捕獲
御前会議で決定されたカウアイ号の捕獲、特務艦 安芸丸は行動を起こした。
1930年7月3日 太平洋 帝国海軍特務艦 安芸丸
御前会議の決定は直ちに安芸丸へと伝えられ、安芸丸ではカウアイ号捕獲の為の打ち合わせが行われていた。なお、この臨検には安芸丸以外にも帝国海軍第十一駆逐隊と重巡 加古が参加することになった。
「加古も参加するのか⁉︎」
作戦室は盛り上がっていた。
「重巡が参加するとなると軍令部は本気でやるつもりだな。」
「臨検隊は我が艦のみから派遣するんですよね?」
軍艦安芸丸陸戦隊隊長の尾崎少尉が再度確認する。
「そうだ。今回のような作戦は特殊な訓練を受けた君たちの方が適任だ。」
安芸丸陸戦隊と通常の艦の陸戦隊の違いはここにあった。
東機関の情報収集拠点でもある安芸丸はその任務の性格上、対象船への迅速な移乗及び制圧を主にしているのでどちらかといえば明治初期に置かれていた海兵隊に近い存在であった。
また、一部訓練を陸軍で受けていてその実力は陸戦隊は元より陸軍にも一目置かれていた。隊員のほとんどは20代で士気も高い。軍令部はこの作戦を彼らに賭けたのだ。
同年7月5日 午前5時30分 横須賀港
重巡 加古と第十一駆逐隊は航海演習の名目でカウアイ号捕獲の為出航した。艦隊は18ノットでカウアイ号に向かった。
同年7月6日
日本本土に近づくにつれて安芸丸は水上偵察機を飛ばす回数を増やし、カウアイ号の針路を逐一報告していた。カウアイ号は何回も飛来してくる水上偵察機に疑問を抱く者が増えつつあった。
「おい、また飛んで来やがった。」
「あれ日本軍か?」
「だとしたら何処から飛んできた?まさか軍艦に追跡されて無いだろうな?」
「もし臨検でもあったりしたら…」
船内ではこうした噂が絶えず流れていた。船長は速度を13ノットから17ノットにあげるよう指示した。しかし一方の安芸丸は24ノットで追跡していた。
同年7月7日 小笠原諸島沖 56海里地点
安芸丸はカウアイ号を目視できる距離まで追いついた。
「こちらは帝国海軍特務艦 安芸丸である。直ちに停船せよ。繰り返す、こちらは帝国海軍特務艦 安芸丸である。直ちに停船せよ。」
停船指示を受けたカウアイ号は困惑していた。停船指示を出したのが貨物船のような外見をしていたからだ。
「船長‼︎ 積荷を見られたら終わりです‼︎」
「しかし、なぜこの船の居場所が知れた⁉︎ まさかずっと追跡されていたのか⁉︎」
「船長、どのみち助かりません。相手を乗り込ませてから積荷の武器で戦いましょう‼︎」
「バカ言うな‼︎ 兵隊相手に戦いを仕掛けるのか⁉︎ 」
「船長に参加しろとは言いません。私だけでもします。」
航海長はそう言うと船橋から出て行った。船長はとりあえず安芸丸の指示通りに従い船を停船させた。尾崎少尉は60名の部下と内火艇でカウアイ号へ乗り込んだ。
「大日本帝国海軍 安芸丸陸戦隊隊長の尾崎だ。早速だが船内を調べさせてもらう。」
「わ、わかりました。」
「終わるまで、全乗組員は食堂で待機してもらう。」
尾崎は十人の部下を船長らの見張りに付け残りの人数で臨検を行った。ちょうどその時、重巡 加古と第十一駆逐隊も到着しカウアイ号を完全に包囲した。
その光景を目の当たりにした船長は航海長の事を考えていた。食堂に乗組員を集め、点呼を取っていた伍長がすぐに異変に気づいた。
5人いないのだ。航海長と機関員4人が行方不明だという。尾崎は彼らが武装して船倉に篭っていると考え、あえて船倉に隊員を派遣しなかった。
