2 貴女は冷静すぎる
……ん……。
んー…………ん?
…………………うん。なんかさ、賭けていいよ。
多分私、人間下に敷いてる。
「やっぱり」
目を開けてまず確認したことは、綺麗に下に敷くようにして先程の少年を潰しているということだった。そろそろと起き上がって地面に降りる。うあ、スリッパだよ。いや確かに私は先程まで自分の部屋にいたんだからスリッパ履きなのはおかしくないのだけれど、なんか、いつの間に森的な場所にいるんだよねー……どこよここ。
四方八方見渡しても森である。見上げれば青空である。あまりの大自然ぶりに途方に暮れてしまう。夢かな、と思ったけれど、そう思い込めないくらい私は聡明だった。
ああ、自分の賢さが憎い……。
「んん……」
軽く身じろぎをして少年が目を覚ます。上半身を起こしてしばらくボウッとしていたけれど、宙にさ迷わせていた視線が私にたどり着くとクワッと目を見開いた。
「クリスタル!!」
お前はそれしか喋れんのか。
「相も変わらず私のお腹の中だけど」
そう言うと、少年はクシャッと顔を歪ませた。あ、泣くのかな。そう思って、私は黙って少年を見ていた。慰めるつもりがないから他にすることないし。
しばらく身を震わせていた少年は、一度大きく息を吸い込むとスッと立ち上がった。なぜか凛々しい顔付きになっていた。気のせいかもしれないけど。
少年は辺りを見回すと、「ヴィンデの森か……」とつぶやく。
それから右手の人差し指を出すと、なにかを描きはじめた。少年が指を滑らせたところに青白い光が走る。少年はまず綺麗な円を描くと、その中に複雑な模様のようなものを描いていった。おお、すごい。
興味を持ってじーっと見ていた私は、そのうちあるとんでもないことに気がついてしまった。
――だいぶ崩してはあるが、それが日本語であることに。
……ええー……。
陳が完成すると、それは自動的に拡大して青白い光を放ちだし、同時に陳の中から鷹を象並にでかくしたような動物が出てきた。鞍と手綱がついていることから交通手段に使われているということがわかる。
それを見て大きく頷くと、少年は手で合図をした。すると、鷹みたいな奴はスッと身を屈める。
「この森を抜けます。乗ってください」
ほほう、これに乗れとな。よく飼い慣らしているようで、ソイツはジッと少年を注視したまま動かない。でもこんなでかいのにどうやって乗れっていうんだ。とりあえず近付いていってはみるが、やはりできる気がしない。
少年を見ると、少年は極自然に私に近づいてきて、極自然に腰と膝裏に手を回すと持ち上げた。私を。イヤンお姫様だっこ。
かわいらしい見た目とのギャップに戸惑って何も言えないでいるうちに(あと若干恥ずかしい)、少年はその細腕で私のことを抱き上げたまま少年はフワリと浮いて鷹みたいな奴の背に乗る。……浮いたよね今。コイツの周りだけ重力存在しないのか? それともエルフ装備は伊達ではないのか?
少年は私を彼の前におろすと、後ろから両手を回して手綱を握る。なんだこの無駄な特等席。掴むところがないから悩んだあげくに首あたりの羽毛を握った。ちぎったらごめんよ。
「オルテンシアの町に」
少年の声に一声鳴くと、鷹みたいな奴はノッシノッシ歩き出す。え、飛ぶんじゃないんだ。ご主人様と違ってその羽は伊達か。まあこの方が安全でいいけれど。
◇◆◇◆◇
最初は揺れで落ちるのではないかと身構えていたけれど、少年ががっちりフォールドしてくれているので問題なかった。しばらく獣道を進むと車輪の跡のある広い道にでて、それからはその道をひたすらまっすぐ進んでいる。ノッシノッシ歩きは車と比較にならないほど遅いけれど、自分で歩くよりマシだ。ちょっとお尻痛いけれど。
「さて。森を抜けるのはいいんだけどさあ、そもそもなんで私森にいるの?」
慣れてきたところで少年に尋ねると、手綱を握る手がビクッとわかりやすいくらい震えた。
「それは……」
黙り込んでしまった少年はとりあえず置いておいて、足先に引っ掛かってるだけで不安定なスリッパを脱ぐ。森のお友達! みたいな格好の少年と違って真っ白なワイシャツの上に灰色のカーディガンを羽織り紺色のプリーツスカートを履いている私は、明らかに場違いだ。
「わかりません。突然転移魔法が発動して……」
「ていうか魔法て」
今更ではあるが突っ込まずにはいられない。魔法て。しかもなんかさっきの日本語使われてたし。もしかしたらその転移魔法の魔法陳の模様も、あの時は気づけなかったけれど日本語だったのかもしれない。
