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来世へつなぐ想い

作者: 麻戸 槊來

作中に、心中などの表現が出てきます。

不快に感じる方がいらっしゃったらすみません。



おや、珍しい。観光の方ですか?

こんなすたれた村によう来なすった。碌なものはありませんが、ひとつ昔から伝わる話でも致しましょうか。これはまだ、明治に入りたての頃のことでした…。






この村は見ての通り。今でこそ世間様に忘れ去られたような姿ですが、あの頃は、まだそれなりに人も多く、活気がありました。

しかしそれでも、まだまだこの村は古い習わしなどに縛られた村。少しでも目立つ行動をとれば、すぐさまうわさは村を駆け巡りました。


当時村で一番の話題は、村長の一人娘がある男に恋をした事でした。

その男は、ある日ふらりと村にやってきたよそ者でした。どこか小奇麗な身なりをし、羽振りの良かった男に村のものはいぶかしげながらも村の端に暮らすことを許しておりました。



何、世俗に疎い村人と言っても、金が嫌いな者はおりますまい。

羽振りが良い者が村にいることを、誰も嫌がりはしませんでした。


しかし年頃の娘を持つ者は、得体の知れない男に可愛い娘を孕まされては適わないと男に近づかせる事を嫌いました。村人たちの警戒を知っているかのように、男のほうも必要以上に村人に近づくことはありませんでした。


気にはなるが、近づきたくは無い。

それが村人たちの一致した考えでした。―――けれど、独りだけ違う行動をとる者がおります。その物好きな人間が村長の娘だったのです。



聞くところによると、山でけがをしていたところを助けてもらったとかで、初心うぶで世間知らずだった娘は男に夢中になりました。もともと気立てのよい、人気者だった彼女は、よく淡萌黄色の着物を好んできており、美人だと評判の娘でした。

そんな引く手あまたの彼女を独占することは、もちろん村の若い男たちから反感を買っておりましたが、娘はおろか…男ですら気にするそぶりは見せませんでした。


それどころか、一途な様子にほだされた男は、事のほか娘を可愛がり、親馬鹿で有名だった村長夫妻ですら困惑の色を隠せておりませんでした。一時の気の迷いのようなものだと考えていたのに、男も娘も仲たがいをするそぶりを見せません。

その上、人との関わりを避けていた男は、娘と付き合うようになってから人当たりがよくなったと評判が良くなっておりました。


それを見て、面白くないのが村の男たちでした。

いきなり現れた……どこの馬の骨とも知れない男に、村長の娘を奪われただけでも面白くないのに。親からは比べられ『彼を見習え』と言われる始末でした。




そんな折、町に出稼ぎに行っていた男が言った言葉に、村が騒然となりました。

男は彼を見た途端「お前が何故ここに来たのだと」騒ぎたてたのです。


訳も分からぬ村人たちは、可笑しくなったのかと、叫ぶ男を羽交い絞めにいたしました。ですが、それにも負けず叫び


「お前は、町で人殺しの罪で指名手配されてた男じゃねーか!」


そう怒鳴りました。焦ったのは村長夫妻とその娘です。

『何を馬鹿な事を言っている』、『いいかげんな事を言うなっ』と言いながらも、否定できる物証は何もないのです。

外との交流が目に見えて少ないこの村にとって、出稼ぎから帰った人間や旅人だけが唯一情報を得られる手段だったのがここにきて裏目に出てしました。


ひとまずその場を収めた村長夫妻は、娘と恋人である男を連れて家に帰りました。否定してほしい一心で男を問い詰めますが、頑として男は口を割ろうとしません。業を切らした村長夫妻は、『娘に二度と近づくなっ』と言い渡して、男を締め出しました。



そんななか娘だけは恋人を信じ、そっと家を抜け出しては男に寄り添いました。

…いえ、いっそ罪びとだとしてもよかったのでしょう。

彼女は「自身が好きになった人にちがいは無い」そう考えていたのです。男は騒ぎのおこった後も相も変わらず優しく接し、娘を何よりも大切にしてくれていましたから。一度たぎらした熱情は何時までも消えること無く、娘の身を支配していたのです。



疑心暗鬼にかかりながらも、村人たちは傍観するだけの日々が一週間過ぎました。そんな沈黙を破ったのは村の若い男たちでした。『村の平和を守るべく、彼を追い出せっ』と騒ぎ立てたのです。

