00 高校 屋上
困った。
俺は今日何度目かのため息をつきながら,少女に話しかけた。
「えーと・・・何をしているんですか?」
少女は優雅に振り向く。ダンスを踊っているような軽やかなステップに,内心冷や汗をかいた。校舎の屋上のふちに立っているにしては,足取りが軽すぎる。
「見てわからない?」
「・・・いや・・・・わかる・・・かな?」
少女の足元に綺麗に並べられた家履きシューズ。シューズの隣には,白い封筒。
封筒には毛筆で、でかでかと『遺書』と書かれている。しかも習字の先生並に字がうまい。
「いやー・・・やめとこうよ,きっと痛いよ」
「きっとそうね。だけどあなたには関係のないことでしょう?」
そうでもないんだけどな。
「関係ないかもしれないけど。クラスメイトがこんな所で死ぬなんて,嫌だよ。東雲さん」
「クラスメイトだったのは1週間だけよ。すぐに忘れるわ」
「そんなことはないと思うけど・・・」
「いいえ。1週間前に転校してきたばかりの人の事なんて,たいした思い入れもないもの。たしかに風変わりな体験だけど,悲しむ人なんていないわ。」
「・・・・」
「・・そうね,あえて言えば,目の前で飛び降り自殺を目撃してしまった男子生徒にトラウマができるかもしれないわね」
そいういうと少女,東雲葵は小さく笑った。
最高にいい笑顔だ。
ちくちょう。かわいい顔して,とんだ悪魔だ。
「・・・・じゃあね」
東雲さんは,俺の方を向いたまま,トン,と屋上から飛んだ。
「くそっ!」
俺は全力で走ると,東雲さんを追って屋上から飛び降りた。
彼女が転入してからの1週間が思い出される。
せっかくの苦労がだいなしだ。ああこれで『正体』がバレてしまうじゃないか。