすんなり行った」と言ったんだけど、実はそれにはちょっとしたからくりがあるんだ。
実は大半はセミプロやプロの役者か役者の卵で、年齢も劇中と同じ高校生だったんだが、…実は一部に中学生が混ざってる。
そうなんだ。
体型や容姿を優先したため、年齢要件をゆるくする以外に方法がなかったのさ。
単に子役ならいいという訳じゃあ無い。9号のウェディングドレスを着られるだけのスリムな体型を保持していて、しかもそれなりに整った顔でなくてはならない。
しかも、それでいて「この趣旨」に賛同してくれる所属事務所と保護者の許可までが必要になる。
芸能界に若くして足を踏み入れる以上、女装程度の覚悟はあって当然…という訳では勿論ない。
何と、一番若い子は先日誕生日を迎えたばかりの13歳の男の子だったそうだよ。
小学校を卒業したばかり。勿論、同年代の男の子に比べれば背も高く、スリムな体型で童顔…というよりも女の子みたいな顔立ち。
とはいえ、本来ならば成人女性が身に付けるための衣装である純白のウェディングドレスを一部とはいえ下着込みで着せられ、メイクされ、イヤリングやネックレスまでさせられることを本人がどう思っているのか。
ご多分に漏れず、彼もまた子供の頃から外出すれば女の子に間違われ、「○○子ちゃ~ん!」とからかわれてきたんだってさ。
通っている中学校は芸能関係でもないごく普通の生徒が通う中学校らしいんだけど、この映画が公開されたならば間違いなく「ネタ」にされてからかわれるだろうな。
同年齢で花嫁姿になった経験のある子なんて、恐らくクラスメートには女の子にだって一人もいないだろう。
芸能界に足を踏み入れたのは人見知りを克服するためらしいけど、いきなりハードルが高いよな。
実は本当は全員じゃないけど、何人かにはそういった背景も含めた密着取材をする積りだったんだよ。その方が面白そうじゃん?
結果的にはそこまで掘り下げられなかったけどね。
ただまあ、俺なんかは別に子役出身でも何でもないけど、とてもじゃないけどこの年齢でこんな仕事が来たらご免こうむりたいな。
それこそ高校を卒業する様な年齢になって、ひとり立ちして全て自分の稼ぎで生活してますみたいな状態になれば全部自己責任だからさ。女装だろうとなんだろうとやるけど、下手すりゃ物心付くか付かないかのギリギリの年齢じゃん?
もしもこの映画が公開されて、スクリーン上に彼の姿があるのをクラスメートが確認したらさぞネタにされただろうね。実際にはオクラ入りになったからそうはならなかったんだけど。
問題は残りの7人だった。
実際のところ、背が高くて発育のいい小学生やら、逆に物凄く小柄な大学生くらいまで範囲をゆるゆるにして募集をかけてやっと埋めることに成功したらしい。
この辺りも実は後々のトラブルの火種になるんだ。
というのは、最後の何人かは既に役者ですらなくて、監督の知り合いとか親戚の男の子だったらしいんだ。
ここまで来たら教室の中にいるのを脚本では30人となってるけど、23人くらいにしても良かったんじゃないかと思うんだけどね。この所少子化してるんだから、学校によってはそれくらいでもいいのに。
それに、どうせ後ろの方はロクに写らないんだからボーイッシュな髪型の女優さんでもいいし、若々しい感じが欲しいなら女の子でもいい。9号が入る高校生くらいの女優に募集かければあっという間に埋まるよ。
或いは、設定を変更して「共学校」にしちゃえばいい。
半分は元々女の子だから、散々苦労して9号のウェディングドレス着られる男の子集める必要も無いし、「制服姿の男の子と女の子」の集団が一瞬で「全員ウェディングドレス姿」になるっていうギャップはそれはそれで面白いじゃない。
こういうのもまた「妥協」だし、しつこく繰り返すけど映画に限らず映像の現場での妥協なんて日常茶飯事なんだから。
でも何故か監督はこの「人数」と「全員男の子の役者」にこだわったんだよ。
しかも年齢も「下方向」…つまり、本来なら高校生だけど中学生ね…は許したけど、「上方向」は決して許さなかった。つまり、小柄な二十歳越えの俳優で代替したりはさせなかった。
そして人数も30人というラインを譲らない。
何しろ元は「40人」は欲しかったのを妥協したなんて言ってたらしい。悪いけど冗談じゃないよ。無理だってそんなの。
ま、とにかく本番の日。
何故か無闇にスタッフが増えてる。
出番が無い時には全く興味を示さない出演アイドルの女の子たちまで何故か大勢見学に来てる。ヒロインと指ぱっちんちゃん以外は出演してない場面なのにね。
当然、まずは男の子の状態での撮影。
これが終わらないとメイクに掛かれないからね。
実際やってみると中々想定どおりに行かない。
そもそもメイクだの着付けだのってのを想定する際に「変身前のシーンの撮影」のことを計算に余り入れてなかったとしか思えない。
外部スタッフなのに俺の方が時計をちらちら見て心配しちゃったよ。
一番大変なのはメイクなんだから、それこそ変身前場面なんて次の機会にやればいいのに、監督は何故か妙な小芝居にこだわってた。
スケジュールがキツキツで、教室を使った撮影をこの日に全部終わらせたい気持ちは良く分かるけど、明らかにこれは「着替え」がらみでない場面は別の日に撮っておいて、この日は朝から着替えをするべきだったね。
やっと着替えに入れたのがなんと昼の10時前。
もう突貫工事で行くしかない。
一人に付きメイクは頑張っても30分は掛かるから、メイクの始まる直前に着替えてもらうってことにして、最初の6人が早速脱ぎ始める。
教室にはハンガーと専用のケースに入ったウェディングドレスが次々に運び込まれる。
まあ何しろでかいんだよね。
それが30人前だから、広げてもいないこの段階で既に飽和状態。
変身させちゃった後も出番があるアイドル2人はここで休憩。
そう、メイクが全員終わるまで3時間待ち。
撮影の現場なんてこんなもの。特に特撮がらみなんて益々「待つ」ことが多くなる。
「役者とは、待つことと見つけたり」って言ったのは誰か偉いベテラン俳優さん。それくらい映画の撮影現場ってのは待たされる。
だからジグソーパズルとか読書とかの一人で出来る趣味を持ってる役者さんも多いよ。この頃は携帯用テレビゲームが多いかな。
ドレスを一人一人に自宅にまで貸与する訳にもいかないから、衣装合わせ以来の着付けってことになる。
見えないところに行ってボディスーツだけ着てきた男の子たちが次々にドレスを着こんで行く。
ボディスーツってのは言ってみれば体型補正のワンピース水着みたいなもんだから、発育途中の男の子が脚線美を見せ付けるみたいな露出度の高い格好をしてるのは何とも刺激的なものがあるね。 しかも所謂「詰め物」はこの段階でするらしくて、おっぱいが盛り上がってるのな。
周囲にこの後着付ける男の子たちが取り囲んでいる中で、丸く広げて床が見える状態にしたドレスの胴の空洞の下にウェディングシューズが見える。
この状態で足を突っ込んで、両足ともウェディングシューズを着たら、セットを持ち上げるみたいにドレスを引っ張り上げて行くわけだ。
まあ、「着ぐるみ」だよ。一種のね。怪獣じゃなくて花嫁さんだけど。通気性が悪くて着るのが大変って意味じゃ似たようなもの。
腰の部分までスカートを引っ掛けたら今度は両手を長い袖に突っ込んで根元まで入れる。
繰り返すけど、何しろ伸縮性が全く無い素材な上にサイズもキツキツだからまるで着ぐるみ着てるみたいなもんなんだ。
指先の先端がちゃんと出て、中指に輪ゴムみたいなパーツで手の甲部分を引っ掛けるのを確認したら、手首部分をボタンで留めて「腕」部分の装着は完了。
びっくりするんだけど、ここまでの長袖ドレスともなると腕が殆ど動かないんだって。少なくとも肩より上に上げるとかは全く無理。
この頃は腕が全露出してるシンプルなドレスが増えたけどその辺も関係してるのかも知れない。
次に上体を起こして、首の真後ろにあるフックを留めたら、背中のファスナーを上げて行く。
サイズ的には問題無いんだけど、胸に詰め物をしちゃったせいでちょっと苦しい。
結構ギチギチのままどうにかファスナーが上がって装着完了。
誰が言い出すでも無いけど、周囲には「おお~」というどよめきが上がったね。
