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世界の暁  作者: ゆきかぜ
第7章
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遊説

1938年 5月27日 太平洋上


嵐の海を進む艦隊がいた。波は容赦無く船体に叩きつけ、木の葉のように揺らす。巡洋艦ですら時折赤く塗られた腹を見せ、駆逐艦に至ってはまるで沈んでいるように見えた。


しかし、各艦は決して艦列を乱さなかった。その理由は艦隊中央に位置していた艦にあった。太平洋の荒波などビクともしない巨大な船体、そこにそびえ立つ堅牢な三脚マストで支えられた2つの艦橋。背負い式に配置された8門の16インチ砲。


それは日本の長門型、英国のネルソン級と並び、世界のビックセブンと謳われた米国のコロラド級戦艦の一番艦 コロラドであった。


そのコロラドに乗艦していた人物こそ、第32代合衆国大統領 フランクリン・ルーズベルトである。コロラドを旗艦とした艦隊はハワイに針路を向けていた。ルーズベルトは不自由な体であるにもかかわらず、椅子に座ろうとしなかった。



「良い眺めだ。」



ルーズベルトは、この天候を楽しんでいるようだった。まるで自分に試練を突きつけてようにも思えた。



「艦長、パールハーバーにはいつ頃に着くかね?」


「あと17時間といった所ですかな。キンメル長官も首を長くして待っている事でしょう。しかし、大統領が自らがお出向きなられるとは。」


「なぁに、キンメルとサーフィンがしたいと思ってな。」



緊張につつまれていた艦橋は一気に笑いに包まれた。



「冗談だよ。」



再び窓の外へ目を向けると波は静まり、雲の切れ目からは幾筋かの光が差し込んでいた。光に照らされた艦船はまるで金貨のような輝きを見せている。


ルーズベルトがコロラドにいるのは、次の選挙を踏まえた地方遊説のためであった。ここ数年、経済政策に鈍りが出た事によって国内からはかなりの不満が噴出していた。


中華民国が日本と同盟を結んだ事が全ての大元で、輸出の不振は経済立て直しを困難な物にした。それに追い打ちを掛けるように、中国に進出した日系企業の製品は、米国企業に大いなる脅威になっていた。


日本のこうした動きに対して、経済界からは強い対日不満が出ていた。そこに目を付けたルーズベルトは国内の不満を日本に向けるべく動いた。


その第一歩として、これまでサンディエゴを母港としていた太平洋艦隊をパールハーバーに移した。その戦力は日本の連合艦隊に匹敵する大戦力だった。


貿易面ではクズ鉄や石油などの輸出を減らしたり、金融面では日本企業への締め付けや個人の資産の凍結を行った。こうして、あまり良くなかった日米関係は最悪にまで冷え込んだ。


行き過ぎた制裁にたいして、日本からの抗議の洪水は当然ルーズベルトに届いていたが、議会からも日本に対する一連の制裁は戦争に繋がりかねないと声が上がり、やがてルーズベルト批判になっていった。


こういった経緯から、支持率の悪化を防ぐための地方遊説を行っていたのである。最終目的地のハワイでは送り出した太平洋艦隊を激励しに行くだけで無く、ハワイにおける米国の意味合いを再確認する狙いもあった。




同年 翌日 パールハーバー


南国のように照りつける太陽の日差し、透き通るような海は艦底をも映し出す。心地よい風になびく合衆国国旗、描かれた星は今にも輝きそうである。


軍楽隊が奏でる曲に包まれて入港して来るコロラドを太平洋艦隊の主力である8隻の戦艦が出迎えた。ルーズベルトは直立不動で舷側で並んでいた水兵たちに帽子を振って応えた。


やがて艦は指定された位置に錨を降ろした。掛けられたタラップを降りる。ふと上空を見上げると、轟音と共に大空を邁進するB-17爆撃機の編隊を確認した。


目の前のキンメル司令長官に歩み寄った。彼は健康そうな日焼けをしていた。



「遠路はるばる、ご苦労様でした。ようこそハワイへ。」


「うむ。元気そうで何よりだ。」



手短に挨拶を済ませ、車に乗り込む。海軍基地を出て街道に入ると、溢れんばかりの人が歓声と国旗を振って出迎えた。



「大統領自らお出向きになられるとは、光栄の至りです。」



ルーズベルトはコロラドの艦長が同じ事を言っていたのを思い出した。



「コロラドの艦長も同じ事を言っていたなぁ。」



キンメルと会話を交わしつつ、沿道の群衆に手を振る。やがて車列はホノルル市役所に到着した。ストロボと記者に囲まれながら、演壇へと進む。彼がここで行った演説は後の世に“隔離演説”という名で広く伝えられる事となった。






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