船倉以外の検査が終わると部下を集めて船倉へと向かった。船倉に着いた尾崎は説得を試みようと船内電話で話してみたが航海長が徹底抗戦の意思を表したので実力でこれに対処することした。
尾崎はベルグマン短機関銃を今一度確認して隊員に合図を送った。2人の隊員が角材でドアを破り、次々と突入して行った。まず最初に目に入ったのはシートに覆われた装甲車だった。
「これは凄いな…」
船倉には所狭しと装甲車や銃や弾薬、手榴弾の入った大量の箱が並べられていた。一個歩兵中隊なら楽に全滅させる事が出来るだろう。
「隊長‼︎」
「ん?」
隊員が指を指した方向に目を向けると、M1918自動小銃を構えた5人がいた。
「まずい‼︎ 伏せろ‼︎」
5門の自動小銃が火を吹いた。間一髪で尾崎は交わしたものの、複数の隊員が足や肩などを負傷した。尾崎はそれらの隊員を安芸丸に戻すよう指示し、ベルグマン短機関銃で応戦した。
「隊長、あれは機関銃でしょうか⁇」
「いや、あれは自動小銃に違いない。見た所、あいつらは予備の弾薬を持っていないからこのまま乱射させよう。」
尾崎の読みは当たった。弾が切れたのか、拳銃を撃ちながら一人が尾崎達に向かって走ってきた。それに続いた3人はナイフや斧などを振り上げて走ってきた。
「なんと無謀な。」
隊員達はベルグマン短機関銃で難なく彼らを無力化していった。恐れをなしたのか首謀者である航海長は拳銃で自殺していた。
「短機関銃が役に立ちましたね。」
「あぁ、三八式歩兵銃ならここまで迅速な対応は出来んだろうな。」
今回の戦闘で安芸丸陸戦隊は4人が負傷、カウアイ号は航海長と機関員を合わせた5人が死亡した。船長以下の全乗組員を安芸丸へと移乗させ、横須賀までの操船は加古から派遣された乗組員がすることとなった。
作戦成功の知らせを聞いた軍令部総長の谷口尚美海軍大将は安堵の表情を見せた。4時間後、カウアイ号と安芸丸を加えた艦隊が横須賀に帰港した。船倉の武器は直ちに陸軍が押収し調査研究に回された。
安芸丸は今回の功績によって全乗組員が表彰された。カウアイ号が捕獲されたと聞いた在日米国大使館は直ちに抗議に赴いたが船倉の積荷と破棄されずにいた書類を見せられ、黙るしか無かった。
同年 7月9日 アメリカ合衆国 ホワイトハウス
フーバー大統領は焦っていた。カウアイ号が捕獲されたと在日米国大使館から報告を受けたからだ。
「まずいぞ。私の関与がバレてしまえば議会から説明を求められるに違いない。そうなれば辞職以外手が無い…」
悩んでいたフーバーにスティムソン国務長官はある提案をした。
「大統領、騒ぎが大きくなる前に書類を破棄し関与の証拠を消すしかありません。そうすれば責任は陸軍長官が取るだけになります。パトリックには私が伝えておきます。」
「で、その後は?」
「そうですね、健康上の理由で辞任されてはどうでしょうか?」
「どのみち辞任は避けられんか…仕方ないそうするよ。」
「わかりました。大統領。」
スティムソン国務長官が退室した後、フーバーは机を叩きつけて当たり散らした。
「畜生ー‼︎ 何故だ‼︎ 計画は完璧のはずだったのに‼︎」
騒ぎを聞いて護衛官がドアを開けた。
「大統領、いかがなされましたか?」
フーバーは慌てて落ち着きを取り戻した。
「い…いや何でもない。」
フーバー大統領はその日のうちに会見を開き、辞職する事を表明した。その記者会見をラジオで聞いた野山中佐はほくそ笑んだ。