ここは間違いなくシャッターチャンスだからしっかり構えてたけど、余りしっかりは撮れなかったなあ。
周囲の子達は「次は我が身」だと思ってるから余りはやし立てなかった。中に一人だけ調子にのってるのがいたけど。
この子たちは同じ事務所の一部の子を除いては殆ど面識がなく、この現場で初めて会う状態だった。
最初に着ることになった子は割りとノリが良くて、その場でドレスのスカートを鷲づかみにしながらくるりと回転したりしてたね。
これまた「ドレスの魔力」ってなもんで、多少見栄えの良くない女性でもおしとやかに可憐に見せる人類が長年に渡って積み上げてきた「演出」が、年端も行かない少年を見事な「花嫁」然とした姿に変えてた。
それが、顔から上がまるきり男の子のままだから見ている方の心理は複雑なんてもんじゃない。
彼自身がもしも鏡で今の自分を見たらさぞ面食らうだろう。
ともあれ、その場で椅子に座らせてメイク開始だよ。
遊んでるヒマが一切無いから真剣そのもの。
勿論、教室内では他に五箇所で同時に着付け終わり・メイク開始となった。
実際にやってみないと分からないことだらけだったんだけど、6人同時の花嫁メイクを行うにはごく普通の「教室」ってのは余りにも狭すぎた。
何しろスカートが大きいし、メイク道具だって広げないといけない。
この時点でAP・ADが焦りまくってあちこちで話してる。
そうなのだ。
実際やってみて分かった最大のことに「花嫁ってのは面積・体積ともに猛烈に大きい」ことが分かったのだ。
これは事前のカメラテストでもある程度予想はついていたのだが、メイクルームすら設置できず、教室で着付けからメイクまでしなくてはならない事態になって初めて分かった。
この調子で「花嫁」を量産した場合…というか間違いなくするんだけど…教室は広がったドレスのスカートで足の踏み場も無い状態になる。
何故か一番安くて数を用意出来た9号ドレスには最初から巨大なトレーンが付属しており、スカートの半径1メートルに加えて更に大きく床面積を隠すことが確実だった。
俺は現場のメイキング班のDとして、一台のカメラはメイクの様子に張り付かせたが、もう一台でスタッフを追った。
結構前準備はしたはずだったが、想定外のことが多すぎて焦りまくっていた。
許可を得て冷房は最大限に回しているが、気候が暑いだけではなくて、照明の温度も相当なものなのでただでさえ劣悪な通気性で暑さに苦しむ「花嫁」が余計に苦しいということが発覚。
それくらい事前に分かりそうなもんだが、実際やってみるまで分からんもんよ。
これは経験者として同情する。
そして、メイクも想定と実際にやるのでは大違いで、頑張ってはいるけど遅れ気味らしい。
「次の6人」に既に着替えさせているんだが、「暑い」と文句を言い始めたらしい。
気持ちは分かるが、最初のメイクが終わったらすぐに掛かるためには自分で着替えておいてもらわないと困る。
かといって、全員をドレス姿で待機させても、最終組はメイクが始まるまであと1時間は花嫁姿で待機ということになる。
それはそれでいいのだが、暑さに加えて水分補給がトイレを呼びかねないのでギリギリまで待ちたい。
これが全員成人を過ぎたプロの役者ならばある程度自制も効くのだが、小学校を出たばかりの本当に「子供」みたいなのすらいるのだ。
元々撮影のことだけで頭が一杯なのに、この上「子守」までしなくてはならないとなるとスタッフがパンクしてしまう。
全員ではないが、半分くらいは所属事務所の関係者も来ているので、急遽今後のスケジュールについて伝達し、その旨男の子たちに伝えて大人しくさせて欲しいと頼むことになった。
事務所関係者はあくまで保護者として来ているに過ぎず、そんな映画スタッフの一部みたいなことをさせられても…と不満顔だ。
恐らくアメリカとかならば「契約外の仕事など一切しない」と突っぱねるところなんだろうが、ここはなあなあが支配するわが国である。
「○○ちゃ~ん、ひとつ頼むよ~」みたいな会話があちこちで飛び交っている。
時刻は昼の12時を過ぎた。
気の毒なことに、メイクさんは汗だくで一切の休憩を取らずに頑張っているがまだ12人も終わっていない。あと18人、一人当たりあと3人残っているのだが…。
教室の一角は既に「花嫁コーナー」と化していて、思春期の男の子たちが麗しい花嫁となって談笑…はしておらず、何やらゲームをやっている。
シュールすぎる。
ちなみに、メイクは今回本式のものでないこともあって「簡単に」あちこちに付くので、「絶対に」ウェディングヴェールが顔に触れないようにとキツいお達しがあった。
普段口紅含めたお化粧を殆どしたことが無いであろう「少年たち」はそもそも「メイク時にはなるべく顔に触らない」という成人女性なら誰でも無意識レベルで守っている所作が出来ない。
ましてや全身真っ白の花嫁衣裳では一部でもメイクがついてしまうと目立つことこの上ないのだ。
今回は手袋ではなくて、手の甲以外は指などの手首から先が全て露出しているのでいいのだが、手袋までしてしまうと動きにくいし感覚もにぶくなるので本当に不便なのである。
ましてや花嫁姿でお互いに抱き合ったりして、ドレス本体にメイクが付いたりしたら本当にどうしようもない。
最悪、ドレスごと着替えなくてはならないことになる。
彼らは「口紅の落ちないものの食べ方」なども当然知らないから、チューブ入りのエネルギー飲料みたいなものを与えられて、仕方なくそれを啜っている。
飲み物もカンやペットボトルをストローにて飲むことに。
ストローにべっとり付いた赤い口紅の感触が新鮮だ。
徐々に、何時間も掛けてごく普通の男の子たちの集団が、ウェディングドレスの花嫁集団に変貌して行く場面というのは、実際の映画では観る事が適わないだろう。
実は唯一の「大人の男」である担任教師も花嫁姿にされることになっていた。
流石にこれは事前に準備してはいたが、メイクの割り振りはしていなかった。
現場ではこういう「想定外」が嫌と言うほど起こる。
仕方なく比較的手の速いメイクの女性が名乗りを上げた。
日本人は大人しいから、こういうのは「持ちつ持たれつ」で妥協するけど、それこそ契約社会のアメリカだったら「もう一人分のメイク代金」を請求するかも知れない。
暑い最中に疲労困憊になりながら、やっと最後の一人のメイクが終わった。
だが、当然これで終わりではなく、6人のメイクさんが苦労して花嫁全員が元の位置に座りなおした後、乱れたメイクを一人一人治して行く。
ぐちゃぐちゃに乱れる訳では無いけど、メイクが全員終了するまで4時間も掛かったので、その間に摂った食事や汗などでかなり乱れているのだ。
教室中にずらりとならんだ花嫁たちの図は正に壮観だった。
そこいら中に化粧品の甘い香りが広がり、遂に灯ったキツい照明に照らされてフェイクパールがキラキラと光る。
ウィッグ含めたヘアメイクはしていないが、全員がうなじを露出し、背中まで見えた状態でそこを薄く白いウェディングヴェールが隠している。
狭い机の下に無理矢理ねじこんだスカートが溢れ、予想通り机の合間を残らず真っ白にしていた。
物凄く無理のある絵面だが、正にこの「何だこりゃ!?」感覚を映像として観客に叩きつけるのが狙いだった訳だから、これでいいのだ。
事前に練習していた「急にウェディングドレスを着せられて驚いた演技」のテスト。
実際には4時間も掛かって着せられているので「急に」も無いもんだが、映像の世界ってのはそういうものだ。
演技指導があった後、ラストテスト。
既に暑くてスカートの下はどろどろに汗だくなのに、本番用のライトが当たるもんだから更に汗が噴出す。
ちょっとスカートを上げて空気を入れれば気化熱でひんやりするんだが、当然そんなことは出来ない。
全員映像作品に出た経験はあるから、その手のことは経験済みではあるけどもこれは相当にキツい。
メイクの途中とかにケラケラ笑いながら絡んできていたヒロインたち。
どうやら同じ事務所に所属する顔見知りだったりしたらしく、よりにもよってウェディングドレスを着せられた男の子をからかっている訳だ。
ただ、こうなるともうからかえない。
出番を隅で待っているが、既に心は本番モードである。