個々の頭を占めるのは、なんてことない…男がいなくなれば村長の娘を妻に出来るかも知れないという私利私欲にまみれた思いでしたが。

そんなことはおくびにも出さず、男たちは協力して男を追い出しにかかりました。



男と娘は絶望しました。

いずれ子をなし、温かな家庭を作る事が夢だった二人に下されたのは、結婚の許しではなく男の死刑宣告だったのです。殺人罪は大罪なので、町に帰れば死は確実でした。


未来がない事を悟った二人は、心を決めました。

それぞれ武器を持ち家へ押し寄せた村人を「最期に二人で過ごす時間がほしいと」人払いした後、そっと暗く輝く湖に二人手をつないだまま…足を踏み入れました。その手には赤い縄が、まるで赤い糸のようにからめられていたと聞きます。






しかし、話はここでしまいという訳にはいきゃしませぬ。

この話には続きがあるのです。


自身の娘が心中を図ったと知った村長夫妻は、湖の捜索を始めました。もちろん娘を我が物にしようと考えていた村の男たちも、必死に探しまわりました。

けれどここらでは有名な湖は、その大きさが仇となり二人の姿を見つけることができません。


何時間たっても上がってこない二人を『もう望みは無いだろうが、せめて遺体だけ供養できれば…』そんな期待をかけて村人は探し続けました。



そんなとき、何か赤い糸の様なものが水面に上がってきました。

それに続き、娘が突然ザバァッと音を立てて現れました。


村人たちは驚きながらも、娘が無事であった事を喜びます。

しかし、不審な事に男のほうは上がってこないのです。それどころか、意識をなくした娘を先に運ぼうとしても、縄が絡まって動かせません。

数人がかりで縄を切ろうとしても歯が立たず、傷一つ付けられませんでした。


状況をうまく理解できず…戦々恐々と娘を見守る村人のなか、娘は突然目を覚ましました。こわごわ周りで見守る村人の心情などに頓着せず、娘は己を腕を見て「私だけ、戻ってきてしまったのね…」と呟いたきり、危なげなく自分の足で歩きだしました。



ぎょっとしたのは、村人たちです。娘の左腕に絡まった縄が、ずっと湖から切れずつながっていたのです。不思議な事に、決して絡まる事も途切れる事もなく、娘の後を縄はどこまでも続いておりました。


赤い縄が娘の通ったあとを延々教えるそのさまは、周囲の者にとって恐ろしさしか感じることが出来ませんでした。


「男が、娘と結ばれなかったことを恨んでいるのだと」言うものがありました。

「男と娘の想いの強さがこんな奇怪な状況を招いたのだと」言う者もおりました。


誰かが「何故二人を引き離したのだと」怒れば、周りの者も怒り。

誰かが「湖を御払いしてもらおうと」言えば、皆も必死に怒りを鎮めてくれるように祈りました。



あの娘はというと、その後も不自然なほど普通に生活をしておりました。

赤い縄を切ろうとするでも邪険にする訳でもなく。時折思い出したように眺めてはそれはそれは愛おしそうに撫でるのです。

娘が赤い縄のこと以外で前と変わった点をあげるのならば…生気を亡くしたような瞳と、ボロボロに着崩した着物ぐらいでした。

特に縄を気にした様子もなく村を歩くので、恐れおののいたのは村人たちです。


いつかあの赤い縄で、自分たちを絞め殺す気ではないかと、びくびくとしておりました。けれど不思議なことに一向に縄は絡まること無く、ずっと湖から続いておりました。



これは、私の祖母から直接聞いたことなのですがね。……当時幼かった祖母は、娘が間違って落とした手紙を拾って読んでしまった事があるそうです。ほんの出来心で手紙を読んだ祖母は、私にそっと内容を教えてくれました。


『やっと結ばれた

 貴方と添い遂げられぬなら

 ここで一緒に終わらせたい

 きつく結んだ赤いいと

 どうか決してとけないで


 ―――あれだけ強く絡めたのに

 私は再び戻ってきた

 どうして逝かせてくれなかった?

 どうして彼を奪ったの?


 二人沈んだ湖へ

 今だつづく赤いいと

 奇妙だ、奇怪だ、不吉だと

 騒ぐ周囲はどうでもいい

 ただ貴方を確かに感じる左手が

 時に恋しさで狂わせる


 この赤いいといがある限り

 私と貴方は離れない』



と、言うようなものだったそうですよ。

不思議な事でねぇ…その内容はいつまでも頭に残って消えなかったそうです。

く言う私も、耳に残って離れないのですよ。まるで、私の一族はこの話を語り継ぐのが義務のようにずうっとこの記憶から逃れられないのですよ。

―――嗚呼、話が脱線してしましました。話を戻しましょう。


そんな、得体の知れない存在になった娘を、妻にと望む男はこの村にはおりませんでした。それどころか、男からの報復があるのではないかと怯え、娘に近づく者すらいやしませんでした。



娘が戻ってから数カ月が経った頃のことです。

祖母は湖越しで遊んでいたときに、不思議な声を聞いたことがあるそうです。娘と男の心中未遂があってから湖に近づくのはご法度となっていたそうで、誰にも言えなかったがお前だけには教えてやろうと、幼い私に聞かせてくれたのですがね?


