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3 貴女は喋れなすぎる


「ここがオルテンシアの町です」


 森を抜けると今度は畑になった。なにを栽培しているのかはわからないけれど、日本とそんなに大きく変わらない風景が延々と続く。違いといえば畑の近くに家がないところだろうか。ルルに聞いたところ、夜はモンスターや盗賊が出て危ないから人々は町を作り一カ所に身を寄せて暮らしているらしい。畑に通うの大変そうだと言うと苦笑された。どんなに大変でも命には代えられないって。まあそりゃそうだ。ていうかモンスターて。


 というわけで、オルテンシアの町は門があって門番がいた。そこそこ大きい町は、二階建て程度の高さの門壁にグルリと囲まれている。私たちが近づくと、数人いる門番はなぜか驚いてワタワタし始めた。不思議に思ってルルを伺い見ると、「××××をあまり見たことがないんでしょう」と苦笑が返ってきた。てっきりメジャーな生き物だとばかり思っていたけれど、どうやら彼らはキルシュブリューテに戸惑っているらしい。


「降りますよ」


 門の手前で、ルルは私に一言かけるとまたしてもお姫様だっこをして降りた。相変わらず重力を無視している。そして私を降ろすと指で魔法陣を描き、キルシュブリューテをどこぞへ消す。門番が感嘆のため息をついた。こんなことができるのも常識ではない、ってことかな。

 気を取り直して、門番のうち一人が話し掛けてくる。


「×××××」

「××××××」

「×××」




 うん、いま大問題が発生したぞ。



門番がネイティブな発音でなんか喋って、ルルもまたネイティブな発音でなんか喋った。門番は大きく頷いてネイティブな発音でなんか喋ると、私たちを町の中に通してくれた。その間、私に聞き取れたのは『オルテンシア』『ルル』『ミナト』の三つの単語だけだった。言葉が通じるのは当たり前じゃなかった……だと……!?


「ルル、さっきなんて言ったの?」


 ルルも私に聞かれてからこの問題に気がついたらしい。目をパチクリさせて、今気がついたとばかりに「ああ」と頷く。


「そういえば、ミナトは魔語を使ってますね」

「マゴ?」


 私の使っているのは日本語ですが。


 ルルいわく、魔語とは魔法言語の略で、その名の通り魔法を使用する際の言語だそうだ。あれか、ルーンとかそういうのと同じか。魔族は日常会話に魔語を使うが、人間は人間言語、つまり人語を使うそうな。魔法を使うには魔語習得は必須だが、日常会話に使えるほどネイティブな人間はほぼいないそうだ。もしそんな人間がいたら、それはかなりの使い手と見て間違いないらしい。


「私が使ってるのは母語なんだけど……」

「ならミナトは魔族なんですか?」

「いや、人間のはずなんだけど……」

「ならかなりの使い手なんですね」


 駄目だ。言葉は通じてもお互いの生まれ育った環境が違いすぎて話が通じない。


「そういえば、ルルは人語が喋れるのね」

「ええ。僕たちのような人に近い姿形をした魔族は、人と関わって生きていきますから人語が喋れないと生活していけないんです。むしろ、魔語を普段使わない者も増えてきていて……」


 ルルは顔色を曇らせる。なるほど、魔語は人語に押され気味なのね。


「ルルが魔語を喋れてよかった」

「え?」

「だって、そうじゃなきゃ私困ったもの」


 ガチで。この状況下で意思疎通ができないとか笑えない。


 ルルはキョトンとしてから、頬を染めて嬉しそうに笑った。




◇◆◇◆◇




「おったまげたー」

「え?」

「いや、なんでもない」


 自然あふれる服装をしているもんだからてっきりお金がないんだと思っていたのに、ルルは迷う事なく町の中で一番高そうな宿屋の前に行くと「今夜はここに泊まりましょう」 と言った。

 私のつぶやきにルルは不思議そうな顔をしたけれど、「はいりましょう」 と宿屋の中に入っていく。

 宿屋の作りはホテルとそう大きくは違わなかった。入って正面に受付があって、受付嬢がにっこり微笑んでいる。ああ、あんなに親しげなのに言葉が通じないとか……ショックだ……。


「受付を済ましてくるのでちょっと待っていてください」


 ルルに言われたのでエントランスホール的なとこの適当な椅子に腰掛けた。暇なので人間観察でもしようかと思って、逆に周りにジロジロ見られていることに気付く。あー、そりゃあ目立つか。明らかに周りから浮いた服だもんな。負けじと見返すと視線を反らされた。ザマァ。なんだか気分がよくなってやり返しまくる。