驚いた演技は結局テイク5まで掛かった。
周囲を5台のカメラが同時に撮影しており、一人も手を抜くことが出来ない。
まあ、正直この時点でちとおかしいなとは思ったんだ。
だって、こんなの遠景で「集団で驚いている」ところを撮ればいいじゃない。
名前のある男の子の役が一人混ざってるから、その子はある程度表情がくっきり分かるところまで撮るけど、それ以外は余りみっちり撮る必要は無い。
驚いたことに、監督が突如思いつきで「一人一人をもっとしっかり撮りたい」と言いだした。
なので、全員が「変化した瞬間」の演技を繰り返しつつ、目の前に専用カメラを据えられた子が何人かびっくりして自分の胸を見下ろしたり、スカートを両側に引っ張ったりする演技をさせられている。
その場で立ち上がってくるりと回ったり、慌ててヴェールを引きちぎろうとしたりと、異様にディティールにこだわりを見せる。もう主役のヒロインを演じるアイドルの子なんぞ放ったらかしだ。
しかも、あれだけ注意してたのに、この騒ぎの中でドレスに赤い口紅を接触させてしまった子もいた。
これは仕方が無いだろう。あれだけの熱演だ。
トイレが近くなるからとロクに水分も取らずに倒れる寸前まで頑張っているのだからその程度のミスはある。
しかし、「CG処理で消すから」とそのまま撮影続行。
結局「個別演技」に更に1時間費やし、やっとヒロインたち登場。
大騒ぎの中、「あちゃー、巻き添え出しちゃったな」的な表情をちらっと見せた後、駆け抜けるところまで撮影してやっとこの場面終了。
しかし、すぐに終わりとはならない。
撮影した場面を巻き戻しながら何度も何度も確認しているスタッフ。
この間、男の子たちは慣れないドレス姿で待機だよ。
必要以上の場面を撮影しはしたけど、「押さえ」のショットをどれくらい追加するかの打ち合わせなんだろうね。
「押さえ」ってのは、いざ編集してみると絵コンテ通りには行かず、に「欲しい絵」が出てきた時に“繋ぎ”で間にインサートしたりするカットのこと。或いはそのための絵を撮影しておく事。
良くあるのが、クローズアップでの芝居を背景まで写りこむ「遠景」で押さえておくことだね。案外そういう「状況が把握出来るカット」って忘れがちだから。
結局、カメラを天井近くまで持ち上げて、教室中にびっしりいる花嫁集団を押さえることになった。
しかしまあ、これが大変どころじゃない。
それだけカメラを引くってことは、照明が写りこまない様に撤去させつつ光量を維持しろってことになる。床が写るってことは、普通の芝居を横から取るのと違って床中這い回るコードの写りこみ対策まで要る。
なんとこの時はドレスのスカートで床が全く見えないから、それを利用するという偉い事になった。
というか、この「追加カット」って現場で突然出てきた話で、打ち合わせも何も無い。
スタッフたちは「降って沸いた」みたいな話に「一から」ノウハウを構築する必要性に迫られる羽目になったわけだ。
「一から」ってのは一重にこの現場の特殊性のことな。
床を完全に埋め尽くすほどの分量のスカートの衣装の少年たちがスシ詰めになった部屋を撮影するためには…ってノウハウのこと。
時間はもう昼の3時を過ぎていて、労基法のことを考えると「脱がせる」時間も勤務時間だから遅くてもあと1時間以内くらいには終了してもらわないといけない。
しかし、スタッフ同士で延々話しあったり怒鳴りあったりしてるばかりで撮影再開の気配すらない。
流石に限界近くなった役者の一人が「とにかく休憩したいから休憩なら休憩と言ってくれ」と訴えてきた。
これもまたスタッフの悩みどころでね。
確かに簡単に再開は出来ないんだけど、一旦休憩モードに入っちゃうともう一度撮影再開状態になるのは大変。
何しろ30人の花嫁なんて、プロの女優集団でも一苦労だ。
ここで一旦休憩を取らせるのはリスクが大きすぎる。
一旦全員を教室から出しても、もう一度入れるだけで十数分掛かるし、メイクだってまた乱れるだろう。
しかも「同じように」詰め込めるとは限らないから一致させるのも大変。
「一致」ってのは、カットとカットの間で変化しちゃって「繋がらなく」なること。
劇場公開された映画でもあるシーンでサングラスをしていたのに、次のシーンでしてなくて、その次のシーンで戻ったりは年に一本くらいは耳にする。
これは、それぞれのシーンを何時間も経て順番もバラバラに撮影してるため。
つなげて見ると「一致してない」ことが分かるけど、撮影現場では分かりにくいもんね。
こういうののチェック役として「スクリプター」という専門職があるくらい重要な要素なんだ。
そんなところまで画面上で確認出来るとは思えないけど、床に広がったスカートの乱れとか重なり方を「再現」出来るかというとまず無理だろう。
その他にどんな要素が「一致」しなくなるかは恐ろしくて分からない。
一旦ヴェールを外して戻したりしたらもう再現不可。
なのでスタッフとしては「もう少しだから待ってくれ」としか言えない。
苦しいが、俺がこのユニットのDだったとしても待ってもらっただろうなと思う。
スタッフは勿論、マネージャーなんかも焦り始めている。
ここで最悪の事態が起こった。
照明は消して冷房をガンガン効かせてたのに遂に耐え切れなくなった男の子の一人が嘔吐しちゃったんだ。
あの着ぐるみ同然の暑苦しい衣装に、ボディスーツで胴体全体を締め付けられ、汗と熱気と化粧品の匂いがムンムンの狭い部屋で何時間も待たされてる上にトイレ含めた休憩すら無いんだ。体力のある大人だって参っちゃうだろう。
ましてや中学生ともなればね。むしろここまで良く持ったと思うよ。
当然現場は大混乱。
みんな吐瀉物がドレスに付かない様に必死に逃げるけど、なかなかそういう訳にもいかない。
本人は驚くほど真っ青になってて半ば気絶状態。
仕方なくドレスに吐瀉物が付着しちゃった周囲の4人含めて着替えさせることに。
予備のドレスは一応5着あるけど、ここからもう一度着付けからメイクまで再現して、あの真っ青な子まで含めて撮影再開出来るか?って言ったらまず不可能。
ここで俺は監督に呼ばれた。
何でも、あと30分だけ打ち合わせさせて欲しいと。
その間、今別室でくつろいでいる花嫁集団相手にメイキングのカメラ回しとけってのね。
差し出がましいとは思ったけど、この状態で撮影再開は無理では?押さえは不足気味だけど、一応必要なカットは撮影したんでしょ?と聞いて見た。
まあ、この監督とは以前にも面識があって飲んだこともあったから言えたことだね。
曰く、恐らくその通りだが、個別にディティールを撮りたいから今その選定をしてるのでまだ脱がすなということだった。
衣装を脱がす脱がさないはスタッフの領域だから、俺は了解して隣の教室に向かった。
夏休みを利用した撮影なので、隣の教室は最初から機材置き場兼、控え室などに使われている。
その光景は正に圧巻だった。
立食パーティさながらにそれぞれがコップ片手に飲み物飲んだり、軽く菓子をつまんだりしている。
それ自体はよくある光景なんだが、それがほぼ全員純白のウェディングドレス姿であるというのが異様。
しかも中身が全員男の子なんだから、とてもじゃ無いがこの光景のシュールさを言い表せる表現が無い。
もうこれは映像を観てもらうしかないよ。
元々いい年こいた男にとっては、下着みたいに真っ白でつるつる素材のドレス姿の女性だって目を逸らしたくなるほど何となくい辛いというか気恥ずかしいものがあるのに、それが26人だよ?あっち向いてもこっち向いても。
何度も言うけど、引き締まったウェストから広がる大きなスカートの形状というかシルエットは、「女性的なイメージ」を強調するから間違いなく倒錯的。
ここで教室前でアナウンスがあった。
今日は先ほどの教室を使った全体の撮影はこれで終了。
ただし、何人かには一人ずつ撮影するのでもう少し待機。
そして、衣装は返却してもらうから勝手に脱がずに待つこと。メイク落としもプロがやらないと無理だし、脱ぐ際にメイクが付くのも防ぎたいからまだあまりはしゃがないこと。
ただ、…ここで個別に何人かの名前が呼ばれる…以外はもう終わりだからリラックスしていいということだった。
歓声こそ上がらないが、一気に弛緩した空気が流れた。
