行動の始まり
その日の夜の事は、語るまい。
いつも芯のしっかりしていてどちらかといえばいつも振り回される側だった私だが、護ろう。護りたい。護らなければならない。
そう思った。
きっと、今後も強がろうとする彼女のためにも忘れちゃいけない夜だった。
次の朝早くに起きて私は自分の務める会社に連絡した。
事情を説明し、辞職の旨を伝える。
社会人になってまだ数年。
蓄えも十分にあるわけではないが、再出発も可能だろう。
そんな未来よりも今を生きなければならないと思ったからだ。
「辞める、だなんてそんな寂しいこと言わないでよ。 まぁ今の世の中運の良いことに好景気ってヤツだからね。 みんな理解してくれる。 やることやったら帰ってきなさい。」
会社は小規模だがそこそこ順調に活動できていて、他のみんなとも馬が合うということで自分は恵まれた環境に就職できたんだと思っていた。
好景気だからって人一人がいつまでか判らない休職をしていれば負担だって大きくなるハズなのに。
それなのに「こっちは任せろ」と逆に背中を押してくれている。
「ありがとうございます! すみません、本当にありがとうございます……!」
電話越しに頭を下げる。
感謝の気持ちを少しでも表したくて。
言葉では表しきれないことがもどかしくて。
その時私が涙声だったかどうかは後々までのずっと続く問答になるかもしれなかった。
昼の12時頃。
「ほら、美与起きて。 ご飯の支度できたよ。」
「んん…、ん……あれ? 今日会社なかったっけ?」
「休ませて貰ったんだ。 ずっと。」
「ずっと?」
寝起きでまだ頭がうまく回っていないのだろう。
眠そうにしながら不思議そうな表情を浮かべるのみだった。
「ほらちゃんと起きて。 美与の大好きなフレンチトーストだよ。」
少し起きてきたのか大きく伸びをして立ち上がる。
「……ふぁぁ。」
さぁ、ご飯を食べ終わったら楽しい話しをいっぱいしよう。
この後に何をしようか、ふたりで相談しよう。
「それで、ずっと休むってどういうことなの?」
フレンチトーストを食べながら聞かれる。
「何、今しなければならない大事な事ができたからそれをするために仕事をやめます、って言ったんだ。 そしたら社長が待っててやるからやること終えたら帰って来い、なんて言ってくれたからね、お言葉に甘えさせて貰ったのさ。」
心配そうな表情でこっちを見る。
「でも……」
「確かにさ、会社の人達には迷惑をかけちゃうけど俺たちが仕事をするっていうのは未来の幸せのためでしょ。 今、その幸せのために動かないといけないんならコッチが優先さ。 後悔したくないんだ。」
彼女はなんで私がこんな行動を取ったのか、判り易すぎるほどに判るだろう。
その上で心配をする。
私の心配をするんだ。
病気のせいで少し心も弱っているのかもしれない。
「なぁ、楽しいことをしよう。 やれる限りの事をして二人で楽しんだって罰は当たらないよ。」
二人で、を強調する。
時間は限られているのだ……。
「ふふっ、じゃあ、一生忘れられない思い出作りをしましょ。 ずっと二人で笑っていられるような幸せな時間を。」
ここにきてようやく彼女らしい笑みが戻ってきた。
私もそれに答えるかのように少しニヤッとしてから「じゃあさ、」と話し始める。
その日は午後いっぱいを使って、そして寝るまで、楽しい話しをし続けた。
まずは手始めに、明日は遊園地だ。