 そうしているうちに、大体この世界の人がどんなナリをしているのかがわかった。だいたいヨーロッパ系の顔立ちで色素が薄い。服装はここがお高い宿屋だから上流階級しかみれなかったけれど、まあ中世ヨーロッパモチーフのファンタジー系でよく見かけると言えばいいのだろうか。貴族っぽい服とか騎士っぽい服とか魔法使いっぽい服とか着ている。きっとそいつらは見た目通りの身分なんだろう。きっと庶民は庶民っぽい服だ。わかりやすい世界だなー。

 ということで、エルフ装備のルルの服装も宿屋では中々目立っていたけれど、女子高生装備の私は完全悪目立ちしてんだなこれが。


 まず服装を改めなきゃなーと思っていると、騎士っぽいお兄さんたちが三人連れではいってきた。受け付けにはルルがいるから、お兄さんたちはルルが終わるのを待つことになる。20代そこそこの、まだ学生気分が抜けてなさそうなペーペーだ。学校あるのか知らないけど。ボーッと観察しているとそのうちの一人と目が合った。すると、ソイツは隣にいる男の肩を叩いて私を指す。んー? なんか嫌な予感がするなあ。


「××××」

「×××××」


 効果音をつけるなら、ニヤニヤ。お兄さんたちは私に近づいてきて取り囲むとペラペラ喋り出した。ふふ、言い返そうにもなんて言ってるかわかんないや。困ったなあと思いながらも日本人らしくへらへらーっと笑っていると、無言は肯定と受け取ったのかなんなのか知らんが腕を掴まれた。


「あ、こら。触んな」


 そう言って腕を振り払……うーん、かなりがっしり掴んでくれちゃってますねお兄さん。お兄さんたちは私が喋った言葉がわからなかったみたいで、ちょっと驚いて顔を見合わしたが、ニヤリと笑った。あらら、悪い顔だなあ。


「×××!」


 ようやくルルが何か叫びながら駆け寄ってきた。周りのお客もなんだなんだとこちらを見ている。


「×××××」


 ルルが何かを言うが、お兄さんたちは笑っているばかりで私を解放してくれない。それどころかルルのことまでいやーな目付きで見ている。確かにお兄さんたちより細いけどルルは男だよー。ルルもなにか感じ取ったのか、いつでも動けるように身構える。




 ――そんな一触即発な雰囲気の中、その人物は現れた。



ていうか入口から入って来ただけなのだが、私たちが揉め事を起こしているのがエントランスホールの真ん中らへんというはた迷惑な場所なもんだから強制エンカウント。しかもルルも私もお兄さんたちも一斉にその人を見るもんだから、関わらずにはいられない雰囲気だ。それでも目を合わせないようにしてコソコソ脇を通っていけば回避できたかもしれないが、その人は悠長に顎に手を添えて私たちを観察すると、おもむろに口を開いた。


「×××」


 うん。なにを言っているのかわからない。

お兄さんたちが色めき立ったけれどなんでだかよくわからない。駄目だこりゃ。


 やることもないので観察してみる。歳はお兄さんたちと同じか上かだろうけど、比べものにならないくらい落ち着いた雰囲気をもっている。服装は貴族のお坊ちゃまっぽいが、腰から剣を提げている。お飾りのレイピアなら何人かいたけれど、あれは両刃剣だろう。青みがかった黒髪にアイスブルーの瞳。切れ長の目にスッと通った鼻筋の、ルルとは系統の違う美形さんだ。ルルが可愛い系ならこっちはカッコイイ系かな。といってもこれはあくまで外見だけを見た場合で、青のお兄さんはその美貌が台なしになるような表情を浮かべている。いうなればヘラッ。明らかに三枚目キャラの笑い方である。



 それからお兄さんたちVSルルと青のお兄さんという布陣で攻防が続き、お兄さんたちが悪態をつきながら宿屋から出て行くことで事態は収拾した。うーん、悪態だけはわかったけれど、他はもう何が何やら。追いてけぼりになっていた私に、青のお兄さんが近づいてくる。


「××××」


 うーん、何て言っているかわからない。ルルが慌てた様子で青のお兄さんに話し掛けると、青のお兄さんは驚いた表情をしてから納得した様子を見せた。うむ、おそらくルルは私が喋れないことを説明したのだろう。


 お兄さんは再び私を見る。どうするんだろうと思って観察していると、ヘラッと美形台なしの表情で笑った。


「だいじょう、ぶ?」


 ルルと違って片言だったけれど、青のお兄さんは確かにそう言った。ようやく意味のわかる言葉を投げかけてもらえて嬉しかったこともあり、自然と頬が緩む。



「ありがとう」



 私の言葉に、お兄さんはやっぱりヘラッと笑った。



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