とりあえず「本番」はもう終わったので緊張から解放されたんだな。
ただ、彼らについてはこれでオフだろうけど、俺たちメイキング班はここが主戦場と言ってもいい。
手当たり次第に捕まえてインタビューしまくった。
終わり際がグダグダになっちゃったから、花嫁全員を並べての「記念撮影」が出来なくなっちゃってあちゃーと思ってるんだけど、それはもう考えていても仕方が無い。全員並んで座って本番を待ってるショットは押さえてるからあれで代替するしかないよ。
俺はニュース番組の「街の声」とかも撮ってるからその辺りの「呼吸」は分かってるつもりだ。
要するに最も下世話な「聞いてみたい」と視聴者が思ってることを聞かなくちゃ駄目なんだな。
ほら、猟奇殺人事件が起こったら加害者に対して「信じられません」「あんな普通の人がそんなことするなんて」とか、被害者に対しては「素晴らしい人だったのに」「犯人許せません」とかそういうの。或いはスキャンダル起こした政治家について「もう政治は駄目だね」とか「許せない」とか。
だからここでの質問はこんな具合になる。
ちょっと観てもらおうか。オクラ入りになったメイキングの一部。
この中では一番年齢の高い十八歳の劇団所属の男の子に対してのインタビューね。
彼は花嫁としての完成度が物凄く高くて、黙ってれば普通に女優さんに見えるレベルだよね。あの短時間にも関わらずメイクも物凄く上手く行ってるし。
でもって、インタビュー前にわざわざ下着みたいな縁取りの刺繍からドレス生地の素材まで分かりそうな舐めるがごときパンアップから入る。
「お疲れ様でした」
「有難うございます」
「どうでした?撮影は?」
「疲れました」
「この衣装は如何です?」
「重いです(笑)」
「ご自身の姿を鏡で見たりしました?」
「あ、いやまだです」
「どんな気分ですか?」
「恥ずかしいですね」
「クセになりそうとか」
「劇団員なんで女装はしょっちゅうしてますけど、ウェディングドレスは初めてです」
「今回は下着までですよね」
「まーそーですね」
最後には全身と決めポーズにカメラ目線で。
彼はプロだから女性的な“しな”まで作ってサービスしてくれる。
まだ若いけどエンターテイナーだね。
ま、彼は女装くらいではアイデンティティがそれほど揺るがないほどしっかりしてる方かな。
でもって観れば分かると思うけど、インタビューしている間も後ろでじゃれあってる。
次は15歳の中学生。
頬紅が赤いのか、普通にほっぺたが赤いのか分からない。
彼の場合は「女の子みたい」というよりは「男の子」って感じだね。
勿論、足元からのパンアップから入るよ。
「お疲れ様でした」
「有難うございます」
「よく似合ってますよ」
「…(赤面して俯いてしまう)」
「どうですか?この衣装着てみて」
「…なんか…ヘンな気持ちです」
「それはどうして?」
「…だって…」
ここで黙ってもじもじしちゃう。「恥ずかしい」ともいえず、「ヘンな気持ち」ってのがリアルだよね。
「鏡見ましたか?」
「…(黙って頷く)」
「どうですか?今の自分の姿を見て」
ここで背中側から“うなじ”が写るカット入れてるけど、これは彼があんまりにも長時間黙っちゃったから編集したのを誤魔化したのな。
「クセになりそう?」
「いや…そんなことは無いです」
「本当に?」
「…はい」
「イヤリングしたのは初めて?」
「…はい」
「どう?付けて見た気持ちは?」
「…」
しっかし、自分でインタビューしてて思うけど趣味が悪いよね(爆)。
質問がしつこいもん。
ただ、要するにここでは「自分じゃないみたい」とか「女の子になった気持ち」とか「結構気持ちいいです」とか「我ながら綺麗かな」とか「恋人よりも美人になってます」みたいなコメントが欲しいわけ。
丸っきり街頭インタビュー感覚なんだよね。ありがちなテンプレ意見が欲しかったんだ。
最後には「結構いいかも」「クセになりそう」「女装にはまりそう」みたいな「シメ」をもらって綺麗に終了…ってのを2~3人はもらいたかったね。
実はここでこの控え室には全身鏡が持ち込まれて、年端も行かない少年花嫁たちが入れ替わり立ち代りその前に立って自分の晴れ姿を眺めてたんだ。
もう一台のカメラはメインスタッフを追ってて、その動画は無いんだ。
代わりに写真は沢山ある。
どこからか持ち込まれたウェディングヴーケみたいなのを両手で正面に持って「花嫁ポーズ」を決めたお調子者の男の子たちがお互いに携帯電話で写真撮り合いまくってたんで、何枚かデータをコピーしてもらった。
あちこちでお互いに手を組んだり、メイクが付かない様に気を付けながらではあるけど抱き合ったりしてる。
何と言っても2~3人の花嫁による「勢揃い写真」が強烈。ある意味一生の記念になるよね。
この時点で30人じゃなくて25人になっちゃってたけど、25人をどうにか一枚の写真に納まる様にして撮った「集合写真」もある。これな。
もうとっくに弛緩した現場で「集合!集合してください!」ってやるのはかなり気を遣ったよ。ほら、何人かはウェディングヴェール取っちゃってる。
もう1~2人はインタビューしたかったけど、ここで残りのメンバーの撮影が終わった旨が伝えられ、花嫁が一斉に衣装を脱ぎ始めることに。
勿論カメラは回してるけど、花嫁衣裳を脱いだその下に女性物の下着姿の少年の身体が出て来るビジュアルが延々連続するのは色々な意味でマズいだろうってんでメイキング映像には入れてない。
ちなみにこの時本編撮影してたほうは何を撮ってたかって言うと、ドレスのディティールなんだって。ウェストとか肩とかうなじとか、スカートの部分アップとかヴェールの付け根とか…。
正直、本編でそういうのが必要になるかという気はするけど、確かに「集団変身」しちゃった直後に「ディティール」のクローズアップにしてから、「引き」の絵にするという編集はありえるからその撮影だったんだろうね。
男の子たちは日没になる頃には解散。めいめいそれぞれが帰途についてる。
中にはメインスタッフと同乗して来てた子もいるみたいで、2人ほど隅っこで倒れこむ様に寝てた。当然、もう花嫁姿なんかではなくて普段着らしい無地のシャツに長ズボンだった。さっきまでの「綺麗なお嬢さん」風味は微塵も無い。
アイドルの子たちもいつのまにかいなくなっていて別の現場に行ったらしい。
俺たちは床中に散乱したドレス含めた「花嫁の残骸」をメイクさんたちが拾い集めて再収納する様子を撮影し続けた。メイキングにどういう絵が必要になるか分からないからね。
まあ、これから地獄の編集作業が待ってるとはいえ、本番が終わったから一応俺の仕事としては一段落だよね。
関係者のインタビューとかがこれからだし、DVD・ブルーレイの映像特典ということになったら劇場公開された後の「満員御礼」場面とか、劇場挨拶とかの素材もいるから、まだまだ終わって無いけど、まあ一番メインの素材は撮れるだけ撮ったとは言えるからね。
そうこうする内に、一応は完成。
該当する本編部分ももらったこともあってそれなりのものに仕上がったと思ってるよ。
何と言ってもこのドキュメンタリーの最大のウリは「ビジュアルイメージの強烈さ」だよ。
そして…こういっちゃ何だけどフレッシュな爽やかさというかね。
仕事柄20代半ばの女性…それも女優さんだのタレントだのといった一流どころ…ともしょっちゅう触れ合うし、花嫁衣裳を着た状態でごく近くまで行ったことだって何度もあるよ。
しかしまあ、30近い女性の肌よりも10代の男の子の肌の方がフレッシュだね。表現は古いけどピチピチだよ。
まあ、残念ながらというか俺にそっちの趣味は無いんだ。可愛いとは思ったけど、自分の子供が10歳の男の子でも可愛いと思うのの延長以上にはならなかったなあ。
第二次性徴も迎えてない男の子の花嫁姿ってのも…無垢なだけに猛烈に倒錯的で強烈だったけど、ありがたく鑑賞させていただく以上のことにはならなかったね。
何しろ俺はちゃんと…というのもどうかと思うけど…結婚してるし、子供だって順調に学校生活を送ってる。
そういえば上の長男はもう中学生になるから、それこそこのメイキングに出演してる一番若い子くらいにはなってるな。
え?そういう仕事が来たら受けさせるかって?