その日、普段は言いつけ通り近づかない湖へどうしてか行きたくなり、祖母は一人で遊んでいたそうです。あたりに人気はなく、鳥などの動物も見当たらない静かな時間で、普段とは水音が違う気がして耳をすましたそうです。

すると、悲しみを含んだ男の声が聞こえてきたというのです。



『彼女をどこへやったんだ

 手首がしなる程にしめつけて

 決して逃げられぬようにしていたのに

 

 あの美しい人は、俺だけのもの

 あの瞳は俺を見、あの声は俺を呼び

 あの手は俺を求めるためだけに…

 

 早く返せ、とっとと返せ

 ひとり極楽へくことも

 独り地獄へ行くことさえも許しはしない

 

 早く早くはやくはやく

 どうか彼女を返してくれ』



それは、あの娘と恋仲に会った男だと、すぐさま分かったそうです。

祖母がこの奇妙な体験をした翌日、赤い縄も娘も姿を見なくなったそうです。






これは余談ですがね、男が人を殺したというのは冤罪だったそうですよ。

では何故、村長夫婦にだけでも本当の事を言わなかったのかと、疑問に思われますか?わたしも、祖母に初めて聞いた時は不思議に感じ、問いかけたものです。すると祖母は渋りながらも、男が逃げたせいで家族はさらしものにされ、むごい殺され方をしたのだと教えてくれました。


子どもの時分にはっきり言われることはありませんでしたが、あれは国に楯ついたとかで冤罪をかけられたそうですよ。まだ若かった男は、どれだけ苦しんだのでしょうね?

夢や希望を持ち、お国のためにと頑張る姿が浮かんできそうです。


それを考えると、唯一の希望であったあの娘に対する執着もわかる気がいたしますね。よければ、湖を見て行ってやって下さい。






お婆さんに話を聞いた後、私は湖を訪れてみた。

その湖はとても美しくて、あんな切ない事件があった場所だとは、とても思えなかった。水も澄み切っていて、覗き込めば底まで見えるのではないかと感じるほどだった。


嗚呼…あまりの美しさと、先ほど聞いた話で涙腺が緩くなってしまったようだ。

涙が止まらなくて困ってしまう。


「あの、よければ使ってください…」


そう突然に声を掛けられ、私は驚き顔を伏せた。

うわっ、こんなにボロボロ泣いた姿を人に見られるのは初めてかもしれない。

どうしよう…いい年して恥ずかしい。赤くなった目元や鼻を何とか隠そうと頑張るが、彼が立ち去る様子も顔をそらす様子も見られない。


「あ…ありがとうございます」


此処まで来てごまかす訳にはいかないと、私は観念して顔をあげた。

すると、目の前には少し年上ぐらいの男性がいた。柔らかな表情に、今まで感じたことのない胸の締め付けを覚えた私は、あわてて「素敵な淡萌黄色のハンカチですね」と声をかけていた。


とっさに出た言葉ではあったが、本当に素敵だったのだ。

私は淡萌黄色のような淡い緑が好きなので、気になる男性が自分と同じ好みをしているのかと考えると、嬉しかった。


男性は私の突然の言葉にきょとんとした後、ふわっと笑い「ありがとうございます」と言って答えてくれた。その上…


「貴女が髪を結わいている赤いリボンも、素敵ですね」


とまで、褒めてくれた。

悲しい話を聞いた後ではあったが、私は胸のときめきを抑える事が出来なかった。







これで、ほんとの終いさね。

また今世でも二人の仲を結ぶ事が出来た。さぁ、老いぼれ婆の役目も終わり。

次の役目は何時の事になるのやら。


二人の心に触れた幼きころより、不思議とこの役目を幾度生まれ変わろうとも繰り返しているが、さすがに今回は出逢うまでがちと長かった。今世の二人を見届ける時間がないのは残念だが、なぁに…また来世で聞いてみればよいじゃろて。


たとえ、男のほうが渋っても、女は話が好きなもの。娘なら惚気混じりに教えてくれるじゃろう。



さぁ、何度も繰り返すあの二人の今度こたびの逢瀬は、吉と出るか凶と出るか…。




うーん。

タイトルを変えたほうがいいかとも迷いましたが、最初に考えていたままでいってみました。

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