アイス・ウィプスと踊る 前編
静かな夜。独りでぼーっと夜空を眺めるには丁度良い夜だった。
ふぅ。と一人の体格の良い男がため息をついた。
ギルドの寮舎の屋上で地上の街の風景を眺めていた。
「なんでこんなことしないといけないんだろうな」
苦笑しながら男はぼそっと呟いた。
そして懐から銃と銃弾の残量を確認すると夜の街へと飛び出していった。
☆★☆★☆
任務。
男にとってはたわいのないとても簡単な依頼だった。
時間は少し前……今朝の事だった。
その日のギルドのロビーはいつもながら賑わっていた。
「ねぇ、ちょっと……」
ふいに後ろから呼びとめられてアルは振り返った。
振り返るとピンク色の髪のポニーテイルを揺らしながらアルに近づいてくる女性がいた。
「なんだ、リリィか」
「なんだはないでしょ。新人君」
アルにウインクしてまたリリィは歩き出した。
「……新人と言うのやめてくれないか?」
少し不機嫌になりながらアルはリリィの歩調に合わせて歩き出す。
「これでももう入って三ヶ月……いや、今月で四ヶ月だ。そろそろ名前で言ってくれよ」
「三・四ヶ月ではまだ新人は脱してないわよ。せいぜい一年かしらね」
くすくすとリリィが笑った。
やれやれ……とアルは肩をすくめた。
「それで、用件はなんだ?」
「ああ……そうね。このままからかっただけになる所だったわ」
リリィは少し厚い青色の表紙のファイルから一枚の薄い紙を器用に出してアルに渡した。
アルはざっとその紙に書いてある内容を見た。
「………これは少しやばいんじゃないのか?」
ぴんと紙を指先で弾きながらリリィに目を戻す。
「いいのよ。私個人の依頼って事になってるんだから」
ギルドには色々とややこしい規則というのがあり、“依頼”の任務をするには必ず上に報告する事と、報告書を提出しないとアル達は仕事が出来ないというものだった。
しかしギルド内の人物の“個人依頼”は対象外だということはギルド内の誰でも知っている事だった。
「しかし……」
「そろそろこういう事も知っとかないと、修行と勉強だけじゃ毎日がつまらないわ」
ぴっと指をアルに指しながらリリィは言った。
「で、やるの? やらないの?」
アルは少し考えて……やる。と答えた。
「じゃあ、場所はそこに書いてあるから。よろしくね」
小さく手を振りリリィは何事もなかったかのようにアルから離れて行った。
ぽりぽりと髪を掻きながらアルはリリィの後ろ姿を見ていた。
アルとリリィを離れた場所から見ていた男がいる。
(なにやってるんだ?)
クレストは二人を注意しようとしてふと足を止めた。
二人は何か重要な話しをしてるようで、すすすっと近くの柱に寄ると二人の会話を盗み聞いた。
柱の近くには二人は居なかったためか、そんなに重要な事は聞けずじまいだった。
だが、彼の中の何かが目覚めた事にはクレスト自身は気が付いていなかった。
(これは阻止しないといけないのかもな……)
彼はそう思うと柱から離れ、まだ依頼書を見ながら立ち止っているアルの後ろから依頼書を覗き見ると
その場から立ち去った。
☆★☆★☆
アルは歩き慣れた街を抜け、闇が広がる高級住宅地の入り口に立った。
たしか紙にはここの住宅の一つブラウニング家の金庫に例の物があると書かれていた。
アルは入り口に立っている住宅案内図を見た。(周りは暗いのだから見ても意味はないのだが)
そして位置を確認すると音を立てないように注意しながら家へと向かった。
ブラウニング家は普通のごくありふれた屋敷だった。
アルは屋敷の屋根の上で地上の様子を見ていた。
地上では見まわりの見張りが二~三人確認できた。
見張りのパターンを確認し、音も無くその下のベランダへ落ち窓の鍵を開け滑るようにして部屋へと侵入する。
その部屋は誰も使っていないのか、もしくは使わない予定なのか少し埃っぽかった。
あまり空気を吸わないようにしてその部屋から廊下へ脱出する。
廊下はとても明るかった。しかし、見張りは誰一人居なかった。
少し不信に思いながら金庫のある部屋へと走った。
金庫のある部屋はすぐに判った。
他の部屋のドアよりも少しだけ豪華だった。