馬鹿言っちゃいけない。ウチの子は劇団員でも子役でも無いんだぜ?
入ってるのは卓球部だ。演劇部や放送部ですらない。
まあ、学園祭というか体育会での応援でのシャレ女装くらいなら別に構わんとは思うけど…余り薦めたくないね。
何しろ芸能界に片足突っ込んでるから「そういう人」を日々目の当たりにしてるからね。
生まれつきだってんならそれこそ本人に責任は無いんだろう。だからこそわざわざ飛び込んで行くことはあるまいよ。行くにしても成人して独立してからだ。親の保護下にある段階では親の言うことに従ってもらう。当然だ。
…まあ、確かにあの30人の中には遂に役者の子供が見つからずに、全くの素人の男の子を数合わせで出演させたりはしてた。
だけど、仮に俺が監督だったら自分の子を出演させたりはしないな。
13歳の子供が保護者に強制されて拒めるとは思えないからな。本人の同意があるったってそんなもん当てになるもんか。
話を戻すけど、映画本編に関しての全ての必要カットを撮影し終わったのがそれから2ヵ月後。
流石は職人監督だね。超能力バトルだからアホみたいなスペクタクルシーンも沢山あるのに、たったこれだけで終わらせちゃったんだから。
順調に編集も進んで、いざ公開が近くなってきた。
不思議なことに余り大々的にアナウンスが無いから、今をときめくアイドル達の映画にしては珍しいなと思ってたんだけど、悪い方に予感があたっちまった。
今もって正確な理由は分からない。
メインスタッフの中には今も業界にいる人も大勢いるけど、「真相」を知ってるって人間には会ったこともない。
俺だって働いてたんだから、その分のギャラも貰わないと割に合わないんだがまともにギャラが払われた人間がほぼいないらしいなんて話を聞くと追求する気も失せるよな。
ただ、風の噂だと保護者からの訴えによるものらしかった。
何でも、望まない映画に無理矢理出演させられ、あまつさえ男の子なのにウェディングドレスを着せられ、メイクまでされたから、これは立派な人権侵害だと。
もしも「望まない出演」だったとするならば確かに「人権侵害」ではあるだろう。
ただ、役者が少々格好悪い役で映画に出演したといって、それを盾に訴えたりはしないだろう。
そもそも本人だって納得づくで出演しているはずだ。二次使用に関する取り決め云々ってなら話は分からんでもない。
また、ごく稀にだが「その映画関連にしかそのビジュアルは使用しない」という取り決めも存在するらしい。
女装することが必然の映画に出演したはいいが、「イメージが崩れる」からとその映画以外の「紹介写真」などに女装姿を使ってくれるなという「契約」を交わした例があるという。
ただ、これにしたって事前に「話は付いている」ことには代わりが無い。
自分から出演しておきながら「強制された」も無いもんだ。
…と、普通なら思うわな。
ところが思い出して欲しいんだが、実は最後の2~3人は監督がどこからか連れてきた男の子たちで、役者ですらないんだ。
問題は、この子たちを一体どんなルートで連れてきたかってこと。
風の噂だから類推するしかないんだけど、どうやら知り合いの男の子を言ってみれば口先三寸で騙して、その知り合いが夏休みを利用して長期休暇でヨーロッパ旅行をしている合間に「小遣い稼ぎしないか?」ってな具合に出演させたらしいんだな。
それだけなら「ひと夏の思い出」ってなことで話が済むんだけど、その彼にとって「全員男の子の花嫁集団」の一員にされたという体験はその程度じゃ済まなかったらしい。
撮ってもらって自分の花嫁姿の写真を日々抱いて過ごし、毎日布団の中でうっとり眺めてたんだとさ。
それだけなら、まだ少年の性欲の延長ってことで分からんでもない。それこそ小学生の子供が洗濯物の中から母や姉のブラジャー見つけて振り回しながら家中駆け回ってゲンコツ食らうみたいなもんだ。
しかし、遂に「彼」はある日母の下着のみならず、結婚式の後に購入したはいいけど押入れの置くで放置されていたウェディングドレスを引っ張り出して留守中にこっそり身に付けているところを見つかることになったらしい。
「らしい」ばっかりで悪いんだけど、全部又聞きの伝聞情報なんでね。
当然大目玉を食らうんだけど、その時によりによって…というか理の当然として、「彼」の花嫁姿の写真も一緒に見つかることになる。
両親はあまりのことに事態が最初は把握できなかったらしいんだが、その写真を延々眺め続けて遂に「彼」がその花嫁の正体だと分かった。
そういえば確かに知人の映画監督に「脇役で出演させるから貸して欲しい」とは頼まれていたけど、それ以上の詳しい内容は全く聞いていなかったことを思い出した。
まあ、せいぜい通行人とかだと思ってたんだろうな。
それこそこの映画がゾンビ映画で、大勢のゾンビの中の一人だったりしたら問題はここまで大きくならなかったと思う。
ごく普通の学園もので「その他大勢」として画面の隅に写りこむくらいだったとしても同じだ。
問題は結構本格的な女装を含む映画だったと言う点だ。
下着まで含めて本格メイクまでされる花嫁役でありながら、ロクに演技力も必要ないその他大勢のモブという訳の分からんシチュエーションだったのが不幸だった。
俺はあの監督と面識はあるけど、別に少年愛の人じゃない。
妻帯者で子供もいるし、それこそゲイでもない。
ならどうしてあんなにあの「低予算女の子アイドル映画」で「女装ディティール」にこだわったのかだけど、これは純粋に「凝り性」だったからだと思う。
確かに職人監督に一番不要なのは「こだわり」だ。
そんなもん、ドブに捨てて犬に食わせろってなもんだよ。
ただね、こういうことも言われてる。
どんな職人監督で、右から左に期日どおりに工業製品みたいに映像を送り出す立場であっても、全体の中で許される限り一箇所だけはこだわりまくれ!と。
映像の中に自分の刻印を刻み付けるくらいに強烈なこだわりを一箇所でいいから押し通せってね。
確かに、最終的に映像のクオリティに責任を持つのは日本では監督だよ。
丸っきり無味無臭で無個性な映像に徹するのも立派なプロのあり方だけど、「どこかその人にしかない持ち味」をそういうところでも発揮してみせるのもありだと思う。
だって、その監督が食っていけるかどうかに対して一番責任を負うのは自分自身だからね。
少々関係者に怒られても「何か変」な記号を散りばめて自己主張があってもいいじゃない。それこそ怒られて干されたとしても、それはそれで自分で引き受ければいいんだし。
しかし、この場合はちと与える影響を甘く見ていた。
何とその「彼」は映画の現場でさせられた「女装」が忘れられなかったらしくて、結局は「そっちの道」に進んじゃったらしいんだ。
まあ、皆まで言うまい。そういうことだよ。
何度も言うけど、これが劇団員や子役だったら問題なかった。
仕事を請ける芸能事務所やもしかしたら個人事務所でマネージャーやってる保護者だったとしても、それを全部承知で受ける。
それこそ仮に10歳の子供だったとしても、そういうのを取捨選択するのが正に芸能事務所の仕事であり存在意義だろう。