「マホウテ?」
「「…………」」
うーん、乱れた日本語が通じない。まあ通じたら通じたで考えものだけど。
しかし転移魔法、ねえ。そりゃああれは転移魔法でしょうよ。こうやってマンションからどこぞの森に移動したしね。だけれども魔法って。魔法ってなによって言いたいんだってば。そんな馬鹿なファンタジーな。まあ、実際身をもって体験しちゃったから信じるしかないんだけどさ。
「じゃああのとんでも厨二設定も……」
「トンデモチュウニ?」
本当ってことか。ということは私が食べちゃったのは悪しき者が狙っているクリスタルで、そして少年の行動を見る限り、ここは少年の世界だと考えられる……
うーん、なんかとんでもないことになっているなあ。今更だけど。
「私の名前は星野湊。アンタは?」
今更ついでに自己紹介としよう。ようやく意味の分かる言葉が投げかけられてホッとしたのか、少年は明るくはきはきと「ルルです!」 と答える。へえ、ルル。女の子みたい。顔も合わせてますます女の子みたい。きっとちっちゃい頃はさぞや可愛い女の子に見えたんだろうなあ。残念。
「この鷹みたいな奴は?」
「えーと……?」
「この子」
ルルはちょっと戸惑ったみたいだけれど、私が指すと「ああ、××××ですね」 と言った。
うん、なんて言ったかわかんなかったぞ。
こう、日本語の中にいきなり流暢な英語が混じったみたいな感じ。聞き取れません。
名前はかろうじて聞き取れた。『キルシュブリューテ』とかなんとか。聞き取れたけど『シュ』とか『リュ』とかの部分の発音がネイティブすぎて日本人には手も足もでないので、心の中だけで呼ぶことにした。そういえば、町の名前やルルの名前のイントネーションも若干違ったな。外国人が日本語喋った時のやけに抑揚ついた感じみたいな。見た目が外人だからそこまで気になってなかったんだけど。うーん気になる。気になるけど、ルルに聞いてどうにかなるものでもない。ひとまず置いておこう。
「あー、ルル。私のことは湊でいいから」
「ミナト……?」
「そう。星野は名字」
「名字……ミナトは貴族なのですか?」
そうきたか。確かにルルは名字なんて名乗んなかったもんなー。ルルに理解してもらうために、わざと別の切り口から話し出す。
「ルルも見たでしょ? 私の住んでいた場所。こことはずいぶん違ったんじゃない」
「あ、はい。見せていただいた箱も、なんなのかさっぱりわかりませんでした」
携帯ね。
「あそこはここと違うの。だから貴族じゃなくても名字があるのよ」
「……貴族という階級はあるのですか?」
「ああ、昔あったけれど撤廃されたわ。そうそう、王様とかもいないの。基本平民しかいない」
ルルはずいぶん驚いたみたいだけれど、「わかりました」 といって頷いた。なかなか理解が早い。
「……ミナト。これから僕は、貴女にとても酷なことを言います」
ルルはしばらく黙っていたけれど、意を決したのかハッキリとした口調でそう言った。声を聞いただけでも緊張が伝わってくる。体をねじってルルの顔をのぞいた。真剣な表情のルルと、目が合う。
「貴女の理解している通り、ここは貴女の住んでいた場所とは違う場所です。世界が違うといっていいかもしれません。どうやら僕の持っていたクリスタルの欠片が、貴女の体内の欠片に反応して貴女の元へ導いてくれたようです。そして、貴女の中の欠片は更にクリスタルを求めてこの世界へと貴女を呼んだ」
「つまり……私ってばクリスタル探索機的な機能があるの? あー、クリスタル探索機能があるの?」
「つまりそういうことです」
「で、ルルはそんな私の力が必要なの?」
「ええ」
お、はっきり頷きましたよ。うんうん、下手にごまかされるより気持ちいいわ。
「それに……」
ルルはそっと目を伏せる。言葉の続きを待ったけれど、ルルは小さく首を振って「なんでもありません」と言った。え、ちょ、気になるんですけど。それはないわー。
「ミナト」
「なに」
「決して危険な目には逢わせません。すべてが終わったら元の世界に帰すことを約束します。ですから、僕の旅についてきてくれませんか」
そう言って、ルルは再び私の目を見つめる。
……ふーん。まあ、不安要素は多々あれど、クリスタルが私の体内にある限りルルが私を見捨てないっていうのは確かか。
「いいよ」
打算てんこ盛りの私の返答に――ルルは、泣きそうな顔で笑った。
ちょ、ほんとひっかかるなーもー。