融和 【前編】
大変長らくお待たせしました。
1936年4月17日 大日本帝国 東京都 日比谷公園
山本は公園のベンチで人を待っていた。花見を楽しんでいる市民達の歓声が時折耳に入っていた。
「花見か…。」
長い間していなかった花見に想いを寄せつつ。時計に目をやった。待ち合わせの時間の2分過ぎていた。
「遅いな…。」
ベンチから立って周りを見渡すと、後ろから背を叩かれた。驚いて振り向くと、そこに山本を呼び出した張本人がいた。
「遅れてすいません。込み入ってまして…。」
「まったく…驚かさないでくださいよ。」
山本を呼び出した張本人、それは陸軍の山下奉文少将だった。
「それにしても、貴方の方から接触して来るとは…。」
山本は少々、疑問気味だった。これまで、陸軍の人間から接触して来る事は全くと言って無かったからである。
「立ち話もなんです。少し歩きませんか?」
「いいでしょう。」
二人は公園の中心に向かっていた。
「話とは何ですか?」
早速、山本は本題に踏み切った。山下の表情が厳しくなった。その気配は山本も感じていた。
「日本の将来についてです。」
「ほう。」
“日本の将来”この語句が山本の頭を駆け巡った。山下はそんな山本を気にかけようともしなかった。
「それはまた、どうしてですか?」
山本はすっかり受け身になっていた。
「ざっくり言いますと、日本を取り巻く環境に対しての我々の姿勢です。ソ連、米国、満州、中国…。我々はこれらに対して決して一枚岩では無かった筈です。」
「確かにその通りでした。しかし、満州や中国での陸軍の決断は評価できるものです。海軍としましても喜ばしい事です。」
「確かに、満州や中国では快挙でした。政府も良くやったと思います。」
「陸軍はソ連、海軍は米国…。陸海軍がそれぞれ仮想敵国を持ち、それに合わせて軍備を整えて来た事により、同じ軍でありながら全く統率が出来ないでいる…。」
山本は山下と共通認識を持っていたようだった。
「しかし、統帥権干犯と騒ぐ者が多いのも現実です。」
「全く便利な言葉ですよ。」
「お言葉ですが、統帥権の異議を唱えているのですか?」
山下のその言葉は力強かった。
「いえ、決してそうではありません。私はあくまで使い方の事を言ったまでです。」
「失礼。確かに、何でも統帥権と言ってしまえば済みますからね…。」
「山下さん、陸海軍の垣根を超えて一致団結する事はそんなに難しい事でしょうか?」
「今なら難しくないと思います。やるべきです!」
強い風が、桜の花びらと共に2人を前に押した。
「まず、何から始めましょうか?」
「親睦も兼ねて、勉強会でもしましょうか。」
「それなら内容は私が考えて来ても良いでしょうか?」
「山本さん、何か案でも?」
「ちょうど、陸軍の意見も聞いてみたい事案がありますので。」
「なるほど、では打ち合わせについてはまた後ほど。」
軽い敬礼を交わして、2人は別れた。