ところが、この場合「何も知らない素人」だった。
しかも、保護者がいないシチュエーションにつけこむような形で「望まない女装」を強要したような格好になってしまった。
普通はこういう場合は「保護者」が責任を負う。
もしも、孤児だったとしてもその保護施設が責任を負うことになる。
個人情報保護が叫ばれ、肖像権の問題もやかましい現代に、監督がそんな程度のことが分からなかったとはとても思えない。
だが、結果として映画はオクラ入りになってしまった。
何しろ「犠牲者」を出した様な格好だからね。
個人的には個人の趣味嗜好なんてのは自由だとは思うが、親の保護観察下にある未成年を保護者の許可もなく、本人の同意もあやふやなまま非常にリスキーな現場に放り込んでアイデンティティに甚大な影響を与えたとなるとそれは問題だろう。
仮に「そっちの趣味」に目覚めるとしても、親元を独立した後ならば何の問題もなかった。
問題は、どうして監督はそんなことをしたのか?ってこと。
これはある程度確信犯だったと思う。
映像クリエイターなんて人種は、常に「観る人間を惹きつける映像を作る」欲求が物凄い。
何だかんだ言っても基本は目立ちたがりなんだ。
恐らくだけど、「年端も行かないいたいけな少年が、花嫁姿に女装させられるシチュエーションに投げ込まれる」状態を見せ付けたかったんじゃないかな。
それってそういう劇映画を撮ればいい…という気がするよね?
でも、それじゃ駄目なんだよ。結局は作り話じゃない。興奮しない。
「本物」だから興奮するし、ドキドキするんだよ。
でも、仮にそういう「男の子がウェディングドレスを着せられる」場面のある映画を撮ったとしても、ごくごく普通の常識を働かせれば「仕事として割り切ってやってるんでしょ?」としか思えないし、実際そうだろう。
あんまりにも強引に強制させればそれは即、人権侵害ってことになる。
バラエティ番組のコントでコメディアンが女装させられるのはよくあるけど、これもまた「仕事」だもんね。
所謂「ドッキリ」みたいな引っ掛け系のリアリティTVみたいなシチュエーションでも、それで「女装」って無理があるよね。
そして、実際やってみると分かるけど、いかにもな男の女装姿って「みっともない」とか「気持ち悪い」とかよりも…なんというか寒々とした虚しさに襲われるんだよ。
特にそれなりに整った美形の女装が「キツいな」と感じた時の何とも言えないやるせなさってのは格別なものがある。
どうしてあんな少しだけの場面に「30人の本物の男の子を用意する」ことにあんなにこだわったのかだけど、それだけ準備させれば中には一人位は「プロでも何でもないのに仕方なく」という存在が混ざることを期待してたんじゃないかとしか思えない。
何で「女装」だったのかだけど、現代においてこれくらい「適度に倒錯的」でかつ「生命の危険が無い」のって女装くらいだったからじゃないかな。
これが「腹を空かせたライオンの檻に放り込まれる」とかじゃ危険すぎてシャレになってないし、仮にそんな企画を放送しても「作り物」だってのがバレバレ。
だからこそ、最初からあの現場にだけ俺みたいなメイキング班を常駐させて、一から着替えて行く男の子たちのオフショットを撮影させたんじゃないかな。
個人的なインタビューまでやらせて。
此処だけの話、狙いそのものはそんなに悪くないと思う。
実際、花嫁姿の男の子たちが密集して寄り集まったビジュアルの強烈さは相当なものだし、仕事とはいえ袖を通し、背中を留めて少しずつ花嫁になっていく少年たちの倒錯的な絵面ってのは「絵になる」のは間違いない。
しかもそれを「プロ」に混ぜて本物を混入させることで薄味にし、一部の視聴者に追体験させようってんだから。
今にして思えばこの「超能力バトルアイドル映画」そのものがあの場面とそのメイキング映像のために企画されたんじゃないかと勘繰りたくなるくらいだ。
ただ、それをガチでやりすぎた。
もうこんな企画が組まれることは二度と無いだろうから言っちゃうけど、「無理やりやらされてます」という体裁のところまで作りこんだ「擬似ドキュメンタリー」なら良かったんだよ。
そうすれば「無理矢理着せられて恥ずかしい表情を見せる」プロの俳優の男の子に頼めるんだから。
まあ、それこそ「人権侵害だ」って視聴者の声は出るかもしれないけど、ドキュメンタリーが全部本物なもんかね。無視すればいいんだよ。
あんたウッディ・アレン監督の「カメレオン・マン」って映画知ってる?原題は「ゼリグ」ってんだけど、要するに恐ろしく手の込んだニセのドキュメンタリーな。
「第三の選択」とかもあったし、そもそもあんたテレビでやってる「UFOスペシャル」全部信じてるわけ?ナチスの残党が南極に秘密基地作ってUFO飛ばしてるなんて夢のある話を(笑)。
だけどこの監督はマジでそれをやっちゃった。
しかもメジャー映画で。
結果がこの有様だよ。
その子が実際にそうなのかは、少なくとも俺にはわからない。俺は現場にいてメイキング撮ってたけど、全員にインタビューできた訳じゃないから誰が誰なのかは分からない。多分この子だろうって当たりはついてるけどね。
しかも、そういうトラブルが出てきた段階でそれまで了承してたはずの芸能事務所みたいなところまでが一斉に「やっぱり出演やめた」とか言いだした。
それこそ「ギャラは要らないから」みたいな話で。
要するに前途洋洋たる若手俳優たる男の子が、メジャー映画で花嫁衣裳さらしてなよっとしてるんじゃ将来二枚目で決める主演映画を撮ろうとする時に困る…みたいなことを言いだした訳だ。
そんな無茶な話は無い。
その当たりまで含めての判断だったはずなのに。
まあ、恐らくだけどやってみたはいいけど、そのビジュアルが「結構シャレにならない」代物だったから、告訴者が出るらしいって流れに便乗したらしいんだ。
こうなるともう、あの場面丸ごとカットするしかない。
出演者の一人だけ写らないようになんて出来ないし。CG処理って手もあるけどモブの中の一人だけ修正だのカットだの幾ら掛かるか分からない。
そんなこんなであのシークエンス一つで揉めに揉めまくり、結局はオクラ入り。
オクラ入りしたことで告訴されることは免れたらしいんだけど、大損害だよね。
監督は平穏無事にスケジュールを守って良すぎないけど悪過ぎない映画を撮ることで存在意義を示してきた職人系の監督だったのに、映画そのものが撮影全部終わってるのにポシャったとなったらキャリア終了に等しい。
そりゃ俺だって大損害だよ。
あんたがこうして尋ねてくるまでは思い出したくも無いことだった。
けどまあ、俺なんかは損害ったって軽い方だよ。そりゃ都合一ヶ月はほぼこれだけに拘束されたにも等しい上にノーギャラ。
ただね、かなり面白い現場に密着できた事は間違いないんだ。
あんな刺激的な舞台裏はそうそうあるもんじゃないよ。
それに…個人的に面識があったってこともあるけど、あの監督のことはどうしても憎みきれないんだよ。気持ちは良く分かるっていうかさ。
話が飛ぶ様に聞こえるかもしれないけど、あんたはこの世で一番面白いものって何だと思う?