(どこの屋敷もそうなのかよ)
呆れながらも器用に鍵を外し中に入る。
「灯かり……」
手の平から生み出された白い光球はふわふわと漂いながら部屋全体とは言わないが、大体の物が見えるくらいは照らし始める。
中をざっと見るとそこには宝箱の形をした箱がいくつも置いてあった。
小箱を探してみる。
律儀にも真ん中に置いてあった。
罠が無いか調べて、鍵がかかっていないかチェックする。
罠は無いが鍵がかかっていた。注意深くロックピックで鍵を外す。
箱を開けると中には紙が一枚入っていた。
アルはなんとなくがっかりした気分となった。
しかし、内容はしっかりと読む。そこには一言だけミミズがのたくったような筆跡で書かれてあった。
《遺跡で待っている》
紙の裏も見たが何も書かれてはいなかった。
他にも無いか部屋中を探したが、小箱はアルの開けた箱一つだけだった。
やれやれと肩をすくめてアルは屋敷を後にした。
次の日のお昼頃……
レイとクリスタは良く晴れた空の下でのんびりと午後のランチをカフェテリアで過ごしていた。
「最近平和だねぇ」
レイは赤髪の三つ編みを振りながらシーフードサンドイッチをぱくついた。
「そうねー」
クリスタはゴシップ紙などを読みながらコーヒーをすすっている。
そこへアルとリリィが一緒に歩いて来るのをレイは見た。
「二人一緒は珍しいね~。どういう風の吹きまわしだい?」
くすくすと笑いながらレイがアルに問い掛けた。
「うるさいなー」
とか言いながらアルが少し怒ったようなそんな顔をしているのをレイは見逃さなかった。
「いいの。いいの。私が新人君に用があったから」
ぱたぱたと手を振りリリィが答えた。
「用?」
「その前に、この席空いてるかしら?」
「ああ。いいよ」
レイとクリスタは二人を席に進める。
「それで用っていうのは?」
レイが好奇心いっぱいの眼でリリィに聞いた。
「それはね―――――」
可笑しそうに言うリリィの言葉を遮って、アルが昨日の事をざっと話した。
「ほうほう」
「――――で、例の物はなかったんだよ」
アルは少し怒ったような口調でリリィを見た。
「大体の内容はわかった。けど今年はアルが餌食か」
くっくっくと堪えるような笑いをレイはした。
「はぁ?」
アルはなぜ笑われたのかいまいち判らなかったらしくむすっとした顔でレイを見ている。
「毎年新人いびりをするのがリリィの楽しみなのよ。アル、眼をつけられたのが不幸だったと諦めなさい」
クリスタがゴシップ紙から目を離さずに呆れながら言った。
それを聞くとアルはがっくりとうな垂れた。
「けど、例の物が無いって変よね? 誰かが盗んだのかしら?」
腕を組んでリリィが不思議そうに言った。
「例の物ってなんだったんだ?」
「古代遺跡から発掘した物よ。形はブラック・スタッフの蛍光色の蒼バージョンって言えばいいのかしらね。なんか名前があったらしいんだけど忘れちゃった」
ブラック・スタッフと言うのは黒い木の棒を細く長くし、獲物を叩くだけの殺傷能力があまり無い武器の事だ。
その前になぜそんな物をリリィが持っているのかがアルにとっては謎だった。
リリィに聞こうと思ったが、なんとなく怖かったので聞かない事にした。
「それで、遺跡に行くの? 行かないの?」
「これはオレに対しての挑戦状かもしれないから行かないわけにはいくまい」
くしゃっとその紙を丸めながらアルは言った。
「挑戦状って……ここではそういうのご法度……」
リリィがぼそっとつっこみを入れた。
しかし、アルには聞こえてないみたいだった。
「じゃあ、ボク達も行っていいかな?」
レイがにぃっと笑いながら言う。
「どうせついてくんなとか言ってもついて来るんだろう?」
ばれたか。と言うような表情をしながらえへへとレイは笑う。
「……出発は今日の夜だ。ギルドのロビー入り口で待ってる。アヴィスとシリーナにはボクが言っとくよ」
「あん? シリーナとアヴィスは関係無いじゃん」
ちっちっちとレイは指を振り自慢げに答える。
「何か起きた場合はなるべく組で解決すること。これは最初にここに着た時に教えたはずだよな?」
アルは呆れたが表情には出さなかった。