いきなり話題のスケールが大きくなったね。まあ、そんなに深刻に考えなくてもいいよ。どうだい?
結局のところ、俺が見る限りこの世で一番面白いものって「リアクション」じゃないかと思うんだ。
というか「他人のリアクション」というかさ。
世の中にインターネットってものが登場して結構日が経つけど、結局のところ「他人のリアクション」を覗き見るもので、しかもそれが滅法面白い訳じゃない。
今も昔も携帯メール花盛りで、若い女の子なんて何時間もそればかりやってるって言うじゃないか。あれは相手にこちらが影響を与えて、そのリアクションが返ってくることそのものが物凄く面白い娯楽だからに他ならないんだよ。
やれミクシィだのブログだの、掲示板だのチャットだの、そしてツイッターだのも全部が全部「他人のリアクション」を楽しみにするタイプの娯楽じゃない。
今のバラエティだって、「誰もが知ってるおなじみの芸人」が「こんな時にどう言うリアクションをするか」を観察するのがメインコンテンツになってる。
俺は画面下に常に芸人やらタレントの顔をワイプで抜いておく事に対する批判があるのが全く理解できないね。
だって、「画面上で展開する大変なこと」よりも「それを観て“あの人”がどういうリアクションをするか」が一番観たいわけじゃない。
確かに今って作りこんだコント番組どころか、漫才師やらコメディアンのネタ番組すら殆ど無い。
要するに「作り物」じゃなくて「本物」が観たいんだよ。みんな。
「本物」というと語弊があるかもしれないけど、要するに「作り物」をわざわざみたいとは思ってないって話。
下手すりゃ歌番組でも合間のトークが終わって、歌い始めたら歌の部分だけ視聴率が下がるなんて話すらある。「歌」の部分って確かに舞台上の作り物だけど、その程度も我慢出来ないの?と唖然とするよ。
だから「楽屋落ち」みたいなプライベートトークみたいな番組ばかりになる。
でも、それって決して予算が無いからの苦肉の策ってだけじゃないよ。みんなそういうのが観たいからそういうのばかりになると思うんだ。
アメリカあたりで流行ってるっていう「リアリティTV」ってあるじゃない。
日本じゃ全然ヒットしなかったけど「サバイバー」みたいなの。
あれが日本でヒットしなかったのは、「とっくにそれよりも凄い」ものが沢山あったからだよ。売れない芸人を担ぎ上げて長距離のヒッチハイクだの、閉じ込めての懸賞生活だの東大受験だの。
あそこにあるのは「ナマのリアクション」の固まりじゃない。
結局相当「やらせ」があることが後で判明しちゃうんだけど、それって「ナマのリアクションっぽさ」にこだわった結果だと思うんだ。
今ってもうひな壇芸人のトーク番組越えて、インターネットのYoutubeで拾ってきたみたいな「衝撃映像」をみんなで眺めて適当に感想を言うみたいな安い番組になってるじゃん。アレも実は方向性としてはそんなに間違ってないと思うな。
要するにみんなでわいわい感想を言い合ったりするのが楽しいってことだから。そんなのを毎日2時間見たいかってのはまた別の問題だとしても。
話を戻すと、「禁断の香り」がする「年端も行かない少年が、無理矢理ウェディングドレスを着せられるシチュエーションに放り込まれる」お膳立てを整えて、そのリアクションを舐めるように鑑賞するドキュメンタリーがあったら耳目を集めると思うよ。
しかも、全く関係の無いアクション映画の中で、「仕方なく」のそれじゃん。しかも周囲にはプロとして割り切ってるお仲間が大勢いる。
これが「女装趣味が高じて性転換願望を持つに至ったとあるニューハーフさんの一代記」だったら大問題だよ。プロの俳優さんが演じるならともかく、保護者に内緒でそんなことやらせたら余りにも明確な人権侵害。
でも、モブのウチの一人でただいるだけ、しかも半ば巻き込まれたもので自分の意思じゃない。にも拘らず衣装は本物で、メイクのプロまでいる。
大袈裟に言えば古代人が処刑を娯楽として見物してたのと似た構図だよ。
「処刑」が刺激が強すぎる上に全く現実味が無いけど、「望まない女装」くらいだったら何かの弾みでやらされることはあるかもしれないし、仮にそうだったとしても脱いじゃえばそれっきりじゃない。
俺なんて学園祭でも女装したことが無い詰まらん人生送ってるけど、今現在この現場に引っ張り込まれて花嫁姿にされたからってそれが一生忘れられない心の傷になったり、明日からニューハーフになるとはとても思えんもん。
実際、オクラ入りじゃなくて純粋にボツになった場面としては道行く普通の通行人を大量に巻き込んでみんな同じ女子高生の制服に変えちゃう、って場面があったらしい。
その頃は俺らは編集作業に掛かりきりだったけど、この場面には結構多くのエキストラと人数が大事だってんでその辺でウロウロしてたスタッフのあんちゃんからおっさんまで大量に借り出されたらしいけど、みんな嬉々として“仕方なく”女装を楽しんでたらしい。
そのノリノリぶりには女性スタッフやその他大勢役の女優さんもみんなどん引きだったらしいからどれくらいはしゃいだのか想像が付く。
いい加減大人になって経験も豊富になってるから、沢山ある経験のウチの一つに過ぎないんだよ。結婚してガキだっているからセックスの経験だってあるし。今さら女装の一つしたところで、スカートなんぞ煎じ詰めれば単なる布着れに過ぎないとしか思えないし。
しかし、女っけの無い環境で、第二次性徴前の思春期の男の子が、自ら望んだものでなくて強制的に純白のウェディングドレス姿の花嫁にされるとなったら話は別だ。そりゃ強烈だろう。
その彼と面識がある訳でも無いけど、メイクまで終わって鏡の前に立った時の気持ちを想像するに余りあるものがあるよ。
とか何とか言ってきたけど、それでも尚「人による」という言い方も出来るんだ。
確かに「物心もついたばかりの男の子」に女装を強要するなんて人権侵害には違いない。
でも、更にもっと昔のバラエティにはそんなのザラにあったよ。
小学三年生の男の子にバレリーナの格好させて女の子に混ぜて並ばせて「どれが男の子でしょう」って当てるクイズとか俺がガキの頃に見たことあるもん。
アレはヒドいよね。
どう考えてもその男の子って訳が分かってるとは思えないし。
小学一年生の男の子にはひな祭りか七五三かって和服。
小学六年生の男の子には真っ黒なセーラー服、極めつけは中学生の男の子にスリットもまぶしいチャイナドレスだよ。
え?よく覚えてるなって?
実はこの事件があってから朧げな思い出を頼りにデータを調べたら出てきたんでそれを読んだんだ。
でも、俺なんてそっち方面の興味は薄い方だからまだまだ覚えてないの一杯あると思うぜ。
ぶっちゃけ俺はテレビでコメディアンの女装みても「ふ~ん」としか思わない方だった。
コメディアン以外にも二枚目俳優とかがコントに引っ張り出されて女装させられたり、今はそれほど盛んじゃないけど正月の「隠し芸大会」なんてアイドルだの俳優だのの女装大会みたいなもんだったよ。
それでも特に心が動かされるってこともなかったんだけど、稀にある「子供」が被験者になるそれってのは強烈だったね。当時は俺自身が子供だったということを差し引いても。
当時の俺の分別でも、大人の男の人で女装してる人は自分自身の自己責任でやってるということくらいは感覚的に分かったからさ。
でも「子供」はそうじゃない。
ま、要するにあの監督は「今現在実現可能で、法律と人権侵害のギリギリの線を狙った」シチュエーションを作り、そこでの強烈極まる疑似体験の舞台を整えようとしたんじゃないかと思うんだ。
弁護しとくと、別に監督本人に女装趣味や女装願望はなかったと思う。
逆にある種のフェティッシュさ…要するに女体とか女物への欲望だな、いかにもな男らしい欲望の方を強く感じるよ。
ましてや女性化願望があったり、精神が女性だったりは絶対にしない。これは断言出来る。
なぜかって、精神が女性だったらあんなに女物の服に執着しないもん。性的対象じゃないから。
あんた男だけども、ブリーフやトランクスやらボクサーパンツみたいな「女性ではまず着ない」「男物」に興奮する?
しないよね。
別に何とも思ってないだろ?それと同じ。
女がパンティだのブラジャーだのにこだわりがあるったってそれを使ってはぁはぁ興奮してたら日常生活なんて送れないよ。男とは違う執着はあるにせよ、「性的対象」では間違いなく無い。
下手すりゃ生活感に溢れた生臭さみたいなのを感じて嫌悪感すらあるかも知れない。そういうもんだ。
監督にとっては、「本人が何だかんだで同意した」女装なんてのはその流れでは意味がなかったのさ。「仕事として割り切った」それなんて論外。
ここから先は妄想でしかないんだけど、本当に撮りたかったのは「イヤイヤながらも女装させられざるを得ないシチュエーションに追い込まれた男の子」の更衣室にカメラを設置して、恥ずかしさに悶えながら着替えるところを嘗め回す様に撮る事だったんじゃないかな。
なんかディープな少年愛って感じで俺はついていけないけど、別に相手が少女であっても構わんかっただろうね。要は「被験者が無防備」で「守るべきものがある」方が崩し甲斐があるというか、「リアクションの観察し甲斐がある」というかね。
「無垢なものを汚す快感」というか…上手く言えないな。
こういう風に解説しちゃうとディープな変態って感じだけど、それこそテレビの「ドッキリ」番組なんてそれを薄味にしただけの代物じゃない。
「アイドル水泳大会」での「借り物競争」で女装して泳ぐことを強制されたレースなんかじゃ、男のアイドルの更衣室には隠し(?)カメラ付いてたんだよ?
まあ、水着の上からではあるけど、バレリーナだのバニーガールだのウェディングドレスだのを着るところを目一杯映してたんだから。正に「他人に無理難題を吹っかけて、リアクションを観察する」ことくらい面白い娯楽はこの世に存在しないってこと。
しかも「女装」ってのがまたコクがあるっていうかさ。
今の世の中、男にとったって「女性的に美しい」ってことは別にマイナスポイントじゃないじゃん。
だから「女装強要」ったって、素材もいいし、環境も整ってるからビックリするほど綺麗になることが最初から分かってる。
露出度の高いセクシー系の衣装をいい年こいた大人の男が着たりするともう観てられないくらいわびしいものになったりするけど、ぴっちぴちの若い子に露出度がほぼ無い、キュートというか綺麗系の服の極北であるウェディングドレス着せればそりゃ綺麗になるに決まってる。
バラエティでタレントが綺麗に女装した写真さらしても賞賛されるばかりなのはあんたも見たことがあるでしょ?
上手く言えないけど、「無理矢理お金持ちにする」みたいな「プラスの強制」みたいなさ。
しかもそれでいて一応は社会的・倫理的には「許されざること」みたいなことになってる。禁断の経験も出来るというね。
とはいえ、残念ながら上手く行かなかったね。
色々知恵を絞った結果だろうけど、色んな不幸が重なりすぎた。
あの映画が完成…はしてるから、無事に公開されてたら評判になってたと思うよ。
少年の花嫁女装ったって、多少倒錯的な匂いはあるけど、世間一般はそういうフェティッシュなものへのアンテナ低いから「ああ、そういうのもあるんだ」程度のリアクションしかしないって。
おたくファンタジー映画の「ウィロー」に主人公のおっさんの女装シーンがあるの知ってる?
この頃リメイクされた「トータル・リコール」でおばさんの顔が割れて中からシュワちゃんの顔が出て来るあの場面って、おばさんに化けてるからシュワちゃんが何とも間抜けなおばさんっぽいスカートで女装してるって気が付いてる?
トンデモSF映画の「ワイルド・ワイルド・ウェスト」で主人公のウィル・スミスたちの結構本格的なベリーダンサーみたいな女装があるの覚えてる?
今時、男子高校生の集団が全員花嫁女装させられる場面があるったってそれが天地を揺るがす大問題になったかって言えばなりゃしないよそんなの。
俺が撮ったみたいなメイキング付けてやっとマニアが注目する程度だってば。
ま、過ぎたことを何時までもグダグダ言っても仕方が無い。
俺があの映画について話せることはせいぜいこれくらいだよ。
そんなに観たいんだったらいつか流出することを願うんだね。
あとがき
この頃小説を書く際に、「どうして自分はこういうのが好きなんだろうか?」とその構造について考えることが多くなっています。
今回は独白調のいつものスタイルに加えて「存在しない映画の舞台裏を振り返る」という構造を取ってます。
ちなみにこれは私が脳内で何年も考えていた映画の一場面だったりします。
その場面を別のカメラでメイキング撮影させるところまで一緒。
ただ、地方のしがない一サラリーマンでしかない私にはそんなアホらしい壮大な企画など一生不可能であることがそろそろ分かって来たので、それならばそこまでメタに視線を引いて小説にしてしまおうということで今回の執筆とあいなりました。
ちなみに私は映像の世界を志したことがあって、映像系の専門学校に通っていたこともあります。学生の自主制作どまりではありますが、現場で使い走りをやらされたことなどもありましたので、その頃の知識を総動員して描いています。
今では当てはまらなくなっていることも多いでしょうが、知ってる人なら「あるある」と思っていただけるところも多少はあるのではないかと自負しています。
仮に実際そういった映画などの場面を撮影しようとしたならば、ここに書いてある苦労くらいは実際に掛かるでしょう。この程度では済まないかもしれません。
映画の現場って、本当ならばこだわりにこだわりたいのに、「とにかく終わらせる」ことが第一になりがち。いやホントに。
それこそフェティッシュにドレスの細部を撮影したいみたいな、この劇中の映画監督みたいな人がいたとしても、それを実現するのは物凄く大変だったりします。
第一映像ってのは「集団作業」であって「対話の技術」ですから、余りにも個人的な趣味みたいなのばかり押し通していたら周囲はどん引きでしょう。
とはいえ、一流の映画監督って、そういう「自己主張」「自分勝手な価値観」を上手く押し通して自分のイメージ通りの映像を撮ることで名匠になっているってところがありますからね。
笑い話ですが、とあるアメコミヒーロー映画でやけに胸の筋肉とか尻とかのクローズアップが長いので「ヘンな映画だな」と思ってたら、監督がゲイだった(本当)…ってなこともあったりします。趣味自重しろ!
私が子供の頃に比べるとこの頃のテレビ番組って大人しく感じますけど、それは私が年を取ってきたのかなあ…と思います。
昔なら無理矢理録画して編集までしてたバラエティ番組の芸人さんや俳優さんの女装とかも、この頃は本当に何とも思わないというか「早く終われ」と思う始末。
やっぱり「慣れ」なんでしょうか。
少なくとも「刺激としての女装」は上手く使えばいいアクセントになるから面白いんじゃないかなぁ…とは思うんですが賛同者は殆どいないのでした。
ともあれ、ここまで読んでくださって有難うございました。タイトルは勿論「インタビュー・ウィズ・バンパイア」のもじりです(爆)。